空中分解2 #2776の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「私は、弁護士の日熊一多という者だが、そこまで根掘り葉掘り聞かれるとは、 どういうことでしょうな。ただの自殺を処理に来て、しかも自己紹介の段階で、 そこまで聞く必要があるとは思えんのだが」 「弁護士の方でしたか。こちらの畑家の顧問弁護士となるのですかね?」 「そんなところです。で、こちらの質問には答えてもらえんのですかな?」 日熊は、強く言い切ると、髭を一撫でした。どうするのかと思ったら、髭が 濡れないようにコーヒーを口に運んだのだった。 「実は、少し不審な点もありますので、詳しく話を伺っているのです」 「不審な点と言いますと、何ですかな?」 「それは申し上げられません。もし、刑事事件になった場合、こちらの有力な 資料となるやもしれませんからな。ただ、一つだけ申しますと、畑洋二さんは 遺書を身につけておらず、また飛び降りたと見られる場所にも、それらしき物 は見当たらなかった。この点があります」 「なるほど」 「ついでに日熊さん。あなたが故人の頼みで、遺書なり何なりを預かっている ということは、ありませんかね?」 「いや、ないな。遺書を作りたいとか、そういう相談さえ、受けたことはなか った。こちらの恵美さんの分なら、きちんと預からせてもらっていますが」 「ほう。本当ですか?」 吉田は、確認のため、恵美の方を見た。 「ええ。お金のことはちゃんとしておかないと、いけませんからね。遺言書に 私の気持ちを込めたのです」 遺言書という言葉に、息子夫婦が反応した。が、すぐに関係ないといった体 を繕おうとしているようだった。 と同時に、二人の女性が入って来た。 一人は化粧は一切していなくて、毅然とした態度と表情が印象的だった。次 に目が行くのは、その背の高さで、ハイヒールでも履いているのではと考えて しまう。その高い肩の辺りで、揃えられた黒髪が揺れていた。グレーの地味な 洋服は、旅行から帰ってのち、着替えた物だろう。 もう一人は、薄くではあるが化粧をしていて、それが少し乱れていた。短く 束ねた髪も、ここに一本、そこに一本という感じで飛び出している。こちらは 普通の身長で、目につくのは疲労の色ばかりだ。手に、氷の入った透明なコッ プを持っている。 「遺言書の話なんかしてるの? 無意味よぉ。死んだのはお父さんの方でしょ う? あっちには財産なんてこれっぽっちもないんだから。そればかりか、何 の得にもならない研究で、お金を食いつぶしていただけ」 そう言って、彼女はコップを口に運び、咽を鳴らして氷水を飲んだ。 「百合子! この大変なときに、なんてことを言うの! だいたい、あんたは いつもだらしなくて、行き先も告げないで」 「ま、まあ。待って下さい、畑恵美さん。こちらは、娘さんの百合子さんの方 ですね?」 「そうよ、あたしが百合子。あんたは?」 女主人が答える前に、畑百合子は手近なソファに座りながら、自分で言った。 そんな百合子の口調に、内心、腹を立てながらも、吉田は感情を抑えて言っ た。 「刑事です。あなたの父親の件で調べている」 「あれえ? あたし、眠たくってよく憶えてないけど、お父さんは飛び降り自 殺したって聞いたわよ。どうして刑事がいんのよ? あたしの聞き違い?」 「百合子、やめなさいよ」 たまりかねたように、もう一人の女性が言った。百合子を黙らせておいてか ら、彼女は吉田の方に向かって言った。 「妹は、大学も四年だというのに、父の死に接してこんな態度でいられるなん て、おかしいでしょう? 畑の血が、こんな極端な人間を生み出すんです」 「あなたは、畑菊子さんですね?」 「そうです。旅行先で知らせを受けたときは、何か悪い冗談だと思いましたけ ど、こうして刑事さんがおられるということは、事実なんですわね?」 「残念ですが」 「それで、父はすぐに死ねたのでしょうか? 苦しまずに……」 「そうだったと思われます」 「よかった……」 心の底からほっとした様子の菊子。それから、朝原に促されて、やっと腰を 下ろした。 「えっと、確認しておきたいんですが、これでとりあえず、関係者全員となり ますかね?」 吉田が尋ねると、恵美が無言でうなずいた。 「それともう一つ。長女の菊子さんは詩人をしておられる。次女の百合子さん は、美大の四回生」 この問いかけに、「そうです」と「そうよぅ」という答が返ってきた。 「色々と予備知識にないことを聞かされ、混乱しとりますが、要点だけ聞かせ てもらいます。昨日の夕方、午後四時から六時頃までの間、どこで何をしてい たのか、はっきりと言える方は、おっしゃってください」 全員が黙り込んだ。 「……不審な点とか言ってましたが、刑事さん。それは事故死の可能性を検討 しているのではなく、洋二が殺された可能性を検討しているのね?」 ようやく口を開いたのは、女主人の恵美だった。 「そうなりますかね」 「……私達は、折角の土曜日でしたから、譲次が帰って来るのを待って、昼か ら遊園地に出かけました。な、譲次?」 父親の声に、初めて話の輪に入ってきた譲次は、簡単にうなずくと、すぐに また本の世界に戻ってしまった。 「奥さん、それで間違いありませんか?」 「ええ。夜にはレストランの方へ行ってましたし。何でしたら調べて下さい」 昌枝はそう言ってから、遊園地やレストランの名前を口にした。 吉田は念のため、それらをメモし、他の人間に目を合わせた。 「私は能登の方を巡っていたところでした。今朝一番に引き返して来たんです」 それから、菊子の言ったホテル等をメモする吉田刑事。 「あたしは言わなくても分かってるよね?」 「いえ。だいたいは聞いてますが、ちゃんとしたことを、本人から聞かせても らいたいですな」 「面倒だなあ。夕方っていったら、ちょうどボーリングしてた頃かな。プール バーは夜になってからだったから。証人て言うの? アレならたくさんいるわ よ」 同様に、メモを取る吉田。 「私は、ずっと家におりました。土曜なので、何もすることがなかったんです」 「土曜なので、と言うのは?」 「土曜日曜は、株は動きませんから」 「なるほど。では、証人となるのは、家政婦の朝原さんだけ。そうですか?」 「そうです。朝原さん、間違いないね?」 「は、はい。奥様も私も、ずっと家におりました」 多少どもりつつ、家政婦は短く答えた。 「留依さんはどうなんですか?」 吉田は、恵美に聞いた。 「留依は夕方、そうですわね、五時まではいました。けれども、五時を少し回 ったぐらいで、時間ができたと言って石橋先生が来られ、治療を兼ねて食事に 連れて行ってもらったはずです。そうよね、留依?」 「……うん……」 初めて声を出して、意志を表した留依。ようやく、刑事の存在にも慣れてき たらしい。 「それで昨夜は、この家におられなかった訳ですか。石橋という医者とは、ど んな関係ですか?」 「留依が成人してからと言ってよいでしょう。それまでは色々な医者に診ても らっても駄目だった留依が、少しでも喋るようになったのは、石橋先生のおか げなんですの。全く、よくしてくれる先生で、留依のことを親身になって考え て下さってます」 四十の女性に対して親身になるというのは、どういうことだろうかと思い巡 らせた吉田だったが、それを脳裏から振り払って、次の相手に目を向けた。 「さあ、後は、日熊さんだけですな」 「何? 私も答ねばならんのか?」 「念のために」 「弁護士の私を疑うのか?」 髭を震わせながら、白髪の紳士は感情を露にした。 「ですから、一応です」 「ふむ……。遺憾だが、客観的なアリバイはない」 「アリバイとまでは言ってませんが」 「同じだ。ともかく、私は一人で仕事をしていたのだ。日中、方々を駆け回っ てな」 日熊の答に黙って二度うなずいてから、吉田は次の質問に移った。 「これからが今日、最も重要な事項となるんですが、心して聞いていただきた い。畑洋二さんが自殺する理由はありましたか?」 また誰もが口をつぐんだ。何かを言いたそうなのだが、畑恵美の顔色を伺う ようにしたかと思うと、すっと横を向いてしまう。 そんな部屋の雰囲気を感じ取ったか、恵美自身がゆっくりと口を開いた。 「……言いにくいことですが、ありました。その理由は私にあると言えるでし ょう。先ほども申しました通り、私は再婚の身です。神尾友康と死別してから 一年で、洋二を養子に迎えたのですが、夫婦としての感情がお互いにあったの は初めの十年だけだったと思います。それも、子供を作ることで辛うじて保た れていた関係です。それから二十年以上、私は友康と洋二の違いをあからさま に口にしてけなしてきました。特に、洋二の何の役にも立たない実験とか研究 とかを、非難し続けてきました」 「実験というのは?」 「ああ、御存知かと思いましたの。洋二はナントカ心理学を専門としている教 授なんですよ。詳しいことは知りませんけど。それの研究に、無駄金を費やす ことが、私には我慢できない。もっと、有用な用途があるのにねえ」 「そんな言い方はないと思うわ、お母さん」 女主人に面と向かって反駁したのは、娘の菊子だった。 「お父さんはお父さんなりに、自分の仕事に一生懸命だったわ。それを承知し て、お母さんも一緒になったんじゃなかったの?」 「最初だけね。だけれどもね、あの人がみるみる内向的になっていくのを見て いたら、誰でも嫌になるものよ」 「まあまあ。いさかいは困ります。つまり、何ですな。恵美さんが洋二さんを 圧迫していた、とでも申せばいいんですかね?」 「構いません。精神的虐待とまで言う人がいたわね」 「なるほど。それが原因で、洋二さんは自殺した。この可能性は皆さんが認め るところですな?」 吉田が見回すと、誰もがうなずいているのが分かった。 「充分すぎるくらい、可能性は高いわぁ」 百合子に至っては、こうまで言い切ってみせた。 「では、自殺という線で固めていいようですね。遺書の捜索に、捜査員をよこ すかもしれませんが、自分はここらで引き下がるとしましょう」 「おや? あんた、自殺と判断するには不審な点が、いくつもあるような口ぶ りだったが?」 「なに、はったりに過ぎません。ああいう言い方をすれば、他殺の場合、動機 がちらほらと見えることがあるんでしてね」 吉田はにやりと笑うと、自分の分のコーヒーを飲み干した。それが辞去の合 図となった。 誰もいない、金曜日の雨の夕方。 白黒の縞模様をした服を着た男が、空き地で倒れていた。うつ伏せに倒れて いるので、その顔はよく見えない。雨は、男の身体の上に、絶え間なく降り注 ぐ。 空き地の土は、赤茶色。それを乱すのは、男の身体の下から広がる赤。先ほ どまで、どんどんその領域を広げていた赤も、今は止まった様子だ。 雨足は一定。淡々と、しかし大量の水を、男に含ませていっている。 「死んでいたのは、小室二郎、玩具メーカーの社員です。財布にあった免許証 で分かりました。現在、確認をしているところでして。財布の中身や金品は手 着かずみたいですから、強盗の類じゃないでしょう。 第一発見者は、雨が弱まった頃を見計らって、自動販売機に煙草とビールを 買いに出たところ、空き地で人が倒れているのを見つけたと言ってます。午後 八時前後だと言ってますが、まあ、詳しいことは直接、聞いてみて下さい。 それから、奇妙なことが一つ。被害者はうつ伏せに倒れていた訳ですが、そ の背中一面に、泥が塗られた様子なんですね。倒れた拍子になんかじゃなく、 作為的に」 「ふむ、泥がな……。ご苦労さん。で、死因なんかも聞いてるか?」 吉田は、先に到着していた浜本刑事を労うと、続けて聞いた。 「ええ、大ざっぱなところは。死因は首んとこ、頚動脈ですか、そこをすっぱ りとやられてました。傷の角度から、後ろからやられた可能性が強いとのこと です。 死亡推定時刻は、雨の影響で、まだよく分からんそうですが、午後四時から 七時三十分までの三時間半に収まるんではないかと。 足跡は、雨のため、すっかり流されています。普段でさえ、人通りの少ない 道のようですから、雨の日に起きた事件となると、目撃者捜しは大変になりそ うですねえ」 「泣き言を口にするんじゃない。とりあえず、聞き込みに行ってくれ。わしは 第一発見者と会ってから、追っかけるからな」 「はい」 元気よく答えると、浜本は手帳を仕舞い込み、暗がりに向かって歩き出した。 吉田の方は、第一発見者の姿を求め、見回した。 −続く
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