空中分解2 #2768の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
夏も終わりかけ、最近は雨が降ることが多くなってきていた。季節の変わり 目はひと雨ひと雨ごとに何となく肌寒くて、だんだんと秋が近付いてくるのを 感じやすい。そんなときの雨は、だいたいしとしとと静かにふるか、今日みた いに雷を伴う大雨のことが多いようだ。 どん がら がら 太鼓のような音が空にひびく。そして、どんどん暗くなる空から、大粒の雨 が降り始めた。外にいた人が逃げる間もなくびしょぬれになるほど、すごい勢 いで雨粒が増えていき、いつしかあたりは雨一色になっていた。 家の縁下でたたずんでいた更紗<サラサ>と芳春<ヨシハル>は、いきなり降りだした 雨にびっくりした。暗い雲が立ちこめたかと思うやの、すさまじい雨である。 ざっ ざぁ ざぁぁ 目のまえには桜が3本、緑のいろを濃くした葉が雨粒をいっしんに浴びてい た。葉にたまった雨粒が、ぽとぽとぽとと下にはえる苔に落ち、そして土にし みこんでいく。 「すごい雨ですね」 もうすぐ10才になる芳春が呟く。いつもより大きな声で言ったはずなのに、 雨の音にすぐにかき消されてしまった。 「静かでいいわね」 22才の更紗は、吹いてきた風に髪をなびかせ、落ちついた口調で呟く。そ んなに大きな声ではなかったが、きれいな声ははっきりと芳春の耳にとどいた。 しかし、静かとはとても言えない。雨の音、雷の音で、声を張り上げなくて はいけないというのに、と感じた芳春は聞き返さずにはいられなかった。 「静かですか?」 「自然の音以外、なにもしないじゃない」 芳春はくるりとあたりの音を聞きわたす。 家の中には他に人はいなくて、物音一つしていない。車の音も、人の足音も、 話し声も、虫の声さえも聞こえない。雷雨のやかましさに慣れてくると、芳春 はあまりにも静かな気がしてぶるっと身震いした。 更紗は、涼しげなワンピースの裾と、少し色の落ちた茶褐色の髪とを風にな びかせながら、ちょっと笑みさえ浮かべ空を見つめていた。 こんな時、更紗がとても落ちついているのを見ると、芳春は本当に落ちつく ことができる。昔、まだこの家に居候していなかったとき、芳春はたいがい大 きな家で一人しかいなくて、雷の時は恐さのあまり、布団の中で泣き続けてい た日があった。 たった一人の存在がこれほど安心感を与えるのかな、と芳春はちらりと横の 更紗を見た。 「あっ、落ちた」 「えっ」 どぉぉん おん! と地響きにも似た音が体を揺らすと、芳春は胸がきゅう といたくなってしまった。やっぱり恐い。そうだというのに、更紗はすっかり 嬉しそうに、 「ねえねえ、何かうきうきしない?」 という。芳春はつい、大きな声で「しませんっ!」とこたえた。 手をぎゅっと握る芳春を見て、更紗はちょっと笑い、そして迷惑なことに、 芳春をからかいたい気分にかられたようだった。 「昔ねぇ、芳春君ぐらいの年頃の子供達が遠足に出かけたの。そうしたら急に 曇りだして、雷になってしまって、先生達は急いでみんなに金属をとるように 指示したんだって。その時ある子がね、『せんせいっ! これも取るんです か!』って自分のバッジを高々と持ち上げたの」 更紗はそう言いながら、自分の手をあげた。芳春は気が気でなくて、大きな 瞳を潤ませていた。雷がもうすぐそこまで来ている。 「そうしたら、その手をあげた子に、どっかぁぁん!!」 ひときわ大きな雷が、すぐ近くのビルの避雷針に落ちた。芳春はあまりの音 に耳に手をあて、つぶった瞳からは涙がこぼれ落ちた。本当に恐かったらしい。 いつまでも、おんおん、と雷の名残音がこだましている。そして、あたりの 景色はいっそう灰色の世界につつまれ、水を含んだ土の香りがあたり一面に広 がっていた。 雨はもう、滝のように流れ落ちている。バケツで水を落としたって、こうは なるまい。 更紗はきゅうに芳春がかわいそうになった。まさか本当に泣いてしまうとは 思っていなかった。 「ごめんっ! そんなに恐かった?」 「少し……」 「ごめんね。ちょっと、からかいたかっただけなんだけど」 更紗は、両手で芳春を抱きしめた。ふわっとした雲の中に飛び込んだような、 芳春は気持ちがした。 「安心して、落ちた場所から70メートル以内は、もう安全なんだって。それ に、電気の通りやすさに関係なく、高い場所にあるものに落ちる性質があるか ら、この家は大丈夫だし。あとね、あとね」 「……更紗さん、もう大丈夫です」 「そう?」 自分から離れた芳春の顔は、真っ赤に染まっていた。甘い香と柔らかい肌に 抱きしめられていることが、ひどく恥ずかしいことのように芳春は思えたらし い。 母親に抱きしめられたことがないのに、もう恥ずかしい年なのかな、と更紗 はちょっと残念に思い、芳春の頭をくしゃくしゃと撫でた。 少し、雷の落ちた光と音の差がひろまってきた。もう雷は通り過ぎていった ようで、雨もゆるやかになりつつあった。 「ほら、向こう側、もう晴れてきてるよ」 芳春はそちらの方向を見て、言葉もなくうなずいた。雨雲の端がしだいによ ってくるのが見える。 「…………」 上空には、すごい風が吹いているようだ。雲の群れが来たときと同じように、 あっという間に流されていく。そして見えたのは、太陽からの眩しい光りと、 きり雨だった。 「にわか雨になった」 「『にわか雨』は、正しい表現じゃないなぁ」 「どうしてですか?」 「『にわか雨』は『にわかに降り出して、すぐに止んでしまう雨』のことであ って、『晴れているのに雨が降っている天気』のことを厳密には、さすわけじ ゃないから」 「じゃあ、どうやっていうのですか?」 更紗の得意げに笑った横顔に、さぁっと陽光がさした。眩しいほどの肌の色 に、芳春はちょっとだけ目を細めなければならなかった。 「狐の嫁入り」 「きつねのよめいり?」 「そう」 二人はふたたび雨ふる晴れた空を見つめた。 その遥かとおく、かすかに見える山の中で、あのすました顔をした狐達が結 婚衣装を身にまとい、幸せな行列をくんでいる様子を思い浮かべると、芳春は さっきまでの気持ちが雲といっしょに流れさり、何となく嬉しい気持ちになっ た。 狐の花嫁の笑顔に、この晴れた空とかすかに降る雨が、ものすごく似合って いるような気がするのだった。 山奥のふかい緑のあぜ道を歩く、狐の嫁入り。 更紗にもう一度だきしめられ、自分の母もそうしてお嫁にいったのだろうか、 などということを芳春は思い出していた。 晴れた空の下の、そんなお話。
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