空中分解2 #2730の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
§ 北山が、倒れていた白樺の皮を剥ぎ、焚火にくべると、消え入りそうな炎がまた 大きくなった。 降り積った雪と流れのみ。真冬の千歳川は、墨絵のようなモノクロの空間だ。 「あったかーい」みなみが手をかざした。 「・・・・濡れたか?」 「ううん、大丈夫です」みなみがズボンの裾の雪を払いながら答えた。 「いつだって、ここなんですね北山さん」 「ん?うん」北山が答える。 みなみがコートの衿をたてて「寒いですねここ。あの雄冬岬−−思いだしちゃう」 と小さく笑った。 「・・・・シマキンに渡したよ、辞表」みなみの方を見ずに、北山が呟いた。 「そんな、北山さん」 「俺が言う事聞かないっていうの、わかったろ」 「・・・・でも、北山さん辞めたら・・・・」言いかけると、北山が突然「あん時は、気が 強そうだから採用したんだよお前の事。企画書なんてひでえもんだった」と言った。 「あっ!」みなみが唇を噛んだ。 「だけどな、気が強いだけじゃなくてな、お前優しいよ」 「ふふ・・・・もう一回触りたい?」みなみがおどけて、胸のボタンに手をかけた。 「よせよ」北山が笑った。 「・・・・北山さんステキだったわ」 「番組か、邪道だよあれは」 「えっ?」 「俺は、今時の音楽じゃ心が動かなくなったんだよ」 「・・・・・・・・」 「ここにこうしている方が、まだ少しは心が動く。人間が好きだ。自然が好きだ。 その上での音楽なら多分俺は好きだ。いらないよなそんなのFMには・・・・年齢って 言うんじゃなくてな、ヘンに大人になった俺に若い連中の為のFMなんかが出来る わけがないと思ったよ」 「・・・・・・・・」 「みなみ、お前も俺と一緒に辞表出せ」 どういう事なのか?みなみは北山を見つめた。 「ほら、これ」北山が封筒を差しだした。 「二○○万程入ってる、何も言うなよ」 「・・・・・・・・」 「お前は、いいディレクターに成れると思う。その金でニューヨークに行けよ。 俺の友人を訪ねてゆくんだ。全部そいつがやってくれる筈だよ。アメリカ中を旅 してFMを聴いて、コンサートを見まくるんだ、半年ぐらいは持つだろその金で・・・・ 行ってこい」 「・・・・・・・・」 「いいから、な」 「北山さん!」 「何にも言うなって言ったろ」北山がみなみのポケットにその封筒を押込んだ。 「・・・・・・・・」 「そうだな・・・・例えば、みなみが仕事に夢中になりすぎて、知らない間に気が強い だけのオバサンなって・・・・誰も男が近づかなくなったら、俺んとこに来いよ。待っ てるよ」北山はそういって笑った。 「北山さん!」 「送ってやるよ、今日は家まで、特別にな」 「有難う・・・・ほんとうに」 彼女が深く頭をさげると「一回触って二○○万だもんな、高いオッパイだな」と 北山がまた嬉しそうに笑った。 § みなみは、それからニューヨークにわたり、北山に紹介された人物を訪れ、ブロ ード・ウエイから少し離れた、リバーサイドパークの脇に小さな部屋を借りた。 目的は、毎年夏にセントラル・パークで、連日行われる野外ライブをすべて見る 事。そして、数百にも及ぶFM局の番組を研究する事であった。 それに、シマキンが最後にいい所を見せたという事か、彼女が渡米する前にT− WAVEの制作部長に手紙を書き、彼女を紹介してくれたのだ。 彼女は、意味も理解出来ぬまま、ひとまず東京に行き、その制作部長に会った。 後日、T−WAVE側の返事は、それがテストという事なのか−−ニューヨーク でのリポートを毎月東京に送るようにという事であった。 そんなこんなで、ようやく彼女のニューヨーク暮しが始ったのだ。 野外ライブの方は、廉価なチケットで、日本ではまず見る事の出来ない人気アー チストを連日見る事になり、それは感動の日々であった。だが、肝心のFM番組の 方がどうも・・・・なのである。 確かに黒人女性などのセクシーな声には、相当な魅力があるとは思った。しかし それにしても−−彼女をそのまま日本に連れていったとしても、難解な俗語と、言 葉のしゃべりすぎで、日本のリスナーには歓迎されないと思った。 みなみの英語の理解力のせいもあるのだが、それは日本の平均的リスナーとて同 じ事なのである。 一方、今の日本を席巻しているとも言えるT−WAVEなのだが、さすがに敵も、 みなみと同じ様に、そのままN.Yの番組が日本に通じるなどとは、考えていなか ったのであろう。彼女が日本を去る時に聞いたT−WAVEのモットーが〈ノンス トップミュージック&トークレス〉という事だった。 つまり英語の〈響き〉のみを電波に乗せ、それも〈音楽の一部〉としてオンエア ーしているのだと、彼女は理解した。 英語はいいのだが、分らない事を長くしゃべってはいけないという事。日本での 英語放送はファッションだけで中身がない、というのが彼女の結論であった。 それからの彼女は、まったくFM番組を聴かなくなり、そのセントラルパークの ライブのみを見て過した。 数カ月たつというのに、そのリポートも一切ださずに−−である。 やがて、秋になるとそのライブも終り、さすがに彼女もあせり始めたのか。とり あえずはグレイハウンドバスのフリーパスを購入し、アメリカ中を旅する事にした。 東西南北、どこまでも地平線の続く、気の遠くなるようなアメリカの田舎を旅し た彼女が、意外にも感動したのは、そこに流れるローカルのFM番組であった−−。 早速、彼女は、そのスタジオをいくつか訪れた−−まではいいが、揃いも揃って その形態にはかなりびっくりさせられた。 大抵が普通の一軒家に、ただアンテナが立っているのみ。そこにいるスタッフも 下手をすると一人。つまりミキサーもいなければディレクターもいず、ワンマンD Jという安易さだ。しかし、そのワンマンDJがものすごい人気なのである。 その殆どの番組がコンボイ、つまり大型トラックを運転するトラッカーなどを対 象にしたもので、話題はもっぱらその地域の情報や、人の噂。また、卑猥なまでに 下品な性の話しなど、かなりいい加減なものではあった。 しかし、それがまたカントリーソングなどに挟まれているせいか、まったくカラ ッとしており、その地域地域に非常にマッチし、完成されているのだ。 それからの彼女は、夢中であらゆる州のローカル番組をオンエアチェックし、そ の都度、そのリポートをバスの中で書いては、旅先から東京のT−WAVEに送り つづけた。 当のT−WAVEもさるもの。ここ半年ばかりで、英語のみのノンストップ・プ ログラムに〈限界〉というか〈疑問〉を感じていたのだ。 かと言って、AMのような漫才も出来ず〈次の時代のFMは何か?〉つまり、こ れが最大のテーマという時期に至っていた。 言うまでもなく、それはみなみの考えと、まったく方向が同じであった。 数カ月後、ニューヨークに戻った彼女のアパートメントに『T−WAVE制作部 は神崎みなみ氏をディレクターとして歓迎致します』というエアメイルが届いてい た。 やはり、それは嬉しかった−−。 すぐその足で帰国した彼女は、東京に住まいを借り、札幌の面々や出来事など、 忘れたかのごとく、ひたすら番組作りに没頭した。 数カ月後には、アメリカでの経験−−肌で感じた事をまとめ、制作会議上でT− WAVEの新テーマ〈東京ローカル〉を提案し、与えられた時間枠を最大限に活用 し、その事を実証して見せた。 そして彼女は、次第にT−WAVE全体の業績すら上げていく程になっていった。 § 東京・赤坂プリンス/扇の間。 きらびやかなステージ上で日高飛馬とそのグループが熱演をしている。 観客は各レコード会社、それに全国各ネット局の面々。 会場には横田の顔がみえる、シマキンも来ているようだ。 しかし、どうやら今日の主役は飛馬ではない。飛馬の歌が終ると同時に会場が暗 転となり、ステージ上手にスポットがあたった。 間もなく、そのスポットの輪の中に、マニッシュなスーツをさりげなく着こなし た美女が登場した。 飛馬が再び現れ、その女性に大きな花束を渡すと、会場中に拍手がわき起った。 その女性は、会場のお客に軽く会釈を返し、中央のマイクの前に出、改めて背筋 をまっすぐとのばすように、凛と立った。 「本日はありがとう御座います。わたくし神崎みなみ、この度T−WAVEの取締 役編成制作部長を努めさせて頂く事になりました!」 胸元の飾りが揺れた・・・・ミヤマカケスの羽だ。 司会者が更に場を盛上げる「盛大なる拍手を!神崎みなみさんにぃ!」 再び拍手がわき起る 「有難う御座います、本日いらして頂いた、皆様におきましては・・・・・・・・」 会場中が静まりかえり、再び彼女の声を待った。その静寂の中で、彼女はフーと 息をはいたかと思うと、緊張をほぐすかのように、右足をちょこっと前に出し、腕 組みをして言った。 「いいかな、もう。私カッコつけるの似合わないんです。ねっ横チン!?」 横チンが柱の隅で吹きだした−−思いがけない彼女の出方に、会場にも笑いが起 きる。 「まだ二六才なんです私。女だてらにとか、そういうの嫌いなんです。だから可愛 がって下さい皆さん!そうしてくれないと困っちゃいますっ、ふふ」 また拍手が起きる−−その拍手を掌で彼女が制止した。 「照明さ〜ん、そこの柱の下にスポットあてて下さい!」 緊張した面もちで立っているシマキン、照れ笑いの横田がスポットライトに浮び 上がる。 「私ひとりでここまで来られた訳ではありません−−ノースFMの島田部長。大変 お世話になりました。本当に有難う御座いました」 観客が戸惑いながらも拍手をする 「それから私の愛すべき戦友・・・・横田さ・・・・・・・・」 あいかわらずのひょうきんさで、会場の緊張をといたつもりではあったが、そこ まで言うと、やっぱり涙が出てきてしまった。 拍手の洪水・・・・彼女がまた顔を上げた。 「あ〜あ、やっぱり泣いちゃった」 また会場に笑いが戻る 「本当は抱きしめて、キスしちゃいたい人がいるんです。残念ながら今日はこの会 場に現れてくれませんでした。この胸のカケスの羽−−これは、その人がくれた私 の大切な勲章です」 −−拍手 −−拍手 −−拍手 ・・・・海鳴りの音 −−天売島 −−おーいお袋っ!無線聞えるかぁ!天売の南西三○キロだ今。やったぞ本マグロ、 秋の本マグロだぜ!一匹三○○万円なりだぁ。へっへえー。 どうだよおい!それにこの船、八○○○万円なりの船!。こんなシケじゃ天売の 連中だって誰も沖に出ないってのによ、大したもんだ。ビクともしないぜ、びくと もよー。はっはーっ。お袋っ!待ってろよ、親父の分ももう一匹釣上げてやらあ」 −−ああ?それでも月賦が足んないよってかぁ?はは、何匹釣りゃいいんだ何匹?。 ああっ?わかったわかった百匹だな!了解っ!了解致しましたあ−−。 今、天売にいる彼の胸にも、東京にいるみなみの胸と、おそろく、いや確かに同 じリズムが刻まれている筈だ。 船のエンジン、海鳴り、オロロン鳥の声。いや、今や彼の暮しそのものが、みな みの成功と、まったく同種類の〈音楽〉なのであろう。 みなみは、遠く遥か東京でスポットライトを浴びながらも、その向うに北山の姿 が見えるような気がし、しばらく瞳を閉じていた。 そうして瞳を閉じていると、やがて、その拍手の音が海鳴りの音に変化し、その 海鳴りの中に、きっと、あの口琵琶の音が響きわたってくるに違いないと思ってい た。 (END) 最後まで読んでくれて有難う。今後の為にご意見など聞かせて頂ければ幸いです。 1993/01 by K.Kiyosu
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「空中分解2」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE