空中分解2 #2729の修正
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−−三○秒前よ、いい?横チン 彼女がいうと、横田がついに怒りだしてしまった。 −−みなみ!何言ってんだバカヤロー、いい加減しろよ、お前がついてて。曲だよ 曲!テーマ何かけるんだよ、聞えないのかよーこのヤロー! −−怒鳴らないでよっ、うるさいわね!北山さん言わないんだから、しょうがない でしょ! −−インカムかけてんだろ、インカムで呼べよ、ばかっ! −−北山さん!二十秒前です。曲はどうすんですか?横チンあせってる、聞える? −−みなみ、曲ならいらないよ。下手な曲より海の音の方が、音楽だと思わないか? 北山が低い声でゆっくりと言った。 −−横チン、聞えた?いらないってさあ曲。どうするのぉ?う〜ん −−あきれかえるな、知らないよ。こうなったら勝手に曲送るぞ! −−でも・・・・やめよう、やっぱり。海の音だけ・・・・流したい、私も 彼女が言うと、しばらく沈黙が流れた。 −−テーマもナレーションもなにもなしで、ただ海かよ? −−私、それがいいと思う −−わかった・・・・わかったよ・・・・知らないよもう 十秒前です! 彼女がふっきれたように、はっきりとカウントダウンをしだした。 9−−8−−7−−6−−5−−4−−3−−2−−1−− −−北山さん、オンエアー入りました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・海鳴り ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶え間なく寄せる怒涛 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・吹きすさぶ風と雪 ・・・・一○分・・・・・・・・二○分・・・・・・・・・・三○分 誰も何も言いださずに、その音を聴いていた。 本番前の緊迫感は今、嘘のように引いてしまっている。 外気温マイナス三十度。強い風が雪をともない、唸りはじめた−−まるでブリザ ードだ。周囲の景色が白一色で覆いつくされた−−何も見えない、何も見えない。 ふわふわだった雪が小粒にかわり、真横から吹付けている。 その怒涛の音は美しいというよりも、地の果ての寂寥感さえ漂わせている。 一瞬雲が割れ、そのブリザードが弱まると、一方向に吹付けていた雪が舞いだし、 あたりがいくらか明るくなった−−鉛色の海面が見える。それがときおり光る。 インカムから初めて北山のゆっくりとした声が聞えた。 −−みなみぃ、どうだぁ音は? みなみが我にかえった。 −−あっはい、多分そこと同じ音です −−来ないかぁこっちに、卓なんかほおって −−いえ、ここにいます −−そうか。いい音だ・・・・広大な海だ、親父が愛したオホーツクだよ。電波は届く かあ親父んとこに? −−無理です・・・・ 天売が見えそうだっていうところなのに、電波は札幌からだ。 −−局に出力を上げて貰ってくれ、もう20%。出来る筈だ。 −−そ、そんな 局全体のパワーを上げるなど法律違反もなにも論外だ。 「うるせい!」と彼は一瞬声を荒げ、また「お願いだよみなみ、そうシマキンに言 ってくれよ」と呟くようにいった。 それを聞いていた札幌の横田が、シマキンに振向いた。 シマキンはしばらく考えた後で「・・・・わかったよ・・・・わかった・・・・OKだって伝 えてくれ、北山クンに」といい、スタジオを出ようとした。 横田が何かを考えている−−シマキンが先にそれに気づいた。 「横田クン、それからもう一回天売に電話をして、北山クンの親父さんが寝ている 部屋の・・・・」 「FMをめいっぱい大きくしろって?」 「あたりまえだ、早くやれっ、ばかもん!」横田は急いで電話をとり、シマキンが スタジオを飛出した。 彼女が北山に出力のアップを伝えると、北山は「ありがとう」といい、インカム のスイッチを切った。 みなみがあわてて「横チン!インカム切った、北山さん」と伝えると、横田から の声も何故か途絶えてしまったようだ−−。 鉛色の海がうねり、雪が渦巻いている。また風が吹いてきたのか、海鳴りが高ま る。回りのなにもかも−−すべてがみえなくなった。ホワイトアウトだ。 −−横チン、どうしたの聞えてるんでしょ −−「・・・・・・・・・・・・」 −−横チン? −−「・・・・・・・・・・・・」 みなみが顔を蒼白にして言った−−「嘘!」 −−うん やっと横山の声が小さく聞えた。 「死ん・・・・?」彼女がいいかけると、横田が「今、お袋さんから電話が入った。北 さんは?」と尋ねてきた。 北山は多分ズッと岩場に立ったままだと思うが、中継車の彼女にはその姿が見え ない。ただ海鳴りの音だけが聴える・・・・。それより、みなみには雄冬岬の存在が次 元を超えていると思えた。それは白い砂漠、いや雲海の中。遠い遠い地球の果てに さえ感じ始めた。 ・・・・・・・・・・・・すげえ迫力だよ、海の音 横田の声が聞えた。 ・・・・・・・・・・・・うん −−行ってやれよ、北山さんとこ。卓はもうそのまんまだろ、どうせ と、彼女の耳になにか音が聞え始めた。 −−ちょっと待って、なんか聞えない? −−ああ、こっちにもなんか聞える ヴーン ビーン ボーン ヴーン ヴーン ビーン ボーン ヴーン −−みなみ、それジュースハープじゃないか? −−えっ?なにそれ −−アイヌの口琵琶だよ、いつも北さん練習してた −−アイヌの口琵琶・・・・ −−何ボケッとしてんだ、何番のマイクかしらべて、ボリウムあげろ! −−あっはい・・・・これかな・・・・行った? ヴーン ビーン ボーン ヴーン ヴーン ビーン ボーン ヴーン −−おお、来た来たよ、エコーだエコー! −−エコーかけるの? −−めいっぱいかけろ! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! −−うおおおおおお、凄えや・・・・凄えや・・・・風が唸るような凄い音だよ、みなみ ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! −−泣いてんのかよぉ、みなみ。聴くんだよ。きっとさ、北山さん親父さんに向っ てやってるんだよ。最高だよ、凄え、しびれちゃう。 北山は口琵琶を奏でる前に、雪の岩場にひれ伏し、まず塩水を飲んだ。それは北 方民族シャーマンの身を清める儀式だ−−そして彼らは口琵琶をならし、神を呼ぶ のだ。彼もまたそれに習い、その口琵琶を鳴らしつづける。 ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! 鳴らしつづける。 ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! 北山は瞳を閉じた。そこに天売の陽炎が浮ぶ−−真冬の陽炎だ。その陽炎の中を オロロン鳥が飛立った。ゴメ岬−−赤岩が見えた。 『届いている筈だ、親父の目に耳にこれが、この音が、天売の島が』 雪がしばしおさまる−−雲の切れ間から月光が崖を照らす。 ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! ヴーン!ビーン!ボーン!ヴーン! みなみがドアを開け、下の岩場をのぞく・・・・北山が見える・・・・岩場に座り込んで いる北山が見える−−同時に彼がその口琵琶をやめ−−低く何かをつぶやき始めた。 エイヤー オー ホレ エイヤー オー ホレ −−聴える?横チン−−北山さん見えたわ−−何か呟いてる −−ああ聴える−−なんだかわからない掛け声−−あっ!声だよ声 −−何? −−親父さんに、しゃべりかける訳にもいかないし、声を届けてるんだ声を、凄え エイヤー オー ホレ エイヤー オー ホレ エイヤー オー ホレ エイヤー オー ホレ −−聴いてんのかよ、みなみ。覚えとこうな、これがFMだよこれが みなみも凄いと思った。なにも言葉に表せないでいた。 −−凄え、凄えよ。日本一のディレクターだよ −−ホントに凄いわ −−当り前だよ、あっ部長!部長!・・・・シマキンだって泣いてるよ、飛出した 海鳴りの中、次第にその声が叫びに変る。 エイヤー! オー! ホレ! エイヤー! オー! ホレ! エイヤー! オー! ホレ! エイヤー! オー! ホレ! −−俺、一生忘れないよこんな音、みなみ、海だよ、スタジオが、いや大晦日の札 幌中、いや北海道中が海になったよ・・・・。 −−あっ、年があけた・・・・年が・・・・みなみ・・・・どしてんだ・・・・みなみぃ! また、どす黒い雲が割れ、輪郭のない月が霞んでその位置のみを示している。 崖下に吹きよせられた雪が、空よりも明るく、青白く光っている。 みなみは、岩場に座りこんで震えていた北山のアタマを胸に抱いていた。 今の彼は、手も、足も、血も、すべて−−心さえも凍り付いている。 「・・・・みなみ・・・・番組は?」北山は開かなくなった目を開きながら、みなみに尋ね た。 「・・・・終りました」 北山が首をたれた。 「悪かった・・・・見えたかな親父に・・・・海の音・・・・俺の声・・・・天売・・・・」 みなみはなにも言出せないでただ黙っていた。 「・・・・・・・・そうかぁ・・・・死んだのかぁ」 北山の言葉に彼女はうなずいた。 北山が声を荒げた。 「・・・・・・・・・・・・なんでだよぉ」 「お父様の部屋中がオホーツクだったわ。お父様・・・・海で死ねた・・・・」 みなみはやっとの事でその事を伝えた。 「そんなのねえよぉ・・・・なんでだよぉ・・・・」北山が彼女の手を振払った。 みなみが振り飛ばされた。 「なんでだよぉ・・・・・・・・どうやって天売に行けっていうんだあ・・・・なあ」 みなみがまた北山の頭を抱く、強く抱く−−そのほかに何が出来るんだろう? 「・・・・海鳴りの向うに天売が見えたよ」彼がようやく鎮まって言った。 「私にも見えました・・・・お父様にだって・・・・」 「・・・・・・・・みなみ」 「・・・・・・・・」 「・・・・お前・・・・あったくて・・・・柔らかいな」みなみの胸の中で彼が呟いた。 「・・・・・・・・」 みなみは、しばらくそうしていたかと思うと、ボアのジャケットを脱ぎ、ブラウ ス一枚の姿になり、そのジャケットを北山に掛け、胸のボタンを外した・・・・ 「・・・・触って」 「・・・・・・・・」 彼女は北山の視線をよけるかのように、顔を横にそむけたかと思うと、手をブラ ウスの背中に回し、下につけていた純白のそれも外した・・・・ 北山の手をとり・・・・その手を自分の胸の丘に導く・・・・ 彼の手が遠慮がちにみなみの胸をまさぐる・・・・ 「・・・・・・・・・・・・なんてやつだぁ・・・・なんてやつだぁ」 彼女が彼の頭を、また胸に抱きしめた「いいんです・・・・いいんです」 −−つい先程までの雪嵐は、嘘のように止み。月が次第に輪郭を現し、降り積った雪 の反射と相まって、崖下の二人を照らしていた−−いつまでも照らしていた。
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