空中分解2 #2728の修正
★タイトルと名前
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§ 札幌から北へ少し上がったところ、国道二三一号線・石狩川河口あたりの海岸線 を、その風景に似合わぬ無粋なバス、つまりボディに局名が入った中継車が走って いる。 みなみが、しばらく黙って運転をしていた北山に話しかけた。 「ついに来ちゃいましたね大晦日が」 「ああ、準備はいいか?」北山がみなみの顔を伺った。 「・・・・はい」とみなみは生返事である。 「そろそろだな」彼が海の方にあごをしゃくった先に、この世のものとは思えない、 大きな石の断崖が見えはじめて来た。 「・・・・初めてです、この辺」みながみよーく見ようとサイドウインドウを袖で擦っ た。北山がヒーターを強くした。 「あと二十キロって感じか−−雄冬岬に着く。それからが大変だ」 みなみがフロントウインドウにオデコをつけ上を見上げた。 「ああ、今夜は満月に近い筈だ。月明りをあてにしてたんだけどな。止みそうにな いな」 「これじゃ多分真っ暗ですね」彼女は中継車の自分と北山との連絡が心配になった。 「インカムがあるよ、インカムが」 −−インカム、無線機だ。 「そうですね、それに局との連絡電話をつけっぱなし、それからミキサー卓・・・・」 彼女がやる事をひとつずつ確かめ始める。 びびったのか?という顔で苦笑いをしながら北山が言った「その前にな・・・・」 「肉体労働でしょ、まかせといて下さい。えーとポケットの中に1−2−3−4、 5コのカイロを入れる予定!」彼女がそのカイロを北山に見せた。 「はは、すげぇな。もっとも氷点下二十度ぐらいにはなる、体感温度を考えると もっとか。俺は漁師の息子だからな、そんなもん無くたって快感ぐらいなもんだ」 北山が強がりを言った、現にカイロなど持ってきていない様子だ。 「いんですか、そんな事言っちゃって」 「シバレ死ぬってか?あはは、大丈夫大丈夫」 というと、北山はタオルで、すぐにも曇ってしまうフロントウインドウを拭いた。 「鼻の奥がツンとするな」さすがにピンと張りつめる冷気の中で北山が呟いた。 みなみがフードを被り、ジャケットの中に口まで潜り込ませた−−海に切立つ雄 冬の断崖の上だ。真っ黒な雲塊がかなりの速さで流れている。 今夜の天候は雪という事だ。しかし、まだ昼下がりであるにもかかわらず、すで にその雪は、降るというよりも、すさまじいまでの突風に煽られ、断崖の下から舞 上がるように降きよせている。 「本当ですね。でもこんな所が札幌の近くにあるっていう事の方が不思議です」 みなみが遠くを眺めながら言った。 「ああ、あまり札幌のやつは知らないようだな。俺がいつも島に帰る時の道だよ」 北山が目を細める−−すぐにも髪の毛の上、眉毛や睫にまで雪がたまり始める。 彼女が寒さに足踏みを始めた「すごいですね・・・・雪」 「たいした事ないよ、下に降りてみれば思ったより降ってない筈だ」 北山が崖下に降りる道を指さした。 「・・・・でも、ここにいると、どっちから降ってるのか・・・・埋れそう」彼女が更にカ メのように、ジャケットに首を潜らせる。 「はは、中継車はエンジンかけっぱなしだ、埋れる事はないよ。まず、その箱をあ けてくれるか」 彼女が段ボールを開けると、中から台所用のスポンジだわしがぞろぞろと出てき た。彼はマイクの風防にそれを使うというのだ。 「マイク一○○本ですか?うひゃ」 それも通常は耐水マイクを使うのだが、足りずにスタジオ用のマイクを持って来 たようだ。 「ああ、かっぱらう様にスタジオのを失敬してきた」 「それで技術部ともめたんですか?」 「そう、喧嘩だよ。貸さないって言ったからな」 北山がいたずらそうな目付きで笑った。 「・・・・で、ミキサーが私になったんですか?」みなみはあきれかえった。 「そういう事。悪い悪い」 「悪い悪い、ばっかしですよ今回は、横チンだってあきれてますよ」 北山がそれで冗談は終りだといった感じで「その百本全部にそのスポンジをくく りつけてくれ。スタンドは俺が下に行って全部組立てる。 これから、ここは満ち潮になるからな、あそこ−−岩に流れ着いてそのままのワ カメがあるだろ、あの線の手前じゃなくて、マイクスタンドが三○センチ程海水に 埋るように、立てるんだ」とやらなければいけない事の説明を始めた。 「わかりました、私がケーブルを降ろします。卓のパンポットは?」 −−パンポットとは、ミキサーの上部についている装置で、例えばセンターにボー カルを置き、ドラムスを左−−のようにステレオの音源を位置づけするものである。 「L(左)R(右)で一○○分割しろ」 「そんな、いくらFM局の卓だって、一○分割ぐらいにしか分けられません」 また、みなみがあきれかえる−−北山の冗談だ。 「大変だぞこれから、暗くなるまでに一○○本マイクを並べて、テストもしなけり ゃな」 「ダイジョブです、体力だけは自信ありますから」 「はは頼むよ、俺は自信ない」 「北山さん!?」 「・・・・・・・・」−−バン! 「てめぇ!」 みなみが北山の顔に、雪のダンゴをおしつけた。緊張をほぐす為に茶目っ気を発 揮したのであろう。 「・・・・それだけ元気がありゃ大丈夫だ」北山は脇の雪をつかむと、自分の顔にそれ をこすりつけるようにして洗い「よーし眠気が吹飛んだ。お前に全部マイク任せた ぞ。俺は下に降りてスタンドを立てる」とそれをわきの下に抱えられるだけ抱え、 崖の下に降りていった。 すでに陽がかたむいてきたのか、あたりが暗くなりはじめた頃にどうにか二人は その百本のマイクを整列させる事が出来た。 −−なんとかそっちが見えます・・・・壮観ですよ、北山さん。 −−テストだテスト。音を作ってくれよ。中継車の中と、外に立った時と同じに音 が聞えるようにしてくれ。 北山は崖下にいて、しばれ死ぬどころか、馬のように白い息を吐いている。中継 車の中では、みなみがその北山に常時インカムで連絡を入れている。 「・・・・・・・・・・・・・・・・うーん」 −−全然だめか?マイクを立てる間隔をもっと広くして見るか? −−またやるんですか? −−やるしかない、やるしか −−わかりました、私も行きますか? −−頼むよ、それじゃ マイクの位置がなかなか思うようにはいかず、その後また三時間ほど時間を費や してしまった。二人はやっとのことで暖かな中継車に戻り、暖をとりながら、その 音源を聴いている。 外は相変らずの雪。いいだけ曇っていた中継車の窓も曇るのを通りこし、凍り付 いたようだ。窓だけではなくあちこちも凍り付き、つららが垂れ下がっている。 あたりは真っ暗だ。その中で中継車の回り10m程だけが浮上がるように明るい。 中継車の屋根にはすでにかなりの雪が積っている。 「天才だよ、みなみ。スピーカーでも外でも、まったく同じ音だ」 「まかせなさい、やるもんでしょ私」みなみにようやく笑顔が戻り、北山も安心し たようだ。 「一応はこれでいい、あと何時間ある?」 彼女が時計を見て答えた「一時間です」 「そろそろスタジオと電話を繋ぎっぱなしにしてくれ。横チン心配してんだろ」 「あっ、はい」彼女がすっかり忘れていた事を思い出し、局に連絡をいれる。 北山が電話を受取る −−おお、横田か?終ったよ今、マイクの幅がなかなか決らなくて・・・・ −−あっ北さん、全然いないんだから、電話してるのに。すぐそっちに行きます −−なに寝ぼけた事言ってんだあ、お前 −−いいですからもう、ここ誰かに頼んで、僕がそっちに行ってディレクションや りますから −−なんだぁ・・・・シマキンがびびったのか? −−違います 「・・・・北山さん!」みなみが目を見開いて北山を見た。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親父か? −−そうなんです・・・・危篤 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 さすがに北山もどうしていいか、わからないで、しばらく黙っていた。その沈黙 に耐えきれないで横田があとを続けた。 −−癌・・・・今年いっぱいという事だったんですね・・・・それで仕事休んで・・・・天売に 行ってたって、お袋さんから聞きました。 −−よーし分った、一時間後に本番だ! 北山がふっきれたように立上がった。 −−北山さん! 北山は電話を切ると、止めるみなみの腕を振切って、岩場に降りて行ってしまっ た。あわてて、みなみが、また電話を入れている。 『あ〜あもう、それどこじゃない』彼女は受話器を置き、外に飛出し、彼を呼んだ。 「うるせい!そこにいろっーみなみ!」声だけが聞える。 「北山さーーーん!」また叫んだ。 「いいんだいんだ」 「しかたないなあ」と彼女は中継車に戻り、また受話器をとった。 −−しょうがないよ横チン、言う事きかないよ北山さん。無理矢理連れて行くとし たらどうやって? −−天売か。そこから北に行った〈留萌(るもい)〉の先にある〈羽幌(はぼろ)〉 からフェリーで行くんだけどさ、一日に2・3本、もうある訳ないよ。 −−なんとかならないかなあ −−ああ、お袋さんと相談したんだ。羽幌までなんとか連れてくれば、近所の漁師 に頼んで船出して貰うって・・・・あっ部長が来た!ちょっと待って・・・・ 『なんとか持ってくれるといいんだけどな』 −−ダメだーみなみ!マグロ漁は秋で終り、船長が全部出稼ぎだとさ、参った。 どっちみち行けないとしたら、やるしかないかなぁ? −−天売、見えそうなぐらいなのに −−しょうがないよ、いいよやろう。選曲とCMの時間確認してくれるか?まった く台本もなんにも作ってくれないんだから −−OK みなみがジャケットのフードを立て、下に降りていった。北山は岩場の水たまり でジーンズの裾を膝まで濡らしながら、マイクの雪をはらっている。 「やってやろうって気になったか、みなみ」北山が笑った。 「・・・・はい、でも」 「親不孝か?」北山が手を休めていった。 「はい」 「はい、か?」 「はい」 「やっぱり、はい、か?」 みなみが思いだしたように「・・・・CMの時間はどうしますか?」と尋ねた。 「CMか・・・・邪魔だよ」 「邪魔?」 「音の邪魔だよ、あんなもん」と北山が答えた。 「・・・・・・・・」 「いくつある?CM」 「六○秒にまとめたのが一二本です」 「六本をカウキャッチ。残りの六本をヒッチハイクにして、番組枠から追出せ」 −−カウキャッチ(番組前CM)ヒッチハイク(番組後CM)だ 「えっ、そ、そんな」 「シマキンには黙ってろ、な」 「スポンサーはどうすんですか?」 「俺が責任とる」 「・・・・・・・・曲は?」 みなみは、もうなんでも北山も言う事を聞こうとは思うのだが、これだけは番組 の軸である、聞いておかなければ、と思った。 「細かい事言うな、あと何分だ?」 「・・・・はい、四○分前・・・・でも」 「大丈夫だ、船の上でなきゃあの親父はくたばらない。例え向ったとしても離島、 どうやって天売まで行く?調べてくれたんだろどうせ」 北山がまた「いいんだいんだ」とマイクの点検を始めた。
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