空中分解2 #2723の修正
★タイトルと名前
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『それでなくとも暑苦しい夏なのに・・・・』とみなみが窓から外を、浮かぬ顔で眺め ていた。先週日曜の〈本番〉の事を思い出していたのだ。 その日彼女はいつもより30分程早く出社し、当日やって来る〈大御所〉のプロ フィールに目を通すと、玄関に出て彼の到着を待っていた。 −−そろそろ、大御所先生がノースFMに来る頃である。彼女が局の玄関前に立ち、 その先生のクルマが到着するのを待っている−−と間もなく、黒塗りのハイヤーが 玄関に横付けされた。 『おおっと、来た来た』素早く彼女はクルマに駆けより、後ろのドアを開けた。 「あっおはようございます初めまして。わたし神崎みなみと申します。本日ディレ クターを努めさせて頂きます。お疲れの所、わざわざいらして頂きまして、大変申 し訳ございません」馬鹿丁寧に挨拶をし、深々とお辞儀をした。 「いや」と大御所が高みから言う。 「こちらへどうぞ!」とみなみはロビーを駆出し、エレベーターのボタンに向った。 するとあくまでゆっくりと大御所がエレベーターに乗込んで来る。 「先生!北海道は?」とみなみが尋ねると「三度目だ」と彼女の方も見ずに先生が 答える。 「そうですか。先生はどちらのご出身ですか?」満面作り笑いである。 「・・・・知らないのかね」結局、大御所は彼女の質問に答えない「す、すみません」 「・・・・あと三十分程で本番に入りますので、よろしくお願いします。新曲の〈恋人 岬〉の事は、勿論お伺いしますが・・・・」 「夫婦岬だよ夫婦」大御所が初めて彼女の顔の方を向いた。 「あっそうです夫婦です。失礼しました、そうです」 「今時の若いコはしょうがない」 「すいません勉強不足で・・・・こちら控室です。お呼びに参りますので・・・・それから 先生、あのぉ、仕事以外のご趣味もお伺いしておきたいのですが」 「・・・・知らないのかね」 なんかプロフィールに書いてあったか?と彼女が記憶を辿っていると「ゴルフだ よ、ユーメイですけどね」と返事が返ってきた。 「あっそうでしたね、シングルなんですよね!」 「・・・・お茶をくれんかね」・・・・今度はお茶か「失礼しますっ」と彼女は後ろむきに ドアを閉めながら一礼をし、水場に走る。 振返るとマネージャーが控室のドアを開けて廊下に出てきた。 「問題だなあ君!先生は懐が広い方だから、まだいいけどねぇ・・・・」 「失礼しました」ペコンと彼女が頭を下げ言うと、マネージャーは「なんか考えな さいよ、プロモーションメニューを」ときた。 ・・・・プロモーションメニュー? 「だからね、先生の曲だよ」 「恋人岬ですよね」 「夫婦岬ですよ夫婦」・・・・また、やってしまった。 「その夫婦岬を〈今月の歌〉にするとかね、あるでしょ」 さすがに敵もさるもの、これを毎週かけろというのだ。 「機嫌とっておきますからね、よろしくお願いしますよ、まったく!」 マネージャーは言捨てるように言うと、トイレにでも行くのか、鼻歌を歌いなが ら去っていった。 そんな具合に〈嵐のゲスト出演〉が終っても、その後のお見送りがまだある。 「先生!今日は大変有難う御座いました。夫婦岬、私まだ二十三才ですけど、今日 初めて聞かさせて頂き、感動致しました。絶対にこれはヒットすると思います。今 月一杯、これを毎週かけさせて頂きたいと思います。今日は本当に有難う御座いま した」 生放送は当然まだ終ってはいず、ミキサーに任せきりで進行中だ。 しかし、また彼女はエレベーターのボタンを目指して短距離競走という事になる。 先生よりも早く来たエレベーターにまず乗込み、「開」のボタンを押し、先生の 到着をお待ちする。そして、ゆっくりとやってきた先生と入れ替りにエレベーター を降り、そのエレベーターの閉りかける扉に向い、最敬礼をする。 「有難う御座いましたあ!」 それでまた短距離競走をし、ゲストコーナーを終え、かつ残りの番組内容を続け る−−というすさまじさである。 それに語源はわからぬがバーターというシステムというのか、なんなのかがある。 これは、つまり『先生を出すのであれば、新人も出して頂きたい』という脅迫めい たプロダクションのブッキング技なのである。これに寄切られてしまうと、更にト ンデモネエのが来る事になる。 みなみがボオッとそんな事を考えていると「なにボケッとしてんだ」といいなが ら、北山がどさどさと靴音を立ててやって来た。 「あっ、オハヨウゴザイマス」 夜でも昼でもオハヨウゴザイマスだ。 「番組の事か?」北山が聞いた。 「はいぃ。好きでもない事やって・・・・会いたくもない人にあって・・・・怒られて」 「はは、そうか。よーし飲みいこ!」 飲むのもいいが、まだ仕事が残っている。彼女が翌週のナレーション原稿を指さ して、肩をすくめた。 「そんなもんほっとけ、いくぞほら」 『しょうがないか』と彼女はその原稿をバッグにしまい、立上がった。 特設ビアガーデンで賑やかな大通り公園を歩いていくと、十丁目あたりに通りと 直角に細い小路があり、そこにうす汚れた小さなパチンコ屋があった。 「ほら」立ち止った北山が、そのパチンコ屋の上を指さした−−〈小料理 天売〉 という看板。 「天売?いつもここですか?」彼女が聞くと、北山はうなずいて、パチンコ屋の脇 の階段を早足で上がっていき、引き戸をあけて暖簾をくぐった。 「あら!北さん、いらっしゃい」 小さな細っこい店だ。奥にひとりだけでいた女性が立上がった。 「おう!連子、元気か?」 「北山さん、珍しくお連れなの?」その着物の女性が言った。 「同僚だよ」 「あら?お若くて素敵な同僚!」彼女はまったく信用していないようだ。 「素敵か?こいつが」北山が上半身を反らし、隣のみなみを眺めた−−みなみが北 山を睨む。 「ああ、紹介しなきゃな、こいつ連子、島の幼なじみだ。倍賞千恵子みたいだろ、 汚ねぇ赤提灯のよ」 「倍賞千恵子はいいけどね、汚いはないっしょ」彼女が笑った。 なんか気さくな人だとみなみは思った。 「初めまして。ノースFMの神崎みなみです」 みなみが言うと、連子が「あらホントに同僚なの」とびっくりした。 「ふふ、北さん、先輩面して無理矢理連れて来たって訳ね、断れないわよね」 「そうなんです」みなみが笑って答えた。 「連子!〈生〉くれよ」北山が生ビールを頼み、みなみの方を向いた。 「私?レモンサワー下さい!」北山が飲めんのか?という顔でみなみを見た。 「私、全然酔わないんです、お酒」とみなみがいうと、北山がおどけて両手を上に あげた。 「食うもんも頼めよ、旨いんだぜここ」 「旨いなんて言った事ないっしょ」カウンター越しに連子が言った。 「うるせーなー、このいいふりこきのがんべたかり!」 北山が突然怒鳴ると、連子が「小っちゃい頃となんも変らない−−その、がんべ たかり」と言って大笑いをしだした。 みなみはその意味が分らないで、二人の顔を相互に見た。 「知らないのお前?ええカッコしの、おデキ持ちだよ」 「へんなの。連子さん、キンキ焼いて貰っていいですか私?」と彼女が頼むと、連 子がカウンターの下から赤い魚の〈開き〉を取出してみなみに見せた。 「赤いオベベ着ちゃって、デッケェ目玉。それじゃ共食いだな」 北山がそれを見てみなみをからかった。 「いいんですっ」 連子が北山に『止めなさい』とばかりに手を振った。 「連子、お前もなんか飲まないか」 「私?いらないわ」 彼女が網の上に、そのキンキを乗せ、換気扇のスイッチを入れた。 「ちぇ、どうせお客なんて、あんまり来ないんだろ」 「じゃ、ビール頂こう」連子が冷蔵庫から小瓶を取りだし、栓を抜いた。 北山がその連子を指さして「みなみ!こいつ俺のチンチン見た事あるんだぜ」と いった。みなみの目がそのキンキのようになった。 「本気にしないでよみなみさん。子供の時・・・・よく浜で遊んだの」 「ああ、そうなんですか」 「こいつの親父も漁師でよ、ホッケ捕ってらホッケ」 「本マグロの刺身あるか?」 北山が言うと、連子が「またか」とばかりに笑いながら首を横に振った。 「なっ、貧乏な店だからよ、置けないんだよ本マグロ」 みなみが北山の冗談に困り果て、連子を見た。 「あんな脂っこいの体に悪いわよねー、みなみさん」 「それじゃホッケで我慢するか」 「別に我慢して食べて欲しくはないわよ」彼女が鼻に皺を寄せながら言った。 「ところで連子なぁ、こいつよ、演歌嫌いなのによ、演歌の番組ズッとやっててな。 大御所のゲストに虐められて元気ないんだ。先週もよ、なんだっけ、なんとか源 五郎だっけ?」 「いいんです北山さん、連子さんにまで・・・・」 「あらっ可愛そう。私、演歌好きだから代って上げよっかな」 「・・・・本当に、代って貰えるもんなら」 「演歌の歌手って、いばってるの?みなみさん」 キンキの焼き具合をみながら、連子が聞いた。 「う〜ん、でもやっぱり、えらい先生ですから」 「でもどうせ、みなみさんが、生れる前にヒットを飛ばしたお年寄りなんでしょ」 連子が聞くと、みなみがうなずいて言った「北山さんが、おだて上げてれば問題 ないって・・・・」 「だめか?それでも」北山が振向いた。 「ええ、なんか巧くいかなくて」 「ふふ、おうむ返しよ、みなみさん」連子がいった。 みなみには何の事かわからなかった。 「それやっときゃ、間違いないわよ」 「なんですか?それ」 「私は対人専門家ですからね」連子がポンと着物の胸を叩いた。 「えっ、対人専門家?」 「この店、もう十何年もやってるのよ」 「ああ」やっと、みなみにもその意味がわかった。 「相手がなんか言うでしょ、それを繰返せばいいのよ、繰返せば」 「はい?」 「あのね、漫才のボケいるでしょ、あのボケやればいいの」 「おお連子、たまにはいい事いうじゃねえか」 「じゃあそこの北さんが大御所とする。はい、私になんか言ってみて?」 それを聞いた北山はビールを飲干すと「よしよし・・・・私がぁ権野助三郎だぁ、よ ろしく頼むよ連子さん」としゃがれ声でふんぞり返って言った−−連子がすぐに答 える。 「先生、凄いですね新曲!」 「ああ?夫婦岬か」 「そうっ!夫婦岬」 「あの詩には、思いいれがあってな」 「へぇーやっぱり思いいれが!普通の詩じゃないと思ってました」 「あれは私が若い頃に・・・・」 「あらーお若い頃に!」 「福井だったかな」 「福井、情緒のある町!」 「恋人がおってな」 「福井の人っ!なんて素敵」 「色々あって、その思い出を作詞家に・・・・」 「へぇー作詞家に?」 「上野くんだよ、上野三郎」 「あらっ上野さん、好きっ、あの人!」 「あいつもなかなか、ワビサビのわかるやつで」 「ワビサビ大好き、やっぱり日本人!」 「演歌は日本の心だよ、日本の」 「そう日本の心は演歌ですねぇ。やっぱり先生が一番!」 −−パチパチパチ、唖然として見ていたみなみが、我に返って拍手をした。 「・・・・はあーーーたいしたもんだよ連子」北山も笑いながら拍手をした。 みなみは『来週から、絶対それをやってしまおう』と心に決め、レモンサワーを 飲干した。 すぐそれをやってしまうのが、やはり、みなみのみなみたる所以。翌週からは、 なんとも、この連子式対人方法が功をそうしてしまうのである。 しかし、まあ演歌番組も慣れてくると、やっと正面きって彼ら演歌歌手のサクセ スストーリー。あるいは、ぐちゃぐちゃの苦労話しなど。そんな彼女の耳にも聞え てくるようになる。 これがどれもこれも、意外や苦労人で、例えば相当な重病を克服して再帰したオ バサン。涙涙で温泉どさ巡りのオッサンなどなど、なんとなく、シゴトにかける情 熱が、思いがけず分ってしまったりして、時にはもらい泣きをしてしまった事もあ った。 しかし、よくホールで出会う生意気なロック歌手なんかよりは、数段プロである のは間違いないか・・・・これも一種の人生勉強かな?思っていたよりは嫌でもない。 「やるだけやるわ」彼女はひらきなおりでなく、そう思っていた。 難題をかかえ手間のかかる番組ではあったが、こうして彼女はその後数カ月にわ たり頑張り抜き、番組を順調にこなしていった。
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