空中分解2 #2710の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「声、落とせよ。それで根本さん。僕の役目は、この暗号を解き、警察にハイ どうぞって差し出し、賞状を受けることなの?」 「そこまで言ってないけれど……。だって、これ、本当に横倉先生の事件に関 係あるかどうか分かんないでしょ。警察に渡してから、もし関係ないって分か ったら、恥ずかしいじゃない。だから、先に桜井君が解いてくれないかなって」 「……試験勉強の合間に、暇潰しで考えるんでいいんなら」 面倒に思わないでなかったが、何と言っても根本と話ができるのは悪くない。 「それでいい。でも、努力はしてよ」 「紙、もらっていい訳?」 「ええ。でも、コピーしとくのが賢明かも。じゃ、頼んだわよ」 そう言うと、彼女は女子がかたまっている方に行ってしまった。 どうして彼女が僕の推理小説好きを知ったのだろうか。女子の間で自分の趣 味が噂になるほどだなんて、うぬぼれちゃいない。 その謎は、すぐに解明された。根本の後ろ姿を追っていたら、短い髪の女子 の横についた。鹿島景子。僕の幼なじみってほどじゃないが、何か縁があるの か、幼稚園から高校まで、ずっと一緒だった。クラスも二度ほど違っただけで、 ここ数年はずっと同じ。鹿島なら、知っていても当然。たまたま根本の話を聞 いた鹿島が、いたずら心もあって僕のことを話したに違いない。 僕はすっきりした気持ちで、国吉とのだべりに没頭することにした。 「今、帰りか?」 見たら分かるだろう、という言葉を飲み込み、僕は白井に挨拶した。教師、 しかも自分の担任と電車の中で会うなんて、間の悪いものだ。さらに、自分に は連れがいない。 「いつも一人で帰ってるんか?」 「いえ、今日は部活で遅くなったから。友達には先に帰ってもらいました」 「部活か。もう試験週間に突入ってのに、偉く遅くまでやるんだな」 「締めくくりって奴ですよ」 話題を換えようと白井の手元をのぞき込む。予想通り、釣りの雑誌だった。 「釣り、面白いですか?」 「面白いとも。釣りったって、そこらの川でぼけっと待っている奴じゃないん だぜ、俺のは。船に乗り込んで沖まで出て行く奴さ。いいか、大物がかかった ら、こう、ずんと来てだな、そのときの手ごたえと言ったら……」 やめてくれ、他人の目もあるんだ。身振り手振りはみっともない。 「先生みたいな若くてスタイルもまあまあな人が、電車通学は似合わないなあ」 僕はさらに話題を転じようと、努力する。 「ばか、通勤だ。そりゃ、車は欲しいさ。だが、釣りを趣味にしているのと旅 行にも行ったりで、金が貯らんのだ」 「そう言えば、夏休みに中南米の方を旅行して来たんでしたっけ。水木先生や 松谷先生と」 「それに小澤さんもだ。土産話なら、二学期の初めにいっぱいしただろ」 何故か急に機嫌が悪くなって、白井はこの話をしたがらない様子だ。男の教 師二人と女の教師二人で行ったんだ、何かトラブルがあってもおかしくないか。 「おっ。俺、ここで降りるんだ。桜井、おまえも気を付けて帰れよ」 しばらく黙っていた白井は、車内にアナウンスが流れると同時に立ち上がり、 こう言いおいてプラットフォームに消えていった。 吉野刑事は、鑑識からの報告を聞いて、不審感を強めた。 「それでは、横倉和代の死因は、転落によるものでないと」 「その可能性が高いということです」 「現場の状況は、三階の窓から飛び降りたようになっていましたが」 「犯人が鈍器か何かで被害者を殴り殺した後、窓から落としたと考えられます ね。ま、ほんの少しですが、飛び降りて地面に激突したときに大きくバウンド し、二度の衝撃が加わったという可能性も残っています。しかし、転落現場に そのような痕跡はないというのが、あなた方の報告でしたな」 「その通り」 「では、間違いない。被害者は殴殺された後、三階から落とされたのです」 「ほう。これで殺人事件と断定できた訳ですな。いや、どうも」 吉野が礼を言うと、鑑識課員は黙ったまま頭を下げ、机に向かった。 「そうなると、横倉和代の薄着の理由と、靴の砂の検査が必要だな」 吉野はぶつぶつ言いながら、部屋を出た。 発見された横倉和代の遺体は、当初からおかしな点がいくつかあった。 まず、暖冬とは言え十二月に、横倉がブラウス一枚だったことである。あま りにも不自然で、セーターかコートを着ていなかったかと教師らに聞いて回っ たところ、遺体となって発見された日の昼間も、コートを羽織っていたとのこ とだった。そのコートは、まだ見つかっていない。 次に下駄箱に残された靴だ。遺体は上靴を履いていた。これはいい。横倉は 校舎内から飛び降りたことになっているのだから。だが、下駄箱にあった外靴 には、不自然な土の着き方をしていたのだ。両足のかかとを立てて引きずった ような痕跡で、その土質はどうやらグランドのものらしかった。小柄な横倉を、 犯人が引っ張って行ったのではないだろうか。 三つ目はやはり、遺書がなかったことだ。自殺だからと言って必ず遺書があ るものではないが、疑問の一つになる。そもそも、横倉和代は極普通の中年女 性という風評で、そんな女性が遺書を残さず衝動自殺するのはおかしい。 かと言って、問題の三階の窓は誤って転落するような造りにはなっていなか った。鍵の方も、当夜の宿直・田西が閉じて回っていた。 「しかし、他殺となると、怪しいのは……。その田西が筆頭だな。まあ、動機 ってのは調べてみなけりゃ分からんが……」 新聞に小さく出ていたけど、横倉の転落死は他殺と断定されたらしい。とな ると、根本からもらった紙は、マジで重要な物なのではないか。それだと、す ぐにでも警察に提出するのが筋だろう。それも、根本の手から。 しかし、推理小説好きの性ってのが、ここで頭をもたげてくる。言われた通 り、コピーはとっておいた。コピーさえ手元にあれば、暗号解読は可能だ。だ が、警察に渡すと同時に解答も付けてやれたら、どんなに爽快だろうか。ミス テリマニアのくだらない夢である。 警察への提出は一日遅らせることに決めた。月曜からの定期試験の勉強でお 預けになっていたが、今日は暗号解読に費やそう。なに、簡単に解けるものさ。 まず、楽譜に擬しているとは言え、いかにも暗号っぽいことから、それほど 手の込んだ物ではないだろうと考えた。まあ、勘だが。 単純な暗号としては、日本語をローマ字で表現するものがある。つまり、A IUEOの母音とKSTNHMYRW等の子音の組み合わせで表現するのだ。 五線符には十の符号を記せる。順にAIUEOあるいはAKSTNHMYR Wをあてがえば、簡単に表現できるのではないか。上下の問題はあるが。 とりあえず上から、つまり高音のファにA、ミにK、それから順番にSTN HMYRWを当てはめてみる。最初はMだ。僕の考えでは、次は母音が来るは ずだから、高音のファからAIUEOをあてはめる。すると、二つ目はAとな るから、二つ合わせて「ま」となる。この調子でやると、「まやくたにしらい ころS」となる。最後のSが浮いてしまう。最後の印は子音ではなく母音で考 えたらどうだろう。要するに、一文字で読めるように考えるのだ。AIUEO をあてはめると「う」。これなら「まやくたにしらいころう」になる。 最初の三文字は「麻薬」で間違いないだろう。四文字目からは「たにしらい ころう」で、九文字目の「こ」が二分音符で書かれているから、濁音と考えて みる。つまり「ご」とする。これで「たにしらいごろう」、つまり「田西頼五 郎」となるのだ。これは、宿直していた田西の姓名とぴたりと一致する。 思っていた通り、簡単に解けた。普通の人間が考える暗号は、この程度さ。 根本に電話するため名簿を探すが、見つからない。そこで今度は連絡網のプ リントを探す。やっと見つかった。し慣れない相手に電話するのは一苦労だ。 「えっと、根本貴恵さんの同級生で、桜井仁と申しますが」 「何だ、桜井君か。私よ」 「え、根本さん? 全然、声の感じが違う」 「そんな老けた声かしら?」 「いや、そんなことはないけど」 「それで何? 暗号が解けたの?」 「うん、まあね」 少し口調が誇らしげになるのが、自分でも分かった。 「その前に新聞、見た?」 「横倉先生の記事ね。見たわ」 「あれが他殺だと判断されたからには、君からもらった紙片、警察に出さなき ゃならないと思うんだ。それも、君の手から」 「えー? それ、嫌だなあ。だって、あれじゃない。言うなれば、証拠を隠し ていたことになるかもしんない。怒られちゃうわ、きっと」 「そんなことないって。何も知らなかったんだし、あのとき、警察は僕達生徒 には何も聞いてこなかった。それで充分じゃない? その上、これから僕が言 う解答を添えてやれるんだ。文句を言われる筋合いはない」 「そうかしら。まあ、いいわ。暗号の解読の方を聞かせて」 僕は、なるべく簡単に話した。しかし、今は根本の方には問題の紙片がない のだから分かりにくく、感銘は与えられなかったみたいだ。失敗。 「……じゃあ、これからどこかで会える? 紙切れ、持って行くからさ」 「うーん。勉強しろってうるさいんだけど、ちょっとぐらいなら。駅の近くに ある『グイン』、知ってる?」 「あ、小さな喫茶店」 「そう、それ。そこで待ってるから。午後二時がいいわね」 試験一日前の日曜、昼間からデート気どりか。悪くない。「グイン」は何度 か入ったことがあった。うちの学校は、制服さえ着ていれば、種々の店に割と 自由に出入りできた。ここの店は、どちらかと言えば女の子向きで、SFある いはファンタジーっぽい絵柄のカップやらケーキ皿やらが受けているらしい。 根本の姿はすぐに見つかった。店の奥、四人掛けの椅子に、レジに背を向け る格好で座っているのが、鉢植えの緑の隙間から認められた。無論、制服姿だ。 その席に近付こうとしたら、もう一人、女生徒の姿が目に入った。トイレに でも立っていたか、その彼女は現れるなり、当然のように根本の横に腰掛けた。 「鹿島さんじゃないか」 僕は思わず、声を上げていた。二人が振り返った。 「あ、来た来た。こっちこっち」 「根本さん、どうして鹿島さんを?」 僕は二人の前の席に回って、にこにこ笑っている根本に聞いた。 「二人きりで喫茶店にいたりして、誰かに見られたら、変な風に取られかねな いじゃない。だから鹿島さんにも来てもらうよう、頼んだ訳」 ストローを噛む根本。ふむ。色々と気を回してくれてんのね。 「何か頼んだら」 鹿島は、不愛想な口ぶりだった。こちらの注文が決まったかどうかも確認し ない内に、片手を上げてウェイトレスを呼んでしまう。 「何を」 いつまでも迷ってられないので、アメリカンにした。 「さ、話をどうぞ。私は聞くともなしに聞いてるから」 ウェイトレスを見送りつつ、鹿島はそう言うと、片肘をついた。 「とりあえず……問題の楽譜を」 僕はポケットから紙片を取り出すと、テーブルの上に広げた。無論、本物の 方だ。続けて、暗号の解読方法を再度、説明する。 「あー! やっと分かったわ。うん、お見事って感じ」 説明終了後、根本は不意に大声を出したので、コーヒーを運んで来たウェイ トレスが手を震わせてしまった。 「じゃあさ、田西先生がやっぱり犯人?」 「可能性は高くなったと思う。これが真犯人による偽装でなければね」 「どういうこと?」 「楽譜の筆跡が、横倉先生のものに間違いないと確認されるまで、偽装の可能 性もあるだろ? それまでは安心できないってこと」 「そっか。でも、田西先生が、なんで横倉先生を殺さなくちゃならないの?」 それはこっちが聞きたい。 「麻薬ってあるくらいだから、それが関連しているのかもしれない。まあ、こ こからは完全に警察の仕事だよ」 「そうね。じゃあ、疑問も一応は解けたことだし、警察に渡さないとね。答も 言っちゃっていいの?」 と、問題の紙片をしまいながら根本。 「どうぞ。根本さんが解いたことにすればいい。でも、拾ったときの状況は正 確に伝えるべきだと思う」 「分かったわ。あ、それじゃ私、帰る」 店内の時計を見やったらしい彼女は、ついと立ち上がると、赤い小さな財布 から小銭を取り出し、テーブルに置いた。 「お金、置いとくね」 「あれ、鹿島さんと一緒じゃないの?」 その声は聞こえなかったか、根本は小走りに外に去ってしまった。 鹿島はと言えば、頬杖をやめてこちらを見ていた。 「仲々、面白かった。でも、気に入らない。あんたは遊びでしか暗号を解こう としていないんじゃない? そりゃあ、根本さんだってお遊び気分に違いない けど、あんたのは悪質よ。下手をしたら間違った方向に他人を導いちゃうわ」 「何だよ、いったい」 一方的に言われ、腹が立った。 「暗号解読にも問題あると思うんだけど、せめてね、仮に田西先生が犯人だと して、どうしてあの人が、自分が宿直のときに、学校で犯罪をしなきゃならな いかって、考えてみた?」 確かに、暗号を解けさえすればいいと思い、その点は気が回っていなかった。 「探偵ごっこもいいけど、利用されない内に警察にでもカードをさらし、身を 引きなさい。その方が賢いと思うな」 鹿島はなおも一方的に言うと、こちらの言葉なんぞ最初から無視し、さっさ と立ち上がって、さっきの根本と同じように代金を置いた。 「ごちそうさま」 何の皮肉のつもりか、彼女はそう言い残して店外に出て行った。 −−続く
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