空中分解2 #2639の修正
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『高空の三式戦』 ●あえぐ陸軍三式戦闘機● 高度1万メートルに到達した陸軍三式戦闘機が三機。過給機(タ ーボチャージャー)なしの通常エンジンの戦闘機の高度としては、 限界高度だ。 操縦竿を握る。強烈な冷気のために頬が紅潮しているのが分かる。 吐く息が白い。飛行服に包まれた身体が、寒さでがたがた震えてい る。動きが鈍い三式戦闘機。まるで水中を行くようにのろのろと空 中を漂っているようだ。 高度は1万100メートル。僚機の1機が、にわかに高度を下げ る。強烈なジェット気流に流されて機位を失ったようだ。残るはた ったの2機。一度高度を失うと、たちまち1000メートルは降下 してしまう。 地上からの無線は彼に雑音しか届けてこない。雲量は0。快晴。 はるか眼下には関東平野が広がっている。美しい春の緑が一面に広 がり、利根川が太陽を反射しながら平野を裂いて流れている。 のどかな高度1万メートルからの眺め。まるで天国だ。 ●B29迎撃のためだったのか● そのとき、隣を飛行していた僚機から手で右方向を注視せよ、と いう合図が出る。右方向を見る。高度1万メートルをものともせず、 およそ四十機の超重爆撃機B29の編隊。美しい。塗装なしの銀色 の胴体が、太陽光線を受けて、きらきら輝いている。 相手はこちらを視認したはずだ。しかし進路を変えない。迎撃の 日本機が2機しかいないのでけちらして進むつもりなのか。距離が たちまちのうちに縮まる。 僚機の合図。突撃。それを見て、敵編隊の上からかぶさるように 攻撃態勢を取る。直下方攻撃。うなる三式戦の20ミリ弾。吸い込 まれるようにB29の巨体に命中するが、手ごたえはない。 B29四十機編隊の強烈な防御弾幕。風防の外側は、敵が放つ、 たけり狂う焼けた銃弾の洪水だ。真っ赤な弾幕をものともせず、直 進する三式戦。攻撃機会は、これが一度だけ。一度射撃したら、も う二度目の攻撃は不可能なのだ。高度1万メートルでは三式戦より 優速なB29。ふたたび取って返すことも出来ない。 ああ、だめだ!撃ち落とせない。横を怒れる貨物列車のように通 過するB29の群れ。瞬間決意して、傍らを通過する敵機の機体に、 乗機を体当りさせようとするが、そう簡単にはいかない。体当りし たい気持ちとは裏腹に、三式戦は最後尾のB29の垂直尾翼をかす めて通りすぎる。高高度では思うように動けないのだ。 ●ばか参謀の罵倒に怒る● 弾丸のすべてを撃ち尽くし、虚しく飛行基地に着陸すると、B2 9の投弾によって市街地は火の海だ。右の翼を激しく撃ち抜かれて いて、乗機もずたずたになっている。 基地の司令官が、たまたま督戦に来ていた参謀とともに、やって 来る。ねぎらいの言葉があるのか。 しかし、参謀がわめいた言葉は『みておったぞ!貴様、貴様はな ぜ体当りをせんのだ。やればできたはずだ!』という罵声。おまえ がやってみろってんだ。高度1万メートルを満足に飛べる兵器を作 れないくせに、地上で見物していただけのくせに、言うだけはえら そうなことを! じっと不動の姿勢でいた。 ●武装と防御を外す整備員● 翌日、基地整備員が、新しい三式戦闘機を整備している。 『それ、外してくれないか』 『え。。』 『弾薬も半分でいい。12.7ミリは50づつで頼む』 『ですが。。。』 『軽い方が7分は違うからな。できるだけ軽くしてくれ』 高度1万メートルまでたどりつくのに50分くらいはかかってし まう。しかし、操縦席後方の防弾板を外し、燃料タンクの防弾ゴム を外し、防寒用の電熱服を地上に残し、銃弾を減らせば、いくらか 早く上にたどりつける。軽くなるぶん少しは運動性能も良くなる。 だが、防御を削ると生還の可能性は少なくなる。 『頼むな』 声をかける。 ●今日も出撃する● 「敵大型機60機編隊が侵入」の警報とともにこの日も出撃。基 地から十四機が発進する。4番目に離陸した。高度6000メート ルに達するまでに、エンジントラブルで六機が脱落。三式戦2型の 川崎製ハ一四〇液冷倒立十二気筒エンジンは不調が多い。残りは八 機。 高度6000メートルから先が時間がかかる。防御と武装を軽く した本機だけが、突出して上昇する。それでも、高度1万メートル にたどりつくのは、やっとの思いだ。今日は雲が広がっていて、地 上はほとんど見えない。僚機は、まだこない。 呼吸が苦しい。酸素瓶から酸素を吸入して正気を保つ。かさばる 電熱服を着ていないので動きは楽だが、とにかく寒い。氷点下20 度。膝が寒さでがくがく震える。早く戦闘になればいいのに。 20ミリ弾の試射。一連射しただけで故障する。後は発射しない。 主翼の12.7ミリ機銃しか使えないとは。しかもこちらは弾薬を 50発づつしか積んでいない。普通なら引き返すところだ。 『またか』 ひとりごとのつぶやき。日本の航空機銃は故障や不発が多かった そうだ。 ●B29編隊が進路を変える● 『うー、ううー』。頼みとする20ミリ機関砲の故障で不安に駆 られ、うめき声を出した。しかし引き返さない。やがてB29の大 群が視界に入る。遅れてきた僚機の編隊が、本機よりもかなり遠く にあがってきた。B29編隊はゆるやかに進路を変える。巨人機の 大編隊の進路を変えることは容易ではない。空中衝突の危険が大き いからだ。しかしB29の編隊は、それを簡単にやってのける。優 れた空中無線機で緊密に連絡を取ってこそ初めて出来る芸当だ。 相変わらず雑音を伝えるだけの三式戦の無線機。 空ぶりしつつある味方編隊。B29編隊が進路を変えてきた方向 には、本機だけがいる。機を左にゆるく旋回させて、昨日と同じ反 航戦を避ける。お互い高速ですれちがう反航戦では、攻撃機会が一 度しかないから。 ●三式戦は突撃する● まもなく双方の射程距離に入る。高速機動する三式戦。1、2、 3番機までをやり過ごし、4番機の下からもぐり込む。はなから体 当りのつもりだ。射撃しないまま機首を上向きにするが、空ぶり。 4番機はすり抜けて行った。 しかし後続のB29が続々といる。そのまま上向き姿勢で出食わ したB29に向けて12.7ミリ機銃の射撃。至近距離なのに効果 がない。やはり12.7ミリでは致命傷が与えられないのか。射撃 しながら巨人機の下腹部にもぐり込む。三式戦の住友ハミルトン式 三葉プロペラが、巨人機の腹部をえぐりとる。 下部銃座をはぎ取り、なお推力が残っているので、そのまま右翼 内側のエンジンに体当りする。双方の速度差が少ないので衝撃はそ れほどない。バリバリバリバリー。鈍い破砕音が断続的に響く。こ れまでだ。風防を開けて脱出する。 体当りは成功したのか。遠景に、下部銃座をもぎとられ、右翼内 側のエンジンから白煙を引いたB29一機が、徐々に編隊から脱落 して行くのが見える。撃墜にいたるかどうかは定かではなかった。
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