空中分解2 #2613の修正
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7 ぼくは美咲を見た。美咲の華奢な身体には、すでに放射能が入り込んでいるのだろ うか。自覚症状はないのだろうか?美咲は、ぼくの視線の意味に気付くと、軽く手を 振って、ぼくの心配を退けた。 「心配しないで。わたしもたまたま、その日は旅行してたのよ。放射能は浴びてな いと思うわ。吐き気や下痢もないし」 「それは、幸運でしたね」額田医師がため息をついた。「私たちにも、数日前から 症状が出始めました。予想はしていたのですけれど、やはりショックでしたね」 「市外に出て、事実をマスコミに訴えたらどうです?」ぼくは訊いてみた。 「それこそ、私たちがあなたにやって欲しかったことだったのです」額田医師は、 残念そうに答えた。「私たちは、すでに監視されているのです。柳瀬君は何度も、車 で脱出を図ったのですが、だめでした。いつも、あのヤクザが尾行していたのです。 もし、強行に定倉市を出ようと試みれば、事故に見せかけて殺されるでしょう。高原 君たちのようにね」 「何ですって?」ぼくは思わず訊き返した。額田医師は悲しそうに頷いた。 「高原君と荒川さんは、車で脱出しようとしたのです。手に入った数少ない証拠の 資料を持って、市外の新聞社に駆け込むつもりだと言っていました。必死に止めたの ですが、聞き入れませんでした」 「そうだったんですか…」ぼくは美咲と顔を見合わせた。美咲の顔は蒼白だった。 鏡を見ているようなものだ。ぼくの顔からも血の気が引いているのが分かった。 「電話回線も監視されています。今はこうして、何とか監視の目をごまかしていま すが、敵もそのうち業を煮やして、私たちを抹殺してしまうかも知れません。でも、 あなたにまでは、監視は行われていないでしょうし、友人の葬式に来たのなら、すぐ に定倉市を立ち去っても、誰も不思議には思わないでしょう。 しかし、それももはや不可能です。あなたは監視の注意を引いてしまいました。安 全に市を出るには、相当な努力が必要だと思います」 正直言って、だまされたような気分だった。しかし、元はと言えば、自分で巻き込 まれることを選んだ様なものだったのだ。額田医師らを恨むのは筋違いというものだ ろう。 「これからどうするんですか」再び美咲が、小さな声で訊いた。 「何とか、市外に出る努力をしてみるしかないでしょうね」額田医師は絶望のため 息らしきものをついた。 「警察は…」ぼくは口を開いたが、額田医師は首を横に振った。 「警察へ行こうとする素振りすら見せようものなら、たとえ警察署の前で発砲して でも、阻止しようとするでしょうね」 額田医師の言葉に、全く発言しないでじっと座っていた男が、ピクリと眉を上げた。 しかし、やはり何も話そうとはしなかった。そもそも、この男は誰なのだろう? ぼくが、その疑問を口にしようとした瞬間、外から小さく叫ぶ声がした。 「灯を消せ!誰か来る」甲板にいる若い男の声だった。柳瀬が、ルームランプのス イッチを、叩きつけるように切った。キャビンは暗黒に包まれた。 不意に誰かが、ゆらりと立ち上がった気配がした。場所からして、あの無言男に違 いない。影のように、ぼくのそばをすり抜けると、キャビンの入り口へ向かった。わ ずかな淡い月明かりが、入り口からもれていて、背の高い影が映った。 「夏目さん」額田医師が心配そうに呼び止めた。男は振り向き、親指を立てて答え ると、そのまま外へ出た。 「あの人は誰なんです?」美咲が囁いた。 「刑事さんよ」額田医師も声を潜めた。「高原君たちの事故の担当だったらしいわ。 何か、事故としては不審な点を見つけて、殺人の疑いを持ったんだけど、市長からの 圧力で捜査を打ち切られてしまったの。それでも、独自に調査を進めて、私たちに出 会ったんです」 「表の若い人は?」と、ぼくも訊いた。 「柳瀬君の同僚、つまり定倉原発のオペレータよ」 噂をすれば、というわけでもないだろうが、そのオペレータが入り口にシルエット となって現れた。 「ここを出なければなりません。10人以上のヤクザが近付いています」 「どうやら、敵も強行手段に出たようですね」額田医師は立ち上がった。「逃げな くては」 額田医師は入り口に向かった。ぼくと美咲も後を追って、甲板に出た。夏目という 刑事と柳瀬はすでに、甲板から縄ばしごで砂浜に降りていた。 「早く降りて!」柳瀬が切迫した口調で囁いた。 額田医師、美咲、ぼく、最後にオペレータの順で砂浜に降り立った。 「車は?」夏目刑事が鋭い口調でぼくに訊いた。 「海岸公園の駐車場に」ぼくは答えた。「だけど、6人は乗れない」 「私の車も、そこに停めてあります」柳瀬が言った。 「よし、行こう」夏目が先頭に立って、小走りに砂浜を走り始めた。ぼくたちも後 を追った。背後から、人の声が聞こえる。ヤクザたちがやってくるのだ。 「くそ、どうしてここがわかったんだろう」柳瀬は走りながら、つぶやいていた。 「絶対に尾行が付いていない事は確かだったのに」 「大東電力の高見沢部長も、これに関わっているのか?」ぼくは訊いた。あの男が ぼくの人相を、ヤクザに教えたに決まっているからだ。だが、柳瀬は不思議そうに問 い返した。 「高見沢部長?」 「そう。大東電力にあんたを訪ねたとき、会ったんだ」 「あの人は違いますよ。実は秘かに援助してくれたくらいですから。情報収集を手 伝ってくれたりしてね。部長がいなければ、手に入らなかったデータもあったんです。 高原君たちと一緒に燃えてしまいましたけれど。あの人は信用できます」 それが本当なら、ぼくの第一印象は間違っていた事になる。人を見かけで判断して はいけない、といういい実例だ。しかし、訳が分からなくなってきた。では、どうし てヤクザ達は、ぼくの顔が分かったのだろう。まさか、あの受付嬢か? 隣を走っていた名前を聞いていないオペレータが、何か言おうと口を開いた。 その瞬間、鋭い轟音が砂浜を震動させた。はっと動きをとめたとき、オペレータが 胸を押さえて呻いた。 「小宮!」柳瀬が駆け寄ったが、オペレータの身体は砂浜に倒れこんだ。背中に血 の染みが広がっている。撃たれたのだ。 「伏せろ!」夏目刑事が戻ってきて、ぼくと美咲の頭を押さえつけた。再び、銃声 が響き、数メートルも離れていない場所で、砂が爆発したように飛び散った。 「夏目さん」額田医師がやはり、砂浜に伏せながら囁いた。 「先生、動かないで下さい」夏目刑事は上着の内側から拳銃を抜いた。「待ち伏せ されていました」 「駄目だ。死んでしまった」撃たれたオペレータの身体を、そっと横たえながら柳 瀬が怒りに燃える声で言った。「どうしよう」 ぼくは美咲の肩を抱きしめながら、じっと動かなかった。ぼくにはどうしようもな い。いきなり殺されるようなことはないだろうが、危害を加えられそうになったら、 美咲だけは逃がしてやるつもりだった。 「降伏してはどうでしょう」額田医師が提案した。「抵抗はしない、と伝えるので す。その上で、大東電力の沼津社長に話しがしたいと申し出るのです」 「無駄ですよ」夏目はそっけなく、その提案をはねのけた。「話し合いに応じるよ うな奴らじゃない」 「やってみるだけでも…」額田医師は執拗に食い下がった。その間にも、銃弾こそ 飛んでこなかったものの、前と後ろからそれぞれ5、6人の男達が近付いて来ていた。 「駄目です。とにかく強行突破するしかありません。全員がバラバラに、逃げるん です。俺が援護します。一人でも二人でも逃げ延びて、いちかばちか市外に逃げ出す のです」 「逃げられるわけないよ、夏目さん」柳瀬が吐き捨てるように言った。「もう、ぐ るりと囲まれちまった」 ぼくは顔を上げてみた。今まで、気がつかなかったが、左手にも数人の影が見えた。 右手は海。つまり、包囲されたわけである。絶望がゆっくりと沸き起こった。美咲の 顔にも、怯えたような表情が浮かんでいた。 いきなり、額田医師が立ち上がって、大声で叫んだ。 「抵抗はしません!社長に話しがしたいのです!撃たないで!」 「先生!」夏目刑事が思わず立ち上がった。額田医師の肩をつかんで、伏せさせよ うとする。 一斉に銃声が轟いた。 残響も消えないうちに、額田医師の悲鳴が鼓膜を叩いた。同時に、なま暖かい液体 が頭上から降り注いだ。美咲がヒッと息を呑んだ。 額田医師はどさりと砂浜に倒れた。夏目刑事も拳銃を取り落として、膝をついた。 腹を撃たれたらしい。わき腹にあてた指の隙間から、鮮血が噴出している。 「先生!夏目さん!」柳瀬が呻いた。 額田医師はすでに息絶えているらしく、ピクリとも動かなかった。夏目刑事は苦痛 に顔を歪めながら、ごろりと砂浜に転がった。顔が土気色になっている。 「ようし、動くな!」強圧的な声が響いた。すでにぼくたちの周りには、銃を持っ た男が20人以上立っていた。全員がぞっとするような銃口を、こちらに向けている。 「動くな」ひときわ背の高い男が進み出た。昼間のヤクザではない。厳しい顔は、 人を殺すのに何の躊躇いも持っていない機械のようだった。両手には何も持っていな いが、立っているだけで危険な存在である。 「世話を焼かせてくれたな」別の声が響いた。全く聞き憶えのない声だったが、柳 瀬はその声を耳にした途端、はっと顔を上げた。 「所長!」憎悪をこめて、柳瀬はその男の顔を睨みつけた。 所長?つまり、定倉原発の所長なのか? 「そちらの男が、高原の友人の大江か」その男はぼくたちの前に立った。頭のはげ 上がった50がらみのおっさんだった。淡い月明かりに半分だけ浮かび上がった顔は、 そこらの本屋の主人といった風情だが、口にした言葉は控えめにいっても、無実の囚 人に死刑を宣告する裁判官みたいだった。 「気の毒だがあんたの人生はここで終わりだ。巻き込まれただけというのは知って いるが、危険は冒せないのでな」 「あんたは気違いだ!おれ達を殺しても、隠し通せないぞ!」柳瀬はわめいた。「 そのうち、市外でも、異常な放射能値が計測される。市内の全員に放射能障害の症状 が現れる。そうなったら、どうやってごまかす気だ!」 所長は戸惑ったように、自分を弾劾している部下を見た。それから、思いも寄らぬ ことに大声で笑い出した。 「何と、そうか。お前は全てを知っていたわけではなかったのだな」所長は蔑むよ うに、ぼくたちを見回した。「ずいぶん、お前達を過大評価していたようだ」 「何だと…」柳瀬は怒りと疑問を同時に感じているような顔をした。「月曜日の定 倉原発の事故の実態を隠そうとしていたのは、わかっているんだぞ」 「やはり、わかっておらんようだな。よかろう、最後に教えてやろう」所長は楽し そうに笑った。その邪悪な笑い声に、ぼくは心からの嫌悪感をおぼえた。しかし、所 長の次の一言は、ぼくのあらゆる感情を一時的にマヒさせてしまった。 「定倉原発は明後日、メルトダウンを起こすんだよ」
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