空中分解2 #2529の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一番奥まった処に目をやると、スチール製の大型の組立書架の梁に「ブラリ」とぶら 下がった村中外科部長。別に「ぶらさがり健康法」をしている訳じゃない。首吊りだ。 身長は165くらいだが、肥満高度であって、下手をしたら90キロくらいある。小柄 な川本の力では下ろせない。踏み台を捜し、持ち上げて首にかかった紐を解こうとして も動かない。後ろから抱えた白衣に、冷たいものが染みてくる。 「げげげのげっ」 死線をさまよう際に、脱糞・失禁を起こすのは常識だが、一丁らのズボンにまでシミが ついてしまって川本はなおさら悲しかった。一人で下ろすのは無理だし、下手をしたら 30分は経っている。蘇生は困難だろう。内線電話で外科の病棟を呼ぶ。 「あの〜大変です!川本です。ともかく大勢で来て下さい 部長が大変です!」 訳が判らぬまま、ぞろぞろ皆が来た。寄ってたかって慌てて下ろす。瞳孔は既に散大し ている。人工呼吸の心臓マッサージを繰り返す。そのうち、気管内挿管の道具が来た。 ストレッチャーで動きながら、川本が換気バッグを押し梶が心臓マッサージをしつつ、 救急病棟に連れてくる。首の索条痕をガーゼで隠して。心電図モニターを見る。胸を押 す手の動きが止まると、輝線がまたフラットになる。田岡医長が断を下した。 「開胸・・・」 瞬く間にイソジンの茶が胸一杯に広がり・・・、手際良く胸を開ける。そして心臓を握 アステカの神官の様に。心臓だけは動きだした。ポータブルで撮影したX線写真が出来 てきた。 「あかんで〜」 「頚椎離断骨折」が著明である。当初の直腸温度から考えて、意識を取り戻す事はまず 無いだろう。院長が傍らにやってきて、何やら田岡医長に耳打ちする。警察にも電話は 済んでいる。他の科の医師連も外来の無い連中はゾロゾロとやってくる。表向きの死因 は「心筋梗塞」という事になる筈だ。東京都監察医務院の医師の方もおいおい到着する 筈である。何れにしろ「死体検案」は不可欠だ。部長室では、川本医員が発見の経緯等 につき、事情聴取を受けている。 梶は、午後からの香川さんの手術が事実上無くなったので、午前中の手術を見学する 事にした。地下は大きく2つにしきられていて、手術部の他に大きな超伝導磁石が鎮座 ましましているMRI(核磁気共鳴イメージング)の装置。地下と地表の間には分厚い 遮蔽壁が備えてある。オペ・ルームの側に見学室に入ると、ハイビジョンTVと覗き窓 がある。しかし、近くで直に見るのとは全然違う。手術は今にも始まる処。輸液ライン は確保済み。マスクによる換気。ラボナール。筋弛緩剤。挿管。手慣れたチームの手際 は本当に見事である。やはり、直に見る事に梶はした。 手術をするコンパートメントに入るには、全て服を脱いでしまう必要がある。術衣に 着替える。木綿の手触りが心地よい。手洗い、滅菌したゴム手袋をして服を着る。手術 野がよく見える場に立つ。突然、ぐらぐらと大きく揺れた。一瞬、部屋中が「真っ暗」 になった。非常用電源が作動して、すぐに明るくはなった。 「おいっ、しっかり止めろよ!そこ・・・」 山岡先生の罵倒が飛ぶ。石山先生の顔が引き吊っている。血を吸ったガーゼが山の様に たまる。遠くで「ジリリリリ・・・」と火災報知器が鳴っている様な音がしている。 これから手術の正念場だ。見逃す訳には行かない。それから、随分と長い時が経った様 に思える。手術は成功した。患者さんの状態も良い。 「手術は成功。患者は死んだ」 ではないのだ。病棟に電話をするが、何故か出ない。呼出音だけが虚しく響く。仕方が ない。梶は諦めて、石山先生と二人でストレッチャーを押して、エレベータで上がって ゆく。4階についた。エレベーターのドアが開く。 「なんだ、これは!」 全ての窓は目茶目茶に壊れ、スプリンクラーが作動したのか水浸しになっている。方々 からブスブスと煙が立ちこめている。ガラスが破れた窓からは、黒いススを含んだ様な 雨が振り込んで来る。エレベータのドアの前には、病棟主任さんが倒れている。顔中、 そして、胸のあたりもガラスの破片で一杯。血だらけになって倒れている。どうした事 だ。皆目見当がつかない。 「ちょっと待っててくれ」 そういうと、梶は病棟を一巡りしてきた。何もかも目茶苦茶になっている。意識のある 人もいない。生きている人もいない。ガラスの破片の針鼠になっている人が多い。降り 込む雨に白衣も濡れ、しぶきに目を覆う。瞑目して、しばし。 「いったん、下に降りよう」 うつむいて梶は言った。エレベータが動いているのが不思議なくらいだ。降りて行くと 手術部の婦長サンが、地下2階から電源担当の技師サンと一緒だった。 「地下だけに給電する様にしてますから、20日くらいは、なんとか持ちます」 エレベータへの給電もすぐに停止された。手術場の部屋でコーヒーを入れて、皆へたり こんで座る。幸い給食が外注ではなく、食料は食い延ばせば、今生きている人数分なら 一か月くらいは持ちそうな事が判った。 「一体何が起こったんだ」 「そんな 凄い地震でもなかったけどね・・・」 「イラクから 巡航ミサイルでも 飛んできたのかね」 いつもなら一笑に臥される言葉も真顔で議論されている。電話は全く通じない。道は、 瓦礫の街。ただ、ひざまずいて、神に祈るか。遺体の収容もままならない。生きている のは、手術場にいた医師・看護婦計11名、MRIの部屋の技師1名、電源・ボイラー が担当の技師のオジサン、そして、手術が終わった患者さん1名。 ★ 雨は3日の間降り続いている。時折、何かの気まぐれの様に止む事がある。その間と 間を縫う様に香川と「新宿」さんは、あちこちを歩きまわって、そして、また降り込め られて、崩れそうなビルの軒先にうずくまっている。 「お前さん 何処行くね?」 香川の言葉に返事も無く、笑っているのか、泣いているのか、わからぬ様な顔。眼鏡の 奥で小さな目がしばたいている。 「他に友達いねぇ〜もんな〜」 横を向き、軽く吐き捨てる様に香川は言う。ビルの奥の闇の中から何かチョロチョロと 走り出す。 「ネズミ?」 うずくまっていた「新宿」さんは急に立ち上がった。足元にある大きな黒いバッグに足 が当たってひっくり返った事にも気も止めず、ドタドタと追いかける。バッグの破れ目 から、黒ずんだ白いプラスティック・ケースがこぼれ落ちた。手に取って見るとそれは ビデオカセットであった。全部で5本。訳が良く判らない。何でこんなものを後生大事 に抱えて歩いているんだ。もう、二度と中身の画面にお目にかかる事もあるまいに。腹 が無性に立った。食い物でも入ってないかバッグの中を漁ってみる。しかし、ビデオ・ カセットの山と薄汚れた衣類、ワイシャツにネクタイそしてパンツ以外には何も無い。 大事なバッグを漁られている事にも全く気を止めずに、「新宿」さんは、いつの間にか 雨のしぶきの中で、その掌の中で黒いドブネズミを撫でている。笑った顔は初めてだ。 グショ濡れに頭に張り付いた髪の毛に、2千トンも3千トンも雨が降ってくる。 「お〜い、レニーって呼んでやるぜ、レニーってな〜 ビショ濡れのレニーさんよ」 大声に「新宿」さんがこちらを向いた拍子に、ドブネズミは、「新宿」さんの掌から、 ヒラリと舞い降り、そしてボシャリと水溜まりに落ちたかと思うと、雨のしぶきの中に 消えて行った。それに気づくと「新宿」さんは、大きく両の手を広げて、 「ウォーッ」 とオタケビを上げ目を見開いた。ぬかるんだ足元にズルズルと滑り、そっくり返った。 そして、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。丁度そこにあったブロックの塊に、頭を しこたまにぶつけて動かなくなった。黒いセルの縁の眼鏡は頭の延長線上へ吹っ飛んで 行った。口から吹いた泡が雨に打たれて弾けてゆく。 時折、しばたかせた事しか判らなかった小さな目が、無理矢理めくったみたいなシワ クチャの瞼から覗いて見える。頭を打った拍子に大の字になったその姿。自動車に引か れた豚っていうのはこんなものかと思わせる。雨はひとしきり激しくなった。はだけた 胸元は黒くくすんで見える。だんだん、水のかさが増してきた。もう、顎と胸の間は、 水に沈んでいる。 香川は微動だにせず、見つめるだけ。空腹が動く事を拒否する。雨のしぶきがモヤの 様に、ビルの軒下にも流れ込んで来る。唱名が聞こえ、仏様の鐘の音が聞こえてくる。 「チーン チーン チーン ・・・・・・」 痩せこけて、もう何日も何も口にしていない。両の手を添えて、顎を大きく開くと、口の中にススけた雨が降り込んでくる。甘露だ。 「まだ、俺は即身仏じゃないぜ」 笑ってみる。あそこに、あの女が立っている。笑って立ってる。カラカラと脳天気に。 でも、結局、また消えてゆくんだ。 もう日も暮れる。雨は止まない。水かさはますますに増して、もう「新宿」さんの姿 は見えない。「新宿豚」は水底に沈んだ。吐き気がする。壁に手をついて、嘔吐する。 なま暖かい血がドロドロと唇を伝って、思わず押さえる手の指の間を滴り落ちる。体に 残っていた水気が全て抜けて行った気がした。日は地平の彼方に没した。壁に頬をすり 付けたまま香川はガックリと動かなくなった。しぶきが破れた浴衣を濡らす。暗闇に、 雨音が微かな光を放つ。痩せこけた骸に傍らに、いつの間にやらドブネズミ。香川を、 ほんの一瞥しただけで、再び闇へと歩き出す。その間際、振り返ったネズミの目が鈍く 光った。 ・・・・未完の花がぁ〜 咲〜いてぇいるぅ〜・・・・
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