空中分解2 #2481の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
もう能書はいい。だるい。熱っぽい。食欲も無い。ウニセンベイを口にくわえたまま 冷蔵庫から缶ビールを出す。 「 ぷしゅっ! 」 もう陽もほどほどに高い。朝8時を過ぎた処。夫はとうに打ち合せと称して出かけた。 子供のいないわが家にはポツンと私が居て、キッチンのテーブルを前に座り込む。喉を 冷たいビールが通り過ぎ、センベの塩味が美味しい。さっきまでの落ちつかなさが本当 に嘘みたい。そうだ、先週のパーティーで貰ったシャンペンを開けてみよう。 ひと昔前のアンプル入り風邪薬には、お決まりの如く小量のアルコールが入ってた。 小量のアルコールには、血行を良くし、緊張をほぐす良い作用がある。 「 朝からシャンパン (朝シャン)」 って素敵じゃない?でも、ほんの一杯でおしまいだった時の話なんだ。シャンパンの 封を切るまでに、500mlの缶がもう開いている。 キッチンの、このテーブルの、この場所は私のもの。ここに場所を占めて動かない。 シャンパンをグラスに注ぐ。テーブルに立てた小さな化粧鏡に微笑む。 「まんざら、私も捨てたもんじゃないね!こうやって、 カウンターでシナをつくったら城も傾くの!」 でも、何となくどすぐろい、かさかさした肌。何か、気持ち悪い。このままだと動け なくなる。ふらつきながらシャワーを浴びる。会社へ行こう。会社のオフィスの冷蔵庫 パシリ には、いつもビールが一杯。一杯にしておくのは、新入社員の御役目。 「 酔って粋、夢に酔う、これが幸せってもんよね〜 」 私は、いつも、こうやって、空の元気とはいいながら、自分を鼓舞して生きてきた。 歌舞伎の見栄を切るみたいに斜に構えて、いつもの科白を吐く。地下鉄はいつに無く 空いていた。結構にかろやかな足どりで歩いてゆく。 「 おっはよ〜 ゲフ ゴフ ゲホ 」 男子社員に挨拶をした途端にせき込んだ。その拍子に、鼻からタラリと垂れてゆく。 床にポタリと落ちた。タラタラタラと止まらない。どうにも止まらない赤い滴。 そばにあるティッシュの箱から残り少ないティッシュを出して押さえる。ティッシュ を、せい一杯詰め込んで、隣の部屋で横になっただけど。ジワジワしみ出す血は止まら ない。仕方ないからポシェットから、非常用に入れてあるタンポンを取り出して、鋏で 4つに細く刻む。そのうち2つを鼻の穴に詰め込む。 「 あれ? 紐が鼻から垂れ下がっている まぁ いいか〜 」 ボーッとした頭で天井を見上げながら、お腹を叩いてみる。たまに電話を掛けて来る とってもイヤミな奴は、そのうちに水が溜ってくる、と言った。そして、 「 腹水 盆に 帰らず 成仏できないから御盆にも帰れないのかねぇ? 」 と愚にもつかない冗談を言うんだ。まだ、私の白眼の処は黄色くない。そいつは、 「 全身が、末期っ黄色! 黄疸をどう渡ろうよ 皆でなっても怖いよ〜 」 ともいった。でも、今はトテモ幸せな気分。フワフワと少し宙に浮いている私。その まま、寝入ってしまったらしい。 「 社長! もう酒止めたら〜? 」 新入社員は、とても気の良い奴だ。目覚めて、部屋に戻ると、何もかも御見通しの様に そいつは言った。鼻から垂れている紐に気づくと、洗面所に駆け込む。ドロドロした赤 色に紐は染まって、普段着のワンピースは血に染まっているではないか!そっと紐をば 抜き取ると小さな血の固まりが洗面台に落ち、しずくがそこに続いた。慌ててトイレの ロールペーパーをちぎって詰め込むと、顔を洗い、ワンピースを脱ぎ捨て、ノベリティ ・グッズとしてつくったTシャツとトレパンに着替える。古株の女の子が言う。 「 スタニラスプーチン氏来日の記事 まだ上がってません! 」 「 そう? そうなの? 」 鼻の詰まった変な声で、子供に戻ったみたいな声で、つったっていた。そして、流しの 前のテーブルに頬杖ついて座った。天の啓示、今、我に来たり来る。 「 そうだよ、私、酒止める 」 「 え〜っ 」 皆が一斉に驚きの声を挙げた。でも、その日は無事に過ぎていった。そうなんだ、次の 日は休日で、一日中の間家に居る。 何も無い部屋。誰もいない部屋。飼っていた猫は2週間前に居なくなってしまった。 猫の名はイシュタル。行方が知れない。脇の窓のカーテンから漏れて来る光に誘われ、 玄関先でTシャツから下着まで脱ぎ捨てる。風呂場へ駆け出すと流れる風が足の間に、 そして、後れ毛がそよいで揺れてる。西日に眩んだ目の奥が痛む。流れる湯に髪を打た せて眼を閉じる。髪を洗う。顔を洗う。体中をシャワーにうたせて、ため息をついた。 明日も明後日も休みだ。どうやって過ごそう。夫は月曜まで出張。 湯を止めて、体を拭けば、いつの間にかシナをつくる私。しばし鏡の前にたたずむと リビングに布団を敷いた。タオルケットを用意する。汗と脂を落とした肌は嗅覚を取り 戻す。森林浴の香りの瓶を開けてから洗いたてのシーツの上に横になる。窓は締め切り カーテンも締め切って、ラクダ色のタオルを頭から被ったまま、顔を押さえ横になる。 素肌に香りが触れ、部屋の中の何もかもが消えて行く。今日はこれで終わってゆく。 「 おやすみ を 誰に言おう? 」 挨拶抜き、そして酒抜きで寝るに限る日もある、と不思議に納得して眠りに落ちた。 「 カサコソカサコソ・・・・・・・・・・ 」 という音に目を醒ます。電気のスイッチは何処? 暗くて良くわからない。ぼんやりと ウゴメク 壁一面が白く蠢く。 「 虫? 」 そのうちにミシミシという音がして壁にポッカリ穴が開いた。星空が見える。部屋は 5階にある。タオルケットを蹴っ飛ばして、思わず壁に駆け寄っていた。穴のあいた そこから、アスファルトの路がまっすぐに続いている。妙に生温かい風。壁の穴から 外に出る。その先を猫が駆けて行く。その名はイシュタル。 「 お〜い イシュタル〜 」 名を呼んで追いかけて行く。ふっ、と消え見えなくなった。気がつくと私の足を白い 虫の大群がモゾモゾと登りはじめている。白い蠢きに私の体一面が覆われて行く。モゾ モゾと顔まで覆われてきた。水底の人柱の様に虫の海に沈んでゆく。 「 ニャーオ 」 聞き慣れた鳴き声に鳥肌が立ち、無性に腹立たしくなる。寒気がする。口が寂しい。 道をドンドン行っても、店一つ無い。自動販売機一つ無い。ただ、白い海が続くだけ。 血の気が引く。もう夜だというのに酒も飲めぬ。握り拳が宙を切る。訳も無いのに大き くぶれる腕の先。目の前が白くなって立ってはいられない。ただ、夜の底へと沈む。 頭の中はグラグラ煮えたつ様で、居ても立ってもいられない。鬼瓦が宙を舞う。私を 見ては、あざ笑う。動物園の象が見える。青ざめている。便器に流れ残った大便が私を 呼ぶ。手招きをしている。 「 水に流してくれってか? 」 それは何年前の話なんだ。『水子の魂百まで』とか言うじゃないか?今ちょっと取り込 み中なんだ。背中が痒い。アスファルトの道にすり付けると血が滲んだ背中がヒリヒリ 痛む。ズキズキ痺れる。ドキドキと拍動しながら、頭を揺さぶる。投げ出した手が猫の 鼻先をかすった。猫は急に毛を逆立てて、私の足に牙を立てる。振りほどこうにも足は 引き吊る。こむら返りにもがく暗闇。こみあげる嘔吐。 「 吐けば楽になるよ 」 優しく背中を撫でてくれた人は今はいない。アスファルトの道をゴロゴロと転がり落ち 行く。じきに重さは消えて、何処までも落ちて行く。耳の奥が頭の芯へ引いて行く。 「 なんといったっけ?、あの音楽 」 聞き覚えのあるクラシックが聞こえる。モーッァルトだ。モーッァルトが聞こえる。 『ラクリモーザ』とか言う曲だった筈。涙があふれてくる。気が触れたんだよ、私。 街行けば、秋風に吹かれ、耳元にモーッァツト聞こえ、顛狂院へと向かう我か? 猫が背中で伸びをする。春先のオタケビを上げ、発情した猫は、スタスタと歩いて どこかへ消えた気配がする。頭の中が白くなって、 「 ド〜ン 」 という重い音がした。そして、暗黒がやってきた。 「 どうしたんだい? 」 夫は帰っていた。シャワーで私の体を洗いながらそう言った。殆ど全裸のまま、吐いた 物の中につっぷして、下手をすると窒息死する処だったという。 「 また、飲み過ぎたんだろう? 」 いつもの御小言も、今日は何故か素直に聞ける。素肌で肩を抱かれて、温い湯に打たれ ていると、ほっと人心地つく。 「 ううん、もう、私飲まない 」 「 本当かな〜 ? 」 どこまでも優しい人。そっと接吻してくれた。もう、モーッァルトは聞こえない。今が 本当の、私の、そして私たちの始まりの時。
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