空中分解2 #2389の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
【 二 】 夢はいつもと変わらず浩二を訪れていた。 最近では、擦れ違う女性の顔までもがはっきりと認識出来た。卵形をした顔と、その きらきら光る瞳、肩まで真っ直ぐに伸びた髪、口元に浮かぶ笑み。その全てが見つめ る者の本能の訴える。抱き締めたいと。 そして、彼女はいつも手を差し出せば触れる事が可能なのではないかと思う程に近く にいて、現実的であり過ぎた。いつもそれが夢である事を忘れ、何度も抱き締めよう としたが、手が触れた瞬間に彼女を通り過ぎてしまう。 オルゴールはいつもぼんやりとしていた。 大きさも形も、いつもはっきりとしない。 彼女が手を延べ、蓋を開けるそのオルゴールに触れようとしてみても無駄な事。 ただ、浩二は流れ出るメロディに顔をほころばせるその女性を眺めるのみであった。 そうして、現が再び襲ってくる。 あれからどれだけの日数が経ったのか? 浩二は既に覚えてはいなかった。 ただ、毎日仕事が終わるとかならず不思議屋を訪れ、三つだけオルゴールの音色を聞 かせてもらうのだった。それが老人との約束だった。 そうして、毎日の様に求める物に巡り会えず帰って行く、その繰り返し。 日に日に浩二は、活力を失いやせ衰えていった。それが心労からか、それとも仕事 のせいかは分からない。だが、その落ち窪んだ目と黄疸は何かしらの病気の様であっ た。 ある日、それを不思議に思った老人は一度だけ青年に問うた事があった。 「のぉ、お前さんは毎日ここにやってくるがその理由を聞かせてはもらえんか」 「夢を見るんです。そう、オルゴールの夢を…」 「ほぉ、それは一体どんな夢なのかね」 「…今は何も聞かずにいてください。そう、オルゴールが最後の三つになった時にで も全てを話しますから」 やがて、そろそろ冬も終わろうかというある日、オルゴールも最後の三つを残すの みとなった。 老人はその最後の三つをカウンターの上に並べ、浩二を待つ。 ゆっくりとドアを開け入ってきた浩二は、もうこれ以上痩せ様がないという程になり、 その瞳は何かを狂おしく求め、真実のみを探していた。 「そろそろ来る頃だと思っとったよ」 浩二はカウンターの上のオルゴールを無言でみつめている。その目には生気がなく、 どこか遠い場所を夢見ているかのようでもあり、三つのオルゴールに何かの望みを託 さんとしているかのようでもあった。 「…」 「そう、これが最後の三つじゃ」 「お話しする約束でしたね。最後の三つになったら…」 「聞かせてくれるかね?」 浩二は今までの夢の話しを全て老人に話した。この店の事も、女性の事、そして 浩二はその女性の事をもっと知りたくてこうして毎日ここに出入りしているのだとも いった。自分の感情が何かをはっきりと知りたいと。 「ほぉ、それはまた不思議な。だが、お前さんはその女性に一度でも会った事は無い のかね。昔に恋こがれていた人、とか」 「いいえ、それらしき人にも心当たりはないのです。それよりもそんな女性がここに やって来た事はないですか?」 「ないのぉ。ここには年に数人の客しかやってこんからワシも顔だけはしっかりと覚 えとるが女性は一度もここには出入りしとらん」 「そうですか。じゃあ、後はこのオルゴールだけが手掛かりの様な物ですね」 「聞くかね?」 その頷きも、震えと区別のつかないものであったが、確かにそうととれるものであ った。 最初の一つが開けられる。 「……」 失望が波の様に浩二を侵していく。 いつしかそれに攫われ、永遠に戻る事の叶わぬ迷宮にさまよい出してしまいそうなほ どにその失望は深かった。 「一つ聞いてみてもいいかのぉ、お前さんはそのメロディを奏でるオルゴールをみつ けだして、それからどうするのかね? 女性が現れるまでじっと店の前で待つかね? それとも、そのメロディを飽かず聞きながら人生を過ごすかね?」 「それも随分と考えましたが、今の所それから先は僕にも分からないのです。ただ、 一ついえる事は夢が何かを教えてくれる気がするのです。ここに来る様になってから もそうでした。夢は続きを教えてくれる。そう思います」 「…」 老人は無言で次の一つのオルゴールを開け、浩二の反応を見守った。 多分この音色も浩二の期待する物ではないだろう。もしかしたら最後に残されたオル ゴールもまたそうであるのかも知れない。全ては夢幻の如くあり、何ももたらす事は ないかも知れない。果たしてそうであった時浩二は一体どうなるだろう。 「……」 沈黙は最初の物よりも更に長く、浩二を襲う失望の波は更に激しさを増していた。 全ての期待が崩壊したかに思われ、自分の手に触れる全ての物が石と化すとでもいい たげなその瞳。後一つのほんのささやかな希望を残して全ては失われた。 いつ、この沈黙にピリオドが打たれるものかと老人は様子を窺っていた。 そして、沈黙は浩二の言葉によって砕かれる。 「この、最後に残ったオルゴールを僕に売ってくれませんか」 次は老人が長い沈黙を落とす番であった。 オルゴールは、例えどんな場合であっても単純にやりとりするものではない。 求める物が一致した時に初めて、本人にオルゴールが答えるものなのだから。 だが、浩二の場合は少し違う様であった。もしかしたら時が満ちていないのかも知れ ず、時間が経てば何かが起こるのかも知れない。 「さて、どうしたものかのぉ」 「この最後の一つを開ける為に、僕には随分と時間がかかるでしょう。その時もし、 それが違っていたらと思うと、とてもここで開ける気にはなれないのです」 「ワシは、お前さんが初めてここへやって来た時から何か気にかかる者だと感じてい た。それは今も変わらず、何が気にかかるのかも分からん」 「…」 「それをはっきりさせる為にもお前さんにこのオルゴールを譲るとしよう。但し、一 つだけ注意しておくがの。オルゴールを開けるのは、ただ一度にするのじゃぞ」 浩二はそれだけを聞くと老人に深々と一礼をし、オルゴールを抱えて出ていった。 ★ ☆ ★ 浩二がオルゴールを持ち帰ってからひと月もしてからだったか、オルゴールが宅急 便で不思議屋に届いた。その中の手紙には丁寧な挨拶と、オルゴールが自分の探す物 ではなかった事が書かれていた。 「やはりのぉ…。こうなる事は考えんでもなかったが」 そういって老人はその日の新聞に目を落とした。その記事はベッドの中で安らかに 息をひきとった浩二の名前が記されていた。死因は肝臓ガンであったとも−−−−− −−−−−−−−−−−−−。 【 三 】 オルゴールは浩二の下から戻り、また店内に陳列される事となった。カウンターの 上で、いつも老人の視界の中にある様に。 そうして、陳列された次の日。一人の女性が不思議屋を訪れる事となった。 女性は、店内のオルゴールを何時間もためつすがめつして眺め、とうとうカウンタ ーの上にある一つのオルゴールに目を止め、暫くの間それを不思議そうな面もちでみ つめていた。 「あの、すいませんが。このオルゴールは売り物なんでしょうか。みた所、どれにも 符牒がついていないものですから」 「一応売り物じゃが、あんたこれが気に入ったのかね?」 「ええ。オルゴールのメロディも胎教にいいかなと思って」 「ほぉ、子供がのぉ」 「四カ月目に入った所なんです」 屈託のないその笑顔は、誰がみても側にいてほしい。そう思わせずにはおれないもの だったろう。 老人は先程から考えている事を女性に尋ねてみる事にした。 「のぉ、あんたは同じ夢を何度も続けてみた事はないかね?」 「え? どうして知っているんですか? ええ、四カ月位前からですから丁度妊娠し た頃からです。この不思議屋に私は足を運んで、このオルゴールを手にとって蓋を開 けるんです。そうすると心地好いメロディが流れて来て…結局、それがもう一度聞き たくてあちこちを探して回ったんですけど。でも、まさか不思議屋が本当にあってこ のオルゴールがあるなんて思いもしませんでした。でも、この二・三日はその夢も見 なくなりましたけど」 「その夢の中にはあんた一人だったかね? 他に誰かが出てきたりせんかね?」 「いいえ。でも、最後にその夢を見た時に誰かがいた様な気がしますけど、あれは人 というか、何か意識の様なものだった様ですけど」 「それはどういうものかね?」 「ええと。蓋を開けてそのメロディを聞いていると、いつの間にかそのメロディに歌 詞がついているんです。その歌詞は全然覚えていないんですが、繰り返し聞こえるフ レーズははっきりと覚えてます。『やっと会えたね』って、とっても優しい声でした。 そして、見つめられている様な気がしてそこで目が醒めたんです」 「それからはその夢も見なくなったかね」 「ええ」 老人は女性とオルゴールを交互に見つめながらしきりと考えに沈んでいたが、やが て何か得心いった様に頷くと、にこりと笑った。 「よかろう。このオルゴールは差し上げよう」 「え? でも、高価な品ではないんですか? それに見ず知らずの私に」 「託宣めいた夢に導かれてここにやってきたというのなら、それはワシにしてみれば それだけで十分そうする価値があるでのぉ。まぁ、それよりもそのメロディを聞いて みなされ」 柔らかで暖かなメロディ。櫛歯を弾くメロディは目の前の女性の為だけにその音色 を奏でているようである。それは目に見えるかの様な流れとなり、優しく女性を包み 込みまるで愛おしき者を抱擁するかの様に女性を包んでいった。 そのメロディに思わず顔を綻ばせる女性、それは浩二が見た夢そのものであった。 やがて、メロディに歌詞が加わる。殆ど聞き取る事が出来ないが、繰り返される言葉 は言魂となって耳に残った。 (やっと会えたね…) FIN
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