空中分解2 #2323の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
動物園わきに自転車をとめてウォークマンをはずすと、怒り狂ったPANTAの ヴォーカルの余韻におおいかぶさるようにして、つくつくぉーしっ、つくつく ぉーしっ、うぃーつっぁっ、うぃーっつぁ、うぃーっつぁ、ういいいいいぃぃぃぃ ぃぃとツクツクボーシが確信にみちた声音でわめきまくっていた。情緒も糞もあり ゃしねえ。が、どうも今年の夏も行っちゃうみたい。勝手に。おれになんのことわ りもなく。 畜生め。 煙草に火をつけてせわしなくふかしながら、おれは夜の降りそそぐ街を駅へとむ かって歩きだした。 毎度のことだが、道ゆくカップルの姿が今日はひときわなかむつまじく見える。 畜生、どっかで喧嘩でもしてねえかな。 あいもかわらず酔漢のむれがあふれ出してやがる。駅前交通誘導の爺さんがせわ しなく笛を吹き鳴らし、背後から接近しつつあるバスの巨体がふおんと威嚇のクラ クションを吠えたてるのだが、とうぜん連中、そんなもんはどこ吹く風で肩を組み つつあっちへふらふら、こっちへふらふら、うおううおうと形にならない言葉をけ ぶる夜天にむけて逆流させてやがらあ。 おれは肩をすぼめて小走りに、バスと警笛と酔漢と疲れはてたサラリーマンども のわきをすりぬけて南口に急いだ。約束の時間、もう過ぎてる。階段わきでチラシ まきが三組ほど、所在なげにつったっている。終わらない今日にうんざりしてるん だろう。そしておれの今日は、始まってさえいない。 巨大な旅行鞄をところせましと放り出して一群を形成する若い奴らにまじって、 時刻表の前におまえは本を開いて立っていた。 「いやあ悪ィ悪ィ」 声をかけるとおまえは本から顔をあげ、ぼんやりとおれを見かえす。焦点があっ てるんだかないんだか。 いいけどさ。 いつもなら「元気でしたか」とか「元気ないですね」とか出てくる言葉も今日は 途切れたままだ。きのうの今日だからな。まあ当然といえば当然だが、そんな気を 使える娘だったかなあ。 ただしもうひとつの定番のセリフ「おなかすいた」は躊躇なく口をついて出た。 ほんっ、とにもう、おまえは。子どもみたいにさ。 畜生。かわいいなあ。 「あれ、眼鏡してるね」 道々歩きながらおれはふと気づいて言った。近眼は以前からだが、眼鏡のつるを 折って以来しばらくのあいだこの娘はコンタクトを代用していた。このまえ会った ときレンズを片方なくしたと言っていたから、折れたつるを直したのかな。 「うん、買ったの」 とおまえはいう。ふうん。金がないないないないと嘆きまくってるくせに。 とんかつ屋にしけこんでガソリンを腹につめこむようにして夢中で喰らいまくっ た。お茶を口にふくみ、ふうと息をつく。「消化に悪いよ」なんて言われたって、 猫まんまばっかり食ってきた身にゃひさしぶりのまともな晩飯なんだ、聞く耳もち ゃしねえ。 あいかわらずあんたはもそもそもそもそ食ってるねえ。ちっとはおいしそうな顔 しなさいよ。どうしても小学校の給食の時間、思い出しちまう。さあ遊びにいこう か! てな段になってふと気づくと、なんだかトレーの上の給食半分以上も残した まま泣きそうな顔でもそもそもそもそ口ばっか動いてる奴。 それにしても、今日はいつもよりちょっとばかり口かずが少ないような気がする。 ま、あながち気のせいばかりでもなさそうだ。おれだってさすがに何をくっちゃべ ればいいのやら、見当もつかんわ。 そうして煙草を喫い、当てのない散策へと足を踏みだした。 「コーヒーでも飲んでいきましょうか」 おまえ、そういう。あー、いつもどおりの他人行儀。そりゃあんたはいつもそう いう喋りかたなんだけどさ。そしておれはおまえを先導し、すこしでも長い時間を おまえと過ごせるよう駅むこうのデパート裏までいざなうんだ。あー、なんだこの 店、茶店だとすっかり思いこんでいたが、パブか。うー、しようがねえなあ。んじ ゃこの店にすっか。 と、入ってみるとこりゃ……ほほう。 半地下のシックな店内にほどよい音量のBGMが流れるちょっとばかし本格的な 珈琲屋だな。 入口にいちばん近いカウンターの端に陣どって、わけのわからないメニューから 適当に注文してみる。なに? こういう店、好きだって? 趣味があわんなあ。 おまえは言葉すくなに店内をみわたし、おもむろにおれの書いた小説に目を落と す。今回の分はけっこう量があるってのに、さっきからずいぶん熱心に読んでるね え。持って帰ってもらってもぜんぜんかまわないのに。 ……それとも、これを機にしばらく会わないでおきましょう、てな魂胆か? あ り得るよなあ。こっぴどくふられた翌日だってのに、おれぜんぜんふられた気分に なってないもん。くそ、そんなセリフ、意地でもいわせねえぞ。 「あ、そうだ」 とふいにおまえは顔をあげ、 「忘れないうちに」 と封筒をさしだした。 「いやあ、悪いなあ」 とおれは平身低頭、中身の枚数を数え、カラッポの財布のなかにおしこんだ。畜 生め、情けなくって涙がちょちょぎれらぁ。 そしてそのままページをめくる音を横手に、会話の欠落した長い時間をおれはた だぼんやりと過ごした。 左半身におまえの存在を強く感じながら、おれの想いはおれのものだと認識し直 す作業をつづけた空白の時間だったかもしれない。 やがてさしだされた感熱紙の束をうけとりながらおれは、 「なかなかタイムリーな内容だったろうが」 と挑むようにして告げる。 「あ。そうですね。飛行機もこのまえ落ちたばっかだし」 がく。 そっちのほうじゃねえってば。 と主張すると、 「あ、そうなんですか」 ときた。あーあーあーあーこの人はもうまったくうっ。 おまえはちょっと考えるふうな空白をおいて宙を見つめる。 「おれはあきらめやしねえんだ」 しかたがないので補足する。と、 「あきらめてください」 ふん、やっぱりそうきたか。でもおまえはこうしておれに会いにきてる。 「いやだ」 「そのほうが楽になりますよ」 楽になりたいから惚れたんじゃねえよ。 「おれはあんたが好きなんだ」 「ありがとう」 「といわれても困る」 うーん、そうでしょうねと言っておまえは考えこむ。ぼんやりと。真剣に。 ほんとに。 不思議なひとだよなあ。 愛おしさがこみあげて気が狂いそうだ。 なぜなんだろう。 なぜ君はこの単純な感覚が理解できないの? おれのこの想い。どこにでも転がってる、石ころみたいにありふれたこの世の中 で一番たいせつで楽しくて切ないこの感覚が。 「一生つきあいましょうよ。今のままで。そのほうが長くつづくよ」 「明日のことなんぞ知るもんか」とおれは仏頂面でいう。「おれは、今を貪りく らって生きてるんだ」 「しょうがない人だなあ」 へん。余計なお世話だい。 しばしの沈黙をおいて、 「今日、学校の先輩から手紙がきてね」」 とおまえは話題をかえた。 「先生がなんか言ってるってか?」 機先を制してつっこんでみる。この娘、ずいぶん長いあいだ勉強をほっぽらかし ている。教授は学会の権威、しかも相当きびしい御仁らしいので、事情があるとは いえ顔さえ出せず勉強のほうもなかなか思いどおりに進まないことにけっこう煮つ まってもいるようだ。 「なんか言ってるに決まってるのよー、でなきゃこんな手紙くるわけないじゃな い。読む?」 い、いや、読む? ときかれても他人宛の手紙を、そりゃ、ちょっと困る。 ここで、あ、と思いあたった。 「なるほど、それで元気がなかったってわけだ」 納得いった。昨夜の会話はたしかにヘヴィではあったけど、それだけじゃないよ うな気がしてたんだ。ふう、ほっとしたぜ。 なら、遠慮するこたねえやな。 十五分後には『北の家族』で杯をチン、だった。まあ金をかりたうえに酒代まで 肩代わりさせるのも情けねえことこの上ないが――いいじゃねえか余計なお世話だ。 酒なくしてなんの人生ぞ、呑んで忘れる憂き世のつらさってね。へん。 「いやあ、ほんとひさしぶりだなあ」 と杯を傾けるおれにおまえはため息とともに、 「つきあいでないお酒の喜びって、わかります?」 てなもんだ。毎晩のようにつきあわされてるらしいが、おれにしてみりゃ実にう らやましい話なんだがなあ。いやなら断りゃいいのに。 ま。あんたはあんたで、いろいろあるんだろうけどよ。 心地よく酔うた時間は瞬く間に過ぎ去り、時計は零時をまわる。最終電車の発車 時刻を前に、改札を背にしておまえはすがるような目をして問いかける。 「朝まで飲みません?」 ふん。 どうも実際、おれに劣らずヘヴィな毎日と格闘してやがるようだ。冗談まじりだ とはわかってた。おれ自身、精神的な疲労で肉体が警鐘を発している。朝まで? 冗談ポイだろう。死ぬぞ。 だからおれは、そうして悲鳴まじりの警告をくりかえす肉体と精神のつぶやきを 圧殺してうなずいた。 「いいよ」 焦ったのはおれの肉体よりもむしろおまえのほうだったな。顔色悪いよだのちゃ んと寝たほうがいいよだの、ずいぶんと心配してくれるじゃねえか。 「いやだ。朝まで飲む」 だっておれはおまえを好きだから。そして、たとえふられちまっても、こうして おまえはおれに会いにきて、そして「朝まで飲もうよ」とおれをノックするから。 腹は決まってんだ。一生かけても、口説きつづけてやる。
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