空中分解2 #2308の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
10 あけみさんが出発した後、私は自分にできる事をやった。 まず、倒れている大宮の両手をタオルで縛りつけた。あけみさんが帰ってこないうち に起き出して暴れたら、私一人では抑える事ができない。足首も縛ろうかと思ったが、 そこまですることもないだろうと思い直してやめた。 次にのりちゃんの様子を見に行った。のりちゃんはぐっすり眠っている。寝息は深く 安定していた。これなら大丈夫だろう。 最後に阿部に近付いた。阿部は呟くのをやめて座ったまま眠りこんでいた。 せめてこのまじめそうな学生が正気だったならどんなに救われることか。あれほどあ っさり、精神が崩壊してしまうとは思わなかった。 ひょっとして、この雨には人間−それも男性−をおかしくさせる作用があるのではな いだろうか。それとも、外の世界がそのような状況になっていて、それが少しづつこち ら側にしみこんできているのかも。 私は頭を振って、阿部のそばの椅子に腰をおろした。 その気配を感じたのか、阿部が動いた。 心臓が跳ね上がった。素早く立ち上がる。 阿部は目を開いた。両手を大きく伸ばして、あくびをした。 「ふぁぁあ、何だ、寝ちゃったのか」 まともな口調だった。阿部は目をこすりながら、周りを見回し、私に目を止めた。 「あれ、どうしたんですか?」 私は安堵のため息をついた。 「よかったわ。正気になったのね」 「どういうことです?あれ、大宮は?」 私は簡単に事情を説明した。ただし、阿部が一時的に錯乱状態になったことは言わず においた。疲れて眠りこんでしまったということにした。 阿部は大宮のことをきくと申し訳なさそうにうなずいた。 「あいつは、普段は女の子に優しいんだけど、相手が言う事をきかないとかっとなる 悪い癖があるんですよ。それで何度か失敗したこともあるし、相手の親が怒鳴りこんで きたこともある」 「今は縛ってあるのよ。起きたら私の手には負えないし。あけみさんが帰ってくるま でね」 「心配いらないですよ。ぼくが抑えますから。あいつとの喧嘩で負けた事はないです からね。喉乾いたな。何かありませんか?」 「缶コーヒーでいい?」 「何でもいいですよ」 私はカウンターから缶コーヒーをとった。よかった。何とか阿部は大丈夫だ。短い時 間だが、ぐっすり眠ったことで元に戻ったらしい。私は笑顔を浮かべて、阿部に缶コー ヒーを渡した。 しかし、阿部の一言が私の血を凍らせた。 「ところで蜂はいなくなりましたか?」 夜中の0時を回っても、あけみさんは帰ってこなかった。約束の2時間はとっくに過 ぎている。 慎重な会話を交わして、阿部の精神状態を探ってみた。阿部は自分が蜂を殺したのだ と思いこんでいる。それでも、他に何匹かいるかもしれないと疑っている。その点を除 けば阿部はまじめな学生に戻っていた。大宮に腹を立て、あけみさんを心配して、私の 力になろうと真剣に考えている。 私は彼にあけみさんを探しに行ってくれるように頼もうかと思った。あけみさんが心 配であることはもちろんだが、別の理由もある。突発的に暴力を振るわれるのは、予想 ができないだけに、常習的な暴力より始末に悪い。できれば近くに置いておきたくはな い。他の状況ならともかく、少なくとも今はごめんだ。 しかし、架空の蜂を心配している以外では、阿部はこういう状況では頼りになる男性 である。特に大宮に対する牽制としては、彼以上の存在はないだろう。 では、阿部に大宮の監視を任せて、私があけみさんを迎えにいこうか?それもできな い。阿部が再び、「蜂だ!」と叫んで、暴力的になった場合、無防備なのりちゃんと、 縛られた大宮がその対象となるかもしれない。大宮などどうでもいいが、のりちゃんは 私が守らなければならない。 私は阿部から少し離れた所に座って、そんなことを考えていた。 阿部は窓際に座って、外を見つめていた。あけみさんが帰ってくるのを待っているの だ。彼の近くには大宮が転がっている。死なれるのも後味が悪いので、阿部に傷の手当 を頼んだ。外傷は大した事はなかった。 欠伸が出た。 そういえば今朝は早起きした上にいろいろあった。いつもならとっくに寝ている時間 だ。緊張している間は気がつかなかったが、自分が思っている以上に疲れていることは 間違いない。完全に阿部を信頼できるなら仮眠をとるのだが。とても確信はもてない。 私は缶コーヒーを開けた。プルタブを引っ張るプシュッという音で阿部が振り向き、 笑顔を見せた。眼鏡は外していた。 「少し眠ったらどうですか?あけみさんが戻ってきたら起こしますから」 「いえ、大丈夫よ」そう答えて、阿部の表情を観察した。 どこから見ても、まじめな学生に見える。精神科医ならばその表情から何かを読み取 れるのかも知れないが、私は平凡なOLに過ぎないのだ。 缶コーヒーは眠け覚ましの役には立たなかった。本当にカフェインが入ってるのかし ら?と疑ってしまった。かえって、お腹がふくれて眠気が襲ってきた。 私は立ち上がった。振り向いた阿部にいった。 「のりちゃんの様子を見てくるわ」 のりちゃんはうらやましくなる程、安らかに眠っていた。寒くもなく、暑くもないと いった顔をしている。あけみさんは自然に目が醒めて、自分から話す気になるまでは、 何を訊いても無駄だろうといっていた。 朝になれば目が醒めるのだろうか? 私はカウンターに戻ろうとして、事務室の机の上に目を止めた。 何かの書類や、シャープペン、ボールペンに混じって、ハサミがあったのだ。私はそ れを手に取った。 しばらく眺めてから、ライダージャケットの袖に隠した。万が一の用心のためだ。 カウンターに戻りしばらく座っていたが、次第に眠気が耐えきれなくなってきた。も う駄目だ。ここは阿部を信頼する事にしよう。私は声をかけた。 「やっぱり少し眠るわ。あけみさんが戻ってきたら起こしてね」 「どうぞ、ごゆっくり。静かにしてますから」 私は腕時計のアラームを午前3時にセットして、カウンターに座った。できるだけ楽 な姿勢をとって、カウンターに両腕を組んで顔を埋めた。 目を閉じると同時に意識が遠のいていった。
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