空中分解2 #2272の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
今夜はすこし寒いね あたりまえよ 気密服を着ないでくるんだから ぼくはうかつだったかい まいったなあ 俺は頭を掻こうとしたが、関節がこわばっていて、うまくできなかった。そ の様子をフルコンディションの気密服を着た君は冷たく見ている。そして、勝 ち誇ったように言った。 ばかよ あんたばか 君はなにに勝ったんだ。俺たちはなにか競争をしていたのかい。 そうかな あ きみのキャノピーになにか付いてるぜ 勝ったのが君なら、負けたのは俺なんだな。ヘルメットについた塵を取ろう と、俺は凍えた腕をのばした。君は明るい地球を背にしてこちらを向いている。 強化プラスチックの窓の中は影になって、真っ暗だ。君の顔は本当にそこにあ るのかい。あるんだよ。当たり前だ。 なにかしらね 早く取ってよ ヘルメットの左側頭部に黒っぽい小さな固まりが付着している。しばらく弄 ってみたが取れなかった。うまくいかないのは、手が悴んでいるだけの理由で はないようだ。物体はヘルメットに癒着している。俺はこれによく似たものを 知っている。これは冷え固まった溶岩だ。隕石の落下跡でよく見かける。 取れた きれいになったぜ 諦めた俺は、軽く手を叩き合わせながら言った。どうせ君には死角だからい いだろう。ここには俺たちの他に誰もいない。君に本当のことを耳打ちするや つはいないから、嘘でもいいんだ。 それにしてもここはなんて静かなんだろう。こんなに静かな場所は地球には なかった。海の底でもこんな静寂はなかっただろうな。 まったくもう 不器用なんだから 君が振り向いて、キャノピーの中が見えた。君の頬にはまだ赤みが差してい た。まだこっちにきてから間もないんだなあ。 あの地球の青い海には生命が溢れている。それはどんなに息を殺していても、 ひどく喧しいんだ。 そんなことはないぜ ほらっ 俺は石を拾って、軽く放り投げた。真上を仰ぐと少し目眩がした。そこは剥 出しの宇宙空間なんだ。馬鹿馬鹿しいほど果てしがない。小石は弱い重力でゆ っくり落下してくる。俺は軽々と跳躍し、サッカー選手のように回転しながら 頭上で石を蹴った。多少体が凍えていても問題はなかった。石は勢いよく飛び、 弧を描くことなく地球へ落下していった。ここでは重力から逃れるのはたやす い事なんだ。 なによそんなの 誰でもできることじゃないの そう言うと君は、少し首を傾けて、トントンと耳のあたりを叩いた。その仕 草は、ひと泳ぎした女の子が水抜きをしているように見えた。 あの石は七日もすれば、大気圏に突入し、摩擦で燃え上がるんだろう。きれ いな流れ星になれるだろうか。ブラッドベリィの話みたいになれるかな。どこ か片田舎の貧しい親子がそれに願いごとを言うんだ。 それはそうだけどさ かっこよかったろ でも、小さすぎてだめなんだろうな。皆の目には触れないんだ。誰も願い事 を言えないままなんだ。そして、俺にはみんなの願いを叶えることはできない から、それでいいんだ。 べつに ばかみたい それはそうだけどさ。いつかでっかい岩石を地球にぶつけてみたいな。それ はみんなが百ぺんも願い事を言えるくらいの流れ星になるんだ。 なに言ってんのよ そんなの落ちてきたらみんな死んじゃうわよ そうだけどさ。 そうだけどさ 君はなにか考えるように両手でヘルメットを押さえた。なにか思い出そうと しているようだ。 君の宇宙服は青色でとてもきれいなんだ。だけど、もう旧い型で、肘のとこ ろば上手に繕われている。お金を沢山持ってるコロニーの連中に、同形の宇宙 服を着ているやつはほとんどいない。 どうかしたのかい それは思い出さなくていいことじゃないのかい。世の中に、知らなくていい ことは沢山あるからなあ。 例えば、どうして今ここにいるのかなんてどうでもいいことだ。場所なんて 問題じゃない。 なんでもないわ とにかくあんたはあたま悪いって言うことよ 君はそっけなく言う。君は俺が何度も失敗を繰り返すのをずっと見てきたん だ。 俺たちが一緒に暮らし始めてから、もうすぐ六年になる。月へ来てからまる 二年だ。月の鉱山での労働は苛酷だったが、賃金は破格だった。俺たちは地球 での単調な毎日に飽き飽きしていた。だから、シャトルに乗ったんだ。 そんなことはないと思うけどなあ それよりこの星空を見ろよ 本当にきれいだよ なあ これだけでも十分ここにいる価値はあるぜ 最初の一年は順調だった。だが、俺は少し頑張りすぎて体を壊してしまった。 働けなくなってからの生活はひどかった。いつのまにか貯えていた金はなくな り、地球行きロケットのチケットはとても手が出なくなっていた。 そんなの見飽きたわ くだらない 空の半分はコバルトに発光する地球が蔽っている。純白の雲が力強くうねっ ている。その下に茶褐色の大地がのぞく。俺はこの星を見るたびに、天然色と いう言葉を思い出す。宇宙では、この星以外みんなモノクロなんだ。 ときおり周回する人工衛星が光る。さっきほおり込んだ小石はとっくに見え なくなってしまった。ここは俺たちが住んでいた町からとても遠く離れている けど、どこまで逃げても、ぴったりついてくるものは確かにあった。 そうだな 役には立たないな 空は真っ暗で吸い込まれそうだ。奥深くにはおびただしい数の星々が煌めい ている。今は無限の隔たりを感じるあの星々との空間を、人類はいつか埋めて しまうのだろうか。俺もそこまで行ってみたかったなあ。あと何年後に生まれ たらチャンスがあったのだろうか。 ところで 日本じゃもう秋だろうね 月見をしている人はここも見ているんだろうな。遠く離れててよかった。じ ろじろ見られるのはかなわない。 だからどうしたのよ あたしたちには関係ないことじゃないの そうだった。もうどうでもいいことではあるな。えーと、あの辺りが秋だか ら、そこらは冬で、こっちは夏なんだな。そして、あの辺りは一年中夏なんだ ろうな。 大事なのは どうやって地球に帰るかなのよ あたし嫌だからね こんなとこにず っといるのなんて おや。それは簡単だ。地球はこんなに近いんだぜ。俺は両手を広げて地球を 抱き締めるような格好をして見せた。 そうかなあ 簡単じゃないか 飛んでいけばいいんだ 君はこっちを見ていなかった。 つまらない冗談はよしてよ 君はなぜか軽くスキップした。足跡がくっきりと地表に残った。スパイクの 跡は粗暴で君には似合わないと思う。大体、潜水服のような宇宙服は女の子に はかわいそうなんだ。 遠くに見えていた光点が大きくなってきた。あれはシャトルのパネルが光っ ているんだ。船内には、二年前の俺たちみたいに期待で胸を膨らませた若者た ちでいっぱいなんだろうなあ。まったく、どうしてなんだろう。 あれはシャトルなんかじゃないわよ よく見なさい 君はスキップが楽しくなったようで、かなり遠くまで行ってしまった。そう いえば、楽しいことなんて、ここしばらくなかったなあ。よかった。俺は後を 追って軽やかに歩いた。体調はよかった。俺の体は完全に冷え切ってしまった らしく、今度はその状態に馴染みはじめていた。 君はこちらに背を向けてるけど、俺が近付いていることがよく分かっている。 ほら 土星の輪がよく見えるぜ こうしてるとすぐにも行けそうだがなあ ここにいると上下の感覚がおかしくなる。頭上にはシグナルのように発光す る地球。そこで月見をする人は、ここを見上げているんだもんな。天井に逆さ に立ってるみたいだよ。その向こうには、莫大な宇宙空間が広がっているしな あ。だが、それにも、もう慣れた。 ただ、高くジャンプするのだけは今だに恐い。飛び上がり過ぎると月の頼り ない重力は、簡単に俺を引き戻すことを諦めてしまう気がする。俺は、虚無の 宇宙空間にほおり出され、どこまでも一人ぼっちで落下してしまうんだ。 無理よ どれくらい離れてるかあなたも知ってるでしょ 君は背中を向けたまま言った。大きなクレーターの縁に立ち、殺風景な月面 を見渡している。 今夜はなに食べる 君は左手首のコントラーでなにかを調節しながら言葉を続けた。なんだろう。 昼のうちに 冷蔵庫のハイネケンビール 飲んどけばよかったな 真昼に飲むビールは最高なんだ。容赦なく降り注ぐ太陽光はあまりにも苛酷 だから。 ところで へんよね さっきから思ってんだけど これっておかしいわ その言葉で俺は少し傷ついた。残ってないと思っていたが、俺にプライドが まだ残っていたらしい。かまわないさ。粉々にしてくれ。その方がさっぱりす る。俺は首を少し傾けて言った。 なにもおかしくなんかないぜ 俺たちはこれからもうまくやっていけると思うんだ 俺は自分の言葉の意味をよく理解しているつもりだが。 そうじゃないのよ なんてばかなの
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