空中分解2 #2170の修正
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その原稿の頭には、こう書いてある。 『探偵赤川と超人仮面の華麗なる対決 赤川一郎』 原稿を前にして、男はうめくように言った。 「何でこんなことになったんだ」 男の手が、わずかに震えた。 「これで、二人で世界的に有名になるという目論見は、崩れさった。原因は、 あいつの存在。全く、予想外の行動に出てくれたものだ、あの重要な場面で。 とやかく言っても始まらない。この苦々しい事件を手記として完成させねばな らんな」 その男は吐き捨てると、手にした原稿を手本に、白紙の原稿の升目を埋めて 行った。 探偵赤川と超人仮面の華麗なる対決 赤川一郎 「わざわざ持参していただいて、どうも済みません」 雑誌・週刊推理ingの編集長、佐木命救人はそう言いながら、原稿を受け 取った。五十という年齢にしてはシミ一つないその顔には、微笑があふれてい る。 「今週はたまたま、調子が良かったから、こうして持って来れましたけど、来 週はまたどうなるか、知れたものじゃありませんわよ」 佐木編集長と相対して座っていた呂久分喜子は、いささか冗談めかして答え た。推理作家とあって、いかにも文学女性という風な眼鏡をしている。 「それはちと、困りますな。来週もこの調子で頼みますよ。ところで……と。 持参してもらったついでに、お見せしたい物があるんです」 「何でしょう?」 「ま、見て下さい。これです」 佐木は二人の間にあるテーブルの上に、原稿用紙の束を置いた。束と言って も、二十枚くらいの数である。 呂久は黙ってそれを手に取り、しばらく読み進んだ。と、すぐに彼女は顔を 真っ赤にし、怒鳴ったのである。 「何です、これ! こんな話、全部でたらめです!」 その原稿の冒頭は、『週刊推理ing殺人事件 狂本死郎』となってい た。ワープロの字体だ。 「では、ここに出てくる目田早成という男と君との関係は……」 「作り話です! 狂本氏はどういうつもりでこんなことを書いたんですか?」 「まあ、落ち着いて下さい。我々も困惑しているですよ。こちらとしては、一 回二十枚で、五回完結の推理小説を依頼したところ、こんな縁起でもない題の 小説を渡され、驚いたんだなあ。その上、中身を見てさらに驚きましたね。呂 久さんに目田なるヒモがあって、その目田が殺されるってんだから」 「本当に、どういう気かしら。文句の一つも言ってやらなきゃ、気がすまない わ」 「残念だけど、文句を言うことはできんからなあ。この狂本氏は、我々編集の 者にさえ顔を見せん。今まで誰とも顔を合わせてない、本当の覆面作家なんだ から」 「それは耳にしてましたけど……」 呂久は、不安と不満の入り交じった表情をした。 狂本死郎は、突如として現れた謎の作家と言ってよい。週刊推理ing誌上 に、半ノンフィクションらしき長編小説でデビュー、その後、暴力と幻想に満 ちた短編連作推理で好評を博した。最近は企業単位の犯罪小説を手掛けていた のが、今度の連載からは本格物に転じたように見受けられる。 その原稿全てがワープロで書かれ、直接、編集部に届けられるのだが、誰も その姿を見た者はいない。 「けど、このまま言われっ放しっていうのは、しゃくだわ。何とか、今度の号 に載せる分には、変名でお願いします。それと、狂本氏に公の場に出てくるよ うに呼びかける、広告みたいなのを出していただきたいわ」 「ふん、ま、構いませんよ。我々としても、今度の作品の意図を、彼に聞いて みたかったんですし」 こうして、今度の週刊推理ingには、狂本死郎への呼掛けが行われること になったのだが、その発売日に、大事件が起こったのだ。 「これはまた、めためたにやられたもんだな」 血には慣れている刑事でも、目を背けたくなるほど、その死体は酷かった。 現場は、とある木造アパートの一室。 「被害者の名は?」 吉野刑事が聞いた。先に到着していた若い刑事が、急いで駆け寄ると、報告 した。 「目田早成、この部屋の住人で、管理人の話によると、一人住まいの三十一才。 無職と思われます。アパート内での付き合いはそれほどでなかったが、人に迷 惑をかけるようなこともなかったそうです。家賃の支払もよく、まあ、極普通 の住人という感じですね」 「ふむ。その他には何かあるか?」 「身内の者とか付き合いのある者とかは、まだはっきりしませんが、隣室の者 や管理人室の話によると、時々、女が訪ねていたらしいです。これぐらいです か。遺体の詳しい状況は、鑑識から聞いて下さい」 「鑑識からの報告は、後で聞こう」 吉野は思ったところを口に出し、現場であるアパートを後にした。 その夜、芳しくない聞き込み結果を胸に、吉野は鑑識からの報告を、部下の 口から聞いた。 「まだ、正式の物ではないそうですが……」 そのように始められた中間報告によると、目田早成の死因は、全身二十数カ 所にもわたる刺し傷からの出血多量のため。凶器は、現場に落ちていた刃渡り 二十センチほどの包丁で、指紋は検出されず。また、目田の部屋の台所の包丁 は、そのまま残されていたことから、犯人自身が凶器を持ち込んだものと思わ れる。 刺し傷から見て、犯人は被害者が背を向けたときに、まず一撃をくらわせ、 その後、身体中をめった突きにしたと考えられる。 犯人の遺留品らしき物としては、郵便配達員の制服一式が、現場にあった。 「こいつは、犯人が返り血を防ぐためと、目撃者の注意を散漫にさせるためと いう二つの目的があったんだろうな。それで、死亡推定時刻は?」 死亡推定時刻は、遺体発見前日の午後二時から六時頃までの約四時間。 「それから、これは私が聞き込んできたことですが」 死亡推定時刻、つまりは犯行推定時刻に、現場である部屋から物音を聞いた 者はなく、偽の郵便配達員がいつ出入りしたかも、曖昧で分かっていない。 管理人の話では、住人本人がいないときだけ、郵便物を預かることになって おり、偽郵便配達員がいつ来たのかは、さほど気にしていなかったと言う。多 分、午後三時頃だと思うとのことであった。 「遺体の引き取りは、母親が来るそうです。それから、被害者がつき合ってい たという女の方は、まだ何も分かっていません」 「俺の方もだ。何やら、いつの間にか、捜査会議めいてきたな。では、引続き、 偽の郵便屋や女の目撃者捜しに力を入れることにしよう。あっと、凶器の包丁 や遺留品の出所もだな」 吉野は気を紛らわすように、笑いながら言った。 事件が新聞やテレビで報道されると同時に、警察やマスコミ各社には、次の ような情報が寄せられた。 「目田なる人物が殺された事件は、『週刊推理ing』という雑誌に載ってい る小説と似ている」 早速、週刊推理ing最新号を買った吉野刑事は、思わずうなってしまった。 確かに、今度の事件は、狂本死郎なる人物の手によって書かれた「週刊推理i ng連続殺人事件」の第一回目とそっくりであった。 興味を覚えた吉野は、この雑誌を出している出版社を訪ねた。編集に行くよ うに言われ、そこで佐木という編集長と会った。 「いやあ、我々の方でも驚いておるんですよ。読者からの指摘で知ったんです がね」 「それで、この作者、狂本死郎という男は、どんな人ですかね?」 「分からんのです、それが」 佐木編集長は、狂本の正体不明ぶりを説明した。 「うーん、では、この小説の中で、目田の女として出てくる呂久分喜子は、ど うなんですか?」 「彼女は、ウチに書いてもらっている作家の一人です。すぐにでも呼べますが、 どうしましょうか?」 「頼みます」 すぐ、佐木が、呂久のところへ電話を入れたが、通じなかった。 「おかしいですなあ。この時間なら、大抵いるのに」 「じゃ、後でもう一度、電話をしてみて下さい。それでは、狂本氏の生原稿と 言うんですか、そいつを拝借できるもんですかな?」 「ええ。今週号に載った分なら、どこかに……」 そう言って立ち上がった佐木は、ロッカーのような場所から、紙の束を引っ 張り出し、吉野に手渡した。刑事は、それを丁寧に受け取る。指紋を取るつも りなのだ。 「失礼ですが、あなたを含めて、ここの人達全員の指紋を取らせてもらうこと になるんですが」 「いいですとも。何だって協力しましょう。ウチとしては、雑誌が売れりゃい いんです。ま、少なくとも今週号は、今度の事件との関連で、売上倍増、間違 いなしですな」 かかっと笑った編集長。 その後、再度、呂久への連絡をやってもらったが、やはりいなかったため、 彼女の住所を教えてもらった。 が、出版社を出て、呂久の家を訪ねようとしていたところで、無線が入った。 「呂久分喜子は、自らこちらに現れました」 そう聞いて、吉野は戻ることにした。 「……では、この小説にあることは、全て事実と解釈していいんですな?」 「はい。ほとんど事実です」 やや疲れた表情を見せながらも、呂久はしっかりと答えた。 「ほとんど? ほとんどとはどういう意味で?」 「小説中では、私が犯人のように描かれていますけど、違うということです」 「なるほどね。ま、いいです。では、どうして本当のことを佐木編集長に言わ なかったんですかね?」 「私、世間体を気にする方ですから」 確かに、新進気鋭の作家に、目田のような男がいたとあっては、何かと言わ れるかもしれない。 「で、あなたと目田さんとの関係を知っている人は、他にどれくらいいますか な?」 「いないはずです。少なくとも、私は誰かに喋ったりしていません。彼だって、 きっと同じだったと思います」 「でも、狂本死郎という男は、知っていた……と。これはどういうことなんで しょうな?」 「分かりません。会ったこともありませんし、聞いているでしょうけど、狂本 氏は誰にも顔を見せていないんです」 「それが狙い目かもしれないな」 「え?」 「あ、いやいや。こっちのことですよ。えっと、一応、伺っておきたいのです が、事件の日のアリバイを」 「……あの日なら……。確か、ホテルに缶詰でしたわ。先週は、珍しく早くに 仕事が上がったので、のんびりしたかったんですけど、他の雑誌から穴埋め作 品を書いてくれと頼まれてしまって。証人でしたら、ルームサービスでコーヒ ーを頼みましたから、ホテルのボーイさんをあたってもらえれば、分かるはず です。それに、編集の人が途中、二度に渡って電話をしてきたから、こちらも 確認して下さい」 推理作家らしいとすべきか、さっさと答える呂久。吉野は、ホテル名と雑誌 名を聞くと、呂久を帰した。 調べてみると、呂久の言葉に嘘はなかった。事件の日の前日から、彼女はホ テルに部屋をとっており、事件のあった日には、午前十時頃、ルームサービス を頼んでおり、また、正午丁度と午後四時過ぎに、担当の編集者が電話を入れ ていた。 それから、狂本の原稿の方だが、狂本のものと思われる指紋はなく、編集部 の人のものと、呂久分喜子のものだけが検出された。 「このままじゃ、らちが開かないな。初めは、呂久という女流作家が犯人だと 思ったんだが、一応、アリバイがあった。電話のかかってきた合間を縫って殺 しに行けんこともないだろうが、いつ電話がかかってくるか分からないのに、 そんな危険を冒すとは考えにくい。それに、この女が犯人だとしたら、郵便屋 の制服の説明がつかん。被害者と顔見知りの呂久が郵便配達の格好をしたって、 何の意味もないんだからな。 それより怪しいのは、狂本と名乗っている男だ。いや、男とは限らんな。と もかく、今度の事件の予言をしているんだから、まず、犯人と関係があるのは 間違いない。だが、一体、誰なのか、狂本死郎と名乗っている人物としか分か らんのでは、話にならん。だが、そいつを知る機会はある。佐木とかいう編集 長の話では、狂本の原稿は直接、編集の部屋に届けられているらしい。消印も ないのだから、狂本自身か、少なくとも狂本の身近にいる人物が届けているは ずだ。しかも狂本は、殺人を行ったとき、郵便屋の制服を使った。となれば、 それを着ていれば、届けに行っても怪しまれまい。よし、今度、狂本が原稿を 持って来たときが、勝負だな」 こう考え、吉野刑事は、佐木編集長に狂本が原稿を届けるのはいつか、聞い てみた。そうしたら……。 −NEXT
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