空中分解2 #2116の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
だが浮浪者は信じられないと言った様子で、質問はだんだんときつい調 子になっていった。 「お嬢ちゃん、例えばあんたがね、お金を持っている以外になんの魅力も ない人間だったとする。お金があるうちは、いろいろな人があんたを必要 とするが、そのお金が無くなったとき、あんたは手放しにお金がある人の ことを賞賛できるんかい?」 唾を飛ばしながら、浮浪者は真剣だった。 萌荵は何も言えなかった。 今の言葉はたぶん、彼自身のことだろう。 そして彼と同じ場面になったとき、違う行動がとれる自信はほとんどな かった。 「…………できないと思う」 浮浪者は「ほらごらん」とでもいいたげに微笑み、酒を飲んだ。 萌荵も成瀬も少年達も、声がでなかった。 静かに、この浮浪者を見つめるしかなかった。 くいっと酒を飲み干す。ふたたび見た浮浪者の顔は、しかし、もはや満 足気な表情はどこにもなかった。 静かな、少し遠くを見るような表情。 萌荵の胸が少しいたんだ。 「だれだって『差別』はするもんじゃ。自分が無価値であることを確認す ることが恐いからの」 浮浪者は手に持った一升瓶を月に向かってかかげ、ちょっと大きな声で 滔々と話はじめた。 「会社でも家でも、自分がさも偉いように振る舞わないと、周りが自分の ことを無価値な人間だと言い出しそうになるように思えることがある。い つか、それがばれることは解っていても、それでも相手が駄目な人間だと 思わずにはいられなかったりする時が、大人にはあるんじゃ」 本当に無価値な人間なんていないと解っていても、それが自分のことと なると不安でしかたがなくなる。 ほんの少しでも、価値のある人間であることを他人に見せて、そして前 以上に自分が無価値であることを恐れてしまったりする。 成瀬はふと萌荵を見た。 浮浪者の言葉に真剣に耳を傾けている、美しい萌荵。 どうして彼女は、違うのだろう。 全身を火傷して体中が動かなくなり、あの美しい容姿がなくなったとし ても、優しく頭を撫でてくれる人がいることを、萌荵はなぜか無意識で知 っている。 だから、彼女は心から純粋でいられる、のだと思う。 自分一人の強さではない、強さを持って。 「わしは息子が恐かった。言うことは聞かない、勉強はできない、暴力を 加える。だから、遠ざけとった。しょうがない奴だと思っていた。だが息 子は、体をはってわしに訴えかけていただけなんじゃ。しょうがないのは、 それに気づこうとしなかった鈍感なわしだった」 浮浪者の顔は、むしろ悲しいほどまでに、笑っていた。 自虐的な笑い。 でも、優しい笑顔。 「あんた達は、わしのようになるんじゃあないよ」 萌荵は立ち上がり、ゆっくりと歩いて浮浪者の後ろにまわった。 そして、その細いきれいな腕を浮浪者の首に回した。いくぶん、きつめ に。 「自分をいじめる人は嫌いだ」 浮浪者のかき乱れた髪の中で、萌荵が呟いた。 相手をいとおしいと思ったとき、萌荵はこうやって首ねっこを抱きしめ てしまう。本当は体を抱きしめたいけど、そうもいかなくて、こうして首 にまとわりつく。 ある日の学校での出来事。ある大人しい女の子が、自分が馬鹿にされて いるのに、それを一緒になって笑っていた。 その女の子が「私、馬鹿だから」と言って笑ったとき、萌荵はついうし ろから抱きついて、真剣に「自分で自分をいじめないで」と言ってしまっ た。 自分をいじめる姿が、いじらしくて、健気で。つい、抱きしめずにはい られなかった。 女の子はしばらく笑っていたが、首にまわる萌荵の手を取ると、涙をこ ぼした。 浮浪者の目からは涙は落ちなかったが、その表情から自虐さは消え、本 当の笑顔になった。 その汚い手で、ぐしゃぐしゃと萌荵の頭をなでる。 「あんた、いい子じゃ」 浮浪者は萌荵の手を取ると、もといた場所に座らせた。 萌荵の方がむしろ泣き出しそうで、横にいた少年達を最初の時のように 脇に抱きしめた。 「あんたみたいな娘がいたら、わしも少しは素直になったかもしれんなぁ」 公園は夕に染まっていた。 まだまだ青さを残す空に、青白い月が光っていた。 駅から来た幾人かが、不思議そうに見て、通り過ぎていく。 その頃になってやっと、気持ちが落ちついてきたらしい−−−少年の一 人が、抱きかかえる萌荵の顔を見た。 萌荵が、何かな、と見つめかえすと、少年は顔を真っ赤にした。 見つめられて、急に恥ずかしくなったらしい。 「はなさんか」 萌荵はちょっと嬉しそうに、力を強めた。 「やだよ」 萌荵の胸元でもがく少年は、にたりと笑って、 「姉ちゃん、胸、でかいな!」 と言った。 萌荵が恥ずかしがって手をはなすかと思ったが、むしろ手の力は強まっ た。 「いいだろぉ」 萌荵はそう答えたが、何がどういいのか理解に苦しんだ。 ただ成瀬だけが、抱きかかえられる少年達を見て「いいなぁ」と心の中 で呟いていたことは、誰も知らない。 烏が、悲しげな鳴き声をあげていた。 自分はなぜ萌荵のように生きられないのだろう。 萌荵のように勇気が出せないのだろう。 やっと駅について、帰りのキップを買いながら、成瀬は繰り返し呟いて しまった。 萌荵はもう、いつもの笑顔を取り戻し、美しげな横顔を見せていた。 ふと何かに気づいたように、萌荵は視線を移動した。 そして軽やかに歩いていく。 「おばあちゃん、どうしたの?」 「うん? あぁ、どうも目が悪くてね。いくらか、わからなくて」 「何処まで?」 「白石ちゅう所なんだが」 「あっ、隣町! ……1560円だよ」 「有り難う、お嬢ちゃん」 萌荵は、にっこりと笑った。 『有り難う』、この言葉を言われたはいつのことだったか。 萌荵は今日だけで何回言われたか。 おばあちゃんの手を取り一緒にホームに向かう萌荵の後ろ姿を見て、あ の水上のような「しょうがないな」とでもいいたげな温かなため息をつき ながら、成瀬はゆっくりと後を追っていった。 カタン、カタン、コトン……… 列車は走っていく。 暗闇に、家の明かりを流れ星に変えながら。 人もだいぶ少なくなり、車両の中には遠くに二人と向かいに座るあのお ばあちゃん、そして隣に座る萌荵だけとなっていた。 窓の外を見ると、ただ一つ、満ちかけた月がこの列車を追っかけていた。 真っ白な月。兎が餅でもついているかも知れない。 萌荵はしばらく黙っていた。 それまでは大会の話で盛り上がっていたのだが、話もつきると自然に話 は途切れた。 昔はこの沈黙が辛くて、なんとか話を作りだそうとしたものだが、最近 はそんな心配もしなくなった。萌荵にいらない気遣いをしてもしょうがな いのだから。 眠たくなるような、窓からもれる風を感じながら、しばらくこの幸せな 沈黙を感じていたいぐらいだった。 「なんで人って、人をいじめたりするのかな」 萌荵の言葉は突然だったが、不自然さは何もなかった。 「いじめられる方も、いじめる方も苦しむのにね」 本当だね。 何故なんだろう。 萌荵と一緒にいると、それが不思議になる。 本当は、解っているのに。 どちらも止められない、どうしようもない何かを誰もが持っているせい なのに。 不思議だ。何故、人は自分を苦しめるのだろう。 どれだけ人に、有り難うと言えるだろう。 どれだけ人に、有り難うと言われるだろう。 人はなんで人をいじめるのかな。 成瀬の見る光景は、少しずつ色合いを増してきているように思えた。 カタン、カタン、コトン 静かな、リズムを持った音。 昔、『銀河鉄道の夜』を読んで聞かされたとき、列車は永遠にどこまで も行くものだと思った。 地球の果てまで走っていって、いつかは宇宙まで飛び出して行くのだと、 信じて疑わなかった。 目の前に広がる光景は、闇と月と山だけ。 月だけが、こちらを見つめるように、動かないでそこにいる。 どうして、月は動かないのだろう。 理屈は知っているのに、月が追っかけてきているからと言われれば、正 直にうなずける。 月夜の晩は、人の気持ちを優しくしてくれるような気がした。 コトリ……… ふいに肩に重さが加ると、成瀬は今までの落ちつきをすっかりなくして しまった。 眠ってしまった萌荵が、拠り所をなくした頭を成瀬の肩にもたれさせて しまったらしく、肩のうえで安らかな寝息をたてていたのだ。 柔らかな髪が頬をくすぐり、石鹸のほのかな香りが鼻にとどく。 目に映えるような服の白さと、薄い小麦の肌。 一気に激しくなってきた胸の鼓動とは反対に、萌荵の服は何事もなかっ たように静かに揺れていた。 ちょっとでも力を入れればくずれそうな小さな頭を左肩に感じながら、 自由な右手で思わずぎゅっと握り拳をにぎりしめ、成瀬は心の中でおもい っきり叫んでしまった。 『超らっきぃぃぃぃぃっっっっっ!!』 向かい側ではあのおばあちゃんが、くすくすと、二人を見て笑っていた。
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