空中分解2 #2090の修正
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「そうとも。……この件に関係した人間には例外なくそれがしこまれているだろ う。そう予言していったよ」 じろりと目をやる教授から視線をそらして和晃はしばしの間黙考し、 「卵なら、なにか外科的な手段で取りのぞくことができると思いますが」 ふん、と教授は鼻をならす。 「その程度のこと、わしも想像した。無駄だろうといわれたよ。物理的な手段で 発見できるようなシロモノではない、とな」 「やってみて損はないでしょう。さっそく明日にでも診てもらうことにしますよ。 美貴、おまえもだ」 言い放つ和晃にうなずきながら、美貴は抑制しがたい怒りがどっとわきあがって くるのをかろうじて自制する。わたしはあなたの、奴隷じゃない。 「よろしかったら教授も。いかがです?」 「やめておく」むっつりと首をふる。「パットさんのいうことだからな。無駄だ というなら無駄なんだろう。たとえそうでないにせよ、あの恐ろしい連中が相手だ。 ほかになにをされるかわかったもんじゃない」 「無理強いはしませんよ。ですが浄土一族の来歴のほうは、ひきつづきお願いし ます」 あっけにとられたように教授はぽかんと和晃を見かえした。 見たこともないような珍奇な動物を呆然と見やるその目に、次第に怒りが噴きだ してくる。 「わしの言ったことをきいていなかったのか」 といましも叫びかねん勢いで半身をうかせた教授の機先を制するように、 「いやいやいや」と和晃は全身で相手をなだめにかかった。「もう無理に、とは いいませんよ。教授にはもう充分にはたらいてもらった。あれだけやってもらって なにも出てこないということは、もう無理だということなんでしょう。そうでしょ う、先生?」 「それがわかってるんなら、なぜ」 仏頂面で腰を落とす教授に、和晃はにこやかに微笑んでみせた。 「民俗の権威の奈良場先生ですからね。どこでどう、ひょっこり答えなり手がか りなりにいきあたるともかぎらんでしょう。そういうときですよ。そういうときだ けでいいんです。もしかしたらこれが、とでも思えるものにいきあたったら、その ときはわたしにぜひにでもご教授願いたいんです」 「……まあ、それくらいならかまわんと思うが」 「いや、それで結構です。たいへんありがたい。酒が切れてしまったようだな。 いま追加を注文します」 「いや、わしはもういい」 「まあそうおっしゃらず。木乃花咲耶なぞめったにお目にかかれん代物ですよ。 やあ、気づかないうちに花火も終わってしまったようだな。かわりといっちゃあ なんだが、芸者でもお呼びしましょうか。おーい。おおーい」 いいといっておろうが、と困惑の体の教授の腰を無理におちつかせ、和晃は追加 の酒と芸者の手配をすませてしまう。こういう芸にかけては和晃はお手のものだ。 「そういえば、心あたりといっちゃあなんだが……」 と教授がふいにいいだしたのは、新たに運びこまれた酒の酔いもいいかげんにま わり、そろそろきれいどころの一団もどっと流れこもうかという頃あいだった。 「ほう、なんです?」 と、角つきあっていたことなどけろりと忘れたように笑顔で身をのりだす和晃に ちょっとしかめ面をしてみせたものの、酔いの勢いも手伝ってか教授はごく気軽に 話をはじめた。 「浄土のこととは関係ないんだろうがな。ふたつの日本というのに関して、ちょ っと思いあたることがあるんだ」 「ほう、それは」 「ま、八割がた眉つばな話なんだが、妙に符合する部分もあってな。日本史にも、 『ふたつの日本』にも」 和晃の双眸にかすかに光が宿る。獲物にくらいつく野獣の光。美貴にはおなじみ の顔だ。 8 「『カタカムナ文献』というのを知っとるか? いや知らんだろうな」 「存じませんね。なんなんです、それは」 「いわゆる偽書の類だよ。『竹内文書』だの『宮下文書』だの『ホツマツタヘ』 だの、かつて為政者に弾圧され没落、あるいは消失していった一族などの歴史書の ことは知ってるか? たとえば物部なんかがのこしたと伝えられるのが『宮下文書』 だな。『カタカムナ』はこれらの文書とは出現のしかたが若干ちがうんだが、語ら れるときはやはりひとくくりだな。『古史古伝』という呼ばれかたをするんだが」 「つまり敗者の歴史、というやつですか」 「おう、それだ」 「それでしたら眉つばというほどでもない、非常に重要な参考資料だと思うんで すが」 「まあそのへん、アカデミズムの体質のかたくなさとも関係のある話ではあるが、 それ以外にも『古史古伝』には決定的なうさんくささがつきまとってるんだ。たと えば『竹内文書』などキリストやブッダやマホメットが古代の一代先進国であるわ れらが日本に留学にきていた、などという破天荒な記述が入っとる」 「ははあ世界の聖賢の留学先ですか。たしかにふざけている」 「誇張の度合が多少異なるものの、『古史古伝』のなかにはこの手の記述のめだ つものが散見されるな。しかしまあ、眉つばの最たる部分は神代文字だ」 「かみよ文字……ですか?」 「おお。いわく、日本古来の固有の文字。為政者に圧殺され歴史から消されたわ れらが民族の文字。まあそういったところだな。つまり原日本人がつくりだした文 字が、かつてこの日本には存在していた、とまあ『古史古伝』の多くがこういう風 に主張しているわけだ。たいがいその原本はその神代文字と称する文字で書かれて おるそうだがな」 「それはたいへんおもしろいお話ではありませんか」 「まあ、その神代文字とやらが事実、だとしたらな。しかしどうにも胡散くさい 代物でよ。たとえば『古史古伝』とひとくくりにいってもその種類は非常に多い。 ところがそこに使われている神代文字の種類までがバラバラときた。そのうえハン グルそっくりの代物があると思えばこれらの文字の大部分が表音文字、さらには体 系的な五十音図までもが用意されてるとくれば……なんの話だったかな」 「カタカムナ文献がどうとか」 「おおそうそう、このカタカムナ文書にもやはり神代文字が使われておるんだ。 八鏡文字とかいう、丸と十字のくみあわせによるバリエーションで構成された文字 でよ。ところが、このカタカムナ文書の発見の経緯というのが、ほかの『古史古伝』 とはちょっとちがっておってよ、よりいっそううさんくさい。神戸あたりに金鳥山 というのがあるのを知っとるか?」 「芦屋の近くの小さな山ですね」 「そうだ。そのなんの変哲もない山で戦後、大地電気とやらを観測しようとした 楢崎皐月なる学者がおったのだが、その学者のもとに平十字と名のる奇妙な男が現 われて和紙に筆写した巻物を開陳した、というのがまあ、大ざっぱな説明になるか な」 「それがカタカムナ文書とやらですか」 「うむ。ところがよ、この平十字なる男がいったいどこの何者なのやらまるでは っきりしていない。加えて内容のほうも、いわゆるオカルトサイエンスなるものの 走りみたいな代物でな。中国でいう竜脈のようなもののことが書かれているかと思 えば、練金術めいたミトロカエシだの、房中術めいたオメタグヒだのといった、ま あいってみれば中世以前の神秘学のような内容だ。この内容自体は新左翼や原理運 動にも利用されたとかされなかったとか。まあつきつめれば、それなりにおもしろ いものであることはたしかだが……まあ十中八九、後世の偽書とみていいだろう。 ――ところがよ」 と教授は意味ありげに言葉をきり、にやにや笑いを顔にはりつけつつ身をのりだ す。 「はい」 ひきずりこまれて、思わず和晃も顔をつきだした。 「このカタカムナ文献を書写した人物の名前というのが、アシアトウアンという のだそうだ」 それだけを口にし、どうだ、とでもいいたげに和晃と美貴の顔を見比べる。ぽか んと見返す二人にいかにも得意げに歯をむきだしてみせ、 「わからんか。ふん」鼻をならした。「このアシアトウアンなる者、天孫族と九 州で戦ったカタカムナ一族の主だというんだがな」 「……わかりませんな」 「そうかい」と、満面の喜色をおしかくそうともせず、「それじゃあ、芦屋道満 という名ならどうだ?」 眉根をよせる和晃を尻目に、美貴が遠慮がちに口を開く。 「安倍清明のライバルだった芦屋道満のことですか?」 「そのとおりよ。嬢ちゃんなかなかよく知っとる。ところで、ここまでいっても まだ気づかんか?」 困惑に顔を見あわせる。教授は出来の悪い生徒を前にした師よろしく首を左右に ふりながらわざとらしくため息をついた。 「芦屋道満のライバルの姓だ」 「それは安倍の……ああっ、『安倍』!」 思わずあげた己の叫声に我にかえり、美貴は顔をあからめつつ和晃を見やる。 その精悍な顔貌に、驚きの色を見出だすことはできなかった。真一文字に唇をか たく結び、眉は中央によせられ、そしてその双眸からは噴きだしてきそうなまでの 圧力が宿っていた。 見ようによっては怒りの表情ともとれる、真意のはかりがたい顔つきであった。 「そのカタカムナ文献には、浄土に関してはなにか書かれているのですか?」 抑揚を欠いた口調にも底冷えのするような冷徹さがひそめられているのを美貴は 感じた。 教授も同様の感想を抱いたのだろう。瞬時その両目に怯えがはしり、わずかに首 を後ろにひいた。 「いいや。なにもない」 答えに和晃の内圧が一瞬にして消失したような気がした。 「なるほど……」 「それだけなら、わしもどうとも思わなかったのだがな」 目を伏せ、手もとに猪口をひきよせて酒をそそぐ。伏せた双眸にいたずら小僧の ような輝きがあった。 「と、おっしゃると?」 「アシアトウアンと安倍清明の組み合わせだけだったら、まああえて浄土のこと とはつなげたりはしなかったろうがな」 「まだなにかあるんですか?」 「答えは目の前にころがっとるよ」 挑発、ともとれるその台詞に和晃の顔が束の間、危険な輝きを帯び――すぐに苦 笑にまぎれた。 「じらさないでくださいよ、先生。悪い癖だ」 ふん、と教授も口の端で笑いながら鼻をならし、 「なに、単なる語呂あわせというかまあ駄洒落のようなものなんだがな」 「なんなんです、いったい?」 「芦屋道満という発音ではこれは思いつかなかっただろうな。だがトウアンなら、 符号に結びつく。この発音に漢字を添えるとしたら、どんな字をあてる?」 「トウアン……ですか? そう……たとえば……」 黙考の体裁はすぐに驚愕に見開かれた両の眼にとってかわった。 「東を……」 「安んずる」補足し、奈良場教授は薄く笑った。「では安倍清明のセイメイはど うなる?」 「……西を明らかにする……!」 みずから口にし、和晃は呆然と虚空をにらみあげた。 「どうだ」猪口をくいと呷り、教授は誇らしげにいった。「おもしろかろうがよ」 財界の若きプリンスの口端に、ひくひくと痙攣が走る。驚愕とも歓喜ともとれる 表情が、なにか言葉を口にしようとして果たせぬ束の間の沈黙をおき――ふいに障 子の外から女中の声がかけられた。 なだれこむ芸妓の一団に奇怪かつ非現実的な話題は中断され、狂騒的な夜宴がい つ果てるともなくくり広げられた。 「小便をしてくる」 と屈託なく芸妓に宣言して「いやーだー」と苦笑まじりの非難を背に奈良場教授 が部屋をあとにしたのを機に、美貴は開け放された障子のむこうの薄闇に目をむけ る。 真夏の夜の饗宴も果て、集うていた群衆も三々五々散りしだき、今はもう夜を徹 して立ち去り難くいく当てをなくした若者たちの集団が河畔にぽつり、ぽつりと散 見されるだけだった。 四、五年ほど前までは美貴もまた、あそこにいた。海のものとも山のものともし れぬ、正体不明の凶猛と未来へのエネルギーばかりが取り柄の仲間たちとともに、 どす黒い不安をともなった見えない明日の自分への希望を胸の奥底に抱きながら、 なにをするでもなく夜を、そして新しい夜明けを、やり過ごしていた。 いつからだったのだろう。こんな場所に立たされたのは。和明の受け継いだ会社 のひとつに潜りこみ、秘書科に抜擢され、社長自身の目にとめられて個人付の秘書 にまで昇りつめた。最初に唇を重ねたのは商談で京都に出かけた夜だった。加茂川 べりの日本旅館の一室で、エアコンの奏でる控えめで無機質な機械音をBGMに抱 きよせられたとき、荒れ騒ぐ胸の奥にはすでにあきらめと失望が宿っていたような 気がする。絶えずつきまとう嫉妬と羨望の中心には、保守と後悔以外のなにものも 存在しない絶望の空洞が底なしに広がるだけなのだと知った夜。 己を上へ、上へと衝きあげてやまない荒々しい野望が、追随者の油断のならない 追い上げと罠の塊へと変貌を遂げ、そして人は昇りつづけるよりほかに道はないと 知るのだろう。−−力つき、追いつかれた野望につき落とされるその日まで。 「美貴、そろそろ帰るぞ」 とりとめない想念に沈みこんでいたところへ声をかけられてふと我にかえり、時 計に目をやると、最後に時間を確認してからずいぶん長い時が経っていた。立ちあ がりかけ、教授の姿が見あたらないことに気づく。
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