空中分解2 #2058の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
若草色をした草原で、歳は10歳ぐらいだろうか、少女は自分の飼っている鳥と遊んでいた。 それは、カラスだったが、羽は黒ではなく、雪が積もったように白かった。遠くから見ると、鳩よりも大きめの白い鳥に見えた。 突然変異で、白くなったのだろうが、遠目にもそれはとても、美しい光景だった。 「ほら、ライカ、こっちよ!」 ライカというのは、そのカラスの名前だろうか。 少女が花輪を作って、飛んでいるカラスの首にかけてやる。 カラスも嬉しそうに、空高く舞い上がり輪を描いていたが・・・ 「バアン!」 と、いう銃声と共に、その絵のような光景はビリビリに裂かれた。 空中を舞っていたカラスの白い色に深紅の血が飛び散った。そして、その物体は支えを失ったように地面に下降して行く。 犬の声が遠くで響く。 「ライカ・・・?」 少女は震えていた。幼い彼女には、まだ何が起こったのかわからなかった。 「ライカ!」 急いでライカの落ちて行った方向へ走った。 その時、ざざっと、少女の目の前のしげみが搖れた。 少女は、彼女から見ると、とてつもなく大きい猟犬と、顔を会わせていた。白に黒い斑があり、足や胴は引き締まっていて、いかにも機敏そうである。 その犬の口にはライカ−−先程まで大空を優雅に舞っていた白いカラスがくわえられていた。 彼女はそのまま、動かなかった。いや、動けなかった。 その犬は彼女の視線を感じ取り、足を止めた。 静寂が周りを包んだ。 少女の胸の奥からの叫び声さえも、閉じ込めたまま。 その内、唐突にピューピューと、口笛が高く聞こえた。犬はピクンと耳を立てると、自分の使命を思いだしたように、口笛の鳴る方向へ駆けて行った。 少女はその場に立ちすくみ、そして、力尽きたように草原に座り込んだ。肩を震わせて泣いた。 透明な液体が、緑の絨毯に染み込んで行く。 少女は、声を押し殺し、震える声で何かを呟いた。10歳の子供にしては、異様な程の迫力があった。 「許さない・・・わよ。・・絶対に・・・後悔させてやるから!」 「こうやってるのは、いいもんだ・・・」 と、村野竜一は呟いた。 容貌は、白髪でもうかなりの年齢と見受けられるが、まだまだエネルギッシュな体力と好奇心を持ち合わせている。 ここはある大学の−−一名門の大学の構内。そして、村野竜一は、ここの生物学の教授である。今日、彼の担当の授業は終って、午後からはずっと暇になっていた。 村野はこれ幸いと、やり残していた実験を終えたが、今はもう既に5時を回っている。 授業が終った学生が、通用門にちらほら見える。 「いいもんだ−−−」 と、村野はもう一度、呟いた。 実験も一段落ついて、もう、黄昏が窓にまで迫り、ガラスを通して中の動物たちを赤く染めていた。 村野の趣味は剥製を集める事だった。 鷹や鳶や狼、熊まで揃えてある。 やはり、こうも数があると、あまり人間が長くいられるところではなかった。 しかし、それは、感受性の違いというもので・・・ ここは村野専用の−−−本来の実験室の階下にある地下室。唯一、村野の心がやすらぐ場所なのだった。 自分の動物達を見るがために。 自分の今までの努力の結果を賛賞するかのように。 突然、上でドアをノックするような音がした。村野は急いで地下室から出て、実験室のドアを開けた。 そこには、まずまず可愛らしい顔立ちの娘が立っていた。村野を見ると、軽く首を傾げた。 その様子になんとなく見覚えがある。 そうだ。自分の担当の授業を受けている、1年の娘だった。もっとも名前の方は、忘れてしまったが・・・ 「ああ、君か・・・どうした?」 村野はドアのノブを握ったまま、尋ねた。 彼女は、黙って顔を伏せ、何も言わない。 「・・・まあ、入りなさい」 村野は彼女を部屋に招き入れた。「汚い所だけどね」 薬品の臭いが染みついているテーブルと簡単な椅子に彼女を座らせた。 「で、用事の向きは何なんだね・・・」 村野は穏やかにその点を聞いた。 「村野教授・・・あの・・・お願いが」 突然、うつむいていた彼女が口を開いた。 「お願い? 何なんだね?」 「私、計算してみたら、先生の授業の単位だけが足りなかったんです。ほんの少しですけど。で、もうすぐ進級会議があるでしょう。それで、あの・・・」 「成程」 村野は、真剣な顔をして思い詰めたような生徒がやって来たので、内心は、一体どうしたんだろうと勘ぐっていた。 しかし、そんな単純な話だったので、思わず笑顔になった。 「成程。単位をねだりに来たんだね。ま、君はここのところ、私の授業に出てきてなかったからね。単位が足りないのは、当り前だ」 「だ・・・駄目ですか?」 彼女は上目づかいに村野を見つめた。 こう見ると、なかなか魅力的な表情をしている。 「君、名前は? あまりに授業に出て来なかったから、忘れてしまってね」 「私は、相良瑞穂よ。珍しい名前なのに、覚えないんですか?」 「そうか。・・・相良・・相良ね」 村野は、ペラペラと、分厚い紙で覆われた、出席簿のようなものをめくると、 「・・・確かに出席はこれじゃ、まずいな」 と、顔をしかめた。「しかし、実習とか、テストの方は決して悪くない。君は意外によくできるんだなあ」 村野はチラ、と彼女を見た。 「よし!」 村野は、パタンと出席簿を閉じた。 彼女−−相良瑞穂はハッとして顔を上げた。 「次に進級した時に、しっかりと出てくれるのなら、単位は約束しよう」 瑞穂の顔が嬉しさに紅潮した。 「本当ですか! わあ、嬉しい! 村野教授、ありがとうございます!」 と、飛びついた。 長く肩に垂らした髪のシャンプーの香りが、微かに匂った。 「あーあ。ホッとした! 教授、コーヒーでも入れましょうか?」 瑞穂はいきなり笑顔になった。 「生憎、ここにはコーヒーなんて洒落た物は置いてないんだ。実験室だしね」 村野は、机を簡単に片付けながら苦笑した。 「本当に殺風景な部屋ねえ・・・」 瑞穂は、部屋を見渡しながら言った。 「実験室なんだし、この辺りに鷲とか鷹とかの剥製があったらいいのに。ね、先生!」 「あるよ」 と、村野は知らず知らずの内に言っていた。 なぜだろう? 「あるって・・・剥製が? 鷹とかの?」 瑞穂は、すこし驚いたようだった。 「ああ」 本当に、私はどうしてこんな事を言っているのだろう。 あれを見せれば、秘密でもなくなるというのに。いや、それよりも、もっとまずい事になりかねないのに。 「秘密の地下室にあるんだよ。見せて上げようか」 言葉は勝手に口をついて出てきた。 「嬉しい! 先生の秘密だなんて!」 村野はそんな瑞穂の様子をじっと、目で追っていた。 彼女は本気で喜んでいる。・・・まあ、いい。今ごろの娘だ。どうせ大学の学科意外の物には知識などないに違いない。 ただの動かない動物だと思って見るだけだ。 そうだとも・・・ 地下室には、さっき−−先刻までの動物たちの剥製があった。 ただ、この中に天然記念物指定の動物達がいなければ、村野もここまで大切にはしなかっただろう。 家に置いておくと、妻には内緒なのだからいつばれるかわからない。物置などに入れておくとほこりを被って駄目になってしまう。 だったら、大学の構内の自分の実験室だったら? 村野はそう考えた。幸い、工事などもさほど難しくない。 実験などに使う危険な薬品を置くという名目で、大学側に承諾して貰った。 もちろん、薬品も名目通り置いてある。 「随分と暗いのね・・・」 瑞穂は恐る恐る硬い石の階段を、村野の後について下った。 「そりゃそうさ。地下室だからね」 「空気が悪くなりませんか?」 「いや、換気扇がついているからね。常に新鮮な空気を取り入れてる。長時間いてもいいようにね。−−さあ。ここだよ」 「・・・凄い」 瑞穂はそれを見て、思わず感嘆の声を上げた。「あ! それに、地下室に窓がついてる!」 「ああ、地下室にいることが多い時もあるから、窓がないのが耐えられなくてね、夕日の濃い色が入って来るといいと思って・・・」 村野は誇らしく言った。 「これは、私の自慢だよ。この仕掛は穴を掘って、そしてレンズで屈折させて・・・」 ここで村野は、言葉を切ってフッと笑った。 瑞穂は全く村野の説明を聞いてなかった。熱心に剥製を見ている。 その熱心さは、興味ぶかげというより、一種、他の感情が混ざっていた。 その様子を見て、村野の顔に少し不安の影が落ちたのも、当り前だった。 「・・・凄いわね。この鳥。 なんて名前?」 「なんだ、そんな事も知らないのか? 無知だな」 村野は少し、ホッとしながら、「ああ、これはね、きじだよ」 「ああ・・・そうだったわね。あ、これは? 鳩?」 それは他の大きな剥製に埋もれるように囲まれていた。 「これね。珍しいだろう? これは鳩じゃない、白いカラスさ」 「白い・・・」 「そう、突然変異だろうけどね。白子って聞くだろう? しかし、白いカラスは、後にも先にもこれきりだよ」 「そう。滅多にないのね」 瑞穂は静かな声で呟いた。 「ああ、滅多にね」 瑞穂は、硬い石のようになった白いカラスの羽を指先で撫でながら、 「・・・私も昔、これと同じ鳥を飼ってたわ。小さい頃、林で、巣から落ちた雛を育てたの。私にもよくなついて、順調に育ち始めてから驚いたわ。そのカラスは雪のように白かったの。とても賢くてね・・・ライカって名前だった」 村野の顔は蒼白になり、たじろいだ。 「顔色が変わったわ」 瑞穂が静かに言った。 「あれは・・・どうしてもほしかったんだ・・・噂を聞いて・・」 村野はよろけた。「すまなかったと思っている・・・」 「−−本当に偶然だわ。私は、あの時、ライカを殺した奴に復讐を誓ったけれど、年月は経ってるし、捜す宛がなくて諦めかけていたところだったの。村野教授とは思わなかったけど・・・」 瑞穂は村野の謝罪の言葉が聞こえないかのように、 「・・・ここの動物達、かわいそうに。こんなに硬く固められて・・・」 と、軽くきじの頭を爪の甲で触っている。 身体から冷汗が出て動けない村野を横目でうっとりと眺めながら、瑞穂は、呟くように言った。 「・・・ねえ、あなたもこの動物達といっしょに固まってみたら?」 「何を・・・考えてるんだ・・・君は」 村野はこみ上げて来る恐怖を押え、震える声で言った。 「新鮮な空気を入れるために、ここは換気扇がついてるって言ってたわね。それを故障させて、この地下室のドアや隙間にテープで目張りをしたらどうなるかしら? それで、ここに閉じ込めておいて・・・」 「やめろ!」 村野の悲痛な声も彼女にはもはや、届かなかった。 彼女は、ほがらかに笑いながら、地下室の階段を軽快に上がって行った。
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