空中分解2 #2004の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そして、次の日の夕方。 祭の最終日。 外は、雲一つない晴天。 そして街は、夕暮れを迎えようとしていた。 芳春の父は、いつもと変わらぬスーツ姿で、ロビーに立っていた。 時計をチラッとながめたちょうどその時、更紗達がタクシーから降りた。 「………………」 更紗の姿を見て、父は声も出なかった。 真っ白に、うっすらと浮かび上がる花びらの描かれた浴衣。 きちんと結われた髪。 ゆったりと、芳春の手をひいて、降りてくる。 玄関をくぐる。 一歩、一歩、近づいてくる。 そして、更紗は目の前にいる。 「ぁっ………」 何かを言おうとしたが、どうしても言葉にならなかった。 きれいだと言うのは、妻に対して気が引けた。 妻に似ていると言うのも、何となく気が引けた。 なにしろ、まるで、妻がそこにいるかのようであるのだから。 「いきませんか?」 花の咲いたような笑顔。 そこからは、まるで夢の世界に入ってしまったようだった。 妻も最初は、こんな感じだった。 美しくて、大輪の咲いた花のようだ、と言うのが初めての印象だった。 けっしてつんでしまってはいけないが、いつまでも側に置いておきたい ような一輪の花。 だが、話してみると、そんなことはなかった。 祖父に虐げられてきた半生を正直に話すと、彼女はいきなり背中にまわ り、背中を足で蹴って私をよろめかせ、こう言ったのだ。 「これで、あなたの意志でもなく、ましてやお祖父様の意志でもない、初 めての一歩がふめたでしょ?」 あまりに驚いて、私は自分の新しい一歩をずっと見てしまったことを憶 えている。 あの人は、いろいろなことがあったけれど、強かった。 生きていくための強さではなく、たくさんの愛情を吸収して、ちょっと やそっとではへこたれなくなった強さだった。 ほんの二年だけ。知り合ってから、芳春を産むまでの二年を、忘れるこ とはできない。 外は賑やかだった。 どん、どん、どん、と軽快なはやし太鼓の音。 露店の呼び声。 すれ違う、街の人々の声。 その中を、更紗と二人でねり歩く。 芳春と舞姫と萌荵は、露店をあまねく探索していた。 例えば、綿菓子屋の前で芳春が、 「買いませんか?」 と言うと、 「お金のムダ遣いよ」 と舞姫のすげない答え。 芳春が目に見えてしょぼん……としてしまうと、舞姫はあわてて、 「わっ、解ったわ。買いましょう」 と言う。 本当はけっこう美味しいと思っているくせに、恥ずかしそうに綿菓子を ほおばる。 父は、そんな息子達の様子をじっと見つめていた。 こんなありふれた光景を、そういえば味わったことがなかった。 子どもの時からも、そして結婚した後も。 一度だけ、結婚する前に妻とこの祭に来たことがある。 あの時も、ただこうして二人で何も話さずにゆっくりと人混みの中を歩 き続けた。 賑やかな雑踏。隣に彼女がいるだけで、寂しくも何もなかった。 二人で何もしないで歩いていることが、ごくごく当然なことのように、 言葉もなく二人で歩き続けた。 あの時は、ただ一つ金魚すくいの店にだけ立ち寄った。とにかくお金が なくて、本当に金魚を一回すくうだけのお金しか持っていなかったせいも ある。 そして、一匹の赤い金魚をすくい、彼女にあげた。 お金がなかったせいもあって、結婚指輪以外に彼女にあげた最初で最後 のプレゼントが、その赤い金魚だった。 小さくて、すぐにでも死んでしまいそうだったけど、それでも三ヶ月生 きていたと、彼女は悲しそうに笑った。 私からもらった初めてのプレゼントだったのに、とつけ加えて。 いま、目の前にいる三人は、全ての露店に顔をつっこんでいた。 今度は萌荵が射的露店に入り、二人の首ねっこをひっつかんで引き込み、 三人で銃をにぎり、置物やらライターやらを必死にねらっている。 長身の萌荵が手を伸ばすと獲物のすぐ前まで銃身がいくが、舞姫がジト 目でみるので素直に元の姿勢で撃つ。 立て続けに2個、3個落とすあたりはほとんど名人芸の域だった。 思わず露店のおじさんが、呻いてしまったほどである。 「萌荵ちゃん、相変わらず上手いねぇ。商売あがったりだよ」 細い腕を曲げ誇らしげにガッツポーズをとると、獲得した人形を舞姫と 芳春にわたし、もう一つはおじさんに返した。 萌荵らしい一場面だった。 林檎飴、焼きそば、トウモロコシ、お面、玩具屋、タイ焼き、風船、和 投げ、占い、大道芸人…………。 もはや、舞姫と芳春と萌荵の手に余地はなかった。 舞姫も、片意地をはるのをすっかりあきらめて、年相応に無邪気に楽し んでいた。 芳春は、舞姫と遊ぶのが楽しそうで、始終笑っていた。 萌荵は、露店のおじさんとほとんど知り合いらしく、店の先々で声をか けられていた。 そして、風船釣り、その横に金魚すくいがあった。 世話をしなくてはいけない金魚すくいを通りこし、賢明な子供達は風船 釣りの方に流れた。 「金魚すくいか」 もはや、懐かしい。 思いにふけるその前を、つぃっと更紗が通った。 「金魚すくい、やりましょ!」 驚く間もなく、腕をつかまれ金魚すくいの前に座っていた。 あの頃は百円だったが、今はひとり二百円もはらうと、あの白い紙の張 られたわっかをくれた。 最初はスーツ姿のおじさんがこんな所に座っていることに、何となく違 和感を感じて、ただただ手に持つ白い輪をながめた。 横を見ると、真剣な表情で、更紗が金魚をにらみつけている。 やっぱり、その姿は大輪の花だった。 水面近くまで、白い輪を持っていく。 そして、先だけを使ってすいっと水面をくぐらせる。 だが、金魚はぴょんとはねて失敗してしまい、白い輪は上半分をなくし た。 「悔しい……」 真剣な表情でそう呟く。 今度は、下半分を使おうと、もう一度水面近くに輪を戻す。 だいぶ、間があく。 もう、更紗しか見えなかった。 全ての音が遠くへ、遠くへ流れていく。 「えいっ!」 飛び跳ねる金魚。 鮮やかなきらめきを宙に残し、そして、碗の中へ入った。 「やったぁ!」 その声とともに、周りの喧噪が戻ってきた。 はしゃぐ更紗。 自分も何気なく挑戦してみたが、わっかはあっけなく破れてしまった。 そうだ、あの時は彼女ぐらい一生懸命やったはずだ。 小さなビニールの袋に、赤い金魚を入れてもらうと、私にも店の親父が 一匹わけてくれた。 お互い一匹ずつ。あの時は、私が一匹だけだった。 二人で立ち上がると、自然と目があった。 更紗は笑っている。 大輪の花の、妻の顔で。 「はいっ!」 金魚の泳ぐ透明な袋を差し出し、そして、こう言ったのだった。 「やっと、お返しができたわ」 胸が熱くなった。 何も言わず、ただ袋を受け取る。 「あらっ、芳春」 気づくと横に芳春が立っていた。 かがみ込み、しっかりと芳春を『抱きかかえる』。 花火が打ち上がる。 祭が終わりをつげる。 あの、プロポーズをした瞬間。 花火の音に一度、かき消されてしまったプロポーズの言葉。 あの時の全てが、脳裏によぎる。 夢見た、芳春と妻との幸せな姿が、目の前にあった。 涙が、こぼれ落ちる。 目の前が、かすんできた。 すべてが、ぼやけゆく。 そして、そして、花火が打ち上がる。
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