空中分解2 #2000の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
芳春は舞姫のとなり部屋をあてがわれた。 かなり広い部屋だったので聞いてみたところ、もとは両親の部屋だった と舞姫が説明してくれた。 「………お亡くなりになられたのですか?」と芳春が聞くと、舞姫はけら けらと笑った。 舞姫の両親は単身赴任で少し遠くの大都市に暮らしているが、ちゃんと 生きている。子供達もそれについていきたかったのだが、更紗がこの家を 継いだ時点で残ることになっただけである。 「寂しくないですか?」 「毎月一度は必ず帰ってくるわ。お土産つきでね」 家族なんだから好きなように使っていいから……と言い残して、舞姫は 部屋に戻ってしまうと、急に静けさが広がった。 確かに広い部屋である。 畳張りの、ちょっと薄暗い部屋。 芳春はぺたんと座り込んだ。 寂しい気持ちになるかと思ったのだが、不思議とそれほど寂しくはなか った。 一人になれているせいかとも思ったが、そうじゃなかった。 さっきの舞姫の笑顔が浮かぶ。 同じ学校の同じ学年。隣クラスだったけど、舞姫のことは少し知ってい た。 綺麗で、しっかりしていて、凄く冷静な人。 話もしたことがなくて、どちらかと言えば恐かった。 でも、さっきは違った。 話していた時、心が暖かくなった。 今も、隣から音が聞こえる。 それだけで十分、寂しくはなかった。 芳春は安心して、神無月家の最初の夜を布団のなかですごすことになっ た。 その頃、芳春の父はホテルにある大きな一室で、いつものように膨大な 量の仕事をこなしていた。大きなホテル、20ある旅館、33の店、この 土地に関するいくつもの仕事の書類が机に山積みされている。 「ふぅ」 顔をあげると、昔とった自分と妻と芳春の3人の写真が、目に入った。 実用性を第1に考えたこの室の中で、唯一の有機的な存在であった。 その写真立てをふと手に持ち、芳春の顔をじっと見つめる。 「………芳春………、親父は何を言いたいんだろうな」 愛息だといっても実際に顔を会わせるのは月に一回、それもほとんど寝 顔であることが多かった。 それでも、元気で育っていてくれるし、別に死ぬわけでもないので、あ まり会いたいと言う気持ちは涌いてこなかった。 可愛くないわけではない。ただ、あまり心配ではないのだ。 いい子に育っている、それだけで十分。 あとは、なるべく自由に生きて欲しい、そう思っているだけである。 自分は親に徹底的に監視され、家をつぐことを強要された。 「知っているかい、芳春? 僕の兄がそれに耐えられなくて成年の日の前 日に自殺したことを」 自分は大丈夫。 とにかく、どんな苦痛でも機械的に受け取れる能力がある。 それが良いか悪いかは解らないが。 芳春の父は、なんとなく苦笑してしまった。 「親父、俺は息子を手元におけないほど、それほど親父にとって駄目な男 なのかい?」 生前には決して言えなかった言葉が思わず口からこぼれてしまうほど、 今日は何となく寂しかった。 ぱちくり。 芳春は一瞬だけ、自分が何処にいるかを考えてしまった。 体を起こし、あたりを見渡して、納得する。 「家じゃないだ」 その事実を確認することは、まるでクラブの合宿のように、何となく心 細くはあったが、それでもやはり寂しくはなかった。 何しろもとにいた家には、ほとんど独りだったのだから。 かついできたリュックから服を出し着替えると、そぉっと襖を開けて外 をうかがった。 誰もいないことを確認すると部屋を出る。 何はともあれ、階段を降りていった。 階段を降りるつれて、眩しくなる。 だんだんと、いろいろな声が響いてくる。 何の声だろう。 たん……階段を降りきると、そこには明るい道場が見えた。 声はそこにいた十人ほどの、合気道をする老若男女たちのものらしい。 その中に、ひときわ目を引く、次女の萌荵がいた。 まるでモデルさんのような、軽やかな立ち振る舞いを思わず眺めている と、向こうがこちらに気づいてしまった。 いたずらっ子のような表情を浮かべ、芳春の方へ走ってくる。 いいも知れぬ予感がして逃げようとしたが、先に萌荵に抱きかかえられ てしまった。 「芳春君、つかまぇた! みんなぁ、今日からの新しい仲間でぇす!」 まるで宝物をみんなに見せまわるように、抱きかかえたまま芳春を紹介 をする。 みんなが笑いながら、それに応じてくれた。 こんにちは、よろしく、と。 その勢いのまま柔軟までお付き合いしてしまったが、まだ食事をしてい ないことをどうにか説明して、芳春は逃げだすことに成功した。 何とも、賑やか。不思議な驚きだった。 胸をなでおろしながら食堂へつづく廊下を歩いていると、庭の木の下で 寝ている人がいた。 更紗だった。 昨日と同じ、欅の下の木陰で、心地よく堕眠をむさぼっているように見 える。 そして、食堂についた。 ここだけは、他と雰囲気が違った。 暗く、落ちついている。 窓が流しのところに一つだけあって、そこだけが明るい。 ほかは昼間とは思えないくらい、暗く落ちついていた。 「いま、起きたの?」 庭から逆行をあびた舞姫が、そこに立っていた。 手には、大きな洗濯カゴを持ちながら。 「はっ、はい」 「じゃあ、そこに座って」 芳春が椅子に腰掛けると、舞姫は洗濯カゴを置き、とんっと脚立の上か らコンロの横に飛び乗り、鍋に火をつけた。 もうすでに、温めた後らしく鍋はすぐに沸騰しはじめ、舞姫はそう麺を ゆるやかにながしていく。 こと、こと、こと……… 鍋から沸騰した泡が白くはじけるのを、しばらく舞姫は見つめる。その 横顔を、芳春は見つめる。 暗く落ちついた台所に、庭からの光が沸騰する鍋と舞姫だけを照らしあ げる。 なんて、綺麗なんだろう。 泡のなかで、白いそう麺が見えかくれする。 舞姫の髪も、庭からの風に揺れていた。 ついっと舞姫が向きを変え、すでに用意してある薬味を切り刻みはじめ た。 それにしても手慣れたもので、まるで一つの川の流れのように用意が進 み、気づいてみれば机の上にそう麺が出来上がっていた。 二人分。 「お腹すいたぁ」 さっき舞姫がいたところに、更紗がいた。 ちょっとぼさぼさになった髪をかき分けながら、椅子に座る。 「教えてもいないのに現れるのよね」 更紗は気にせず、手を合わせる。 「いただきまぁす」 呆然と更紗を見ていたが、ふと舞姫の視線を感じて、芳春はあわてて 「いただきます」と言って、そう麺を食べはじめた。 本当に舞姫の料理はおいしい。 冷たいそう麺がするりと喉を通り抜けていくとき、芳春はそう思った。 とにかく、なんて言うか、舞姫の料理は人を喜ばせる。 大事に、大事に食べたくなってしまう。 そう思っている間に、更紗はさっさと食べ終わってしまった。 「ごちそうさま」 「はいはい」 芳春は焦った。 食べはじめる前から舞姫がずっと見つめていたのだが、食べ終わった更 紗も見つめはじめた。 静かな台所に、ずずっ……と自分の吸う音が響くとよけいに、はずかし くなった。 思わず喉につっかえてしまうと、更紗は大笑いし、舞姫は静かにすばや く水をくれた。 「美味しく食べなさい」 舞姫が、昨日よりもずっと優しい口調で、声をかけてくれた。不器用だ けど、舞姫らしいなぐさめ方なのかも知れない。 更紗はまだ机につっぷして、笑っていた。 舞姫も、つられて笑顔になって、やっぱり芳春を見つめる。 突然、更紗はがばっと体を起こした。 「お父さんに会いに行こう」 また喉につまらせてしまった。 これには、舞姫も声をあげて笑った。 更紗もやっぱり笑った。 芳春には信じられないくらい、のどかな昼食風景だった。
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