空中分解2 #1999の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
神無月家の夕食は、大きな庭の中で開かれていた。 夏の夕暮れ。 街をあたたかく包みこむ風。 ぽつり、ぽつりと家の明かりがつく度に、空に星がまたたき始める。 街がゆるやかに夜を迎えようとしていた。 大きなお皿に、ぼん、と盛られたスパゲッティが「食べて!」と待って いるようで、見かけよりずっと大食いである長女の更紗は、そのスパゲッ ティをむんずとフォークでからみとった。 こうばしい香りを放つスパゲッティに意識が向きがちだが、優しげな瞳 は大人しい感じの一人の少年をとらえ、興味津々な光を放っていた。 すっきりと切り揃えた柔らかな髪。一つ一つがしっかりとした線ででき あがった顔立ち。両家のお坊っちゃまを絵に描いたようなこの少年の名は、 佐久間芳春<サクマ ヨシハル>といった。 「佐久間翁に似ない、いい男ね」 更紗<サラサ>は笑顔でそう言ったが、芳春は視線一つ動かさず沈黙を守っ た。 家にきてからずっとこうである。 初めに、「………佐久間芳春といいます。どうか僕を引き取って下さい」 といったきり、一度も口を開いていない。 更紗は気まずげに、スパゲッティを口に運んだ。 あれは10日ほど前の夕暮れのこと………この少年の祖父が突然、この 家に尋ねてきた。死ぬ前にこの街のすべてを見たくて、この家に来たとい う。 愉快なお祖父さんで、その晩はずいぶんと遅くまで飲み明かした。 「何か困ったことがあったら、百円でみてあげる!」 「嬉しいのぉ………では、こんどホテルにいらっしゃい。貸し切ってやろ う」 酔った勢いで、そんな約束をした。 お祖父さんはすべてを見終わって、そして死んでしまった。 少年のような容姿をした、次女の萌荵<モエギ>が助け船を出した。 「ねっ、ねぇ。芳春君、スパゲッティ、食べて。遠慮せずに」 それでも、芳春は動けずにいた。 きっと、恐いわけではないのだろう。 ただ、おじいちゃんが死んで、急に知らない人達に預けられるようにな ったわが身を考えると、どうしたらいいのか解らなくなってしまっただけ なのだと思う。 それからしばらく、更紗と萌荵が芳春の心をときほぐそうと苦労したが、 優しい言葉と明るい冗談はすべて徒労に終わった。 電灯が青白い光を庭に落とす。 あたりはすっかり暗くなっていた。 更紗と萌荵は言葉も出尽くし、二人して困り果てていた………この調子 なら、佐久間翁には申し訳ないのだが、引き取るべきではないのかも知れ ないとさえ、思った。 しばらく気まずい静寂が続いたが、芳春と同じように沈黙を保ち続けて いた一人の女の子の言葉によって、それは破られた。 「冷める」 三人姉妹の残り一人、末妹の舞姫<マイヒメ>の声に、萌荵と更紗の顔が向い た。 「料理は、美味しく食べてもらうために、最高の状態で出されるのよ」 舞姫の強い語調に、芳春の顔がほんの少し持ち上がった。瞳が自然と舞 姫をとらえる。 肩の位置でさっぱりと切ったストレートの髪が、ゆるやかな風で流れる。 意志の強さを表すようなきつい大きな瞳は、限りなく澄んでいた。 舞姫が目をつぶると、怒ったような表情はあたたかくなり、彼女は両手 を前にあわせた。 「料理はね、素材に怒られないように一つ一つ丁寧に作り上げていくもの なの。スパゲッティをゆでるにしても、塩をどのぐらい入れるにしても、 バターを溶かすにしても」 舞姫は目を開ける。美しげな表情が、風とともに芳春に届いた。 ドキドキしているのを、芳春は感じた。 「その結果として『美味しい』といわれて、素材も作った人も満足するの」 そこまでは天女の言葉だった。 「それを…………冷やした上に、残すなんて許さない! フォークを持 て!」 「はっ、はい!」 芳春が飛び上がるように返事をして、フォークを取った。 「いただきます、は!?」 「いただきます!」 芳春は、かけ込むように食べ始めた。 「急いで食べなくてもいい、美味しく食べて」 芳春は思わずむせて萌荵の水をもらうことになったが、それからはゆっ くりと食べ始めた。 萌荵は唖然としてこの様子を見ていたが、更紗はやがて吹き出すように 大笑いした。 少しは和やかになった雰囲気は、あたりの様子も明るくした。 芳春は初めて外で食べているという事実に気づいた。 風が吹いている。 目の前には家が立ち並ぶ。 黒い海とが見える。 青白い月が浮かんでいる。 甘ったるい風も美味しいく、スパゲッティはいつもより多く胃の中にお さまってしまった。 「部屋は、舞姫の隣部屋を使ってね。好きなように使っていいから」 「………はい、お世話になります」 やっと、素直に言葉が返ってくるようになり、更紗はにっこりと微笑ん だ。 やがて食べ終わると萌荵と更紗はさっさといなくなり、計られたように 二人残された芳春と舞姫は、台所で後片づけをすることになった。 台所は、三方から強いライトが照らすだけの、落ちついた空間だった。 木とタイルを基調とした床と壁に、夜と昼をつくり出すライト。 きれいに磨かれた床とキッチン。 たぶん、舞姫がいつも使っているらしい、微妙な緊張感と温かさがあっ た。 流しの横に使われた食器をおくと、舞姫はキッチンの上に飛びのる。 「はいっ」 と、芳春に食器拭きの布を渡すと流しの蛇口をひねり、お皿を洗い始め た。 一枚、また一枚と流れる水にお皿をひたしていく。 その手際のいいこと、芳春がいくら頑張っても舞姫の半分でしかなかっ た。 さっさと洗い終わると舞姫は流れるお湯を止め、自分の手を拭いたてい たが、芳春はまだぜんぜん終わっていなかった。 そんな一生懸命、汗を出しながらやっている芳春の様子を、仕事の終わ った舞姫は思わずぼぉーっと眺めてしまった。 何となく不思議な気分だった。家族が減ったのと同じぐらい、不思議な 気分だった。 同い年の少年がライトに照らし出されて、お皿を拭いている。 よくみるとけっこう端正な顔立ちをしていた。 優しそうではあったが、力の抜けたところがない。舞姫と同じように一 種の緊張感がある。 芳春の手が止まり、恥ずかしそうに舞姫を見つめる。 「あの、何か……」 「あっ、いえその、天涯孤独って寂しくないかな、と思って」 言った後に、舞姫は激しく後悔した。なんて言うことを聞いてしまった のだろう、と。 「あの、父がまだ生きていますが」 「えっ!? あっ、そういえば」 葬式で挨拶したのは芳春の父だった。 「あれ? だったら何故、この家に来たのかしら?」 芳春の表情はかわらなかった。 「父と祖父が話し合って、もしもの時はここに行くようにと……」 舞姫は大きな目をまん丸に開き、芳春を見つめた。 「何故かしら」 芳春はちょっと首をかしげて、そしてまたお皿を拭き始めた。 舞姫はしばらく顎に手をあて芳春のことをじっと眺めていたが、突然、 流しからふわりと舞い降り、芳春の前に降り立った。 背はだいたい同じぐらい。 きつそうな、それでいて鮮烈なほどに澄んだ瞳が、じっと自分を見つめ るのを感じた。 「上から話しかけるなんて、礼儀知らずだわね」 舞姫は珍しくわずかに笑みを浮かべた。 「まずは挨拶からね。私は、神無月舞姫。これから宜しくね」 彼女はそういって、手を差しのべてくれた。
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