空中分解2 #1944の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
この街は二つほどの特色を持っている。 一つには、温泉が出るためにちょっとした観光設備が整っていること。そ してもう一つには、恐山のような霊的存在が強く、お祓いが非常に盛んであ ると言う……。 神無月更紗(カンナヅキ サラサ)の名を持つ22才の娘は、そんな変わった街の中 でも霊的な方面でちょっとした有名人であった。普段はちょっとおとぼけて いる感じのする娘だが、日本で最も高い請求額を提示し、しかも受けた依頼 はすべて解決させていると言う実績がある。 こういったタイプの人物はおおかた高慢な態度と気性を持ち併せているが、 彼女の場合はやや事情が異なっていた。 代々この家業を継いできた者への遺産と親からの仕送りで充分にやってい けるため、彼女は依頼の数を「少なく」しようとお金を釣り上げたのだが、 思うとおりの件数にするためには日本最高額まで値を釣り上げねばならなか っただけであり、実際の彼女はむしろごく一般的な22才という印象の強い 娘であった。 こうして彼女の望み通り一月に一件という依頼の少なさになると、街の人 達に公園のように扱われている庭の中で最も大きな欅(ケヤキ)の下で、読書を したり訪れた人と会話を交わすのが、彼女の生活のほとんどとなった。同じ 家に住む残りの二人の妹から、「養ってもらっているのか、養っているのか 解らない」などと皮肉られるほど、彼女はのんびりと暮らしているのだった。 今日も夕暮れ近くなって蜩(ヒグラシ)が、 かな かな かな…… と寂 声で鳴くなか、更紗は史記をゆっくりと読んでいた。幸せそうなカップルが 二組と家族が一組ほど通り過ぎただけの、今日は静かな夕暮れだった。 台所では末妹の舞姫(マイヒメ)が、足りない身長を補うために、脚立に乗りな がら料理を作っていると、まん中のいちばん活発な萌荵(モエギ)が帰ってきた のも、だいたいその頃だった。 末妹の舞姫は、いまだ小学生ながら家事の全般を担っているしっかり者で、 残り二人の姉もこの妹には頭が上がらないところがある。体つきこそまだ幼 いが、「舞姫」の名の示すとおり非常に優雅な容姿を持っている。しかしそ の反面、やや性格がきついところもあった。 二人に挟まれた高校生の萌荵は、高い身長のわりにずいぶんと細身で、ち ょっと見た目には非常にか弱く見えるのだが、意外なことに彼女は武道全般 に秀でていて、特に長刀(ナギナタ)は全国クラスの腕前を持っている。まるで 男の子みたいに短く切った髪と、それと対象的な女らしい細すぎる体と眩し いほどの笑顔が街でも人気で、買い物に行くとかなり安値で売ってくれる親 父さんが多い。クラブの帰りに萌荵は夕食の買い物をしてきては、舞姫に手 渡すのが毎日の日課だった。 「ただいま! ハイ、頼まれていた物」 「お帰りなさい………そこに置いといてくれる?」 お気に入りの黒い脚立の上にちょこんと座り、舞姫はジャガイモの皮をな れた手つきで剥いていたが、ふいにその手を止めると、庭を眺めることの出 来る窓を一瞥(イチベツ)した。 「更紗にお客様ね。萌荵、お茶を出してやって」 萌荵は持っていた荷物を放り出し、冷蔵庫の中の冷たい麦茶を飲んでいた。 「お客様……?」 「ええ、ずいぶん変わった方がいらしたわね」 舞姫は何かを考えるように、包丁を振り回していた。 土の感触、夕暮れ、涼しい風、力強い樹木。 そんな物を初めて見たかのようだった。 数歩進み、そして、更紗の横に立つ。 それでも、しばらく呆然としていた。 更紗はその様子を見て、この老人に好感を持った。 白髪だが、いまだ精力みなぎる風貌を持つこの老人は、この漁村を最近は やりの観光地に作り上げた第一人者で、この街一番の名士であった。市長で さえ頭の上がらない存在で、物心ついた年頃になれば彼の存在ぐらいは知っ ているのが普通であった。だが更紗はこの街の自然を構わずに破壊していく 様子をあまり好んでいない者の一人だったので、この老人に対してはあまり 好感を寄せる気持ちにはなれなかった。 だが会って話をするまでは………つまり噂だけで人を見るのは良くないこ とだと教えられていたので、その印象は控えていたのだが、会ってみればこ んな単純な自然に感動してしまうたんなる一老人ではないか、と思ったのだ った。 気づいてみると、こんど老人は更紗をじっと見つめていた。 更紗がにっこりと微笑むと、その老人はふと言葉をもらした。 「婆さんと初めて会った時みたいじゃ………」 「それはそれは………随分と綺麗な奥さんだったんだ」 更紗はまったく着飾るということをしないのだが、それでも確かに綺麗で あった。 その軽快な返答を聞いて、老人は思わず「かっかっかっ」と闊達な笑いを した。 「愉快な娘っ子じゃのう」 更紗は隣に座ることを勧めると、老人はうなずいて腰を下ろした。 老人は、再び力に溢れる夏の木々に目を向けた。 本当にここの木は力強く、見ているだけで何かこちらまで元気になるよう で心地がよかった。 「ここの木はどうやって育てているんじゃ? 随分と見事なんで驚いたわい」 「………おじいさんは自分の子供をどうやって育てた?」 更紗は、不思議な返答を返した。 老人は興味深げに娘の話の先を待つ。娘は楽しげに語りだした。 「私がしたのは、自分で成長するその手助けをしただけ」 大抵の人はこのことを勘違いしている。例えば、早く大きくなれと水をあ げすぎたり、土をどんどんかぶせたり、狭い土地にたくさんの木と一緒に植 えてしまう。過度の期待と相手を考えない一方的な愛情が、かえって苦しめ てしまうことは世間でよくある出来事である。一生懸命に面倒をみたら木が 死にかけ、もとあった所のような条件にして放っておくと元気になるという 話はよく聞く。 老人はそれを聞いて、苦笑いをしてしまった。 この街を活気のあるものにしよう………それだけを考えて、今までの人生 をすごしてきたのだが、出来上がったものは、この街とはまったく環境の異 なる高級ホテルが一件と、整備された町並みと海岸である。果たして、この 街を上手く育てることが出来たものだろうか、と考えさせられてしまったよ うで、老人は苦笑いしてしまったのである。 まったく、この娘っ子は気が強い。本当に婆さんのようだ………と心の中 でだけ呟いた。 だが、年をとってから自分の人生を否定されるほど不愉快なことはない。 老人は言葉遊びを楽しむように、こう続けた。 「すると、わしのやってきたことは間違いじゃったのかな?」 すると、更紗はにっこり笑ってこう続けた。 「そんなことないよ。私、元国道、好きだよ」 その一言を聞いて老人はしばらく考えていたが、やがて大きく笑いだした。 隣街とむすぶ道が街中にあるのだがそれが非常に狭く、この老人は思い切 って街を囲むような国道を新たに作ろうとした。しかし、地元の許可をえず に強引に作っていく途中でどうしても立ち退いてくれない神社があり、老人 はとうとう作りかけで断念してしまったのだ。そんな国道となるべきだった 道があり、それを街の人は元国道と呼んでいる。 ここは最近縁日になると神社から続く出店で賑わい、街の人の憩いの場の 1つとなり、また普段は子ども達の遊び場でもあり、夜は若者達のデートコ ースとなっていた。 老人のたったひとつの失敗が、この娘は一番の成功という。笑わずにはい られなかった。 頑固一徹な老人が、生意気な子娘に降参したとき、萌荵が軽快な足どりで 何やら持ってきた。 受け取ると、それは一杯のお茶と、皿に置かれたひとつの梅干しだった。 「ごゆっくりしていって下さいね」 元気な微笑みを返し、萌荵は家に戻って行った。 その後ろ姿はまさに元気の塊という感じで、老人は思わず遥か昔の高校時 代を思い出してしまった。 「話に聞いていたが、随分と細身だのぉ………あれで、全国的に武道で有名 とは……」 特に、この老人はこの家を調べたわけではなく、この街に住む人だったら この家の三人娘について、この程度の知識は持っている。 老人は梅干しを少しむしり、味わって食べた。そして、熱いお茶をひとす すりする。 梅干しの酸っぱさが爽快で、さらにその後の熱いお茶が汗を吹き飛ばして くれた。 「これは、上手い………」 「うちには名シェフがいるからね」 「さきほどの娘さんのことかい?」 「いーえ。末妹の舞姫です」 老人は驚き、そして何となく悲しくなった。小学生が作ったものが、そこ いらの料理よりもずっと美味しいような気がしたからだ。良いものを、良い 組み合わせで、適当な場に出すだけで、これほどまでに美味しいと感じると いうことを、老人は忘れていた。 そう考えると、今までやってきたことは何か物足りないような気がした。 アプローチをかえれば、もっとずっとこの街に効果的なものが作り上げられ たのではないか、そんな気がした。 「もう一度、人生を生きてみたいものだ…………もう、こうなっては遅いが の」 老人がすっかり肩を落とすと、更紗は「すっぱぁ……」と目に涙をためな がら言った。 「暗いなら、電気をつけてやればいいじゃん」 老人は更紗が何か聞き間違いをしたのだろうと思ったが、そうではなかっ た。 「人生なんて一日みたいなもんじゃない。朝が幼年時代なら、昼は壮年時代。 夜は電気をつければ寝るまでに少しは何かできると思う」 これは、いま読んでいる中国古代文学からの受け売りだが、そのことは伏 せておいた。 一迅の風が吹き、二人の間に風と葉が吹き抜けた。 「梅は咲いているときは綺麗だし、酸素も作ってくれる。実がなったら梅酒 も作れるけど、やっぱり梅干しが一番ね」 更紗は残りの梅干しを口に放りこみ、また涙を出しそうになっていた。 「それにおじいさんの作ったもの、きらいじゃないよ」 更紗はちゃんと、そうつけ加えた。 老人は苦笑いしたが、不思議な気持ちだった。 「何となく元気が出るのぉ……年甲斐もないが」 「ここはみんな、元気の塊だからね」 更紗は愉快そうに笑った。
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