空中分解2 #1932の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
防衛庁勤務の恋人なんて、持ちたくなかった。 高校の同級生だった彼女とは、あの頃一緒に国公立大学の理数系を目指した筈な のに、彼女が入学した先は何故か、防衛大だった。 「昔は知らなかったのよ、防衛庁への行き方を。ここに入るのと幹部候補生になる らしいから。そうとわかれば早い方が。」 どうしてまた。呆れる僕。 「だって、銃が撃てるのよ。」 彼女は昔から銃が好きらしかった。けれど、それらの名称を示すアルファベット や数字の羅列を提示する様な事はほとんど無く、僕の前ではせいぜい、空気銃で庭 のスズメを撃ってみせる事位だった。そしてそれは、僕には迷惑の掛からない事だっ た。 そんな彼女が幹部候補生らしき給料を貰い始めてしばらくした頃、僕に言った。 「考えた事があるの、聞いて頂戴。」 また演習のアイディアかい、と僕。 「あのね、日本赤軍に入ろうと思って。」 偽のパスポートやビザで外国暮らしができる、サングラスや何かで変装ができる、 職業詐称もできる、嘘付きな暮らし。普通の人達は普段、気にも留めないのに、顔 写真はそこここに貼ってあって、それどころかある時期になると活動を期待されて、 何かすればもう一躍有名人よ。浅間山荘を覚えているでしょう。報道番組は特別枠 よ。もし、それで今の国家公務員の給料より高収入なら、私は日本赤軍に入りたい。 何しろ、爆弾を仕掛けてもいいし、だって、それに、銃が撃てるのよ。 確かに今の職場で思い切り好きなだけ銃が撃てているのかどうか、僕は尋ねなかっ たけれども、察しはつく。だからといって、日本赤軍。 僕は何と言って説得したらいいのか、わからない。 生きる事はファッションじゃない、と言えばきっと、違うわファッションよ。僕 と会えなくなるんだよ、と言えばきっと、なんとかなるわ。法律、道徳、倫理、イ デオロギー、言うだけ無駄だ、鼻で笑うに決まってる。僕だって、ちゃんちゃらお かしい。 大体、何が正しくて間違っているのか上手く言えないし、考えていると良くわか らなくなってきた。 とうとう辞表を書いた、と聞いて、幾晩も眠らずに過ごしたから、あの朝少し朦 朧としていたのかも知れない、覚悟を決めると、休日である事を確認して、朝一番 の電話で彼女の部屋で会う約束を取り付け、いつもの様に会いに行き、いつもより 少し優しい声で戯れの様に声を掛けた。 手首を、出してごらん。 指の合間に隠し持ったカミソリで僕は彼女の手首をすうっ、と刻んだ。予想だに しなかった勢いと量の血が瞬く間に僕らを染める。いや、何かを予想などした訳で はなかった、では、何故僕は、カミソリを持ってここに居るのだろう。 一瞬、彼女の顔が歪み、次に微笑む。この微笑みは、僕が一番好きな一緒に過ご すあの時の彼女のそれと、そして僕の一番嫌いな銃や防衛庁や日本赤軍に向ける彼 女のそれと同じ、ああ、同じなんだ。僕は、嫉妬していたのかもしれない。銃や、 防衛庁や、日本赤軍に。 「誰かにこうして欲しかった。誰かに。違う、多分、あなたに。だけど、駄目ね。」 そうして、ふらりと、倒れた。彼女は終始、かけらも抵抗しなかった。 僕は彼女に、生きている、という事を実感させたかった。それだけだった。何て 事だ、これじゃ僕が指名手配だ。街中に貼られる僕の写真。勘弁してくれ。ぞっと する。 彼女は命を取り留めた。 医者は、僕の応急処置と駆けつけた救急車の運転を誉めた。彼女は自ら招いた事 故と言い張ったので、僕は一切お咎め無しだった。 「おかげで実感したわ、あの血の池を見ながら気が遠のいていく時に、私、生きて いたのね、恐かったわ。もう、死ぬ確率の高い仕事は一生できないわね。」 そうだね、と僕。 「それでね。考えた事があるの、聞いて頂戴。」 一瞬の、不安。 「あのね、外科医になろうと思って。」 彼女の銃に対する妄執は終わり、けれど、あの日の僕のカミソリの為か、今度は 刃物になってしまったらしい。外科医になって手術台の患者に、あの時の微笑みを 浮かべながらカミソリならぬ手術道具を振るう彼女を思い浮かべる。不思議と、嫉 妬は感じない。患者にも、手術道具にも。 赤軍よりは赤十字の方がましだね、いや、少なくとも、君と僕にとってはさ、と、 赤い血の滲む包帯を見ながら安堵のため息をつき、冗談めかして言う。それに、防 衛大よりは防衛医大の方がましだね、少なくとも、君と僕にとってはさ。うん、外 科医の恋人も悪くないね。応援するよ。 そうして僕らは、一緒に国公立大学を目指したあの頃をやり直す。今度は、一緒 にナイフの専門誌を眺めてお気に入りを見つけたり、庭のカエルを解剖したりしな がら。 あの頃より成長した僕は、今度こそ、彼女のプロセスにちゃんと付き合える。そ してプロセスは、きっと本当はとても大事なんだ。 1992.7.3.13:00 終 楽理という仇名 こと 椿 美枝子
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