空中分解2 #1911の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
彼の部屋は薄汚れた灰色の壁だが、ここの壁はとてもきれいな空色だ。 真っ白なベット・シーツ、その上に彼の理想の女性が、青いミニドレスを着て 横たわっている。つやつやした長い髪をひとつに結んでいる、その理由はただ ひとつ。結んだ髪がほどける瞬間を彼が好きだからだ。回を追うごとに菊地桃 子をベース(基本)に作られたその顔に、彼の初恋の女性の面影が絶妙なバラ ンスでブレンドされつつある。その女の性格は適当に甘えん坊で、適当にわが まま。字も書けないし、時計もよめないが、彼がしたいことなどを、口に出さ なくても察してくれる。 数回の使用を経て、フロッピーのデータはほぼ完璧なものとなっていた。 彼は現在、◎◎株式会社の技術部門で試作中の、ヴァーチャルリアリティシ ステムのモニターをしていた。「HEAVEN」システム、それはヴァーチャ ルリアリティを利用した装置、いわゆる仮想現実のダッチワイフである。彼は 出張から帰ると、いそいそと「HEAVEN」の用意にとりかかった。3日ぶ りである。TVの上に置いてあった専用のフロッピーをパソコンに入れる。ゴ ーグルとヘッドホンが一体となった「アイフォン」と宇宙服のような「データ・ スーツ」を装着する。暑い。まるで通気性というものがないのだ。ここは是非 改善して欲しいものだと、彼は舌打する。昔見た映画「トータルリコール」の ような簡単な装置が出来るのは、もうあと数年はかかるという話だった。いつ もの手順でパソコンにつなぎ、スイッチを入れた。 ふっと暑さが遠のく。空色の壁が目に入る。傍らに白いシーツのかかったベッ ド。突然、彼は左からのタックルに見舞われた。くすくすと笑う声。彼女だ。 彼はそれをやんわり受け止めてベッドに倒れ込む。余計な言葉はいらない。そ れは彼女も知っている。 すべては作られた現実(ヴァーチャルリアリティ)である。もちろん彼にとっ てはまったく現実と変わらない。もし他人がこの場面を見ることがあっても、 灰色の部屋で、宇宙服を着て、変なゴーグルをした男が一人ベッドでもんどり うっているとしか、見ることは出来ないだろう。 彼女は彼を満たしてくれる。長く付き合った恋人のように。めんどうなプロセ スやいさかいの果てではなく、彼だけのために存在した女性。彼だけのために 事が済んだらさっさと終了することももちろん出来るのだが、彼は彼女を愛し ていた。彼女の甘い瞳は彼の疲れた心をとろとろと溶かしだす。空色の壁は、 彼女の甘い香りをひんやり包んでくれる。 「君が居る、ここが現実だったらいいなと思うよ。」 「それは嘘。」 「嘘じゃないよ。“現実”なんて、空しいよ。仕事して、灰色の部屋で寝るだ けさ。君がいたらと思うよ。俺もここの人間だったら良かったのに。」 私の“現実”で生きてみるの。どう?」 「できっこない。どーすんの?」今度は彼が笑った。 「簡単よ。」彼女は髪を結んでいた細いゴム状の紐で、きゅと彼の手を縛った。 「帰らなきゃいい。そのテーブルのいまいましいスイッチに触らなければ、あ もりらしい。こんな過剰反応を起こしたことは初めてだった。彼はふ、と、フ ロッピーをTVの上に乗せていたことを思い出した。膨大なデータの入る特殊 なフロッピーだが、磁気とホコリに非常に弱い。多少、データーに異常がきた したのかもしれない。 「それでも君は、僕が「帰りたい」と言えば、この紐をほどくよ。」 彼はそのことには確信があった。彼女は少し笑った。「そうよ。」 それから、つと彼の顔を正面から見据えて言った。「でもあなたは言わないわ。」 「どうかな。」彼の声が小さくなった。“現実”に引き戻すほど力のあるもの が、彼には思い付かなかったからだ。 「理想の女と沿い遂げるのなら本望でしょう?」 「・・・」“現実”では、いい女なんて彼の手の届かないところに“存在”し ている、らしかった。彼にとってこれ以上の女は二人といないだろう。 「そうだな。死ぬときに君のその顔を見つめていられるなら、それでいい。」 空色の部屋では至福の時が続いている。現実の彼の体は「アイフォン」と「デ ータ・スーツ」を装着し、パソコンに接続されたまま、飲まず食わずで汚れた ベッドに横たわり続けているのだった。 現実の空間では10日たった時。 「・う・・の・」ところどころ彼女の声が消えていた。「何?」 「・・る・・」彼女が彼の目の前で口パクをしている。 「何?ぜんぜん聞こえないよ。」なんといっても10日も飲まず食わずである。 たぶん彼の耳がひどい耳なりを起こしているために「アイフォン」からの情報 が入らないのだろう。「聞こえない。」 部屋全体が二重写しになって振れつづける。幻のように。視界が霞みだしてし まった。極度の飢えと乾きで、とうとう全身の感覚がいかれてしまったのだ。 仮想現実空間の彼には、“現実”の空腹も飢餓も届かないのだが、こうなると 「データ・スーツ」は全く役に立たなかった。彼はその時、仮想現実空間で縛 られている手が、自由に動くのを感じた。よろよろとベッドのサイドテーブル ン」を外した。しかしそれが最後だった。体力の消耗が酷すぎたのだろう。次 の瞬間、彼は息絶えた。 「理想の女と沿い遂げるのなら本望でしょう?」 最後の瞬間、彼は何を見たのだろう。彼は彼の、現実の灰色の壁を見ただろう か、それとも・・どちらにしろ、今、私たちにはそれを知るすべはない。 おわり
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