空中分解2 #1891の修正
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4 アリバイ雑談 「もう一度、アリバイについて、最初から考え直してみる必要があるの」 山口さんが言った。 「最初からって、この君子のアリバイを、ですか?」 「いや、アリバイそのものについてじゃよ、本岡君。他の名探偵諸氏に倣って、 トリック論といくのじゃ」 「そうですか。でも、トリック論なんて、目新しくも何ともないでしょう。独 創性がほしいですねえ」 「確かに目新しくはない。よって独創性もないが、わしのような年寄りには、 こんな古くさい試みが、たまらなく魅力的に感じられるんじゃよ」 「でも、アリバイトリックの分類なんて、何人もの人がやっていて、今、僕と 山口さんがここでやったって、同じことの繰り返しになるだけと思いますが」 「それでもよいではないか。この事件のヒントとなれば、しめたものじゃよ」 こう聞いて私はあきらめた。この人はどうしてもアリバイについて論じたい のだ。情熱あるいは執着。私はそれを感じ取ったからだ。 「仕方がない。やりましょう。アリバイトリックについて、高名な人と言いま すと、フレンチ警部のクロフツ、鬼貫警部の鮎川哲也、十津川警部の西村京太 郎らがいますね」 「十津川警部は、アリバイトリックと言うよりも、トラベルミステリーが得意 なんじゃなかったかな。わしなら彼を廃して、松本清張あるいは笹沢左保の作 品に現れた刑事達を推すな。 それはともかく、アリバイトリックが得意−−これは本来、偽アリバイ崩し が得意と言うべきじゃと思うの−−な名探偵が揃いも揃って警部やら刑事とい うのは面白い現象じゃ。本岡君、君はどうしてこうなったんだと思う?」 「はあ。多分、作家が、作品にリアリティを持たせようと思って警察関係の者 を使おうと決めて……。その警察の地道な努力を描くには、他のトリックと比 べて、本格的なアリバイトリックが最も適していると考えたからじゃないでし ょうか」 「わしもその通りじゃと思うぞよ。しかしの、リアリティがありそうで、一番 ないのがアリバイトリックじゃと思わんか」 山口さんの口調には、強制のような物が感じられた。山口さんの言いたいこ とは分かる。 「ああ、主に犯人側から見た場合でしょう。それも、特に時刻表を利用したア リバイの場合。犯人は自分の発案したアリバイに絶大なる自信を持っている。 少しでも列車が遅れたら、もうドミノのように計画は崩れてしまうのに、非常 に楽観的なんですよね。それに、時刻表という物が存在する限り、結局そのア リバイが破られる可能性は100%だと言えるのに、これまた楽観的ですし。 思うに、時刻表利用のアリバイトリックが中心のミステリーでは、犯人があま りに鉄道を信用し過ぎ、あまりに警察を馬鹿にし過ぎと……」 「皆まで言うんじゃない、ハハハ。まあ、その通りだ。 さあてと。ここらで分類をやってみるかな」 揉み手をして、気味悪く笑うと、山口さんは大きなレポート用紙を取り出し てきた。そしてそこに、へしゃげた文字で、以下のように書き連ねていく。 A犯行時刻を正しく認識させ、その時刻に対しアリバイを造る イ.犯行現場を正しく認識させる 1証人が嘘をついた場合 2証人が錯誤をした場合 3証拠が偽造された場合 4盲点となる移動手段を用いた場合 5遠隔殺人を用いた場合 ロ.偽の犯行現場を設ける B犯行時刻を誤認させ、アリバイができる イ.犯行を実際より早く見せかける 1医学的 2非医学的 ロ.犯行を実際より遅く見せかける 1医学的 2非医学的 「これがわしの分類じゃ。鮎川哲也の分類に倣っておる。江戸川乱歩の分類も あるが、あれより、こっちの方が優れておると思うからのう。 で、これだけでは何とも寂しいから、一つずつ、例を挙げていくとするか。 まずAのイについてだが……。1は単純、証人が共犯者だというやつじゃ。 ま、共犯者でなくても、何かの理由で嘘をつかざるを得なかったというのも考 えられる。 2はガーブの作品にあったの。殺人現場にいる犯人が、第三者であるXから 犯人の共犯者であるYのとこへかかってきた電話に出て、話を交わすという物 じゃ。その方法は、Yは二つの電話を持っており、Xから電話がかかって来る と、すぐにもう一つの電話を犯行現場につなげたんじゃな。そして受話器を互 い違いに組み合わせる。犯人はそれを通して話せば、アリバイ成立という訳じ ゃ。 3は写真トリックが主かのう。夏の夜、一晩しか咲かない花の写真を撮って おったとか、一年前の写真を使うとか。あまり面白うないな。 おお、松本清張のに、よいのがあったが、あまりに有名だから言わんでよか ろう。 4はさっき言っておった時刻表の類じゃな。これも多すぎるから、略だ。 5は自動拳銃発射装置とか、毒入りカプセルとかかな。あるいは、殺したい 人間にとって絶望の電話を入れ、相手を自殺せしめるというのもある。 さて、Aのロの方じゃが、これは端的に言ってしまえば、死体移動じゃな。 移動方法は冷凍車を利用するとか、列車の屋根に落とすとか、血塗れになった 畳を取り替えてしまうとか、種々多様だ。 次にBだが、全体的に見ると、死体に細工するとかテープレコーダーで被害 者が生きているように思わせるとかが多いようじゃな。 死体に細工というのが、イやロの1で挙げている医学的というやつに該当す るんじゃ。例えば……、胃の中の食べ物で死亡推定時刻を判断することが多い が、その食べ物を摂った時間を、考えられているよりも遅らせたり早めたりす るんじゃな。まあ、遅いか早いかは、医学的トリックだろうが非医学的トリッ クであろうが、どちらでもいいようなのがほとんどだ。 非医学的なやつでは、電話のフックに氷やらドライアイスやらを置いて、受 話器が落ちんようにしておけば話し中となって、被害者が死んだ後も、まだ生 きているように見せかけられる。時間が経てば受話器は元に収まるのだから、 都合がいい。 それから……。うん、犯人が被害者のふりをして死体に化け、発見者が驚い て警察を呼びに行っている間に、死体と入れ替わるってのもあるな。これも殺 す前でも殺してからでも、どちらでもいいようなもんじゃ。こんなとこかのう」 山口さんは、どうだと言わんばかりに目を剥いた。 「それで、今度の事件のアリバイは、どうなるんですか?」 努めて平静のまま、私は尋ねた。 「待て待て。まだ言いたいことがあるんじゃ。話は脱線してしまうんじゃが− −」 それなら言わなくていいではないかと私は思ったが、言うとまた話が長くな りそうなので、黙っておいた。 「−−わしはアリバイトリックは好かん」 「どうしてです? 今までこうしてアリバイトリックを分類してきたのに」 「分類したのは、今抱えておる事件の解決のためじゃ。それでアリバイトリッ クの嫌いな理由じゃが、まず推理小説にしたとき、ちっとも面白くないからな んじゃよ、読者にとっては。いや、面白くないという言い方は適切じゃないの。 推理に参加できない、つまり読者自身で犯人及びトリックの推理がほとんどで きないという点が嫌いなんじゃな、これが」 「要するに、犯人の用意した偽アリバイがいかにして崩され破られていくか、 その点にしか興味を持てないということですね」 「ウム、そう簡単には断言できんのじゃが、だいたい、そんなところじゃの。 次の理由は、アリバイを破っても何の証拠にもならんという点じゃ。アリバイ がないから犯人とされるという法律は、日本だけでなく世界中のどこにもある まい。元々、容疑者は警察に聞かれたからといって、アリバイを申し立てねば ならないなんてことはないんじゃ。もし偽アリバイを用意し、それが破られた ときには、かえって心証を悪くしてしまうことになるなんて、全く馬鹿らしい。 ま、他のトリック、例えば密室トリックにしたって、密室の謎を解いたからっ て、犯人が分かる訳でもなく、証拠になることもないんじゃが、犯人にとって 心証を悪くしてしまうことはない。じゃから、アリバイトリックに比べて他の トリックは意味があるし、リアリティもあると言えるんじゃんかろうか?」 「どうも、大演説をありがとうございました」 私はここらが潮時とみて、口を入れた。が、それが失敗だった。 「何を言うとる! まだもう一つの理由があるわ!」 「は? あっ、そうでしたか」 「まーったく、早とちりをしおってから。最後の理由は、今までの二つが読者 兼探偵の立場で話したのに対して、探偵の立場についてのみ、話すものと言え るの。つまりじゃ、アリバイトリックほど探偵側を惑わしてくれるトリックは ないということじゃ。普通、アリバイがあれば嫌疑から逃れられる。ところが 他に犯人が捕まらなければ、その元容疑者のアリバイについて洗い直すことに なり、その結果、もしもその人のアリバイが破られた場合、どうなるのか? その人は犯人でなく、アリバイも真実の物なのにじゃ。ここに誤認逮捕の可能 性が出て来ると、そう思わんか? 何の根拠もなしにある人を疑い、偶然アリ バイが崩れでもしたら、これは消去法よりも、先入観捜査よりも、おとり捜査 よりももっと危険な捜査手段だと言えるんじゃないかのう、ある意味において は」 「……ここで終りですか、その理由ってのは?」 私は恐る恐る聞いた。 「そうじゃが」 山口さんの口調は、どうやら満足したものだ。 「それではそろそろ、現実の事件に立ち帰りませんか」 「おお、そうじゃの。今度の事件で愛染君子のアリバイを分析してみようか。 犯行時刻を誤認させた様子はない。故に、わしの分類で言うとBではあり得な い。死体移動の様子も見られなかったんじゃから、Aのロではない。これでA のイに絞られる。 君子と証人の千鶴子の仲からして、共犯はないし、千鶴子が何かの理由で嘘 を言った様子もないから、1ではない。電話番号のメモが本物と分かったんじ ゃから、2の錯誤もあり得ん。4の移動手段についても、わしらが散々議論し たのだから、盲点があるとは思えんな。5の遠隔殺人なんて、花瓶が飛び上が り、被害者を殴るなんていう仕掛ができようはずもない。また、何かの仕掛で、 被害者に脅迫観念を植え付け、花瓶で自分の頭を殴らせる様な自殺をさせるの も、夢想的じゃ。 結局、Aのイの3が残る。証拠が偽造されたはずなんじゃ。が、音は偽造で きなかった。となると、電話がつながった場所が偽造されたはずじゃ。さっき も言ったように、電話番号は正しかった。となると、君子の家にかかってきた 電話を犯行現場で聞くには……」 「無理ですよ。君子がハム通信を知っていたとしても、電話番号が正しかった んですから」 「えーい、黙ってくれんか。……こうなったら最後の手段だ。事件のあった日 の前後三〜四日ぐらいの新聞を見るんじゃ。もし、愛染君子が犯人で、交換殺 人を誰かに持ちかけていたとしたら、ハム通信に関係のある人物が殺されたり しとるかもしれん。それを探すのじゃ」 「交換殺人ですか。それを忘れていましたね、そう言えば。でも、交換殺人な ら、アリバイトリックなんて必要ないんじゃないですか?」 「わしの言い方が下手じゃったの、これは。愛染君子に疑うに足る動機があっ て、なおかつ、いかにもアリバイを作った節が見受けられる。そのアリバイの ためにハム通信をしてもらう共犯者を、面識のない人から選び出したのかもし れんてことじゃ。共犯者が殺したいと思っている人間を代わりに殺してやると 言えば、承知するやからも出てくると思うがの」 「じゃ、電話番号の件はどうなります?」 「それは何とかなると思う。今はもやもやしていて、何も思いつかんがの。さ あ、新聞を持って来るんじゃ」 「はいはい」 この後、私と山口さんは、事件当日を中心とした一週間分の新聞を調べ始め た。朝刊と夕刊があり、その上、三大紙をとっているから、都合四十二部にも なるのだ。まあとりあえず、殺人事件の記事だけを調べるんだから、それほど 苦にはならなかったけれど。 ところで、最後の、事件当日から四日目の夕刊記事を見て、私は声を上げて しまった。 「どうした。あったのか?」 ユ キ 「い、いえ。大学の友人の記事があったものでして。ふーん、田沼由紀は死ん でいたのか。道理でこの頃見かけないと思った」 「何を言っておるんだ。もっと身を入れて、探さんか」 山口さんの怒った口調が、耳に残った。 で、結局、私達が考えているような記事はなかった。 「うーむ、またもわしの思い違いかのう。しかし、よく考えてみると、ハム通 信をやっている人間の殺したい相手がハム通信をやっておるとは限らんなあ」 「そうですよ。とにかく、もう少し探してみましょう。一応、今日の分まで。 それでも駄目だったら、明日のを調べりゃいいんです」 「おまえも随分、楽観的じゃの」 山口さんは微笑みながら言ってくれた。久々に見る表情だ。 今日の分にも見つからなかったんだが、調べている間に私は、あることを思 い出していた。 ヨシキ 「そう言えば、田沼由紀の彼氏の、斎藤由紀がハム通信をやっていたっけな」 と。このことを私は山口さんに言わないでいたんだが、翌朝の新聞を見るに あたって、大きな意味を持ったのだった。 −続−
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