空中分解2 #1875の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
遠く、海の底に沈んでしまった街のような、静けさ。 暗く蒼い、透明な天の果てより、音もなく雪が降りしきる。 見上げればそれは、満天の星空が崩れ落ちてくるかのよう。星が砕けて、は るかな天より、降りそそいでくるかのよう……。 まるで、世界の終焉。 だが、眠るように消えていった『世界』など、見たことがあったのかと、『 彼』はかすかにわらった。 見渡すかぎりは、白。平原には地平まで、雪の純白以外の色彩は、存在しな かった。 山も丘もなく、木々すら見えない。どこまでも平坦な、白く凍てついた雪の 荒野を、『彼』はさまよっていた。 一体どれくらい、ここをさまよっているのか。そして、いつからここにいる のか。 記憶はひどくあいまいで、どうしても思い出せない。いつまでも静かに降り つづける雪を、立ち止まって眺めていると、永遠に、時の初めよりここで、こ うやっているような気がしてくる。ここで、盲いたように美しい色彩に、幾度 も呑み込まれかけながら、ゆえ知らぬ悲哀を感じながら、やがて天と地が一つ になってゆくのを見つめながら、立ち尽くして……。 −−これは、『罰』なのだろうか。 頬に、雪の冷たさを感じつつ、天を仰いだまま、眼を閉じる。 −−これが、『罰』なのか。 いつ『罰』を受けるのだろうと、それだけを思っていた。その日を待ち望ん でいた。『罰』を受けるということは、『罪』を許されるということ、なのだ から。 それとも、これは『罰』ではないのだろうか。まだ、『罪』は許されぬのか。 この『罪』を永遠に抱いていたい、と願う己がいるのも、感じる。この『罪』 の痛みだけが、すべてがくすんで重みを失った『現実』の中で、唯一、真実と 感じられるから。 ……『現実』に意味を失わさしめたのは、己の『罪』なのだけれども。 『罪』−− 眼を、開ける。 (−−−−−−) 目前にあるのは、もはや、白く清浄な雪原ではなかった。 『彼』の前には、いまや海が広がっていた。もがき、やがて力尽きてくずお れる波のかたちを、天に手をのばし、果たせなかった波のありさまを、永遠に そのままにとどめた、淡青色の凍えた海が。 そしてその氷の上、砕けかけた波の柱に囲まれて、人影がひっそりと横たわ っていた。 忘れるはずがなかった。その白い顔を。 (『−−−』!) 名を呼ぶ『彼』の声は、込みあげる何かに声にならなかった。『彼』は、今 己が感じているそれが、歓喜であるのか、それとも恐れであるのか、解らなか った。『彼』は、人影に駆け寄った。 しかし、横たわるその頬は蒼白で、まばゆい金髪は、朱に染まっていた。 『罰』は、遂に『罪』に追い付き、下された。 そんな言葉が、ふと、『彼』の脳裏をよぎった。 (目を開けてくれ、『−−−−』) 抱き上げた体は、空気と同じく温度を失い、揺さぶるたびに、力なくその手 は揺れる。だが、名を呼ぶ『彼』の声に応えたのか、屍の眼が開けられた。 しかし、海の青のはずのその瞳は、いまや血の赤。生者の眼ではなかった。 (還ろう、私たちの国へ。一緒に) 〈……一緒に……?〉 叫ぶ『彼』に、その赤い哀しい瞳が、ふと青く和んだように見えた。だがそ れは、睫毛をかすめ落ちた雪の影のせいかもしれなかった。 そして、死者の眼が問うた。 〈何故?〉と。 苦い微笑が、青ざめた唇に浮かんだ。 〈かの地は、私を受け入れてくれなかったのに?〉 (おまえの故郷だ) 〈誰も、私が私のままでいることを、許してはくれなかった〉 静かな、そしてあまりにも重い言葉。その重さが胸を圧し、『彼』は、流せ るはずのない涙が、己の頬を伝うのを感じた。 (……ちがう……私はちがう……) だが、死者はやさしく、首を振った。 〈私はこのまま、海に還る……もう眠らせてほしい……〉 声は遠く、どこかはるかな別の世界から、『彼』に語りかけているかのよう であった。 〈ここは、私のようなものが眠るところだから……このまま、夢だけを見て、 海に溶けて逝くから……〉 (嫌だ) 『彼』は叫んで、その体を強く揺さぶった。かつて、何度もしたように。 しかし瞳は、ふたたび閉ざされようとする。 (嫌だ! 還ろう、一緒に……) 血を吐かんばかりに叫ぶ声に、瞳はもう一度だけ応えた。 〈なぜ、そんなことを?〉 悲哀を秘めた声が、刃を突き立てられた苦痛に震える声が、今度は鋭い刃そ のものとなって、『彼』の胸に突き刺さった。 〈あなたが私を殺したくせに〉 瞳は、閉ざされた。『彼』の腕のなかの重みが、消え失せた。 今、『彼』の腕のなかにあるのは、ひとかけらの赤い氷のみであった。 (−−−−) 『彼』は瞑目した。瞳の裏の闇に、無数の蒼い光がまたたく。それは、降る 雪の残像のようでもあり、遠い春の、視界一面に乱舞する花弁のようでもあっ た。 (あの時は……花が散っていた……) 最期の言葉は、さきほどに聞いた、かぼそく震える声音で発せられたのだ。 降りしきる薄紅の花が、まるで雪のようだ、と。 −−雪が降り、雪が降り、また、雪が降り、雪が降り…… −−花が散り、花が散り、また、花が散り、花が散る…… あれが、『世界』の終り。 『彼』は知っていた。眠るように消えた『世界』を。どうして、知らないな どと思ったのだろう。 見上げる蒼い天からは、星が流れ落ちていた。花弁は舞い、やがて血潮を隠 して、地を淡い色彩で覆った。 弱まってゆく鼓動を、腕の中の身体が冷えてゆくのを、全身で感じていた。 それとともに、ひとつの『世界』が、二人を取り巻いていたはずの、目に見 えぬもうひとつの『世界』が砕け、壊れてゆくのを知った。 −−雪が降り、雪が降り、また、雪が降り、雪が降り…… −−花が散り、花が散り、また、花が散り、花が散る…… 過去と現在が、あいまいになる。あれは一体、いつのことだったのか。乱れ 舞う白い花と、雪とが重なる。あたりは、同じ白い闇。 叫ぼうとしても、声は出ない。目をそらそうとしても、両手に付いた血の匂 いは、消えない。 いつか雪は降り止み、さえざえと、月光があたりを照らす。蒼いその光に、 雪原も青白く染まり、一帯はまるで、海の底。 水面を通して見える月が、光の花弁を持つ花に見えるように、繚乱と散る月 光は、ゆらゆらとゆらめき、雪に乱反射する。目はくらみ、すべてはぼやけ、 輪郭を失う。 (おまえを、私が、殺した) −−雪が降り、雪が降り、また、雪が降り、雪が降り…… (救えなかった。もっとも救いたかったのに) なぜ、救えなかったのか。なぜ、殺さねばならなかったのか。 きらめく記憶の連鎖のなか、光に満ちた情景から、一転して、暗闇へ。他の すべての情景は、あれほど鮮やかに『彼』を苦しめるのに、その記憶だけが、 失われてしまっている。 そうやって、己の『罪』を知りながら、なぜ『罪』を犯したのかを思い出せ ぬこと。 そうすることが、己の魂を引き裂くと知りながら、『罪』を犯した理由を知 るために、己の『罪』を幾度も思い出さずにはいられないこと。 そして、それが決して報われることはないと、心の底では悟っているという こと。それもまた、『彼』に与えられた『罰』なのかもしれなかった。 −−花が散り、花が散り、また、花が散り、花が散る…… 〈MISSING LINK・2-2 に続く〉
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