空中分解2 #1779の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
^ 小さな丸い月が出ている。夜中の3時に待ち合わせて、僕と彼女は散歩に出掛 けた。もう道路を走る車もパチンコ屋のネオンもない。コンビニエンスの明か りと点滅信号だけの街を抜けて、僕らは住宅地へ歩いていく。街灯に照らされ た公園を横切り、団地の中に入った。階段の入り口にしらじらと蛍光灯がつい ている、その7階建ての団地の一つに僕らは入る。そして階段を上って行くの だ。月の満ち欠けと人間の精神は何か繋がりがあって、満月の夜は犯罪が多い んだと僕。彼女は「今日はまだ満月じゃありません」と言って笑った。ふわふ わと頼りなくて、とらえどころがない。彼女は日陰で栽培された鑑賞用植物み たいだ。ぼんやりとした表情。白い肌に赤い唇。透けるような茶色い髪は黒い レースの入った服の肩のあたりでゆるくウエーブを描いていた。 風が少し冷たくて気持ち良かった。団地の階段の蛍光灯は、月よりも大きくて 激しく光っている。僕らは螺旋になっている階段を登っていった。7階まであ る、その団地にはきっと眠っている人が大勢いて、まだ帰らない人もいて、そ れから起きて僕らの足音を聞いている人もいるのかもしれない。 パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ・・・・ 僕らはくるくるとその場で螺旋を描きながら高く高く昇っていった。僕の気分 も高く高く・・・・・僕のすぐ後ろを昇っている彼女が ふ と呟いた。 「・・・寂しいね。昼と同じように人はいるはずなのに。何もかも死んでしまっ たみたい。」 僕らは階段の踊り場の、月より大きな蛍光灯の下で立ち止まって、冥い街を見 下ろした。僕と彼女の目に映るのは同じ景色のはずだったけど、どんなに永い 時間を共有しても、どこまで歩いても、僕らの心は1つずつだ。 _ 僕は探している。いろいろなものの側を通り抜けて。 彼女は何でも見たがったけど、何も欲しがらなかった。 僕と彼女には懐かしむべき事がない。僕らは似ている。 そうだな。オチのない映画に似ている。僕らのデートはあてどもなく歩く。時 間も空間も平行の線上で並んでいるから歩いて行ける。深夜、白昼、明け方。 それは街の公園だったり、マンションの階段だったり、小学校の校庭だったり。 僕らは長い夏の休みのあいだ、海へも山へも行かずに時を過ごした。僕らは子 供を連れた若い母親を見た。朝顔の藍色のを見た。酔っ払いの喧嘩を見た。 中でも最近のお気に入りは本屋だ。それもなるべく街なかのやつ。大きな本屋 は新着の本とか豪華な図版の入った大きな本がちゃんと揃っていて、僕らを満 足させてくれる。こうでなくっちゃね。レジの女の子は所謂“まじめなしっか り者タイプ”の娘であまりおもしろい事はしてくれないけど。 座り込んでマンガを読んでいる小学生。バクチクのペーシだけを見るために音 楽雑誌を片っ端から読み漁る二人連れの女の子。ブツブツと呟きながらエロ本 を読んでいる眼鏡を掛けた若い男。カンジュースを飲みながら雑誌をめくる高 校生。それを注意すべきか否かと後ろでうろうろしている本屋のバイトの女の 子。週刊誌を読みながら吹き出すおじさん。蓄膿症で息の荒い少年。レジの死 角で何事か必死でメモをとっている女性。 僕はそこで見たおもしろかった出来事のいくつかをチョイスして話をする。 彼女は有線が店内で流れているのがいいと言った。ヒット曲がかかるとあちら こちらで口を同じようにパクパクとしてしまう人達。ご贔屓のバンドの曲がか かって小躍りしている中学生の女の子。嘉門達夫の歌で笑ってしまった髪の毛 の茶々い二人連れ。 沢山の無意味で無関係な出来事の数々。それらは僕と彼女の“思い出”に最も 近い。だって彼女は僕のそばにいる。僕らには思い出なんて必要ないんだから。 ` ある日は天気が良かったので僕と彼女は川辺でサンドウイッチを食べていた。 「ね、ね、時間を決めないと会えないけどさ、ホントはなぁんにも決めたくな い。“あなたに会う”とも決めないでさ、楽しくて会ってたらいつもあなただっ たって、そんな風だったら良いなぁ。」 突然彼女がそう言ったのだ。僕らは実際そんな風だった。居心地が良かった。 責任も義務もない、気持ちの良いことばかりだった。だからきっと忘れてしま う。そうでなくなった時に思い出のない僕と彼女は、お互いを忘れてしまう。 お互いを必要としない。 僕はレジャーシートの上で彼女の手を握った。それは小さくて白くて骨の堅い のが伝わる手で、僕の手の中でじっとしていた。みどりの風が吹き抜けた。枝 が揺れて、木陰の位置が変わると太陽の光線が手や顔のうえでピリピリした。 僕らはきらきらする川の表面を眺めながら、しばらくそうしていた。それは確 かにそこで有ったことだ。忘れない。 おわり
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