空中分解2 #1687の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
エピローグ 3月26日(木)。俺は別れぎわがヘタクソだ。いつでもそうだ。どんな顔して いいのかわからないので、いつも無愛想に「じゃあまたいつか」と言ってさっさと 背を向けてしまう。俺の別れ方はいつもこうだ。どうにかしたいと思っても、いつ もどうにもならない。 首からぶら下げたオマケの財布からいつでもルピーを取り出せる態勢で清算が終 わるのを待っている。と、YとKが呆然として俺を見た。 異様に安いのだ。S(ネ)さん、M(日)さんの知り合いだということでずいぶ ん待遇がよかった上に、宿泊代も通常より抑え目にしてくれるというので無邪気に 喜んでいたのだが――宿代は、俺たちが予想していた額のさらに三分の一にまでダ ンピングされていたのである。 それじゃいくらなんでもあんまりだ、これでは本当にタダ同然じゃないかアマル さんそりゃいけない。と困惑の体の俺たちにアマルさんはいいんだいいんだ大丈夫 だとうんうんうなずく。 案の定、ホテルオーナーとアマルさんとの間に悶着がはじまった。が、アマルさ んはいつでも強気だ。いいんだいいんだこれでいいんだと強引にオーナーを解き伏 せてしまう。おーいアマルさん、馘にされちゃうぞー。 ホントにそんなことになったら寝覚めが悪いので、玄関前でとったホテル全景の 写真をパネルに落として郵送することを約し、タクシーがつくのを待って俺たちは ホテルを後にすることとなる。この旅は最初から最後まで、Yのコネに援けられた。 コネといっても社教関連の細い糸をたよってのごく形式的なものに過ぎなかっただ ろうに、だれもかれもが驚くほどの親切を俺たちにくれた(Y注:本当に、良い旅 でした)。 ナマステ、と最後のあいさつを交わし、俺たちは走りはじめた。ビルの谷間を吹 きぬける風、街路樹のつらなる大通り、リクシャ、ベビタク、歩道を群れ歩く褐色 の肌の人びと。お馴染みの風景を貫いてタクシーはカトマンズをかけ抜け、空港に たどりつく。 ここで飯を食うことにした。倍近くにふくれあがった巨大荷物をえっちら運ぶ病 人のYに多少ペースをあわせつつ4階のレストランに居をさだめる。広くて小ぎれ いなレストラン。窓からは見送りデッキに集う大量のネパール人と飛行機が見わた せた。天井に電光掲示板。 多量の荷物を傍若無人にそこら中にほうり出し、メニューを繰る。何を食おうか なあ。カレーはもういいや。んー。もの珍しいものは見あたらないなあ。 ……スパゲティ。やめといたほうがいいかなあ。でもポカラ以来、なんだかやた らスパゲティが食いたいのだ。んー、しかしネパールタイムで麺茹でられたら、ど んな茹でかたしても煮すぎになっちゃうのは目に見えてるし……。 いいや。食いたいもの食おう。と俺はついにスパゲティを頼んだ。Yはブレック ファーストにホットチョコ、Kはチキンチーズカツ、チーズサンドにトマトサンド。 アイスクリームも頼もうか。こいつはポカラで唯一うまいと感じたメニューだ。い ちばんまずかったものといちばんうまかったもの、うん、いいラインナップだ。よ し。 と待つことしばし――ほどでもなかった。いきなり出てきた。アイスクリームが。 ……おい、まさかあのアイスクリーム、俺たちのじゃないだろうなと遥か彼方の厨 房からカラカラと手押し車に鎮座して運ばれつつあるアイスクリームを指さしなが ら俺たちは呆然とする。おっさんの給仕はさも当然とでもいいたげににこやかに微 笑みながらテーブルにアイスをならべはじめる。おいおい、いったいどういう順番 なんだ? ……できたもん順なんだろうなあ。 まあいいや。食ってみる。うん。悪くない。なかなかうまいぞ、このアラモード。 よし。これならスパゲティも期待していいかもしれない。うまいなあ、甘いなあ。 たしかに甘かった。スパゲティはやはり茹で過ぎであった。味はまあ悪くないの だが、茹で過ぎた麺ものなどうまいものにはなり得ない。結論。どんなに高級な外 国人向けレストランだろうと、ネパールで麺類を頼んではいけない。 体調の悪さにダウン寸前でホットチョコレートをすするYをそこに残して、Kと ふたり搭乗手つづきを完了させた。出発まで時間があるし土産ものでも物色してい こうと港内土産店のディスプレイをしばし眺め、Yはどうしたろうと様子を見に戻 るとホットチョコレートのおかわりなんぞ頼んでずずずと飲んでいる。やっぱりぐ ったりしている。おまえはそこでゆっくり休んでろと言い残して一階下のKのとこ ろに戻った。薄情きわまる奴らだ。 ずらずらとガラスケースの中におさまったガラクタを眺めわたしたのだが、どう もあまりめぼしいものが見あたらない。しかし宿泊費が予定のさらに三分の一です んでしまったのでルピーの残りがやたらにある。銀行の換金証明書があったのでド ルに戻せないこともなかったのだが面倒くさい。で、役にもたたんような安ぴかも のを値切りもせずに次から次へと買い漁った。まったくこんなお大尽買いする奴が いるから、観光地の諸物価があがるんだよなあ。 一階ロビーで簡易土産として紅茶をKが購入し、ふたたび三人そろって税関をく ぐる。待合室で搭乗を待つことしばし――とはこれまたいかない。いつまで経って もインフォメーションがかからないのだ。むう。まさかBIMANめ。またか。 予想どおり飛行機の到着が遅れているとのこと。しかもダッカではすでに前日か ら遅延が決定していたという。ったく、びいいいいいいいいいいいいいいいいいま んはあ。 で、俺はさっそく太鼓を取り出してぽこぽこ叩きだした。日本の空港ではこうは いかない。外国だからって迷惑に思っているひとも当然いたのだろうが、まあ、い いじゃないか。頭脳警察のトシのコンガを思い出しながら俺はたどたどしく太鼓を 叩きつづけた。Yはついに力つきたかぐったりとした姿勢で眠りこんでいる。眠れ よい子よーと太鼓を叩いた。いつまでも叩いた。いつまでもいつまでも叩いた。叩 きつづけた。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも、おい、いったいいつま で俺に太鼓を叩かせるつもりだBIMAN。 結局飛行機は一時間遅れて到着した。まあましな方なのだろう。Yを叩き起こす。 と、「Jさん太鼓叩いてた?」と訊く。おお愛をこめてな、と答えると、こともあ ろうに悪夢を見ていたという。その悪夢のBGMに太鼓の音がいつまでもいつまで もいつまでも……なんと失礼な娘だ! さらに機内で少々待たされたあげく、飛行機はカトマンズを下方におきざりにし て大空へとはばたいた。はばたいたったらはばたいた。糞、俺はほんとうに別れ際 がへただ。席順は窓際に俺(わほーい)、隣にY、通路隔ててK。Kなどは一人で ほうっておいては寂しいと泣きだすんじゃないかと思っていたら、隣にすわった見 知らぬ女の子と一瞬で仲良くなってしまっており、ダッカやカトマンズで起こった できごとを微に入り細に入りおしゃべりしている。たいした記憶力と適応力だ。 実は赤痢患者のYに愛をささやきながら(ポカラの空港でKが秀逸な指摘をした。 「Jさんて、暇になると女のこ口説きはじめるんだよね。興味の対象がある時はお となしくしてるもん」正鵠を射た意見だ。射すぎてる)俺たちはなぜBIMANの 飛行機がこうもいいかげんなのかについて議論を展開する。 Yと俺の共同分析によると、これは実は信仰に関わった問題なのだ、ということ になる。バングラデシュの信仰とくればこれはもうイスラムだ。ダッカの空港で 「PRAY ROOM」なる一室をKと見物したりもしたのだが、なぜかこの街で は祈っている人などとんと見かけなかった(Y注:私は帰りの飛行機の中で伝統的 なスタイルのお祈りをしている人を見ました)。それでもイスラムはイスラム、ど こか人の見ていないところででも祈っているのではないか。 じゃあ飛行機なんて一日中飛んだり降りたりしてるシロモノではいつ祈ってるん だ? という疑問が浮かび、はっと胸をつかれる。そうか! まさか操縦中にメッ カに向けてひれ伏すなんて真似、いくらBIMANでもできるわけがない。となれ ば、祈りの時間にあわせて飛行機を飛ばすしか方法はないではないか。そうすると ますますダイヤが乱れる。その上に、たとえばランディングした飛行機の清掃員な どにも当然祈りの時間は必要だろう。ところが、機長が祈りの時間をずらしたりし てスケジュールが狂ってしまったために清掃員の祈りの時間と到着時間とが重なっ てしまった。当然清掃員がメッカにむけてひれ伏している間は飛行機は飛ばない。 こうして悪循環はくりかえされ、かくしてBIMANのフライトスケジュールはぐ ちゃぐちゃになっていく、というわけだ。 ばかばかしい議論を展開しているうちに、ダッカについた。まさかまたここで足 どめ食らうんじゃないだろうなといやな予感がしていたのだが、意外なことに驚く ほどすんなりと通関は終わり、ほとんど素通りのようにしてふたたび機内へ。もっ とも「これはなんだ?」と問われて「ロキシーだ」と馬鹿正直に製造禁止のシロモ ノを開示してとめられている間抜けな日本人も見かけたりはした。 午後の暑い陽ざしのもと、俺たちはふたたび空の人となり馬鹿話はつづく。エッ センスはもちろん、愛。から始まって、鰐と象の表裏一体などという哲学的にわけ のわからん文句まで飛び出した。なぜこんな話になったのだろう。 バンコク。熱帯樹の揺れる蒸した夜。 シンガポール。深夜の宝石箱。ここでは雷雲が発生していた。恐いほどの高空を びしりと光の帯が切り裂く。飛行機はゆっくりと弧を描きながら降下し、真っ黒な 雷雲をよぎったりする。黒い塊が宝石の街の上空にいくつも、いくつも、ぼっかり と浮いていた。胸に迫るものがある光景だった。
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