空中分解2 #1676の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2.聖者の島 タクシーで来たのだが少し道に迷ってしまったというYのために上げかけた腰を おろし、もう一杯お茶を飲んでから湖畔に降りた。ボートに乗ろうという計画だっ た。 店の立ちならぶ一角をぬけて湖へと坂を下りはじめると何だか胡散臭い男がひと り、つきまといはじめる。「ハシシ、マリファナ、LSD?」とくる。麻薬屋らし い。タメルやダーバースクエアでも何回か声をかけられたが、カトマンズの連中は まずヤミ両替から話をもってきた。この男は両替の用意がないのか、やけにストレ ートだ。 この時点で、少し俺は警戒していた。昔は警察の目の前ででも喫わないかぎりド ラッグはやり放題という話はたしかに聞いていたし実際にその痕跡らしきものなど も見てはいたのだが、最近はどうもそっち方面にはうるさいらしい。へたに買った りすると、おまけとばかりに警官までついてくるという物騒な話も聞いていたので、 ニューロードで「ハシシ、マリファナ、LSD」と秘密めかしてささやいてきた男 に向かって試しに「アンド、ポリス?」とつけ加えてやると、男はごまかすように 曖昧に笑いながらさっさとどこかへ消えてしまったのである。こりゃヤバいと、以 後カトマンズでは麻薬屋が近づいてきても相手にしないようにしていたのだ。 が、ここまで来ておいて一度もドラッグをやらずに帰るのもどうも口惜しい。な により、好奇心がしきりと俺をうながしている。だからダーバースクエア方式に、 この男にも同じことを質問してみた。「アンド・ポリス?」 男はなにを馬鹿なことを、とばかりに笑いながら「ノーノー」と俺の肩に手をか け、なおもしきりに勧誘の文句をならべ立てる。こりゃいけるかもしれん。しかし、 今からボートに乗ろうというのにへたにぶっ飛んで湖の真ん中でぼっちゃん、なん てことになってはたまらん。 「リターン、アンド・トライ」というと男はよしというようにうなずいてみせた。 よし、これでいい。俺は安心してボート屋に歩みよっていく。 料金交渉もすぐにまとまり、オールを手渡された。ぬかるむ足もとをどうにかや り過ごし、ボートに乗りこむ。実は俺はボートに乗るのが初めてだ。もちろんこい だこともない。YとKに櫂はまかせ、とりあえずお客さまに撤する。 ……の、だが、なんだかひどく左右に揺れるなあ。揺れがもうひとまわり大きく なると、転倒……? 俺は風邪治ってないし、Yも熱かあるというし、少々ヤバい 状況ではある。が、まあ何とかなるだろう。ほら、安定した。 ところがなかなか前に進まない。どうもYとKの息がなかなかあわないのが原因 のようだ。両方で指示を出しあっている。ひとつの舟に船頭ふたりとはよくいった ものだ。ぐるぐる回転したり蛇行したりしながら、それでも湖のなかほどまではた どりついた。湖上に張りだした、白く瀟洒な建物が見える。王さまの別荘なんだそ うだ。ふむん。湖上にはけっこうたくさんのボートが浮かんでおり、どれもこれも このボートとはちがって進み方に危なげがない。ふむん。 微風が、雨を運んだ。あたたかい雨がぱらぱらぱらっと降りかかって湖に無数の 波紋をつくり、そしてすぐに止んだ。あとは太陽が燦々と俺たちを照らし出し、ほ んのかすかに風が波を揺らす。 水面がはねた。魚がいるらしい。そりゃいるだろうな。煙草に火をつける。のど かだ。実にのどかだ。のんびりと煙草をふかしていると、しみじみと落ち着いてし まう。ああ。「あー湖に煙草投げ捨ててるぅ!」と、湖面にプカプカと浮かぶフィ ルターを発見したKが非難の罵声を口にする。悪ィ。 船頭にえっちら漕がせて、俺は優雅に島に到着した。うむ。悪くない。王さまに なった気分だ。ごっ。こら侍女ども、なんだその接岸は? もっとしっかりやれ。 ところがどうもうまくいかない。しかたがない、むこう側の平坦なほうに接岸し直 すか。などと相談していると島のなかから若いのがふたりほど出てきて接岸を手伝 ってくれた。どこにいっても親切な人というのは必ずいるものだ。どうもありがと う。おかげで助かったよ。よいしょっ、と。よし、上陸。 島の真ん中には、なんだか得体のしれない神社だか寺だかが建っていた。得体の しれない人間がなにやら集っている。ん? なんだ、あいつ。あぐらかいたまま手 で歩いてやがる。ヨガの行者か、インドの聖者か。なんだか妙な島だなあ。 それにしてもこの寺はなんだか日本の神社に雰囲気がそっくりだなあ、などと梁 や壁の模様をまじまじと観察していると、 「ヘイ、ニホンジーン」 と妙な声がかかる。なんだと思ったら、なんだか僧衣を着たざんばら髪の小汚い 男が俺を見てにこにこしている。どうやらこいつもインドの行者か何からしい。ヒ マラヤを回峰してまわるのだという。ほーそりゃすごい、たいへんだなあと感心し て聞いていると、なんだかこのHOLLY MAN、ありがたい祈りの旅なのだか ら喜捨をしていけという。食い物でもいいし金でもいいぞとくる。むーそういうこ とか。しかし金はやれんなあ、と、今までさんざお大尽価格で土産ものを買い漁っ てきた丸モロ観光客とは思えぬ高飛車さで、飴をさしだした。聖者め、それはいら ないという。うーん。じゃあ何も出せないなあ。また今度ねっ。 島の片側はゆったりとしたスロープ状に石垣が組まれ、そこに幾艚ものボートが 漕ぎよせている。その傍らではのんびりと釣り糸をたれている数人の釣り人。Yと Kもなんとなくそこに腰をおろし、のたーと力のぬける態勢だ。三日も寝こんだ上 に舟漕ぎまでまかせっきりだった俺は、あり余る体力をもてあまして島内を経めぐ りはじめた。すると、 「ヘイ、ニホンジーン」 と妙な声がかかる。なんだと思ったら、あの腕歩行のヨーギだ。例の喜捨の行者 も隣にいる。そのほかに、若いのが二人ほど。なんだなんだどうにも胡散臭い奴ら だなと好奇心まるだしで近寄ってみると、おまえハシシに興味はないかとくる。 ん? こいつらも麻薬屋なのか。まあここは島の真ん中だし、大丈夫だろう。う ん、興味あるよ、思いっきり。とうなずいてみせると、腕歩行の行者はおもむろに 懐中から妙な黒い塊を取り出してみせ、煙草を一本よこせという。バザールで手に いれた「555」を差し出すと、いきなり煙草の胴をもみほぐし始めた。 つぎつぎに落下する葉っぱを手でうけつつ、聖者はついに煙草の中身を全部ひり 出させてしまう。いったい何の魔術だろうとぽかんと見とれていると、今度はさっ きの黒い丸四角い塊におもむろにナイフをあて、いくつもの細片に切りだしていく。 黒い細片の混じった煙草の葉を、ふいに行者はぐりぐりぐりと両掌でかきまわし、 ちりちりに丸まったそれを再び中身のない煙草の筒へと戻しはじめた。なるほど、 つまりあの黒い丸四角の塊がハシシなのだ。 ハシシいり葉っぱをつめ終わると行者は煙草の先をつぼめて丁寧に口を閉じ、 「ライターを出せ」とくる。百円ライターをわたすと行者、まじまじとそれを見つ め、「日本製だな。俺のライターは中国製だ。交換しないか?」と切りだした。ガ スの残量は中国製のほうがだんぜん多い。少々薄汚れてはいるが、むろん俺に否や はない。行者は、いまや自分のものとなったライターで煙草に火をつけ、深々と喫 いこんだ。 不思議な香りが周囲に立ちこめはじめた。なんだろう。この臭いはなんだろう。 くんくんと鼻をならす俺を見て行者はニヤリと笑い、「トライしてみるか?」と俺 の意志を確認するように訊いた。俺はもちろんとうなずき、煙草を受け取ると肺い っぱいに喫いこんでみた。 あの不思議な香りが、口腔いっぱいにひろがった。不思議な味だ。 ふむん。 いつ効き目が現われるのだろうと思いつつ、俺はその煙草を傍らの若いのにまわ した。若いのは一喫いすると隣にまわし、その男が聖者にまわす。こうして煙草は 何周かまわされた。 ところが。 なにも来ない。なにかいい気持ちになるとか妙な幻覚が見えてくるとか、劇的な 変化がおとずれることを期待していたのに、なにも来ないのである。ハシシ入り煙 草は単に妙な臭いのする変わった煙草というだけに過ぎなかった。なぜだ。なぜ来 ない。はげしい落胆にせめられつつ俺は行者やまわりの若い奴らにむけて訴えるよ うに、 「NOTHING。……NOTHING! WHY NOTHING?」と訊い た。みな笑っているだけでなにも答えてくれない。なぜ、なぜ、なぜ俺だけ? そ れともこれは偽物か? ホワイ・ナッシング! と訴えていると行者が「ナチング、 ナチング、オーナチング」と俺の口真似をし、おまえはジョークがうまいなあなど と言う。いったいなんのことだ? 俺はジョークなんか言ってない。真剣なんだよ、 なんでちっとも効いてこないの。 なんだか哀しくなってきた。落胆する風の俺に、行者は「この世界も無、人生も 無、俺もおまえもみんな無だ」と笑いながら言った。なんだそんなボウズみたいな 説教、なんの足しにもなんねえやい。すっごく楽しみにしてたのになんにもないな んてこれじゃ詐欺だ。あーなんてこった俺の可能性が根こそぎ否定されちまったみ たいだ哀しいなあ(Y注:Jさんの落胆ぶりは、端で見ていてもよくわかりました)。 そんな俺の姿を哀れに思ったか、行者は「ONE MORE TRY?」と訊い た。もちろんだ! 何回だってやってやら! よしきた、じゃあこっちへ来い。 と、行者が俺を手招くのにのこのこついていくと、寺の裏側にござのようなもの が敷かれている上に胡坐をかく。そしてござの余った半分をぽんぽんと叩きここに 座れとくる。よし。 と俺は行者のとなりに腰をおろし、煙草を差し出した。さっきと同じ行程を経て 煙草が加工されていくのを眺めているうちに、俺をさがしにYとKがやってくる。 ちょっとヤバいから離れてみてろと無用な心配でふたりを遠ざける。 Yが行者に写真を撮ってもいいかと交渉する。行者は笑いながらも頑として首を 縦にふらない。「ユー アー インターポール・レィディ」と冗談めかして言う。 顔は撮らないからどうしても、と頼むとやっと承諾が出た。行者の手もとをフレー ムにおさめ、シャッターが切られる(後日譚:この写真が現像から戻ってきたとき、 フィルムまるごと一本感光してしまっていることが判明した。この行者の念写にち がいないと俺はふんでいる)。 そして再び、煙草に火がはいる。俺は効け、効けと強烈に念じながら肺の底まで 咳こむほどに深々と煙草を喫いこんだ。げほ。行者はにこにこと笑いながら俺を見 ている。 あたしにもまわして、とくるKに一喫いだけだぞと釘をさしたのは、配慮ではな く自分の喫う分を少しでも多く残しておきたいからだった。煙草はKの手からYへ とわたり、そうしてふたたび一周する。 しばらく待ってみた。だが、やはり何も来ない。なーんにも、、、来、な、い。 はあ。なんだか泣きたくなってきた。ホワイ ナッシングとつぶやくと、ナチング ナチング、ジョークがうまいと行者は繰りかえし、「俺たちの人生はなーんにもな いのさ」と晴ればれという。 「麻薬にあわない体質って、あるっていうし」 おーいK、それはフォローになってないよう。唯一の救いは二人もまたけろっと してなんにも来ないねえと口にしていることだった。あれだけ喫った俺がなんにも ないのに、ただの一喫いでぶっ飛んでもらっちゃあまりにも救われない。 ああ、哀しいなあ。人生は哀しみに充ちあふれているのだ。とすっかり落胆の体 で行者たちに別れの挨拶をおくり、島を後にした。あー。たそがれちゃうなあ。舟 でも漕ぐか。 Kの漕ぎかたの見よう見まねでぎっちら舟を漕ぐ。右に左にぐねぐねと蛇行し、 ぐるりと回転したりほかの舟に突貫かけそこねたりして漕ぐのだが、まるでどうで もいい気分だった。 「鳥だよ鳥」とKが山の上を指さしながらカメラをかまえた。なるほど、鳥が群 れをなして矢印を構成し、山の頂から峰へ、そして空へとゆっくりと経巡っている。 なんにも来なかったけど、けっこう楽しい時間だったよなあ、と俺はしみじみと思 いつつ、ぐるぐる回りながら舟つき場をめざした。
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