空中分解2 #1675の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
日本の田舎とかわらないと思っていたのだが、このあたりの景色はかなり不思議 だった。小高い丘の上に向かって昇っているのだが、下方に展開する光景が実に雄 大かつ奇妙なのだ。一本枝がふんにゃりとひん曲がった妙な木がぽつりと一本、生 えている。枯れ木がこれまたぽつり、ぽつりと畑の間に点在しており、これらがど れも異様に丈が高い。平坦な畑が広がる中に、驚くほど丈の高い枯れ木や妙な植物 が点々と天にむけてそびえている。不思議だ。おもしろい。 ぶらぶらと先へいくのだが、なんだかいつまで経ってもそれらしき場所が現われ ない。滝だか川のようなものだかが出てくるはずなんだが。なんだかさっきから話 しかけるでもなく俺たちの後をついてくるガキがひとりいたので、Kが道をきいた。 「デヴィッドフォール?」と道の先を指さすと、こどもはにこにこと笑いながら 首を左右にふる。だー、やっぱ道ちがうよ。塀の上に腰かけて少しばかりそこで休 息をとった後、もときた道を引き返した。 看板のところを曲がると、土産もの屋のつらなる先に番小屋のようなものが建っ ていた。ここだったんだ。何キロも前からしつこいほどご親切に案内板が出現しは じめる日本と同じ感覚で歩いていたのが間違いのもとらしい。なにはともあれ入場 する。なに? 入場料5ルピー? たいした額じゃないけど、やけに高いなあ。 中に入ると小道のむこうに休憩所があり、そのわきに下へと降りる粗雑な階段が ついていた。ほいほいと下に降りると、そこに奇岩がならんでいた。これをどう形 容すればいいのだろう。「グランドキャニオンみたいだねえ」とKがつぶやいた。 そう。とうとうと流れる水をからっと乾燥させて規模を派手に拡大すると、ここは たしかにグランドキャニオンにそっくりだ。 下をのぞきこんでみると、うーん、暗くてよく見えない。鉄柵が邪魔だ。という わけで鉄柵のない右手方向をまわりこんで踏み道をたどり、奇岩の上に降り立った。 Kはなんだかよたよたしながら「待ってよおーお」と声をあげている。やっぱ都会 の女の子だ。 水はきれいに澄んでいた。すくってみると、さすがに冷たい。日本でこういうと ころに来たらまず飲んでみるのだが、さすがにこの国では自分の肉体の耐久性を試 す気にはならない。それに、澄んではいるが生物の影がかけらも見えない。案外め ちゃくちゃ汚い水なのかもしれない。 奇岩はさらに奥へと広がっていたのだが、さすがに女の子連れで時間もないとく ると分け入っていくわけにもいかない。沢のぼりをやるとおもしろそうなんだけど なあ。残念だ。 鉄柵のまわりでしばらくのぞいたりまわりこんだりして遊んでから、休憩所へ昇 る。階段を無視してわきの踏みわけ道をひょいひょいと昇っていくと、背後でKが 「もー、どうしてそういうことするのーお?」と呆れ声をあげた。どうもハメをは ずし過ぎたようだ。ごめんよ、K(K注:ちょーこわかった)。 奇岩を後に門をくぐると、さっきは軽く声をかけてきただけの露店の物売りがや けに姦しい。おもしろそうなものもないでもなかったので、手近の一件の前にしゃ がみこんだ。大阪商人のような容貌のおっさんが、いかにも人がよさそうに笑いな がらあれこれ説明を加える。「それ、銀がたくさん入ってます。ちょといいねー、 そー、80パーセント。それ、ちょと銀少ないねー。ヤスイヨミルダケー。オー、 ベリグッドですねー」この連中の使う日本語はとりわけ奇妙で気安い。さんざ値切 ったつもりだが、口車にうまくのせられてしまったかそれでも相当な高値でネック レスをつかまされてしまった(Y注:この後、Yと合流したKとJは変な日本人と いうか、変な外国人(日本人から見て)という人達と化していた)。 なんでそんなことがわかったのか、というと――。 最初の一件で買い物をすませて立ち上がる。と、その手前の店から妙な女が声を かけてくる。「オニサン(お兄さん、のことらしい)オニサン、ちょとミルダケね ーミルダケ」 とくる。もういらねえよと断るのだが、やけに熱心だ。しかたがねえなーと腰を おろすと、手前でネックレスを買っていたのを観察していたのかこちらの意向を無 視していきなりネックレスをつぎからつぎへと取り出しはじめる。あー、ネックレ スはいらねえ、これはいくらだと粗雑なつくりの孔雀のおきものを示すと、オー、 ヤスイヨミルダケーとほかのものまで次々にくり出しはじめる。どう見ても粗雑だ。 全然食指が動かない。やっぱいらねえやと立ち上がるとチョト待テチョトミルダケ と必死に手をふる。ええい、ネックレスはいらねえっつってんのに。 とふりきり先へ進むと隣の店の女がこれまたオニサンオニサンミルダケチョト待 テとくる。Kがほかの一件で「オジョサン、オジョサン」と同じ調子でひっかかっ ているので暇つぶしに腰をおろす。と、またもやネックレスだ。ん? しかしこれ は少々安っぽいけど悪かーないな、などと思うともう終わりだ。なにがなんでも買 わせようと変な日本語で怒涛のようにお薦めの文句をならべたてはじめる。催眠効 果、というよりは、うんざりさせられるといったほうがいいだろう。その上、最初 の店で決めた値段が馬鹿らしくなるほどどんどんダンピングしていく。面倒だと二、 三買いこみ、立ち上がって脱出しようと身構えるより早く、次の店が「オニサンオ ニサン」。 最後のほうはあまりにも面倒なのでちょっと上体をおろしてざっと眺めわたし、 「あーいらねえじゃあな」とあからさまに粗雑な態度になっていた。ところが、で ある。最後の店を通りすぎた途端、あぶれた連中が一斉になだれをうって店を飛び 出し「オニサンオニサンミルダケミルダケー」と団子になって俺たちを取り囲む。 いらねえいらねえとわめきながらその区画を出て喉の渇きをいやすために裏の雑 貨屋に飛び込みジュースをオーダーする間も、ミルダケ攻撃に途切れ目はまるでな い。おちつけないことおびただしい。ガラクタのようなシロモノを入れかわり立ち かわり俺とKの前に開陳してはいくらでどうだと値段をいう。買う気はないので非 現実的なほどの安値をつけると、むーと笑いながら疑わしげな目つきで見やりつつ 「オニサン、冗談ウマイネー」という。その値段でOKネというので「おっ?」と 思ってよく見ると、品物がちゃっかりすりかわっていたりする。実はこの手で二、 三、どうしようもないガラクタをつかまされた。とにかくひっきりなしに「コレド デスカー」「オニサン、イクラナラ買ウネ」「ヤスイヨミルダケー」と姦しく響き つづけるのだから、ものをまともに考えることさえできない。考えてみると、ずい ぶん高価な買い物をさせられたものだが、楽しくもあったのでまあよしとしよう。 この土産もの屋の連中は、反対側にあったチベット人キャンプの人間だそうで、 観光客も少ない不利な環境も手伝ってか狙った獲物は喰らいついてなにがなんでも 離さない、そうしないと明日からの生活もままならない、とそういうことらしい。 いわれてみれば、あの気迫にも充分以上にうなずける。 ちなみに、ここで買わされたものだけで仕事先の大量のアルバイト娘どもへの義 理土産はほぼまかなえた。つまりそんなに買わされたわけか? いま考えても愕然 とする。うーん。ほんとにとんでもない奴らだ。 這うほうの体でデヴィッドフォールを後にし、ふたたびぶらぶらとしたペースで ペヤ湖畔をめざした。Yとはここで落ち合うことになっているのだが、その約束の 時間がだらだら歩いていけばちょうどいい頃あいだった。自転車を引いた兄ちゃん がやはりのんびりとつかず離れずでついてくるのへ何となく話しかけたりしながら ぐるりとまわりこんでいくと、しばらくしてあたりの佇まいがかわってきた。デヴ ィッドフォール周辺は店といっても駄菓子屋兼雑貨屋のようなものが多かったのだ が、このあたりは本格的な土産もの屋や衣裳屋、レストランなどが軒をつらねてい る。いかにも観光地という感じだ。 もっとも、ちょっと洒落た湖畔にはとたんに巨大ホテルが林立し、ミニゴルフだ の娯楽施設だのがどかどか建ちならぶような、いったいなにをするところなのかわ からなくなるような煩雑かつ情緒に欠けたにぎやかさではない。あくまでも湖畔の 保養地であり、またトレッキングへの前哨基地、といった雰囲気だ。 やがて湖が見えてきた。あたりもいよいよ賑やかさを増す。西洋人の密度が少し ふえてきた。だが豚もいたりする。巨大な樹木が生い茂る根もとをコンクリートで 固めて、休憩所になっていたりする。ぶんぶん車が行き交う。カラスがぎゃあぎゃ あわめいている。湖は静かに凪ぎ、思い出したように風が過ぎ、うーん、静かなん だか賑やかなんだかよくわからんところだ。 ちょっと道に迷ったが、約束の時間前に待ち合わせ場所にたどりついた。まだ少 し間があるので、俺は飲み物の他に食うものを頼んだ。ものはレモンを炭酸でわっ た酸っぱいジュースとコーラ、それにスパゲティ。こういう食い物にそろそろ郷愁 を覚えはじめていたのだ。レモンのジュースはただ酸っぱいだけで俺は飲みほすの に苦労したのだが、Kはこういった生のままのものが好きらしく、たいへんおいし そうに飲んでいた。まあ、それはいい。問題は――スパゲティだ。 いやな予感はしていた。ポカラについて最初の食事がホテルの異様にまずいカレ ーとモモだった。ダッカ、カトマンズと、食うものに関してはまずいものに出くわ した試しがなかったので、この最初のつまずきがひっかかってはいた。もしかした らポカラでは俺は食い物には恵まれないかもしれない、と冗談まじりにKに語った りしていたものだ。しかし、この店は小ぎれいでちょっとばかり洒落たつくりだし、 客もほとんど西洋人ばかりだ。そんなにまずいものは出てこないだろう。出てこな いといいな。お願い、出てこないで。 予感はみごとに的中した。出てきた皿に大盛りのスパゲティは、スパゲティでは なくほとんどグラタンと化していた。煮すぎにもほどがある。いったいスパゲティ をこうまでどろどろにするには、何時間煮ればいいというのだ。食えない。とても じゃないが食えない。一目見ただけでそう思ったのだが、ものごとは経験してみな いとわからないものだ。試しに一口食ってみよう。食い物を残してはいかん。と、 一縷の望みを託してフォークをとるのだが、べにゃべにゃと情けなくフォークにま きつくスパゲティを一口、口にしたとたん俺の食欲は完全に撤退していた。駄目だ。 これはどう転んでも駄目だ。このポカラでは俺は食事には絶対に恵まれないのだ。 ちょっと分けてみ、とKが一口口にする。おいしいじゃない、あたしこういうの きらいじゃないよと言ってさらに二口三口、口腔内にほうりこむのだが、やはりど ことなくペースが鈍い。このサービス精神旺盛で感情表現が豊かすぎるほど豊富な 娘がこれだから、そのまずさはおして知るべきだ。 さすがにKも食べきれず、スパゲティは大量に皿の上に残存したまま下げられた。 尿意を覚えたのでトイレットはどこだとウエイターにきくと、店の裏だという。 裏にまわって驚いた。――カトマンズで、銀細工の工房が街の裏側にいくつかある のを見かけた。興味深い光景ではあったが、お世辞にも清潔な環境とはいえない。 その、カトマンズの銀工房とこの店の内部の厨房とが、雰囲気がそっくり同じだっ たのだ。 さらに建物を出てトイレらしきところにたどりつく。すごい臭いがする。水洗で はないらしい。まあそれはいいとして、どうも手を洗うところが見あたらない。嘘 だろう。と、信じられぬ思いで周囲を見まわしてみるのだが、なんだか小汚いガキ どもが二、三人、泥まみれになって遊んでいるだけだ。なんだか情けなくなってき た。厨房をいま一度通りぬけて席へ戻る間に、さらにその情けなさは膨張していた。 ああ。すっかり気分が黄昏てしまったなあ。 隣の席に山盛りのアイスクリーム(K注:チョコレートケーキ)が運ばれた。西 洋人の夫婦らしい二人連れだ。見ると、なんとなくそのアイスクリーム(K注:チ ョコレートケーキだってば)がうまそうに見える。しかしつくったのはあの厨房で だろうしなあ。と観察していると、夫婦は黙々とそれを消化していく。無表情だ。 あれはうまいのだろうか。わからない。顔が読めない。うー、見るだけだと、うま そうなんだけどなあ。お、手がとまったぞ。ため息をついている。やっぱまずいん だ。よかった頼まなくて。 約束の時間が過ぎてもなかなかYは現われない。スワヤンブナートでの軟弱ぶり からして、いくら湿気が低いとはいえこの炎天下にあのYがこられるもんか、と踏 んでいた俺はKをうながしてチェックをすませてしまう。 さて、じゃあいこうか、という段になって、息をはずませながらYが現われた。 俺の予想はみごとにはずれた。
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