空中分解2 #1665の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
四国は島と山のくにである。愛媛県を東西に走る石鎚山脈に続いて、法皇 山脈というのがある。1,500M級の平凡な山々だが「法皇山脈」という 立派な名前がついている。ふもと一帯にも「天皇」「東宮」「皇子川」とい うような由緒ある地名が残っている。約800年昔に、屋島のいくさに敗れ た平氏の一族がひそみ隠れて、この地を拓いたと伝えられている。 法皇山脈の南側を銅山川が蛇行している。その川をさかのぼっていくと、 過疎の村に行き着く。人口約400人の「別子山村」だ。この山狭の村も江 戸時代の末期には、人口12,000人、活気に満ちた「経済大国」だった。 この地で、別子銅山を掘りあてた住友家が、財閥としてのしあがっていく 出世物語はあるが、他人が大富豪になっていく話はケッタクソ悪いので省略。 今も昔も、「経済大国」には人が集まってくる。別子銅山に行けば、いい 稼ぎになると日本全国から労働者がやってきた。あそこに行けば何とかなる というわけで、無宿人やお尋ね者も大勢流れこんできた。労働力だけが求め られていたのだ。銅山の仕事は「掘り方」(鉱夫)と「鋳方」(製錬夫)の 2種類しかない。いずれも超重筋労働で、やわな人間では勤まらない。別子 山村は命知らずのあらくれ男たちでいっぱいになった。由緒ある地名とは逆 に、どろどろした極めて人間くさい村となった。 江戸時代には、労働基準法や労働安全衛生法なんてものはなかった。男た ちは昼も夜も働いた。交替番で眠る時間は与えられたが、休日はなかった。 年に一度の「祭り」だけが彼らの休日である。若い肉体が酷使された。 「掘り方」たちは、タガネと金槌だけで、地中深く掘り進んでいく。人間 鑿岩機が掘りだす原鉱石は、少年たちが運ぶ。少年たちは重い鉱石を背に暗 黒の坑道をはいずり上っていく。鉱外に出た原鉱石は、「鋳方」たちの手に よって、製錬され銀や銅が取り出される。「鋳方」たちは「溶岩・溶銅」と の戦いの毎日である。逃亡はできない。きついからといって、逃げだそうと する者は半殺しの目にあった。「掘り方」「鋳方」ともに、怪我人・死人は 当たり前のことだ。人夫の一人や二人が死んでも、誰も悲しんだりはしない。 かわりはいつでも補給できるのだ。かたわになったり、死んだ奴は間抜けだ ったにすぎない。 「経済大国」には人が集まるが、物も大量に集まってくる。女と酒に続い て、山間の狭い別子山村に、消費物資がどんどん運ばれてくる。村中に物が あふれ、山の中腹一帯にまで、掘っ立て小屋がふえていく。人夫たちは、労 働と酒とオマンコでその日を暮らす。 異様な活気に包まれて、別子山村は 「経済大国」として発展を遂げていく。誰も明日を心配していない。 「廃品」となった女がひとり、銅山越え(峠)をはいずり上っている。 五月晴れの峠を、女は、ぜいぜいと苦しそうな呼吸で、よつんばいで少し づつ上っていく。まだ、17歳なのに彼女は病気で骨と皮ばかりの体になっ た。客はつかなくなった。殺されはしなかったが、放り出されて、今、この 峠を越えようとしている。彼女は自分を売った親のもとに帰ろうとしている。 ふるさと越中(富山県)に帰りたいのだ。 「休んでいきなよ」 やさしい声が彼女にかけられた。 「うん」 といって、路傍の石を抱え込んで彼女は目蓋を閉じた。五月の陽光が、暖 かく彼女を包んでいる。生まれてから、初めての安らかな眠りを彼女はむさ ぼっている。 彼女も石になった。 あれから、もう200年はたっている。今も、峠の 道には無数の丸い石が座っている。 江戸時代から、明治・大正・昭和と銀や銅を採り続けた別子銅山は、昭和 48年に閉鎖された。 鉱毒でおかされた山々は、一本の木も生えず、今も その残骸をさらしている。 1992−05−09 遊遊遊遊(名古屋)
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「空中分解2」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE