空中分解2 #1654の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
3.狂乱の聖日 3月18日(水)。 HOLLY DAYである。ネパール全土で一週間にわたってつづいたお祭り (というより、単なる馬鹿騒ぎ)のらく日、狂熱の一日である。この日ばかりは女 性は外に出ないほうがいい、とM(日)さん、S(ネ)さん、ホテルの主人のアマ ルさんが口をそろえていう。アマルさんなど、この祭りにはかなり悪い印象を抱い ているらしく、「NO GOOD」としきりにくりかえす。 KとY、最初は多少のひどい目にあってもせっかくだから祭りを肌で感じたいと 言っていたのだが、どうもあまりに誰もがやめろと勧めるし、なによりも昨日の水 攻撃がけっこう効いたようで、ホテルで一日すごすことにした。Yは研究の資料関 係の本をこれまでに山のように買いあさっていたし、KはKで自分の興味のある分 野の読み物を何冊か購入しているから、それで時間をつぶせるだろうということだ。 それに加えて、外に出ない者は出ない者同志で、建物の屋上にあがって水のぶっか けあいをするというのだから、これはこれで楽しめるだろう。俺はむろん、タメル にいく。うっくっくっ楽しみでしかたがない。 朝早いうちは多少安全だから少しだけ外へ出ようかということで、王宮通りのホ テルのレストランで朝食をとりに出た。妙な爺さんもいっしょだ。この人もS(ネ) さんの一族関係らしい(K注:S(ネ)さんのお父さんだよーん)。この国は家族 の絆がまず第一だ。 レストランは小ぎれいで広く、従業員の顔さえ見なければまったく日本とかわら ない。S(ネ)さんと爺さんがいなかったら錯覚してしまったかもしれない。クロ ワッサンとコーヒー、紅茶を頼み、食う。うーん、もの珍しさがまるでない。うま いけど。 ホテルに戻るころあいになって表へ出た。ラトナ公園の裏手、大学の時計台をす ぎてホテルへとつづく通りを曲がると、そこはすでに修羅場だった。ぶわしゃ、ぶ らっしゃとひっきりなしに水が落下し、地上でも水鉄砲や手いっぱいに握りこんだ 真っ赤な粉などで熾烈な戦闘が展開している。常にも増す騒乱が一角を支配し、大 人もこどもも顔いっぱいで笑いながら思いきり走りまわっている。 通りぬけるのに一苦労だ。俺たち男にはまだまだ余地は充分だが集中的に狙われ る立場のYとKは無事には通りぬけられまい。と思っていたら案の定、盛大に水ぶ っかけられていた。けけけっ。俺は道の反対側に難をのがれて無傷だ。 とか思いつつ激戦区をきりぬけると、なんとYとKがクリシュナに遭遇したとい う。家があのあたりにあるらしい。お茶でも飲んでいけといわれたらしいが、この 有様だから早くホテルに帰りたいというとクリシュナもあたりを見まわし、さすが に一瞬で納得してしまったという。後で声でもかけてお茶ごちそうしてもらうとい いよ、とYが勧める。べつにいいけど、俺とクリシュナはそんなに仲良しになった わけではないぞ。 いったんホテルに戻り、KとYを残して俺はひとり街に飛び出した。ダッカで入 手した、現地でも安物のルンギとパンジャビを着て、これでもう暑さも色水攻撃も 恐くない。臨戦態勢だ。だけど、その前に――王宮通りのホテルに向かった。 きのう借金までして服を買ってしまい、銀行もしまっている時刻だったので手持 ちの金がほとんどない。今日は銀行も大学も休み、多くの商店も開いていないとい うことだが、それでも軍資金がないと心細い。ラトナホテルで換金してもいいのだ が、アマルさんがやたら心配するので気がひける。ということで、ひそかに別のホ テルでルピーを手に入れてしまおうという魂胆だ。 ところが、どこのホテルも宿泊者でなければ両替はできないという。途方にくれ て佇む俺に、物売りが寄ってきた。真鍮製のみやげものを主に扱っている類の露店 の男だ。もうこうなったら仕方がない。俺はおもむろに腰にぶらさげたポシェット を開き、 「このバンドエイドが欲しくはないか? 1ルピーだ」 物売りめ、きょとんとしてやがる。買ってくれよう。 残念だがこいつは買わなかった。が、例のごとくまわりに呼びもしないのに他の 連中も寄り集まっている。売りこんでみた。すると、軍服を着た二人組がよし買っ てやるという。やった! うまくいった! たったの1ルピーだが、この時は天にも昇る心地だった。嬉々として2ルピーを 受け取り、調子づいてさらに売りこみをかける。この時計なら買うぞ、カメラをも っていないか、電算機はいくらだ、と周囲の奴も口々にいう。時計とバンドエイド がさらにいくつか売れた。電算機は残念ながら裏にくっきりと刻まれていた「MA DE IN THAILAND」の文字がネックとなってまともな値段がつかなか ったので、いまだに手もとに残ったままだ。こうして俺は500ルピーほどを手に 入れた。さあ、それじゃあいよいよタメルだ。 ところが、道がうろおぼえでよくわからない。と、都合よく二人組の物売りが近 づいてくる。奴らに道を訊ねよう。俺は奴らが声をかける前に 「1ルピー」 といってバンドエイドを差し出した。物売りめ、しばし逡巡していたが、これも 売れる。値段が安いせいかおもしろいように売れる。もう少し値を吊りあげようか なあ。 ともあれ、タメルにはどういけばいいんだと訊くと、よし案内してやるときた。 道々、今度はむこうの売り込みがはじまる。モノは――腕輪なんだろうな、円形に 結んだ針金を組み合わせた、フラクタル模様のようなシロモノだ。安っぽい石がも うしわけ程度という感じで埋めこまれているが、おもちゃみたいなもんだ。いらね えよと断ると、これはオブジェにもなるんだといって組み合わせた針金をにゅるに ゅると開いてみせる。 球形からふたつの卵形、そしてアダムスキー型空飛ぶ円盤形につぎつぎと形を変 える。単純な構造だが、たしかにおもしろいシロモノだ。が、買うほどじゃねえよ な。バンドエイド買ってもらった恩も忘れてつめたくそう言い放つ俺に、怒るでも なくいつまでも肩をならべて歩いている。暇なのだろう。でも、なかなか気のいい 奴らだ。 道中ぶらぶらと歩きながらカタコトの英語で埒もないことを話した。むこうも英 語はカタコト、日本語はまるきりだから大して話すこともなさそうなものなのだが、 珍しい建物指さし「あれはなんだ? それはモスクか?」などと訊くときちんと答 えが返ってくる。それだけのことなのだが、妙に楽しい。道いく人を見つけては 「1ルピー」とバンドエイドさしだしつつ、のんびりと歩いているうちにタメルに ついた。 道幅が急速に狭くなり、むこうの方角から派手な叫声が響く。腕輪売り、はたと 立ちどまり「それじゃあ俺たち、戻るから」と手をふった。狂熱からは身を遠ざけ ていたいのだろう。サンキュー、フレンズと俺も手をふり、先に進んだ。 とたんに男がひとり、突進をかけてきた。避ける間もなく顔になにかを塗りたく られた。真っ赤な粉だ。ぐわあ、この野郎と叫びつつ後を追うが逃げ足が早い。べ ろばーと舌を出す。糞ぅと笑いながら男をにらみつけていると、いきなり背後から どばんと水かけられた。ぎゃあとわめいて振り返ると、バケツ抱えた一団がさっと 散る。これはどうでも油断がならない。 四囲に目を配りつつ奥深く分け入っていく。赤、青、黄、極彩色の粉を手いっぱ いに抱えた一団が、様子をうかがいながらじりじりと近づいてくる。そうはいかね えぞ。俺はにやにや笑いを浮かべて首を左右にふりながら注意深く奴らに接近し、 粉も水も飛んでこないと見るや、すかさず右手を差し出す。俺にもその粉をよこせ。 一瞬のとまどいの後、褐色の顔一面に真っ赤に粉塗りたくられた若者はにやりと 笑い、握りしめた赤い粉を俺の手のひらいっぱいに満載した。のみならずさらにポ ケットに手をつっこみ、今度は青い粉を出す。つぎは別のポケットから黄色い粉。 手品みたいにつぎつぎ出てくる粉末でほどもなく俺の手のひらは満杯になった。よ し、これで武器が手に入ったぞ、ふっふっふっ。ついでにバンドエイドを行商する。 ダッカで買ったムスリムの帽子も売れた。ちょっと気にいっていたので惜しいよう な気もしないでもなかったが、なに、どうせサイズが合ってなかったんだ。 さらに先へ進む。攻撃がかかる。よける。逆襲する。粉を強奪。行商。気をつけ なきゃならないのは、屋上に陣取った連中だ。死角から攻撃がくるので油断してい るとすぐやられるし、だいいち逆襲のしようがない。ここはピラニアの川方式で切 り抜けるにしくはない。危険地帯にさしかかると立ち止まり、他の犠牲者が通りか かるのを待つ。街は加害者兼犠牲者であふれ返ってるからたいして時間はかからな い。たてつづけに水が落下するのを待ってさっと走りぬける。それでも時間差攻撃 をかけられたり、こけたりでさんざぶっかけられた。畜生! 覚えてろ! 日本語 まじりの英語で罵声を飛ばす。 そのうちに、ルンギがずり落ちてきた。安全地帯に避難して、煙突掃除。ついで に行商の収穫を数えてみる。バンドエイドはタメルに入ってしばらくするうちに、 またたく間に売り切れていた。1ルピーばかりだが、けっこうな量だ。 と、ほくそ笑んでいると、下に立ったリクシャマンの兄ちゃんが「マネー、マネ ー」と呼びかけてくる。ん? リクシャならいらんぞ。それともバクシーシか? 用はない、と手をふると、ちがうちがうと身ぶりしながら近づいてきて、おもむろ に俺の足もとにこぼれ落ちた数枚のルピー紙幣を拾いあげ、差しだした。なんだ、 そうだったのか、どうもありがとう。というと兄ちゃん、なんともいえずいい顔で にやりと笑う。ほんとうに、ありがとう。 こんな具合にタメルをぐるりと巡った。笛や太鼓をどんちゃんと鳴らしながらね り歩く一団にも遭遇した。みな若い。楽しそうだ。ふと、ひとりが身にしみた。日 本を後にしてから数日、ひとりになったなんて初めてだ。KとYの顔が浮かぶ。無 理にでもつれてくればよかった。荒々しいけど、こんなに楽しいじゃないか。 出口が近づいてきた。手もちの粉爆弾もつきている。にやにや笑いの一団が前方 から接近中。よし。と、俺はパンジャビのポケットに手をつっこんだ。朝方、ホテ ルの近くでKとYがこどもから襲撃を受けたとき、水をつめこんだ風船爆弾がひと つ、割れずに残っていた。Kがそれをちゃっかりひろいあげ、武器として俺にわた してくれたのだ。水鉄砲やバケツに比べればあまりにちゃちな武器ではあるが、俺 にとっては虎の子だ。華々しく散ってくれ。 色つき水の砲撃をからくも躱し、俺は風船を思い切り投げつけた。わっと散る一 団を追ってピンクの玉は路上に弾け、盛大に水を巻き散らした。うん。上出来だ。 俺は胸をはってタメルを後にした。 靴がずぶぬれになっていた。気持ちが悪いのでひとつ、サンダルでも買ってやろ うかと探すのだが、ほとんどの店が閉まっている。ぽつぽつと開いてている店もあ るにはあるが、靴屋は見あたらない。服屋を見つけたので、店先に腰かけたおっさ んに靴はおいてあるかと声をかけると、ないと言う。 「どっからきたんだ?」 立ち去ろうとする俺に、おっさんが訊いた。日本だ。俺はジャパニーだと答える と、そりゃあいいと言うように何度もうなずく。まあそこにすわれよ。話をしよう。 祭りは楽しかったか? ああ、最高だよ。ひさしぶりの大騒ぎだ。そうかい、そい つァよかった。うん、ここはいい国だ。気に入ったよ。そうかい、日本はどうだい、 いい国か? うん、いい国だよ。ちょっと物価が高くて、暮らしにくいけどね。そ うかい、そりゃあよかった。 のんびりと腰かけて会話をかわしていると、まわりに数人、なんとはなしに寄っ てくる。みな、おだやかに笑っている。 俺はありがとう、ナマステといって立ち上がった。 「ユー アー グッドルッキング」 おっさんは真っ赤な俺の顔を指さしてにやりと笑った。俺も心の底から笑い、そ して歩きだした。 すれちがう連中はみな赤い顔、黒い顔をしていた。ネパーリもネワーリも白人も 東洋人も、男も女も大人もこどもも、まともなツラをしている奴はひとりもいない。 そしてふとしたはずみで視線があうと、どちらからともなく自然に笑みがこぼれて くる。いい一日だ。
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