空中分解2 #1652の修正
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第二部 カトマンズの三馬鹿 SAN-BAKA IN KATHMANDU 1.天から降る水 どうにも情けない気分のまま、タクシーに五人ぎゅうづめでカトマンズの街なみ をぬけた。街路はダッカに比べて少々窮屈な印象だが、車の運転はずいぶん穏やか だ。といっても、やはりクラクションの音は姦しい。 この街にはリクシャはあまり見あたらず、ベビタクの数も少なめだ。色も黒を主 体とした穏やかな色彩で、街ぜんたいがずいぶんと落ち着いて見える。車にのって いるのが日本人と知っても、ふりかえったりじろじろ張りついたりする視線はいっ さいない。日本人はまったく珍しくないんだそうだ。リラックスできる。ちょっと 寂しいけど。 道は起伏に富んでいて、風景が浮いたり沈んだりする。ここは風景自体がおもし ろい。やがて車は狭い道からさらに枝道へ入り、さらに左折して袋小路にある駐車 場に停止する。『HOTEL RATNA』。 「ここがわたしらがタダ同然で住んでいるホテルです」 とM(日)さんがこどものように得意そうに言った。なんでも、ここのホテルの 主人がこれまたS(ネ)さんの家族なんだそうだ。人のいい笑顔で中へどうぞと誘 うS(ネ)さんについて、ラトナ・ホテルに突入。 ホテルの主人のアマルさんという人は、眉も肌の色も濃い、意志の強そうながっ ちりしたおじさん。派手に歓迎の意を表し、疲れたろうとすぐに部屋を用意してく れる。YとKは二階のツイン、俺は三階のダブル――なんで? この部屋ツインよ り広いし――。俺の部屋からひとつおいた隣に、S(ネ)さんとM(日)さんが宿 泊しているという。 それぞれ荷物を適当にかたづけて、ホテルづきのレストランで夕食。メニューは フライドライス(つまりチャーハン)にカレーとご飯、それからナン。ビールの杯 を傾けつつM(日)さん、S(ネ)さんをまじえてしばし雑談を交わし、そうして カトマンズでの第一夜は更けていった。 3月17日(火)。いよいよカトマンズの街にのりだす。第一の目的地は現王宮。 つれだって歩きだすが、いきなり道に迷った。でも気にしない。そのまま歩きつづ ける。そのうちどっかにつくだろう。 ひょろひょろ歩いていると、なんだか妙な寺がある。極彩色の壁や柱、派手なポ ーズの獣神像。ハヌマーンか。なんだか狛犬もいるのだがこれがまた日本のとちが って派手な色あいに変なつら。でも不思議と雰囲気は日本のそのへんの寺と同じだ。 地域住人の寄り合い所。へへん。おもしろい。 植生もどことなく日本と似た部分がある。そのへんをひょこひょこ歩いている人 の顔も、色さえ薄きゃまるきり日本のおっさんおばちゃんといった感じの顔があち こちにいる。走りまわっているこどもをYがつかまえて道をきいた。どうも反対方 向にきてしまったらしい。腹もへったことだし、目的地に方向を修正した。 映画館。得体のしれない看板に得体のしれない入口、それに得体のしれない連中 が群がっている。わけのわからぬ露店もある。時間があればぜひ寄ってみたいとこ ろだが、暗やみに女づれというのも心配だしな。うーん。残念。 街の裏っかわをぐるりと一周した形で王宮前にたどりついた。巨大で立派だが、 それをのぞけば取り立てて珍しくもない建物だ。なんだか拍子ぬけだな。途中で通 りがかった病院や大使館やレストランのほうがよっぽどそれらしかったよな。まあ いいや。衛兵らしきものも見たし。 腹が減ったので飯を食うところをさがす。しかし、なんだこのへんは。航空会社 の看板ばっか目立つな。なに、『串ふじ』? 日本食レストラン? まだこういう とこに郷愁わきゃしないしな。ホテルのレストランかあ。こういうとこでもいいけ ど、もうちょっとネパールっぽいとこがいいなあ。おや露店だ。なにやら怪しげな ものがならんでるなあ。お、こりゃでっかい刃物だ。グルカ・ナイフだな。でもダ ッカの博物館で見た横握りのやつが見あたらないなあ。まあいいや、そのへんにあ るだろう。 とあっちこっちふらふらしてるうちに本格的に腹が減ってくる。こりゃいかん。 おお、そこにレストランの看板が出ているぞ。二階か。ちょっとどういう店かよく わからんが、入ってみるか。よし。 と階段をたんたんとあがり、入ってみるとこれがみごとに大あたり。ちょっと高 めの現地食堂という感じだ。室内灯に妙なカサがかかっていた。灯篭のようなカサ なのだが、中国ふうの絵が四面に描きこまれている。机や椅子の色が妙に原色系。 わりと清潔な感じで、客は俺たち三人だけ。 席についてメニューを繰り、カレー、マサラ、ヨーグルトのラッシー、チベット ぎょうざのモモ、変なラーメンを注文。きのうホテルのレストランで食ったときも そうだったけど、出てくるまでにまた時間がかかるんだろうなあ。ネパール時間、 というのが存在するそうで、この国の人はとにかく時間に大ざっぱだ。午前と午後 くらいの区別しかつけないらしい。実にのんびりしている。飯を待たされるのだけ は多少苦痛だが、俺たちにはとても合っている。ほけーと待った。 まずラッシーが出てきた。シェィクと牛乳とヨーグルトの中間のような飲みもの だ。うまい。あたったら恐いが、うまいんだからかまうもんか。このころにはもう、 俺たちのあいだには火を通していないものへの禁忌はすっかりなくなっている。さ すがに水だけはミネラルウォーターで通しているが。それからカレーだのマサラだ のが出てきた。肉はマトン。この肉は骨が多くていまひとつだが、辛さにまぎれて 肉の臭みも消え、なかなかうまい。チベットぎょうざも上々、マサラもおいしい。 しかしこのマサラっての、カレーとどうちがうんだろうな。味は微妙にちがうよう な気がしないでもないけど。ガラン・マサラてのは鰹節みたいなもんだったよな (K注:これはタイとかで使う魚の奴。ガラム・マサラはいってみればカレー粉で いろんなスパイスがまざった奴。くわしくは『美味しんぼ』のカレーの巻をみよ)。 てことはカレーよりはより原型に近いものかなんかか。まあいいや。おいしいから。 変なラーメンは、変なラーメンだった。これは俺はいらない。 すっかり満腹して表へ出た俺たちは、タメルというバザール地区に向かう。よく はわからんがこの地区には日本人のたまり場みたいな場所もあちこちにあるらしく、 たいへん活気のある場所だそうだ。うー、わくわくするぞ。 最初に入口あたりにある本屋に入り、あとはとりあえず一周するつもりで闇雲に 歩きはじめた。すごい人出だ。露店の連中が気安く声をかけてくる。「コニチワー、 ドデスカ、コレ」妙に日本語がうまい。ちょっとした会話くらいなら軽くこなして しまう。それ以上にこの連中、日本人にずいぶん親近感をもっているらしい。 街の要所要所に寺だか神社だかしらないが神様関係の構造物が大小さまざまに鎮 座している。そのまわりにも露店があふれかえってる。神殿の上にも無数のネパー リが腰をおろしており、ひどく気安い。牛があちこちでわがもの顔にのたのたと歩 いていたりする。ぐんにゃりと犬が寝そべり、ガキどもが走りまわり、「ヘロー」 とか「コニチワー」とかあちこちから通りがかりのネパーリが声をかけてくる。こ の国では牛も犬も神さまだ。なにもかも神さまだ。だからどうも、神さまに対する にも実に親しげで気安い。しっぽをぶらぶらさせる神さまのケツをぽんとたたいて 道をあけさせ、吠え声もあげずぐってり寝そべる神さまの横で「ヤスイヨ、ドデス カー」とくる。日用雑貨と野菜と香辛料と妙な菓子、装身具、衣服、曼陀羅から煙 草や時計までが、大ざっぱにふりわけられながらも渾然一体と存在する。 狭い街路に積みあがった石づくりの建物の上階から、突然水がふってきた。ねら われたのはYとKらしい。この週は実はお祭りの時期だそうで、とくに女はねらわ れやすいらしい。はっはっはっざまーみろ。明日は祭りの最終日だそうで、この日 は老若男女の別なく全国ぐるみで騒然と水、粉のぶつけあいになるということだ。 うくく、楽しみだ。 ためしに、曼陀羅屋に入ってみた。不思議におちついた雰囲気だが、若い店番は やはりどことなく胡散臭い。そして狭い店内に曼陀羅があふれ返っている。横広の 掛け軸みたいにきちんと裏当てをほどこしたものから単なる紙きれまで、大小さま ざまの二次元平面に細部まできっちり描きこまれた無数の神さまが俺たちを無言で 見返す。 これがいいなあ、これもなかなか、とあちこち指さしながら眺めていると、ふい に店主がここにすわれと椅子を指さす。狭い店内にも人間二、三人くらいならすわ れるだけの背もたれのないベンチが置かれているのだ。腰をおろして煙草に火をつ ける合間に、店主は間においたテーブル上に大小二種類の布に描かれた大量の曼陀 羅を開陳した。 これはどうだ、とでもいいたげに一枚づつ、ゆったりとしたペースで曼陀羅が繰 られていく。これはいいな、とつぶやくと手をとめ、じっくりと鑑賞させる。間の とりかたもなかなかだ。ときおり解説を加える。これは金箔をたくさん使ってるか ら少し値がはるぞ。ディテールがていねいに描きこまれてるから、これもモノはい い。こっちの奴なら多少粗雑だが安いぞ。どうだ? 気に入ったものをじっくりと一枚一枚眺めわたし、ターゲットを三枚にしぼりこ んだ。値段をきいてみると、やっぱり高い。ルピーの感覚がまだよくつかめないの でよくわからないのだが、千の単位だ。日本を出てからこっち、千なんて単位はま ったく不必要だったのでどうにも暴利に思えてしまう。むー、とっぱなに神さま関 係のものに手を出したのは失敗だった。相場がさっぱりわからない。 Yから電卓を借り、試しに十分の一の金額を提示してみた。店番、話にならない とばかりにふ、と鼻をならし「その値段だったら、こっちだ」といかにも安っぽい シロモノを何枚かひきだす。負けちゃらんない。こんなものは論外だと開示された 廉価版をおし戻し、じゃあこの値段ならどないだっか、と電卓の数字を少しだけつ りあげてみる。店番、むんむんと否定、自分の電卓の数字を少しだけ修正。まだま だだ。全然高い。 こんな調子で問答をくりかえしたあげく結局、一枚をあきらめて合計二枚の曼陀 羅を俺は手に入れた。ねばればもっとさがっただろう値段ではあったが、この手の 料金交渉はへたをすると半日がかりだとM(日)さんに教えられていただけに、こ ういう駆け引きに対してはきわめて気の短い俺にはとてもじゃないがつきあいきれ ない。 商談が成立すると店番は、黒を基調に描かれた日本人好みの二枚の曼陀羅を慣れ た手つきでボール紙製の筒にくるくるとまきつけ、細長いビニール袋に丁寧におさ めて口を閉じた。 さて、満足した俺はわきにさがり、今度はKの番だ。第二の交渉がはじまる。前 述と同様の手順でKは店番と問答をくりかえす。じっくり時間をかける姿勢らしい。 俺とYは興味深く様子を見守る。なかなかまとまらない。あるレベルまで値段が落 ちてから先、店番の提示する金額がぴったりと固定してしまう。 ついにKは音をあげた。あきらめる、という。相手の提示する金額に手がとどか ないというより、まずはこのあたりの商店を一周して金銭感覚を把握し、交渉の手 がかりを得ようという意図らしい。それでは、と俺たちは一斉に立ちあがり、また 後できてみるよと出入口をくぐりかける。と……
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