空中分解2 #1612の修正
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第1章 「FOG」からの手紙 現代より少し先の時代。人類が簡単に月に行けるようになり、観光会社が「月旅 行30日間」を実現させた時代。火星には各国の観測隊が住み着いて毎日データ収 集をしている、そんな時代の話である。 ZZ大学で物理学を専攻している本多昭は、様々なものに興味を持っていた。異 性はもちろん、音楽、数学、歴史、科学、哲学、天文学、はてはアイドルやスポー ツ、映画、漫画、などなど……実に幅広いが、その一つにパーソナル・コンピュー ターによる通信、パソコン通信があった。 パソコン通信は既に、ごく当り前の趣味の一つになっていた。本多は日本電気製の パーソナル・コンピュータの電源を入れ、モニターを見つめる。ウインドウの一角 に現れた通信ソフトのアイコンをマウスでクリックし、モデム(9600ボー)の 電源を入れて通信の準備を始める。 さて、アメリカのネットへ遊びに行くか。 本多はアメリカの大手ネットに海底ケーブルを通じてアクセスした。ディスプレイ には英語が埋まった。この時代の通信網はすでに地球を網羅しており、どの地域で も同一料金になっている。地球以外の地域、月や人工衛星、宇宙ステーションに通 信を入れるときは少々値が張るが、それでも手ごろな値段でアクセス出来るのであ る。 ネットに入ると、親しいドイツのハッカーから1通の電子メールが届いていた。本 多がドイツの物理学だか天文学だかの研究所に入り込んだ時に話しかけて来たのが 最初の出会いである。ハンドル名は「FOG」、つまり霧のように見えないヤツと言 うわけだ。メールの内容はこのようなものだった。 元気か、"ROOT"。楽しいハッキングライフを送っているかい?この前電子メール で書いたように、私は今度日本に行く。日本は素晴らしい国だ。私は片手間に産業 スパイみたいな事もやってるので、最新のテクノロジーをたっぷり盗んで行こうと 思ってるよ。君に会いたいな、"ROOT"。君が望まないのなら仕方が無いが、もし会 いたければ、有楽町駅まで来てくれ。私はマリオンで映画を観るから。題名は「愛 しのハニーパイ」、座席はF−23。開演時間は2時30分のやつだ。そこで英字 新聞を読んでいるのが私だ。では、君に会える日を楽しみにしている。 DATE:XX/XX FROM: FOG 本多は電子メールを読み終えると、飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。「へえー、 本当に「FOG」は日本に来るつもりなんだ。こいつは仲間として歓迎してやらない とな。」 「FOG」の経歴を、本多はすでに知っていた。「FOG」は、そのネットのユーザプロファイルでは別名を使っていて、そこではごく平凡な電気店の従業員を装って いた。だが「FOG」の電話番号を調べてみると、彼は電気店の従業員では無いこと がわかる。本多がドイツの電話帳で見つけた資料によると、「FOG」は世界的に有 名なキャンディーメーカー「グッディーズ・キャンディー」の会長であることが判 明している。まだ確信したわけではないが、本多はこのデータが間違ってはいない と感じていた。要するにカンなのだが、彼のカンは良く当たる。 ところで、キャンディーメーカーの会長が何故日本に来るのか?本多はあれこれと 想像した。(日本と言うと秋葉原の印象が強い。つまり、テクノロジーが優れてい るようなイメージを持つのだろう。だが、テクノロジーを盗むのだったら、「FOG」ほどの腕前だったら何処にでもアクセス出来るだろうから、わざわざ日本に来るま でも無かろうに。ただ遊びに来るだけなのだろうか?それにしても、超有名な「グッ ディーズ」の会長がただ遊びに来ると言うのもおかしな話だ……。俺に会いたいか ら来るんじゃないのか?同じハッカー仲間として俺も「FOG」には会いたい気がす る。奴ほどの腕前の者は、俺が知ってる限り、日本では俺と「ギイ」、「ZAAM」 と「ジュウオウ」くらいのものではないか。) 本多は、「FOG」のやり方を思いだしていた。彼には紳士的なところがある。彼に もらったプログラム(ネットの自動監視プログラムを無効にするというものだった) は、本多にとっては手放せないものになっていた。彼はお返しに、日本の企業でネッ トワークを持っている企業へのアクセス方法と、その悪用の仕方を教えた。 ともかく、本多は「FOG」に会いたかった。本多はドイツ語を話せないのでそのへ んが気がかりではあるが、ノートパソコンに翻訳ソフトがあれば恐れる事は無い。 これも何かの縁だと思い、本多は「FOG」に是非会いたいと言う返事を書いた。 FROM:"ROOT" TO:"FOG" メールを読んだよ、"FOG"。是非会おうじゃないか!!僕は君を歓迎するよ。間違いなくその日はあけておくよ。ついでに僕のガールフレンドも紹介したいところ だけど、あいにくその日は仕事であけられないらしいんだ。だから僕一人で行くけ ど、いいね?では、会える日を楽しみにしているよ……。 DATE:XX/XX FROM:ROOT ここまで書いて、本多は「ドイツ語」のアイコン(ビールのデザインである)を クリックした。瞬間、文字列がドイツ語に変換された。メールを「FOG」に送り終 えて、本多は、果してこのキャンディストアの親父がどんな顔なのかを想った。「 グッディーズ」会長、フォン・マイケルソンと言えば名前は良く聞くが、顔を見た 事は無かった。一体どんな顔をしているのだろう……?あれこれと考えて見たが、 いずれわかる事だ。そう、明後日には。 本多は行きつけのネットをぶらついた後、月に拠点を置く「ルナ・ネット」に入り 込んだ。ここでチャット・ルームに顔を出すと、知合いがいたので声をかけてみた。 [TOMOKO ]あっ、ROOTさんだ。奇遇ねえ! [ROOT ]あれえ?TOMOさん、なんでこんなトコいるの? [METEO ]TOMOさんの知合いですか、始めまして。 [ROOT ]始めまして、METEOさん。東京のROOTです [TOMOKO ]あのね、ワタシねー今ねー「月」に来てるのよー! [KIM ]ROOTさん東京なんだ。私は香港ですよ。 [ROCK ]月!? [METEO ]月だってー? [ROOT ]ええっ?なんで月にいってるの?>TOMO [METEO ]そうだそうだ!俺だって月に行きたいぞ>TOMO [TOMOKO ]へっへー、実は、仕事なんですよ。「ツアコン」の>ROOT [BANZAI ]えっ!TOMOさんツアコンさんだったの [KIM ]ほーー、ツアコン、ねえ [METEO ]ツ・ア・コ・ン!?すげえー [ROCK ]へええー、そうだったんだ>TOMO 以前オフラインミーティングで会った事のある知子さんは、ツアーコンダクターだっ たのか……。知らなかったなあ。彼女はまさに働く女性と言う感じで、輝いていた。 本多は知子さんに恋心とまでは行かぬまでも好意を持っていた。忙しい中でもこう してパソコン通信をやってるトコを見ると、ストレスを溜め込んでるんじゃないか なあ。本多はふと思った。しばらくチャットを楽しみ、仲間と別れを告げる。 月に行くには費用がかさむ。学生のように収入の無い身分にとって、まだ月は遠 い存在であった。名所はそんなに多いわけではないが、月から見た地球の眺めは話 によると素晴らしいものであるらしい。その風景は人の意識まで変えてしまうと言 うのだ。写真でしか見たことのない本多にとって、月は憧れの的であった。 『静の海』地区には数々の土産店があり、さらにマクドナルドやピザハット、タコ ベルと言ったファーストフード店も軒をつらねている。月の石や小物が売られてい て、旅行者はそこで土産を買うと言うわけだ。本多は、月に旅行した友人から『月 の石』と、月で製造されている煙草『ムーン』をもらった事がある。友人の月に対 する感想はと言うと、「最高」の一言であった。 俺もいつか行くぞ。本多は、月に行くことを心に決めて布団にもぐりこんだ。ただ、 いつ実現するかは定かでは無いのだが。 (続くのだ)
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