空中分解2 #1539の修正
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正影に、栄一郎達の行方を探し、始末するべく言い渡したのは、奉行たる望月 である。広言する必要のない事である。ゆえにそれは言葉にはならず、望月の口 の端を僅かに引きつらせるにとどまった。 「森口、話を聞け」 「これ以上、何をほざくつもりだ」 栄一郎は、刃先を望月に向けた。医者を使い、他人の犠牲の上に私腹を肥そう としたこの男を、もはや生かしておくつもりはなかった。 (六) 「剣を抜け、この悪党。せめて反撃の機会をくれてやろう。それとも、拙者に斬 られるより、別の方法を選ぶか」 事ここに至り、望月も腹をすえたようである。剣を握って立ち上がり、轟然と 言い放った。 「反撃だと。恥らいもなくよく言う、尻に殻をつけた雛鳥が! 口ばかりを動か すのが貴様の極意か」 「これが、雛のやる事か!」 名鉄定宗が光となって空を舞い、鉄色の波を周囲に散らす。その生物めいた動 きが望月に直進し、羽織りを音もなく斬り割いた。代わりに音を立てて破れたの は、望月の懐の財布であり、黄金色をした金銭が散りはじけ、畳を踊った。 奉行は羽織りを脱ぎ捨て、鋭く舌を打った。 「やりおる、獅子の息子が!」 望月は剣を抜いた。二つの殺意が衝突し、そこに眼に見えぬ磁石でも生まれた かのごとく、互いの剣が動く。 (角井殿、拙者に、いや、この名鉄に力を貸してくだされ!) 異様に乾いた空気を斬り、剣が乱舞を繰り返した。殺意が火花となって散り、 刀身を飾っては消え、また生まれる。 剣が生む風で、襖ががたつき、障子の紙がしなる。鋭い鉄の音が、あんどんの 薄い灯を揺らがせる。 望月の、剣を持つ腕の、二の腕から、命がしぶきをあげた。それは嫌な音とと もに、襖に降りかかり、筋を引いてしたたった。 「ぐがっ! ぎっ、ひ!」 望月の動きが止まった。 よろめいて、背を壁に打ちつける。栄一郎は、望月の汗を散らせた額に刃先を 突き付けた。望月は、うめきを上げつつ、背中を壁に擦らせてへたり込んだ。 「うわ、わわわ」 望月は、かすれた悲鳴を上げた。斬られる恐怖ゆえではない。それは、別の恐 怖であった。彼を見下ろす栄一郎の背後に炎が立ち、それは黒く渦巻いて、化物 の姿となったのである。栄一郎に対する恐れと嫉妬と後ろめたさが、まみえた事 もない炎狼鬼の姿を呼んだのであった。 望月にしか見えぬ炎狼鬼が頭をもたげ、咆哮した一瞬、栄一郎は、名鉄定宗と 一体となった腕を、望月の肩口に振りおろした。反動で足が浮く勢いであった。 形容しようのない音が、立て続けに部屋に響いた。名鉄定宗は望月の剣をへし 折り、肉を引きちぎり、あばらを折り砕き、肺の臓を破りさき、みぞおちまで達 して止まった。 栄一郎は、絶叫と返り血を全身にかぶり、その表情を、立ち尽くしす枝沢座周 に向けた。枝沢は、視線と恐怖に押しやられ、三歩も後ずさった。 倒れ伏した時、望月は消えていく力をふり絞り、眼の前に散らばった金銭を両 の手に握ろうとした。恐るべき執念であったが、ほとんど両断された体は、その 精神についていけなかった。 野心と欲望に濁った眼は、奇妙に笑ったごとくゆがんだまま、引きつり、凍り 付いた。 (七) 栄一郎は一歩を踏み出した。畳に染み込んだ望月の命がねばり、足をすくいそ うになる。 「な、何故じゃ。何ゆえ、わしを斬る。わしはただ、頼まれて」 そこまで震えた声を出した枝沢であるが、さすがに全ての罪を死者に着せるの には無理を覚えたようである。ひからびた顔から汗を流しながら、それでも言い 放った。 「わしは医学者じゃ。常に薬を研究するのが、わしの仕事じゃ。わ、わしは、薬 を作る事に全てを費やしてきたのじゃ。薬はわしの全てじゃ」 「貴様のごとき人間は、いつどこにでもおるようだ。貴様の薬で、どれほどの者 が、どれほどの目におうた事か。貴様のごとき人間がおるゆえ!」 「薬はわしの全てじゃ」 老人は、もはや栄一郎の言葉を聞いておらぬ。とうの昔に、恐怖が理性を喰い 殺していた。 せきを切ったごとくに言葉をほとばしらせ続ける彼は、栄一郎よりもはるかに 以前から、道を踏み外していたのである。 「新薬の試みには、多少の犠牲が当り前ではないか」 多少の犠牲! 「よくぞ言った」 栄一郎は、もはやそれ以上、言葉を口にせぬ。かわりに、さらなる一歩を踏み 出した。それを映した枝沢の眼には、正気が欠けていた。 「わ、わしは、人たる前に、まず医者ぞ!」 正直すぎる叫びが、老人の最後の反撃であった。 反撃を終えた男の、狂うたような笑い声が、高く低く部屋に響く。 名鉄定宗が、鉄色の線を引いて横に走り、命のしぶきが上がった。枝沢座周は、 笑ったまま首を失った。 首はそのまま四歩の距離を飛んで、あんどんに当たる。あんどんが倒れて、灯 が消えた。 栄一郎は、名鉄定宗をひと振りして汚れを散らすと、よろめきつつ部屋を出て 行った。 後には、闇と屍が残った。異様な雰囲気に気づいた人々が飛んで来たのは、栄 一郎が料亭から消えて、数刻も経ってからの事であった。 (八) その日以来、死ぬ事ばかりを考える栄一郎であった。ささやかではあるが人並 の自尊心を持つ彼は、自分が炎狼鬼の「親戚」であるという事実を、手を叩いて 歓迎する事はできなかったのである。 今回の件に関わる一連の人間が全て消え、自分だけが生きているという図は、 悲惨を通り越して、むしろ滑稽ですらあった。 何かに追われるような気持ちが、彼の足を、ふたたび宮津の国へと向かわせて いた。 炎狼鬼と栄一郎。 あの時の決着が、まだついておらぬ。栄一郎は確信している。炎狼鬼は、まだ 死んでおらぬ。 「奴とは、奴とだけは、決着をつけねばならぬ」 宮津の国に近付くにつれ、蒼かった空は石色に、雲はたれこめて厚くなる。苦 い表情を、栄一郎は浮かべた。 「板原村が、拙者を呼ぶ。角井どの、お主の言われた通りになった。まったく皮 肉な事だ」 彼の視線が、雲と山を突き抜けて板原村を狙う。その表情に、もはや迷いはな かった。 「炎狼鬼こそ、今の拙者の相手にふさわしい」 腰に名鉄定宗を光らせた栄一郎は、背をのばし、肩と胸をはり、頭を上げて大 股に歩いていった。 <おわり>
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