空中分解2 #1460の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
−1− 羊小屋へ その街の、その建物には、すでに三匹の迷える仔羊が住んでいた。 二匹は男で、一匹は女だった。 京浜急行上大岡駅から、鎌倉街道をわずか10分も歩けばすむ距 離だと読んだ。僕のために労を惜しまない男は、その建物の前まで 荷物を運んできてくれた。馬鹿ばかしくも、荷物は豊橋から届いた。 仔羊の眠る建物には、番人がいた。何年も前にすでに現役を退い た、特攻隊員とその家族だった。 不思議なことに、仔羊のうちの一匹の女は特攻隊員の孫だった。 一匹の男は、さらに迷える仔羊を育てる教師で、最後の一匹の男 は、今も発育を続ける学生だった。 僕のように立派な、醜いアヒルでない、正真正銘の血統書つきサ ラブレッドは、したがって大いに歓待された。 とりあえず、僕は唯一残されていた羊小屋へおさまった。洪水の あと水が引いたままのようなその小屋には、バルサンの匂いがお似 合いだった。 足の踏み場もおぼつかないほどの荷物を、小屋の四方へ山積みに して空間を作り、僕は用意しておいたバルサンを盛大に焚きつけて から外へ出た。 外観は誰が見ても立派な白い狼には、二本立てのロードショーが 必要だった。あるいはセカンドランでも充分だった。 豊橋の田舎から、荷物をいっぱい運んできただけの従僕を連れて、 相鉄の横浜駅前まで出た。さらに走ると、高速2号線のオレンジ色 のライトがよく見えた。 星も出ていなかった。敢えて言うなら、高速神奈川線のライトや 数少ないネオンが、これから先の僕にとっての夜だった。 見たい映画はすでに別のものと切り替わっていた。しかたなく関 内まで引き返し、細い路地へ迷いこんだ。汗が流れてきた。 喫茶店を見つけて入り口で中を覗きこむと、マスターらしい髭面 が笑って、口だけ動かしているのが見えた。何度も同じ様にパクパ クしているので、もう終わりだと言っているのがわかった。 すると、もう夏だったのだと、あらためて感じ直し、僕等は立ち 竦んだ。 連れて歩くにはおよそ僕とは釣り合いの取れない格好をした従僕 は、僕の顔を恥ずかしげもなくまっすぐ見返して、おもむろに言っ た。 「部屋へ帰って、ビデオでも見ましょうか、先輩」 先輩? 僕はお前の先輩だったか? いったいお前は、何処から やって来たのだ。 「僕はちゃんと、こういうことを予想して、懐かしいビデオを持 ってきたんですよ」 あいつは僕の言葉も待たずに、そう付け足してから、歯もよく磨 いていないような臭い息を吐きながら笑った。 とりあえず、半分は彼の言ったことに同意を示す表情をしてやり、 僕等は再び帰ることにした。 扉を開けると、当然のことながらバルサンが盛大に煙を出してい る最中だった。大急ぎで部屋中の窓を開け、脱いだシャツで煙をあ おぎ出し、僕等は風も吹かない夜中に熱い汗を流した。 再び苦しい思いをして部屋の隅へ荷物を押しやり、裸のまま運ん できた布団を二組敷き詰めることにした。それから、彼はテレビを 枕元に並べて置き、からっぽの頭で説明書を見つめながらコードを 繋ぎ合わせていた。 彼が冷たい汗をこめかみの辺りに流しているのを、僕は黙って眺 めていた。何か重大なことを発見すると、汗の下から血管が浮き出 し、彼は静かに笑っていた。 今日はとても静かな夜だ。耳を澄ますと、窓の外から大岡川の薄 汚れた流れの音がよく聞こえてきた。そちらを見ると大きな蛾が部 屋の明かりに誘われて入ってきた。 蛾は彼の肩に止まって羽を広げて動かなくなった。無造作に手で 払いのけ、彼は僕を見てにやりとした。 「準備完了」 とても大きな声のように感じた。僕の頭の中で、彼の声が反響し、 しばらく耳鳴りがやまなかった。 彼はそれにかまわず、ビデオのスイッチを入れ、テレビのボリウ ムを少しずつ上げていった。ブラウン管の中に、確かに懐かしい映 像が浮かんできた。 「オッパイだ。今、砂川の駅にいるそうだ。お参りしたくて来た って言ってる。来てくれたんだな、あいつ、こんな時に」 駅長が受話器を押さえて喋っていた。じきに、『昨日、悲別で』 というタイトルが映った。そして、『最終回』。 −2− 工藤という仔羊 次の日は、7日目だった。しかし、僕の部屋は何も済んでおらず、 満足して休みの日というわけにはいかなかった。したがって、僕に とっては天と地を創造したにすぎない2日目だった。 うるさく扉をたたく音で目を覚ますと、入り口で番人が僕の名前 を呼んでいた。従僕が荷物を運ぶためだけに利用した車が邪魔だと 言う。時計を見ると、まだ動きだすのにはかなり早い時刻で、番人 の皺だらけの顔と合わせて、僕は頭が痛くなってきた。 従僕を叩き起こして番人に引き渡した。彼はランニング一枚で駆 け出していき、じきに汗の匂いをぷんぷんさせながら戻った。 二匹してしばらく部屋を片付けてから、飯を食いに出かけること にした。結局入ったのはスーツ姿の仔羊がたむろする喫茶店であっ た。 従僕はすぐに涙ぐみ、故郷への異常な執着を訴えて帰ると言い出 したので、僕は喜んで彼を開放してやった。出発する際彼は、僕の 意志を無視してまた遊びにやってくるからと言い残して行った。 僕はそうして、ようやく一匹として羊小屋に存在する理由を考え 始めた。 僕の周囲をうるさく飛び回る羽虫は、仕事を見つけた年にすぐ寮 を出たことに賛成するわけはなかった。しかし僕が敢えてそれに反 抗したのでもなかった。 強いて言えば、居心地の良さが僕に必要であるはずがなかった。 ただそれだけで、僕は数日間悪い夢にうなされてきた。 僕は思い出した。同じ小屋に眠る仔羊達には、僕のこれからの生 活の意味を伝え歩かなければならない。それでその日一日、手土産 を持参して羊小屋の伝道に努めた。 始めに寄ったのは、すぐ隣の学生の小屋だった。一人前に表札を 掲げていた。お前に名前など必要ないという意味をこめて、僕は自 分の名前を胸を張って告げると、彼はそれにまったく頓着せず、む しろ笑顔さえ浮かべて言った。 「工藤です、よろしく」 その声があまりに落ち着いて響いたため、逆に僕は不安になり、 意味もなく自分の名前を繰り返してしまった。 「お勤めなんですか?」 彼は言った。 「ええ。川崎の研究所なんです」 僕はこうして宣戦布告のように言い渡し再び優位に立った。やっ と彼は気がついたらしく、尊敬の眼差しでうなづいた。 「そうですか」 「学生だそうですね」 「はい、日吉の方へね」 「じゃあ、専攻は僕と同じだ」 「一応」 「電気?」 「計算機なんですけど」 「計算機の?」 「ハードもソフトも」 「ソフトは役に立たないね。コンピュータなんて、すでに手段と して使われる時代なんだから。それよりも、もう次のタイプが話題 になってるくらいだから、そっちをやった方がいいのじゃないかな」 「そうですね。渋木さんは?」 「僕はMEだったんだ」 「今でも?」 「いや、どういうわけか光の方へ回されてしまった」 「どっちにしてもいいですよ。金になる仕事だ」 「そうでもないさ。うちの会社は新しいものを見つけるのがヘタ でね。ほとんど他所で完成された技術を今頃やり始めてる」 「へえ、そうなんですか」 困ったことがあったら相談に来なさい、ということに話がまとま り、僕は彼を小屋の中へ閉じ込めてやった。中で彼が喜びにあふれ た笑みをうかべている姿が目に見えるようだ。 階段を上がりながら僕は音楽を聞いた。笛と太鼓の、メロディの ない安らかな音楽だ。そして、今日がこの街の祭りの日であるのを 知った。蝉の鳴き声さえ聞こえなかった。すでに夏は過ぎていこう としていたが、僕はTシャツから出た裸の腕に汗をかいていた。 仔羊達の笑い声が混じった。21段の階段を上がりきって、ひど く疲れていくのを感じていた。一瞬、生暖かい静かな風が全身を舐 めていった。大岡川の今日の匂いはとても僕に似合っていた。 ギターはどのあたりに置いただろう。薄暗い台所の隅に立てかけ たような気がする。それから僕はどうしたんだったろうか。そうだ 確か便所へ入ったはずだ。便所の紙を買ってこなきゃならないと思 ったはずだ。出ようとしたはずみにちょうどダンボール箱を抱えて 入ってきたあいつの頭が扉にぶつかって僕はとても大笑いした。し ばらくあいつは荷物を放り出して頭を抱えていた。これで少しは利 口になるだろうと思いながら僕はずっと笑い続けていた。悪いこと をしたかな。いやそのかわりあいつには飯を奢ってやったしビデオ につき合ってやったじゃないか。あいつはだいいち僕を恨むような タマじゃない。むしろさっきの工藤ってやつの方が遊び慣れている だろうからつき合いづらい。ああいうやつは授業料を送れと親をだ まして女を買ったりするんだ。僕はそんなことは一度もしたことが ない。借金をしながら参考書を買い漁っている方が僕には合ってい た。あいつの部屋には本などないに違いない。それを知られるのが 嫌で僕を部屋に入れなかったに違いない。よし今度はあいつの部屋 に何か理屈をつけて入れてもらってあいつが大事にしまいこんでい るに違いないスネークマンショーのLPを探し出して笑ってやる。 そうすればあいつはきっともっと僕を尊敬して渋木さんはどんなの を聞くんですかなんて言うだろう。その時は僕はどうしよう。YM Oが好きなんだなんて言ったらどこが違うんですかと言われそうな 気がするしピンクフロイドがいいなんて言ってもあいつは知らない だろうしカーペンターズはどうだと言っても古いなんて笑うかもし れない。どう説明してやったらいいだろう。お前にはわからないか もしれないけど僕は伊藤整が聞きそうなベルリオーズ風のやつが好 きなんだ。そうだそれがいい。そう言ってやればあいつは畳に頭を こすりつけてでも僕にその秘密を教えてくれと頼むに違いない。そ うしたら僕はおもむろに自分の部屋からギターを取って帰りケニー ロジャースのバラードかなんかを歌って聞かせてやろう。だからそ の時のためにギターの練習をしておかなきゃいけない。僕のギター はどこに置いたんだったろう。 扉の真上に『田口』と神経質そうな字で書いた表札がくっついて いた。祭りの太鼓の音がやけに大きくなったような気がした。ノッ クをしようとして、ゲンコツを作り扉の前に突き出した時、僕は思 い出した。 (つづく)
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