空中分解2 #1458の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「だからあんたはバカなのよ。」 ロングのウエーブヘアを指で触りながら、木村夕美は言葉通りばかにした 口調で呟いた。その顔には、もういいかげんにうんざりして疲れたような表 情が見えかくれする。彼女は今、都心に近い所にある、少し騒がしい喫茶店 に恋人と来ている。正確には、元恋人と言った方がいいだろう。夕美は、と うの昔に愛想をつかしており、今の今までずるずると付き合ってるだけのこ とである。 夕美の目の前にいる、彼女の立場でいう元恋人は、20代前半の少し童顔 の男だ。名前を飯塚直といい、夕美の高校時代のクラスメイトであった。 今日のような険悪な状態はいつもの事だ。もとの原因は、直のくだらない 夢語りから始まったようだ。 「なんで、そういう言い方しかできないんだ?」 直は、情けないといったような顔をする。 「あんたは立派だわ……実直だわ……それに正直者よ。だけどね、世間はそ んなに甘くないのよ。」 夕美はバカにした口調を止めるどころか、どんどん大げさにしていき、相 手が逆上するのを待ちかまえているようだ。 「……………。」 「普通はね………その年になって、きれいごとばかり言ってる人ってあんま りいないのよ。………まあ、おぼっちゃまに育てられた人に、たまにいるか な、そういうのって………」 夕美は煙草を一服ふかすと、横目で直の顔を見ながら話を続ける。 「あらっ………誤解しないでね。別にあなたの事を言ってるんじゃないのよ ……ただ、今の世の中、ツっぱって生きるには敵が多すぎるし、かといって 誰かさんみたいな生き方じゃ、どこかで生き倒れになるのが目に見えている。 ………私はそれが言いたいだけよ!」 「前向きに生きる、ってのがそんなに恥ずかしい事なのか?俺は、別に美辞 麗句を並べているわけではないんだぞ。本当に相手の事を思ってだな……。」 「………あなたは、確かに優しいわ。だけど、それは自分に対してだって気 がついている?」 「……………。」 夕美は直の一瞬の沈黙を読みとると、ふいに立ち上がり、店を出て行こう とする。 「おい!待てよ。」 あわてて追いかけようとする直を、夕美は激しくにらみつけた。 店を出た夕美は、むしゃくしゃする気分をなんとかしようと、手ごろな発散 場所を探して雑踏を早足で歩いていた。 目の前の通りでは、酔っぱらいが喧嘩をしている。 (あーあ、どうしてこう、世の中バカが多いんだろう。………うーーん、冴子 は田舎帰ってるから車は借りられないし、恭子は彼氏とデートの真っ最中だろ うな………しかし、あんな男のどこがいいんだろう?………まあ、あたしも人 の事は言えなかったっけ……………) 雑踏に揉まれながら、いろいろな事を考えていた夕美の思考が一瞬止まった。 「あっ、すいません。」 夕美がぶつかったのは、彼女より頭一つ程小さい少年であった。 「あんたが謝る事はないのよ!ぶつかったのは私なんだから。悪かったわね。」 夕美の態度は少しおかしい。自分からぶつかったと言っておいて、言葉使い がひどく悪い。むしゃくしゃする気分がそうさせているのだろうが、下手な八 つ当たりの仕方は、他人にはいい迷惑だ。 「………あ…あの……すいませんでした。」 少年はすっかりおびえているような口調だ。 「だから、あんたが謝る必要はないって言ってんでしょ!」 目の前の少年の態度を省みず、どんどん自分のペースで押し進める夕美の姿 はどこか滑稽である。 「………。」 「そうだ!そんなに悪く思うなら私に付き合いなさいよ。」 夕美はにっこりと作り笑いをする。その裏には、むしゃくしゃする気分へのう さ晴らしネタが見つかったことの笑顔であることを、少年はかわいそうにも知る ことはなかった。 「へぇー、あんた高校生なんだ。」 夕美は前に座る少年をじっと見つめながら呟いた。ここは、東京に数多くある チェーン店の居酒屋。少年は、ぶつかったおわびという口実で彼女に無理矢理連 れてこられたようだ。 「いっつも、中学生ぐらいに間違われるんですよね。」 少年は照れながら受け答えるが、その言葉を無視するように夕美がつっこむ。 「小学生かと思った。だって、わたしの背は163センチよ。今の中学生って けっこうでっかいもんね。それがあんたは……」 「………は、はははは………」 少年は力なく笑う。相当気にしていたようだ。だが、夕美はつっこみをやめ ない。なにしろ、夕美の憂さ晴らしの為にこの少年は付き合わされてるのだか ら。 「あんたカルシウム分、ちゃんと取ってる?………そうね、寝る前に牛乳飲む といいわよ。にぼしもいいんだけどね。あれって消化に悪いから………」 そんな事は大きなお世話だと、心の中では呟きながらも、実際には声に出せ ない気弱な少年であった。 「あんた、名前は?」 おもむろに夕美は聞く。 「えっ?」 「わたしは益田夕美。夕焼けに夕に、美しいよ………きれいでしょ。あんたは?」 「成瀬………です。」 「成瀬……なんていうの?名前の方は?」 「………と…み………です。」 少年は口ご盛りながら呟く。 「えっ?なんだって。」 「………ひ…と……みです。……」 「はっきりいいなさい。」 「だから!俺は成瀬仁実です。な・る・せ・ひ・と・みです!」 少年は真っ赤になって大声をだす。 「あらー、ひとみちゃんなんだ。かわいいじゃん!」 夕美は口に手をあてて吹き出すのを必死で抑えている。 「俺は!」 バンっとテーブルを叩いて立ち上がるが、周りの様子が気になりすごすごと、 席に座る。 「ずっと気にしてるんですからね。背の事も!名前の事も!」 「あっそう。それがどうしたの。」 夕美は、少年の態度に驚いた風でもなく、そのままの口調で話しかける。 「だから……その……」 「知ってる?あたしって今、すごく不機嫌なんだよ。顔は笑ってるけどね。」 焼酎のお湯割りをぐっと一気飲みした後、夕美は再び作り笑いする。 「その飯塚さんって人の事でですか?」 仁実は、女神の怒りに触れないようにとおそるおそる口を開いた。 「あたしは、そんなに心の狭い人間じゃないよ。あいつの事だけで不機嫌には ならないよ。あいつの事だけ、ではね!」 少年は「ああそうですか。」としか言いようがなかった。自分でも墓穴を掘っ たなと反省している。 夕美は、酒を飲んでも酔うわけでもなく、飲めば飲むほど、意識がはっきり してきて言葉も口調もだんだん鋭くなってくるようだ。 「あんたはもし、自分が言った事が他人に理解されずに、正当な事を言ったつ もりがイヤミや悪口に取られたらどうする?」 「それは……自分の正当性を証明するために反論するでしょうね。」 「じゃあ、もし立場が逆だったら?…他人の言った言葉がどう考えてもイヤミ や悪口に聞こえるの。そういう場合は?」 「……んっと……でもそういう場合は、たいてい疑心暗鬼にかられていたりす るから、もう一度言われた事を検討してみます。」 「それでも、悪口に思えたら?」 仁美は、夕美の問いに待ってましたとばかりに自信を持って答える。 「反論します。」 そんな仁美を横目で冷ややかに見ながら(横目で見るのは席がカウンターで あるからであるが、冷ややかに見ているのは夕美自身の意志である)お湯割り を飲み干すと店員におかわりを要求する。その後で、彼女はいささか薄笑いを 浮かべる。 「なるほど正論家ね。いまどきの子どもにしては珍しいわ。」 仁美は、その笑いに気づいたのか、少々不服そうな顔をする。 「正論を言って何が悪いんですか?」 その返事で、夕美の薄笑いが笑顔になる。 「あらら、やっと男の子らしくなってきたじゃない。」 「からかうのはやめてください!」 「そうね。からかうのはやめにしましょう。…じゃあ、さっきの続きね。」 夕美は頬に手を当てて仁美のほうに完全に向く。 「『正論』って言葉の意味を知ってる?」 「…えっ……えーと……正しい議論って意味でしたっけ…」 「そうよ。だけど、つけ加えるなら、実際には採用されたり、行われたりしない ものでもあるのよ。だいたい、正しい議論なんて矛盾しているでしょ。議論なん て対立するものがなければ成り立たないし、かといってどちらも正しくても議論 は成り立たない。」 仁美は何も言えないで黙っている。言い返す言葉が見つからないのだ。 「だからね。正論家の別名を偽善者というのよ。」 「そ、それは……」 仁美の遮ってに話を続ける夕美。完全に話の主導権を握られている彼は、首筋 を掴まれた猫のようである。 「でも、正しいという事に自己陶酔しているのなら、まだかわいいほうよ。中に は正しいふりをして、平気で悪どい事をやっている人もいるからね。」 「夕美さん。……それって偏見持ちすぎですよ。もちろん正論家の中に偽善者が いないわけではないですけど……」 「いい?人間には二種類あるのよ。」 「夕美さん、それってどっかで聞いた事がある。」 「うるさい!!……いい?よく聞きなさい!偽善者か、自分に素直な人間のどち らかなのよ。」 「自分に素直な人間って…それじゃわがままな人間と良い子ぶりっこしかいなく なっちゃうじゃないですか?人間ってそんなに悪者なんですか?」 夕美の眉が微かに動く。 「あんたは今、自分に素直ということをわがままな奴と解釈したわね?」 「それがどうしました?」 「他の解釈は考えなかったの?自分に素直になるという事が、どうして悪いこと なの?」 「えっ……それは………」 「あなたは心のどこかで、素直な自分の心に嫌悪感を抱いているんだわ。それは、 素直に感じた事が、きれいごとではなく醜い事実だと認めている証拠なのよ。だ から、きみは偽善者を気取る。……違う?!違うなら何か言いなさい!きみには、 あたしの意見を認めなければならない義務はないはずよ。」 「………」 少年は何も言えない。実際に、夕美の言葉は彼にとっては身に覚えのあること なのだから。しかし、心の奥にある、それを否定しようとする領域を必死で探し ていた。 「どう?…わかったでしょ?人間なんてこんなもんよ。」 「……違うよ……夕美さん。違うよ。確かに本能的に汚い事を感じたり思ったり してしまうけど…それって人間の本心じゃないよ。」 「うふふふ。見直したわ、どうやらきみは筋がね入りの偽善者ね。でも、勘違い しないでね。あたしは、きみを買ったりはしないし、その意見にも完全には納得 できない。」 「俺は、自分をごまかしている偽善者でもない。きれいごとでない感情が素直な 心にあるとしたって…それならなぜ、罪悪感を感じるんです?もし、人間の本性 が悪者なら、なぜ、罪悪感がうまれるんですか?これこそ矛盾しているよ!」 「…………」 少年の強情さを、夕美はわざと受けとめて様子を見る。 「なんで人間はきれいごとを求めるんですか?それは、人間の本性がまるっきり 悪じゃないからではないんですか?!夕美さんは良心を否定できますか?良心が あるからこそ人間は反省することを覚え、そして秩序を守ろうとする…そうじゃ ないんですかね。」 ふいに目を閉じ頭の中を整理するようなそぶりの後、ゆっくり目を開き意見を 語る。 「きみは、良心があるから人は反省するのだと言ったわね。でも、それは違う。 人間は反省することで他よりも進歩しようとするだけで、良心そのものが関与し ているわけじゃないわ。だいたい、良心なんていうのは人間の人格形成過程で生 まれた疑似人格なんだから、単に反省する心に寄生しているだけの話よ。本来、 反省する心の方が本能に近いんだから。」 「じゃあ、良心が存在しない人間がいるっていうんですか?」 (その2)へ
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