空中分解2 #1452の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
これは中日ドラゴンズの落合選手の本の題名であるが、なかなか の名言だと思うわけだわさ。わたしゃ、こういう生き方に憧れるね。 しかし、憧れるというのは、自分の生き方はこうではなかったとい うことを意味する。事実ちっともオレ流じゃなかった。 生まれてから自信をもって何かをやった、決断したということが ほとんどなかった。いつも周りの様子をうかがい、周りのひとの顔 色をうかがいながらおずおずと決断してきた。いや、決断というよ り周りの流れにしたがって流されてきたというほうが、より真相に 近いだろう。 なぜかくも自信をもてないのか。実はなぜ、と考えたこともなか ったわけなのだが、最近精神分析の本を読んで、ようやく分かって きたような気がする。簡単にいえば、父の不在ということだな。 精神分析では、幼児期をもっとも重視する。幼児期にすべてのこ とが決まるというふうに考えている。当然父母の影響は大である。 私の場合、父を早く亡くしているから、母の影響がほとんどといこ とになるだろう。事実影響も受け、反発もした。母の母の側面だけ でなく女としての側面も嫌というほど知らされた。 20代に家を飛び出し、外国を放浪していたのはそのせいも大き いと思う。ただ、私の自信がもてないことと母とは直接はつながら ないような気がする。私や弟を食わすために懸命に仕事をしている 母の姿が感謝の念ととも脳裏にやきついている。そのために放任と いうよりほったらかしという感じの教育であったが、これもとくに 関係ないような感じだ。 父がいなかったことが大きいのではないか、というのは精神分析 の本を読んでようやく気がついたことだった。 つまり、従うにしろ、反発して反面教師にするにしろ、父がいな いと自分のなかの男の部分が成長しにくい。 男として成長していない。これが私が自信のもてない理由の大き な部分だったのだ。自信がもてないから、何かを確信をもって主張 するということができない。私は口答えひとつせず、何も言わない 子供だった。そして、年長のひとや地位や位置が上のひとには卑屈 なほど従順な人間だったのだ。 ひとは言うべきことはハッキリ言い、主張するべきときはハッキ リ主張するべきなのだ。それをモゴモゴ口ごもるだけで何も言わな いのは、単に卑怯卑劣なだけなのだ。臆病なだけなのだ。 私は、自分を攻撃してきた人間にさえ、何も言わない、いや言え ないような男だった。気がやさしいのだ、と自分では思っていたの だが、なに、臆病なだけだったのだ。 しかし、それもこれも元をただせば、自信がもてないことに由来 している。なぜ、ということは精神分析の本を読んで分かった。で は、どうしたかということはこれから話す。といっても、これは精 神分析の本を読む前の話だが。 結論から言うと、10年におよぶ放浪が、よき治療になってくれ たらしい。10年のうちなかば以上は東京近辺で資金稼ぎのために 働いていた。新聞の求人欄やアルバイト情報誌などで仕事を見つけ、 身ひとつで飛び込んで働いた。いささかボーとしていた私にしては 懸命な努力である。そのひとつひとつが、いわばアドベンチャーみ たいなものである。生きるために必死であがいているうちに、私は 心身とも鍛えられていったらしい。 いっぽう海外放浪のほうは、これはもうもろアドベンチャーであ る。金がないための単なる貧乏旅行をアドベンチャーとは大げさだ というかもしれない。大勢のひとがそういう貧乏旅行をしているで はないか、というかもしれない。しかし、私個人のこころのなかで はまぎれもなくアドベンチャーだったのだ。 従順で卑屈で自己主張ひとつできない気弱な私が、何から何まで 自分ひとりでやらねばならない貧乏旅行にでたのである。 見知らぬ国の、見知らぬ都市で、見知らぬひとびとに混じって、 ひとりですべてをやっていかねばならないのである。誰もたよりに はならない。自分ひとりですべて解決しなければならない。旅を続 けるために、生きていくために。 こういうことが毎日毎日、毎度毎度続くのである。これで鍛えら れなかったらどうかしている。 外国を放浪して、何を一番学んだかといえば、いろいろな考え方 がある、ということだろう。国が違えば考え方が違う。日本では当 たり前と思われていることが、インドではまるでちがうことがある ということが実感として分かってくる。 日本とまるで違う国で日本の考え方を持ち込んでも通じない。誤 解されるだけでなく、反感さえかうのだ。国が違えば当然風俗、地 形、人種、言葉が違うわけだが、もっとも違うのは考え方なのだ。 その違う中で旅していくにはどうするか。これが金持ちの大名旅 行なら、金の力でこちらの考えを押し通していける。でも貧乏旅行 ではそうはいかない。あちらの考え方のほうが力が強いのである。 しかし、あちらの考えに従うだけでは自分というものがなくなって しまう。無国籍のぼうふらのような人間になってしまう。 結局、ひとはひと、私は私、ということにならざるえない。いわ ば個人主義である。私も毎日毎日鍛えられたおかげで、ひとはひと、 自分は自分という態度がだいぶ身に付いたと思う。 旅を通じて私は私を鍛えていったものらしい。 そのおかげか、こんにちでは、私のこころも相当強化されたよう である。もはや、理由の分からない自信不足ということはなくなっ ている。といっても自信満々というわけではないが。 言うべきことは言い、主張するべきときには主張することができ るようになった。攻撃してくるものがあれば、断固として撃退し、 当分忘れられないような激烈な言葉を言うこともできるようになっ た。 落合選手のこの言葉は、かっては憧れとして口にし、今は、かな り身についた言葉として言うことができる。 「なんと言われようとオレ流さ」
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