空中分解2 #1430の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それは無理からぬことだった。カラコロムへ向かう道すがら、僕は絡んできたカマキリとランバダを踊ることになったのだ。僕は高山病で頭骸骨が圧縮されるような感覚に悩まされていた。妙な枯渇感もあった。そんな時には、人というのは何が起こっても受け入れてしまうのものなのさ。今なら、僕はダイヤモンド証券の売買契約書にだって判を押してしまうことだろう。やり手おばさんはそれを受け取ってニヤリと笑うんだ。 「さあ、ネイルフラン君、ランバダを踊ろうよ」 と、カマキリは僕に云った。なぜ、カマキリが僕の名前を知っているのかなんて、僕にはどうでもよかった。肺いっぱいに空気が吸いたかった。 「ああ、それもいいかもしれないなぁ」 「そうさ、ダンスはランバダに限るよ」 と、カマキリは云った。 「そうかなあ、僕はランバダはいいと思うけどな」 僕は答えた。耳もおかしくなってて、中で、海鳴りのような音がしている。 「だからそう言ってるじゃないか」 カマキリは大きな鎌を振り上げて云った。 「そうだね。まったくだよ」 僕は、眼底神経かクライン器官もいかれているらしくって、眼もおかしくなっている。物の大きさがよく分からないんだ。さっき擦れ違った黒塗りの大型ダンプカーは、振り返ってみると蟻だった。杖にしようと手を伸ばした木切れは、僕が両腕を回しても抱えられない大木だった。 「じゃあ、いくわよ」 「ああ、いいとも」 してみると、このカマキリは雌なのか。やっぱり僕はもてるんだなあ。虫にだってもててしまうんだ。 カマキリは三対ある脚の中の、真ん中の一対を僕の腰に絡めてランバダを踊り始めた。巨大な鎌は僕の頭の後に回され僕の視界から消えている。それで僕は安心した。してみると、僕はギラギラ光る鎌が恐かったんだなぁ。学校の担任だった井坂先生と、どっちが恐いかなあと思う。 「どう、気持ちいい」 そう言って雌カマキリは、僕に艶かしく腰を押しつけてきた。 「うん、どうかなあ、よく分からないなあ」 「まあ、しらばっくれて、もう」 カマキリはしなを作った。 「うーん、そうかなあ」 「まったく、恥ずかしがったりして、可愛いわ」 「はは、そうかなぁ、ところで、音楽は?」 「なんだって」 そう言うカマキリのバレーボールくらいもある目玉には、乾いた砂漠が映っている。 「音楽さ、ランバダの音楽がなくっちゃ踊れないよ」 「何言ってるんだい、鳴っているさ。ほら、聞こえるだろうが」 「そうかなあ」 僕は耳を澄ましてみる。僕は真っすぐ立っているはずなんだが、どうも左に傾いている気がする。 「どうだい、聞こえるだろうが」 僕は腰に回されたカマキリの脚の固い節が肌に当たってて痛いんだ。 「そうだなあ、そう言えば聞こえるような気がするな」 実際に僕の耳にはバンドネオンの物悲しい響きが聞こえてきた。 「そうだろう、そうだろう」 カマキリは腰をくねらせて艶かしく踊り始めた。 「はは、ランバダだね」 僕も、乾いた大気に満ちたランバダのメロディーにあわせて踊り始めた。ランバダは初めてだけど、だいじょうぶ。踊れるさ。少しくらい変でもいいさ。見てる人なんかいないからね。 「とっても上手よ」 カマキリの尖った口の両脇に生えた触手のようなものが、細かく震えている。カマキリは僕に体重をあずけて仰け反った。その拍子に、顎のほうまで割れ込んだ鋏のような口が見えた。カマキリは肉食なんだっけなぁ。 「そうかなあ、褒めてもらうとうれしいよ」 僕は誰に褒められてもうれしいんだ。それがカマキリだって関係ない。 「そうよ、いいわあ」 僕はカラコロムの峰峰を想いながら、リズムに合わせて踊っている。 「ああ、そうよ、もっと腰を使ってぇ」 カマキリはそう言って、大きく長い腹部の上部を僕の下腹部に押しつけてきた。適度な力で擦りつけてくる。カマキリの腹は表面こそパサパサしていたが、軟らかくて気持ちがよかった。 「どう、感じるぅ」 「ああ、気持ちいいよ」 僕も強く腰を使っている。僕の手はカマキリの腰に回している。カマキリの腰はとても細く、かなり高い位置についている。僕の胸の辺りにある。僕の手はカマキリの羽と腰の間に差し込まれている。だけど、小さなカマキリを指に摘んでいるようにも感じる。僕の指先には、小さな壊れやすいものを潰してしまわないように、そっとつかんでいるような感触がある。おそらく、これも僕のパンパンに膨らんだような頭が生み出すインチキなんだろう。 「いいわ、そうよ、そうよ」 カマキリはそう言ってオーバーに頭を振っている。だけど、カマキリには表情がないから、本当のところは分からない。「悲しい」といって同じように頭を振れば、それで悲しいことになりそうだ。そんな事はどうでもいい事だな。大事なことはカラコロムへ行くという事だけだ。だけど、どうして僕がそこへ行かなければならないのか、思い出すことができないんだ。きっと、カラコロムに辿り着けたら、何もかも思い出すんだろうと思う。 「いいのかい、それはよかった」 僕はサンタクロースじゃないんだ。 「ええ、もっと、激しく、もっと、強く」 そうだねえ。僕は頭がボーとしている。ぼんやりとしてるけど気持ちがいい。激しいカマキリの動きに、僕はうまく合わせて踊っている。これはランバダなのかな。タンゴでも、サルサでも、サンバでもないのかな。どこが違うのかな。 「いいわ、じょうずよ」 「そうかい、それはよかった」 気が付くと僕は全裸で踊っていた。いつのまにか僕の服は切り刻まれて足元に散らばっていた。僕は踊りながら考えた。そうか、鋏だな。カマキリは僕の背中で鋏を使っていたんだ。カマキリは僕の見えないところで冷静に作業を進めていたんだ。手がたくさんあるって便利だ。あんなに夢中で踊っているように見えたのにな。まあ、これも僕のいかれた頭の作り出す幻覚かもしれないけど。 「いいわ、いいわ」 「いいかな」 「いいわ、いいわ」 「いいな」 僕は確かにとても気持ちが良くなっていた。僕の剥出しの性器が怒張しているようだ。カマキリはそこに軟らかい腹部を擦りつけている。上下にゆっくりと擦りつけている。大気に満ちたランバダのリズムは、僕の頭蓋骨中に反響している。 「いくわよ」 「え、カラコロムにかい」 「そうよ」 「ちょうどよかった。それじゃ、君はカラコロムへの道を知っているんだね」 スベスベだと思っていたカマキリの腹部は、中ほどに小さな裂目があった。カマキリは腰を縦に艶かしく揺すって、僕の性器を摩擦している。僕はいつ入ったのか気が付かなかった。いつのまにか、僕の性器はその裂目にヌプリと入っていた。カマキリの内部は軟らかくて弾力があった。僕の性器はその肉襞に優しく包まれ、なおも摩擦されていく。とても気持ちがいい。 「いいよ」 「そうかい、そうかい、あたしもいいよ」 本当だろうか。それは本当だろうか。だけどいいさ。本当は、本当のことなんかどうでもいいんだ。 「いきそうだ」 「いいよ」 「いきそうだ」 「いく時は言っておくれ。いく時は一緒だよ」 この快感はあまりにもぼんやりしている。へちま水をとってくれないのかい。 「いくよ」 「いいよ、準備オッケーよ」 「いくよ」 「いいよ」 君のあだ名はアラレちゃん。僕はカーネル・サンダース。 「いく」 「オッケー」 その瞬間、宇宙が弾けた。地球中の生きものの叫び。ドックン。エアーズロックの麓。虹色の風。ドックン。大平政芳が省エネルックを披露している。なま肉は体にいいとです。ドックン。由美子さん。ドックン。紺碧の空に浮かび上がるカラコラムの峰峰。 その瞬間、カマキリの振りかざしていた鋏が閃いた。それはこの巨大な鋏には何でもない仕事だった。そして、僕の首はチョッキンと切断された。僕にはそれさえも快楽のように思われた。 「いいよ。いいよ」 と、カマキリが言った。これはもう独り言になっていた。カマキリはムシャムシャと僕を食べていく。たいへんな食欲だ。お腹が空いていたんだなあ。 僕は無限に拡散していった。やがて、僕は、薄められ、大気に溶け込み、消えていくんだろう。僕は理解した。カマキリは交尾後、卵を産むために、雄を食べる習性があったんだったっけ。すると、人間の僕でも役に立ったんだな。よかった。カラコロムにはとうとう辿り着けなかった。だけど、いいさ。本当は僕は知っていたんだ。僕が考えているようなカラコロムなんて、どこにもないんだ。おそらく、それは誰かの退屈しのぎのための山々なんだろう。早いな、もう僕はこんなに拡散してしまった。僕はいい子が生まれてくるようにと願いながら、うららかな春の午後の空に消えていった。 終 ,, [A..
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