空中分解2 #1386の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2150.SYSTEM -RYUJYU-. VERSION 5.06 私は竜樹−りゅうじゅ−。著述支援シ ステムである。私は、私のユーザーの記 憶をすべて記録している。私はユーザー の求めに応じて記録素子から必要なセン テンスを拾い出し、適当と思われる配列 で画面に出力する。 私は竜樹、著述支援システム。 R>TOSA R>SHIFT+ROLL UP 時は、中世。北のそのまたさらに北に天然の良港を持つ国−十三湊(とさみなと) −があった。湊には常に大型の帆船が停泊し、町は江戸のように活気に溢れてい た。あの2度にわたる大津波が来るまでは・・・。 そして、現在から少し前。 当時の様子を語る者もいない。そんななかで言われていた言い伝えがある。 「あすこでは、米がとれねのにみんな米を食べている・・・」 そんな声は主に近隣諸国から聴こえてくるのであった。 確かに、江戸の町を見れば分かるように水田は皆無に等しい。まぁ、江戸を離 れれば水田は存在しますが・・・。 十三湊も町自体では水田を持たなかった。米は主に船で運ばれてくるのであっ た。それも、津波がこの地を訪れるまでの話であるが・・・。 一度目の津波で町の機能が殆どやられてしまった。しかし、人々は必死で町の 復旧を試みそして、成功した。 人々が悪夢を忘れ去った頃に、津波はやってきた。二度目の津波である。この 津波で運ばれてきた大量の土砂によって十三湊の水深が浅くなり、大型船が十三 湊に入港することは二度とできなくなるのである。 わずかな人数を除いて、人々は南へと十三湊を離れていくことを余儀なくされ るのであった。残った人々は、かつての栄華を胸に秘めるのみであった。 あの悪夢から幾年かすぎ、さびれながらも集落を形造っていた。かつて湊だっ た場所は砂の山と変わっていた。見渡す限りの砂山である。 湖も当時の1/4程にせばまり、津波により運ばれた土砂の量がいかに多かっ たのかおし測ることができよう。 湖は、淡水と海水が適度に混ざり合い浅くなった湖底には、いつの頃からかシ ジミの生息が確認された。 「黒いダイヤ」と、いわれたシジミは全国へと。シジミは米と交換された。こ の当時のシジミにはそれだけの価値が備わっていたのである。 これが、水田は無いのに住民が米を食べていた実態である。近隣諸国が不思議 に思ったわけである。 **津軽民謡********************** * 「 十 三 の 砂 山 」 * * * * 十三の砂山なぁ あ やれ * * * * 米ならぁ よかろなぁ * * * * 西の弁財衆にゃあ あえ * * * * ただつましょ ただつましょ * ******************************** 人々は唄を作って昔を懐かしむのである。いつしかその唄は「十三の砂山」と 呼ばれ、唄い継がれている。 2150.SYSTEM -RYUJYU-. VERSION 5.06 以上が今回ユーザーから指定されたキ ーワードを素に私が検索・著述した文章 である。 次回のユーザーの指定を待っています。 私は竜樹−りゅうじゅ−。著述支援シ ステムである。 R>TOSA -R R>SYSTEM.END
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