空中分解2 #1278の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「おい、ちょっとこっちにこい」 夢の中で、鷹司は黒い影に腕をひっぱられ、暗い穴の中へと連れこまれた。鷹司 は必死に抵抗し、ようやく意識だけは穴の中からのがれることができた。 冷えこみの厳しい朝。 鷹司はいつものように、ベッドの中で目をさました。 カーテンの合間から朝の光が射しこみ、いくらか退色した壁紙に踊っている。身 体中が冷汗で濡れている。いやな夢を見たものだ。 鷹司は、昨夜見た夢を回想しながら、しばらく明るい壁を見つめていたが、や がて様子がおかしいことに気づく。見るものが少しぼやけている。焦点が定まら ないのだ。二重に見える感じ。鷹司はベッドから出て洗面台に歩く。鏡をのぞき こむ。鏡の中の景色は、やけにはっきりと映っている。 視線を自分の部屋に移すと、とたんにぼんやりとする。カメラの焦点がずれて いるときの、苛立たしさに似ている。そのとき声がした。 「どうだ、俺様の勝ちだ」 鷹司は部屋中を見回すが、声の主はいない。 「誰だ!」 「俺はおまえだ…」と声が答える。 鷹司は、声が鏡の中から聞こえてくるのに気づく。 「まさか…」 「まさかじゃない。俺はおまえで、おまえは俺だ。今までは、俺がおまえの鏡像 だったが、きょうからは違う。おまえが俺の鏡像なのだ」 鷹司はわけがわからずに黙った。いったい何が起こったというのだ。昨夜は確か に一杯ひっかけたが、二日酔いをするほどの量ではない。 頬を叩こうとしたが、手が動かない。考えたとおり身体が動かないから、顔は おろか、すべての物に触れることができないのだ。自分の姿、鏡、水道や化粧品 は見えるのに、それにさわることができないのだ。どうやら事態が中途半端では ないことに、鷹司は気づいた。 「大変なことになった…」 「どうした、やっと気づいたか。いままでの俺の苦悩がわかるだろう。俺はいま までずっと、おまえの影の存在だった。手を動かしたいか? ほら」 鷹司の手は、無理矢理に動いた。鏡の向こうの自分にあわせて…。 「なんということだ…」鷹司がため息をついたとき、 「すまんな…」再び声がした。今度は頭の上のほうから響いた。 「ちょっとした手違いでな、この世とあの世のあいだにワームホールができてし まった。そのワームホールを伝って、あの世のおまえが、この世のおまえを、 あの世に連れて行ってしまったのだ。この世の守護神であるおまえが、あの世 に連れて行かれたために、この世は実体のない世界に変わろうとしておるのじゃ」 「おい、ちょっと待ってくれ。あの世とか、この世とか、俺にはわけがわからな い。それに、連れて行かれた俺が、どうしてここにいるんだ?」 「万物にはすべて陰と陽がある。そのように我々、つまり神が造ったのじゃ。陰 と陽、すなわちプラスとマイナス、天国と地獄、天使と悪魔、本命と穴馬、与 党と野党、PCバンとニフティ…とまあ、あらゆるものには表と裏がある。最 後のほうの例えはてきとうじゃが。そして、神は、この世には実体を与え、あ の世には虚構を与えた。それが、あの世のおまえのおかげで、実体を裏の世界 に持って行かれた。これはゆゆしき事態じゃ」 「だから、どうしたと言うんだ」 「まあ、そう怒らずに聞くがよい。つまり、あの世は、表に出てはならぬ世界な のじゃ。その掟が、あの世のおまえ、つまり、裏おまえのために、崩れさろう としている。これはなんとしてでも阻止せねばならない。表のおまえに、それ を頼みたいのじゃ。今のおまえは実体のない裏おまえになりかかっているのだ ぞ。どうじゃ、くやしくはないか?」 「そう言われれば、くやしいような、くやしくないような…」 「あの世は悪魔の世界なのじゃ。悪魔世界に実体を取られるとなると、宇宙創成 以来の不祥事」 「それは俺の責任じゃあないよ」 「わかっておる。しかし、悪魔世界が虚構だからこそ、この世は丸くおさまって いるのじゃ。ときどき悪魔の邪魔が入るが、それは愛敬。しかしこれからは違 う。天使が悪魔の邪魔をしなければならなくなる。こんな不合理なことがある か?」 「そんなことは、俺の知ったことじゃない」 「な、な、なんと恐れを知らぬ言動。よいか、おまえは天使世界、つまりこの世 を安定に保つ任務を背負って生まれてきたのじゃ。いわば、原子力発電所の制 御棒、テレビのNHK、プロ野球の阪神タイガースのような存在なのだ。おま えがいるから、すべてがごく当たり前のように振る舞える。それを忘れちゃい かん」 「忘れるもなにも、そんなことは最初から聞いていないぜ」 「確かに、そのことをおまえに知らせてはいない。しかし、事実そうなのじゃ。 おまえの背中にある二対のアザがいい証拠。それは天使の羽がはえるべき箇所 を示す印」 「ど、どうしてアザのことを」 「わしは天上界に君臨する者。それくらい知っておる、と言うより、わしが仕組 んだことなのじゃ。人間世界にも、わしのしもべが必要。おまえはこの世を安 定させるために生を受けた。普段はそのことを意識する必要はないが、いざと いうときは働いてもらわなければならぬ。そして、今がその時なのじゃ」 「うーむ。わけがわからないが、どうやら俺は天使らしい」 というわけで、鷹司は天上界の神の命令で、悪魔世界の自分と対決することに なった。 その夜、鷹司が眠りについたとき、神の声で起こされた。見ると、部屋の中央 にワームホールの入り口が、ごうごうと渦を巻いて猛り狂っている。昨夜、鷹司 の身体が吸い込まれた場所だ。 「そこに身を投ずるがよい」 神の心強い(?)言葉に従って、えいやっとばかりに渦巻に飛び込む。大型洗 濯機の中に放りこまれたように、身体がぐるぐるとほんろうされ、鷹司は気を 失った。 「俺と勝負しようとは、いい度胸だ。どっちが実体世界の主にふさわしいのか、 思い知らせてやるぜ」 気がついたとき、もうひとりの自分が、鷹司をのぞきこんでいた。 「やや、さてはおまえが悪魔のしもべ…」 「そうとも。俺の頭を見ろ。ふたつの傷があるだろう。これは悪魔の角がはえる 箇所。おまえの背中のアザも見せてもらったぜ。相手にとって不満はない。い ざ勝負だ」 筆者注…ここで、勝負について解説をしておく必要があろう。天使世界か悪魔世 界、いずれが実体世界になるべきかを決定する重要な闘いであることに かんがみ、勝負は一般常識からはじまり専門分野に至るまでの、 合計一○八部門に区分された。ここでは、紙面の都合により、そのうち 「なぞなぞ」部門に焦点を絞って報告することにする。 悪魔は問う。 「それは、悪魔にあって、天使にない。牛にあって、豚にない。女房にあって、 亭主にない。それとは何だ?」 しばらくして、鷹司は答える。 「それは『つの』であろう。そんな簡単な問題など、へでもないわ」 鷹司の高笑いに、裏鷹司は男泣きだ。今度は鷹司が問う。 「ではゆくぞ。ラーメンはあって、うどんはない。チャーハンはあって、ピラフ はない。野菜炒めはあって、野菜サラダはない。それは?」 裏鷹司は頭をひねって考えるが、答は出てこない。 「くやしいが、降参だ」 「ははは。それは駅前の龍々軒のメニューではないか。いつも行っているのに気 づかぬとは情けない」 「ううー。ぐやじい。俺は影の存在だったのだから、しかたないではないか…」 このようにして、一進一退の熾烈な様相を呈しながらも、勝負は、天使世界に 有利に展開していった……。 いまこのようにして、我々が本を読み、パソコン通信をしていられるのも、 すべては『鷹司』君のおかげだということを、ほとんど誰も知らない。いや、 知らなくて当然とも言える。これは、あくまでも天使世界と悪魔世界のあいだ に、突如として発生したワームホールがもたらした闘いだったのだ。 いま現在、もちろん天使世界が実体世界である。したがって、我々は天使の 名に恥じることのないよう、日ごろの生活に気をつけなければならない。そう しないと、いつなんどき、悪魔世界が逆襲してくるかもしれない。そのとき、 我々は、悪魔に成り変わった自分がたたずむ、その足元の道路に、細長く横た わった「影」としての生活を送らなければならなくなるのだ。 いま、鷹司君はどこかで笑っている。足元の影を見おろしながら。 (了)
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