空中分解2 #1222の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それは、児童文学とでも言うべき類のものでした。ちょっと長いので要約を掲 げるだけにしておきましょう。 * 仙台市のある小学校に、秋沢という名前の四国出身の独身の先生がいました。 秋沢先生は、ある日、受持ちのクラスの子どもたちにある提案をしました。 「宮沢賢治という人は、『鹿(しし)踊りのはじまり』という作品の中で次の ように言っているよね。 わたくしがつかれてそこに眠りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだ ん人のことばに聞こえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行わ れていた鹿踊りのほんとうの精神を語りました。 」 秋沢先生によれば、どうやら風には人間の声を伝える働きがあるらしい。そ れも、音を運ぶというだけではなく、もっと別のはたらきがある、いやそうに 違いない、というのです。 秋沢先生は、ほかにも宮沢賢治の作品を二つ三つあげて、そのことが疑いの ないことを説明しました。 子どもたちは、おしまいには一人残らず、まるでそれがあたり前のことのよ うに思われたのでした。 そして、最後に秋沢先生は、風を使って通信のできる装置をみんなで作って みよう、と言い出したのです。 子どもたちは大喜びです。 「ノ−ベル賞もらえっかや」「俺えの家までとどぐべか」 さて、そこで秋沢先生は、子どもたちに、風はいったい何から出来ているか 、まずそれを考えてみるように言いました。いっぺんに教室は静かになってし まいました。 しばらくして、 「なんだべか」「おら、見だごとねえべっちゃ」 子どもたちはひそひそやりだしました。 「よおし、田んぼさ行ってみっぺ」 秋沢先生は、子どもたちを田んぼに連れ出しました。 それから何日かあとのことです。いろんな意見が出ましたが、風とは「水み たいなもの」ということに落ち着きました。 そうなれば、あとは簡単です。水車のようなものを作ればいいだけです。 まず、大きな車のようなものに羽根をつけ、それに人間の声の波長に似せて 長さを決めたすずらんテ−プを何百本もつけるのです。長さは、T=1/fで かんたんに求められます。 こうして、稲刈りも終わったある日のこと、秋沢先生の学校では、風を使っ た通信の実験が始まろうとしていました。 気象台からは、北北西の風、風速5メ−トルとの報告がありました。 【いよいよ、実験開始の午前十一時。秋沢先生のクラスの子どもが、記念すべ き第一声の伝文を持って【送信器】の前に立った。 いまや、風は北から南へまっすぐに吹いていた。 おわり 】 * 「う−ん」 わたしが顔をあげると、彼はなんだかそわそわした様子で天井を見上げたり、 窓の方に目をやったりしているのです。 「なんと言ったらいいのか、その、」 わたしは、そこでことばを切ってしまいました。本当になんと言ったらいいの か分からなかったのです。 わたしは、水車と荷造り用のすずらんテ−プを思い浮かべてみましたが、どう してもその二つがひとつのものになりませんでした。 5 「その作者が、風は水みたいなものだ、と見抜いたのはなかなかです。水の正体 も粒子なのですから。でも、水車をつくってしまったのはまずかった」 かれは、しまいには大きくため息をつきました。それは、わたしの反応に対し てなのか、それとも作者のみちやすをという人に対してのものだったのか、それ は分かりませんでした。 「風波通信器と同じものが、だいぶ前に考え出されていた、ということですか」 怒鳴られるのを覚悟で、もしかしたら秘密とはそのことを指すのかと、尋ねて みました。 「いえ、それは違います。たしかにヒントにはなっていますが、彼の場合、粒子 という考えが全く認められません。むしろ、電波と同じ発想から風の波長という ところに注目しているのです」 彼は、怒りもしなければ、その口ぶりには少しも威張ったところがありません でした。 「仕方がない。とっておきの秘密を話してあげましょう。いいですか、ぼくの場 合は、風の粒子一つ一つに文字を書き込んでしまうのです」 「書くと言うと、」 わたしは、ほかにことばが見つかりませんでした。 「はっはっは、ですから、粒子一つに一文字書きつけるのです。<あ>とか<い >とかいった具合いです。これ以上たしかなことはないでしょう」 彼は、笑いながらいいました。 それではまるでファンタジ−の世界じゃないか。わたしは、危うくそんなこと を口にするところでした。しかし、 「でも、なんとも愉快な話でしょ。風が吹いていったと思ったら、それにはたく さんのことばが書き込まれていたというわけですから」 そんな彼の楽しそうな口ぶりや、「風の行方、不明なり」という短編のことを 考えあわせているうちに、そんな自分が恥ずかしくなってしまいました。 わたしは、そんな自分の気持ちをごまかすように先を急ぎました。 「それで、この秋沢先生たちの実験は、どうなったのでしょう」 「いまや、風は北から南へまっすぐに吹いていた」 という、最後の一行に目を落しながら言いました。 「誰も同じですね。ぼくも、これを読んだとき、何よりも知りたかったのはそれ でしたから」 彼は、いたずらっぽく笑いながら言いました。 「実は、ぼくは知ってるんですよ」 「えっ、ほ、ほんとうですか」 わたしは大声をあげました。 「おとうさん、起きなさいってば。もう、風邪引いても知らないよ」 娘の大きな声に、わたしは目を覚ましました。 「ああ、」 わたしは、一人で焼酎を飲んでいるうちに、うたた寝をしてしまったのでした。 「夢か」 ところが、たしかに夢をみたのは覚えているのですが、それがどんな夢だった のかどうしても思い出すことが出来ませんでした。 「いやだ、いやだ。歳はとりたくない」 わたしは、よっこらしょとかけ声をかけながら立ち上がりました。 おわり 1991/10/04
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