空中分解2 #1200の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ねえ、美佐子」 ポール・サイモンの懐かしい曲が流れる。長く、まるでそのままスナップの中に 張り付けられそうなほど長いこと黙り込んでいた、祐二が言った。言葉を忘れてし まっていたのか、一度咳く。 「はい?」 救われたように彼女は微笑し、首をかしげた。祐二は軽く笑い飛ばすように続け る。 「ぼくらは、逃げるわけじゃないんだ」 「わかってる」 「あの時間に戻ってみたい。本当は振り返る必要なんてないものだったとしても、 ぼくはそいつを確かめたい」 「手伝うわ。あたしにしか、できないんだもの」 「それにね」 彼は冷えきった紙コップの中身を流し込むと、大袈裟にため息をついた。 (なんて、おしゃべりなんだろう?) 「それに、なに?」 「どうして君でなくちゃいけないか、わかるかい?」 美佐子は身を乗り出すように首を振った。 「君は、知りたいだろう?」 首を縦に振る。 「知らなくちゃいけないんだ。そして、ぼくが手伝ってあげられる」 「うん」 (なんて、言葉が足りないんだろう?) 大型のトラックが通過した。すべての静寂は過去になってしまった。祐二は夜の 向こう側へ流れていくテールライトの赤を睨みながら、舌打ちをした。美佐子は彼 の感情的な横顔を見つめたまま、無表情だった。次の沈黙は、カーリー・サイモン と共に訪れた。今夜のナンバーは古臭い曲ばかりだったことに気づいた。 テーブルの隅に放り出してあったキーの束に触れると、冷たかった。祐二は右手 で拾い、ゆっくりと席を立つ。灰皿の中は吸い殻の山と握りつぶされた空のパッケ ージで一杯だった。美佐子が同じような動作で続く。 扉を押した。湿度の高い、重たく熱い空気が一度に二人を包み込む。汗を浮かべ ずに、5分とはいられない。そんな夜だった。 間の抜けた音で車のドアのロックがはずされた。闇と、店から洩れる明かりで、 車の色も彼らの影も区別がつかなかった。エンジンをかける。インジェクションか らガソリンが噴射される音が奇妙に耳障りだった。 街を抜ける頃、夜の色が紫に変わり始めた。二人の表情はそれでも変わることが なかった。 「少し眠るといい」 美佐子は言われるとそのまま目を閉じる。顔は窓の外を見ていた。彼女のために、 彼はカセットを選び、片手でノクターンをかけた。テープが二回繰り返されても、 彼女は動かなかった。 陽が昇り始め、祐二はサンバイザーにはさんであったサングラスをかける。黒い セルにはめ込まれたレンズは、夜の色より濃かった。彼の表情は、眠っている美佐 子よりも色をなくして見えた。 彼女が小さく咳を繰り返した。苦しそうに首を祐二の方へ回す。まだ、眠ってい る。彼はレンズ越しに、美佐子の涙が光るのを見た。 信号待ちで止まると、彼女は目を覚まし、両手で顔を覆ってしまう。祐二はゆっ くりした動作でサングラスをはずしながら、震える彼女を見つめ、言った。 「泣かないで」 《’91.9.22筆》
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