空中分解2 #1044の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ〜あ・・・学校行きたくない。」 自室の姿見に向かって身支度を整えながら、萌は大きくため息をついた。今日は2時 間目に体力測定がある。芳綾学院高校きっての運動音痴と自他共に認める萌が登校拒否 を起こしたくなるのは、無理もないことである。他に取り柄が幾つかあるのでそれだけ で皆から馬鹿にされるということはないが、こんな日にはやはり、ママのお腹に運動神 経を置き忘れてきたんじゃないだろうかと嘆きたくなる。 「せめて鉄棒だけでも、なくならないかなぁ・・・。」 そう。それでなくとも体力も腕力もない萌にとって、鉄棒ほど周囲にみっともない姿 を披露する種目はない。逆上がりをやろうとしても、腰が地面と平行にすらならないと いうお粗末さである。勢いをつけて「やっ!」とばかりに地面を蹴り上げても、足が中 に浮いている時間はわずかに0コンマ1、2秒。おもいっきり上げたはずの足は、パタ リと再び地面についてしまうのだった。つまり衆人監視の中で萌は『やっ!パタ・・・ やっ!パタ』と延々と繰り返しているわけで、あとで思い出すにつけ、あぁミジメ。 「やだなぁ。休みたいなぁ。」 萌が再び大きなため息をついたところへ、いきなりその声は発せられた。 「そんなに嫌なら、変わってあげようか。」 「え?え?・・・えぇぇぇぇぇ!?」 萌の表情が困惑から驚愕へと移っていく様をニコニコと見つめる一人の少女。それは 鏡の中の萌自身であった・・・。 「今日一日、あたしが変わってあげるよ。大丈夫。体力測定も上手くやるから。」 そう言うと、それまで鏡に写っていた萌は、ヨイショというかけ声と共に鏡の底枠を 乗り越えるようにして鏡の外へとやってきた。「ふぁにふぁんははれほこほちと。」 「私が学校に行ってる間、他の人に見つかるとやばいから、鏡の中にでもいてよ。」 鏡の中から出てきた萌(以下、モエとでもしておこう)は、あまりの驚きに言語中枢 が崩壊してしまった萌の後ろに回ると、そのまま彼女を鏡の中へと押し込んだ。 「んじゃ、行ってくるから。後の事はまかせてね。」 「ふへ?・・・ひょふほほへれ?」 萌の崩壊言語を解釈しようともせず、モエはさっさと部屋を出て行った。ドタドタと 階段を駆け下りる音と混じって、それを叱咤するママの声が家中に響きわたる。 「はいはい。ごめんなさい。んじゃぁ、行ってきまぁす!」 萌は途方に暮れながら、押し込まれたままの姿勢で辺りを見回していた。そこは萌が 今さっきまでいた自分の部屋と、床の埃の一粒一粒までがそっくりのようだった。ただ ひとつの違い(実はこれが一番大きな問題なのだが)は、その家具のひとつひとつが全 て逆に配置されていることである。 萌はふらふらっと立ち上がり、部屋のドアをそっと開ける。いつものように階段を降 りようとして、廊下の突き当たりの壁にしこたま鼻をぶつける。よろめきながら鼻をさ すりつつ廻れ右をして階段を下りて居間に入ると、「ちょっと待ってよぉ。」と、聞き 慣れたママの声。 「萌は今さっき学校に行ったじゃない。なんであんたが、ここにいるのよ。」 「・・・私、萌ですけどぉ。」 やっと言語中枢が快復した萌に、「えぇぇ!?」というすっ頓狂な声が浴びせられる。「んじゃ、さっき外のママが見送ったのは?」「鏡の中から出てきた萌。」 まったくあの子ときたら・・・と腕組をしたまま、ママはいつもの井戸端会議の要領 で語り出す。 「そりゃねぇ。あの子の気持ちも、わからなくはないのよ。だってあなた、考えてもご らんなさいよ。私やあの子だけじゃなく、鏡のこちら側の人間は一人残らず、生まれて から死ぬまで、一生誰かのまねっこをして暮らしていかなきゃならない。たまたま鏡の こちら側に生まれたというだけでよ?たまには誰かのまねじゃなく、自分の好きなよう に動いてみたいとも思うのも無理はないでしょう?」 なるほどねぇ。こっちの世界の人達にも、私の知らない苦労があるんだわ。この手の 浪花節には弱い萌である 体力測定のひとつやふたつで落ち込んでた自分が、実はモエにとってはすごく贅沢な ことだったのだと知って、萌はちょっぴり悪い気がした。 「もっとも、外の世界の人間にこの世界のことを知らせることは、絶対にしてはいけな いことなんだけどねぇ。」 そりゃそうだ。鏡に写った分身にそうちょくちょく出て来られたのでは、世界混乱、 人類騒然。死人が生き返って盆踊りを踊り、犬が炬燵でミカンとコブ茶・・・というよ うな騒ぎになるに違いない。 「とにかく、あなたに今、家の中をうろつかれると困るわ。」 「え?どうしてですかぁ?」 ママとそっくり同じ顔だけど、一応初対面(?)の方なので、敬語など使ってみる。 「あっちこっちうろつき回って鏡に写ってる姿をあなたのママが見つけたら、一体どう なると思う?本人はその場にいないのに・・・。卒倒しちゃうわよ。」 「はぁ、それもそうですねぇ。」 「とにかく、あの子が帰ってくるまで、自分の部屋でじっとしていてよ。」 その頃学校に到着したモエは、水のみ場の前でクラスメートの和子に呼び止められ、 立ち止まった。笑顔で駆け寄ってくる和子をこれまた笑顔で迎えたモエは、顔からさぁ っと血の気が引くのを感じた。そこは鏡のまっ正面。当然の事ながら、彼女の姿は鏡に 写っていなかった。駆け寄ってきた和子の姿が鏡にその分身を写した瞬間、鏡の中の和 子はギョッと目を剥いた。 「あっ痛たたたたぁ!」 大げさに声を上げお腹を抑えて、モエはいきなりその場にしゃがみこんだ。 「急にお腹の調子が・・・和子、私帰るわ。悪いけど先生に言っておいて。」 そう言うと、モエは半ば這いずるようにして鏡の写る範囲から抜け出すと、すくっと 立ち上がって校門めがけてダッシュした。後に残された和子は呆気に取られ、鏡の中の 和子は冷や汗を拭う。 校門を飛び出したモエが道路を渡ろうとしたところに、丁度差し掛かった乗用車が、 「キキィィィィ!」と、ブレーキの音を鳴り響かせて止まった。「馬鹿野郎!」と運転 席から罵声が飛ぶ。そっかぁ、フェンダーにあたしの姿が写らなかったんだわ。なるほ ど、あたし達鏡の世界の住人の存在って結構重要なのね。 商店のウィンドゥや車のミラーに気をつけながら、モエはやっとの思いで家にたどり 着いた。またもやドタバタと階段を駆け登り自室に入る。 「あら、もう帰ってきたみたいね。」 モエの部屋で隠居した老人のようにボーっとしていた萌は、鏡のそばに寄り、モエが 鏡に写るのを待った。 「一体何があったの?こんなに早く帰ってきたりしてぇ。」 モエがそれに答えようと口を開きかけた時、「カチャ!」という音と共に鏡の外と内 のドアが同時に開いて、両方のドアからママが顔を覗かせた。 「萌ちゃん、学校はどうしたの?具合でも悪いの?」 振り向いたモエと、とっさにどうしていいかわからず、真正面を見据えたままの萌。 こ、これはまずい・・・かなり・・・。 「ちょ、ちょっと・・・お腹が痛くなっちゃって。」 慌てて鏡の前に立ちはだかった格好のモエ。上手い具合に外の世界のママは、モエに 気を取られていて、鏡の方は見ていない。鏡の世界の方のママは大慌てで小声で囁く。 「まねをするのよ。同じように後ろを向くの。」 向くって言ったってぇ・・・。 とりあえず後ろを向いては見たものの、そっちを向くと当然の事ながらモエが見えな いわけで、当然どんなポーズかもよくわからない。萌はチラチラと背中合わせになった モエを盗み見る。えっとぉ、腕の高さは?首の角度は? 「何か悪い物でも食べたの?急にお腹が痛いなんて・・・。」 心配そうにモエの額に手を当て、熱を計るママ。 「だ、大丈夫よ。ちょっと寝れば直るわ。」 「そう。じゃあ今日はおとなしく寝ていらっしゃい。」 そう言って部屋を出て行くママに、モエは頷きながら右手を振った。合わせて右手を 上げた萌に、鏡の世界のママが「違う!」と首を横に振る。慌てて左手を上げ直す萌。 ドアが閉まって萌とモエは「フッ〜」っと大きく息を吐き、一緒にヘタヘタと座り込ん だ。 「やれやれ。折角外に出られたと思ったんだけど、あなたにあたしのまねをする練習を して貰わないことには、危なっかしくてダメみたい。」 「何があったか知らないけど、今日からちょっとずつ練習しておくことにするわ。」 二人は鏡を挟んで向かい合うと、うふふっと示し合わせたように肩を震わせて笑った。「では、とりあえずタッチ交代ね。」と、萌が鏡の外に這い出す。 モエは来たときと同じように、ヨイショというかけ声と共に鏡の中に戻ると、それっ きり、もはや頭のてっぺんからつま先まで、萌と寸分違わぬポーズを取った。萌がそっ と右手をあげると、モエは左手をあげる。萌がその手をパタッといきなり下ろすと、モ エも万分の一秒の誤差もなく手を下ろす・・・。 「うーん、さすがにプロは違うわねぇ。」と今更のように萌は関心した。関心しながら、あれ?でも何か忘れてないかしら・・・と気になった。なんだっけ? 「あぁぁぁぁぁ!あんたぁ、体力測定は・・・?」 鏡に掴みかかった萌と同じ動作をまねているモエの額に、タラ〜っと脂汗が浮かぶの を萌は見逃さなかった。
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