空中分解2 #1041の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
日は既に沈んでいる。 塔に戻ったルウは、心臓の鼓動を抑えようとするがなかなか静まらない。敵対 的な暴力に遭遇したのは随分と久し振りのことだ。五年ほど前、色気づいた村の 少年たちに危うく輪姦されかけた時の嫌な記憶が蘇る。やりたい盛りの思春期の 子供は、えてして見境がなくなるものだ。あの時は村の農夫のひとりが偶然通り かかったのでルウは助かった。その農夫は、裸に剥かれて転がされているルウに は目もくれずに、少年たちをぶん殴りながら厳しく彼らを叱った。少年たちは泣 きながら謝った。ルウに謝ったのではない。農夫に謝ったのだ。帰り際に一度だ け農夫はルウの方をちらりと見て眉間に皺を寄せた。彼は口を開かなかったが、 、、、、、 その目は「こんなものにまで手を出すなんて」と語っていた。今でもルウはその 時の農夫の蔑んだ目を忘れることができない。 ふと気づいたら頬に流れていた涙をルウは人指し指の甲で拭く。主人の気分に 感応しているのか、ジッタはおとなしくルウの肩にとまっている。 部屋までの階段を上り、自分の寝台に腰掛けながらルウは偃月刀を検分する。 どこかで見たような紋章が柄の部分に刻まれているが、それが何を意味するのか はっきりと思い出すことができない。 終始無言のルウを見てジッタが口を開く。 (なんだよう、何もされなかったからいいじゃないのさ。元気出しなよ、お姫様) マ ス タ ー 「さっきは御主人様って呼んでくれたのに、今はお姫様?」 ジッタの気づかいに応じるためにルウは無理をして明るく振る舞う。 (御主人様? おいらそんなこと言ったっけ?) 黒くて大きい目をぐるぐる回して大袈裟にとぼけてみせるジッタを見ているう ちに、ルウは龍が自分をなんとか元気づけようとしておどけているということに 気づいた。どうにも我慢できなくなったルウは、ジッタの首を引き寄せると目を 閉じて愛しげに彼の顔に頬擦りをする。ジッタは少し恥ずかしそうに自分の耳の 後ろを後ろ足でぽりぽりと掻く。 ルウが目を開けると寝床の上の偃月刀が目に入る。 「ねえ、この紋章って何だろう」 ジッタは知らんぷりをしてよそを向いている。何か隠してるな、とルウはジッ タの態度を不審に思う。 「何を隠してるの?」 (おいらなんにも知らないよう) その時ルウの頭の中を突然の不安がよぎる。魔道師の直感。それに従ってルウ はジッタに詰問する。 、、、、、 「言いなさい。命令します」 そのひとことにジッタはたじろぐ。使い魔にとって主人の命令は絶対だ。さん ざ躊躇ったあげくにジッタは重い口を開く。 (……東方盗賊団の紋章だよ、それ) 言われてルウは思い出す。東方盗賊団――大規模な略奪集団だ。あのふたりは その構成員だったのだろうか。 「他には? まだ何かあるでしょ」 (とうしても言わなきゃ駄目?) 上目づかいで見上げるジッタを、厳しい眼でルウは睨みつける。主人の剣幕に 使い魔は少し縮こまった。 (……さっき空から見たけど、先発隊がすぐそこに集まってる) ルウの目が見開かれる。奴らがこんなに西まで! 「どうしてそれを早く言わないの!」 (だって……) ルウの顔から血の気が退く。村が危ない。あの程度の小さな村なら先発隊だけ で壊滅だ。 「数は何人? 魔道師は?」 魔道師の数は重要だ。彼らの戦闘能力は、ひとりで数十人に匹敵する。盗賊集 団に加担するような魔道師は魔道の挫折者に違いないが、それでも十分に強い事 には変わりない。 (二〇人くらい。――魔道師もひとりいる) ルウはそれを聞くか聞かないかのうちに凄い勢いで部屋を飛び出した。階段を 駆け登ってザッカーの部屋の戸を開ける。はやく適当な呪文触媒を見繕わなくて は! わたしひとりで何とかしなければ大変なことになる! 本隊が到着する頃 にはザッカー先生も帰って来てるだろうから、それまでにわたしだけでなんとか 先発隊を……。 心臓の鼓動を努めて抑えながらルウが触媒袋に呪文触媒を詰め込んでいると、 部屋にジッタが入ってきてわめいた。 (どうするつもり! ひとりじゃどうにもならないよ!) そんな事は分かっているのよ。確かに見習い魔道師ひとりではどうにもならな いかもしれないわ。でも……。 「弱い人たちを護るのが魔道師の大切な仕事なの。できるかぎりのことはやらな ければいけないのよ」 (村の奴らは今までルウをいじめてきたんだろ。そんな奴ら放っておこうよう。 ここに居れば安心じゃないのさ!) ジッタのその言葉に一瞬だけルウの心が動く。確かに、黙ってさえいればさす がに魔道師の塔には盗賊も手を出さないだろう。報復が怖いからだ。塔から出な ければ安全に違いない。 自分を裸に剥いた少年たち。それに、あの農夫の蔑んだ目。いつも自分のこと を汚いものでも見るような目付きで見る食料品屋の主人。……自分の命をかけて まで、そんな人間たちを助ける必要が……。 そこまで考えてすぐに彼女は自分自身を恥ずかしく思った。こんなのは自分が 傷つきたくないための言い訳だ。唯一自分を理解してくれているザッカー先生の 教えに背くことは絶対にできない。 ルウは覚悟を決めた。 「ばか言わないで。そんなことしたらこれから先生に顔を合わせることができな くなるわ」 触媒を詰め終えたルウは、足りないものを頭の中でチェックしようとするが、 どうしようもない不安感でなかなかうまくゆかない。 飛んできたジッタが身体と尻尾を必死になってルウの首筋に巻き付ける。 (行かないでよう! 行ったらきっと死んじゃうよ! おいら……おいら、もう ひとりぼっちになるのはやだもん!) ジッタが鼻にかかった泣き声で言った。龍でも泣くんだな……、とルウはぼん やりと思う。この小憎らしい使い魔がルウに対して弱みを見せるのは、これが初 めてだ。 ルウは首からジッタを優しくゆっくりとふりほどく。震えている小さな龍の頭 を両手で包み込んでやりながら、彼の目に滲んでこぼれそうになっている涙をル ウは小さな舌で舐めてやる。龍の涙もやっぱり人間と同じで塩辛かった。 「ありがとう……でも行かなきゃいけないの。行かないとわたしが生きている意 味が無くなってしまうのよ」 その時、窓から赤い光がぽつんと見えた。ルウは窓に駆け寄って目を凝らす。 外はもう真っ暗だ。赤いのは……火だ。村の方角。焼き討ち! ルウは塔を飛び出た。 ルウは森の中を疾走した。 道を使っている暇なんかない。魔道の力を借りながら、直線の再短距離でルウ ディフェンス は森を突き抜ける。最高速で移動しているのにもかかわらず、ルウは防御の呪文 を使用してはいない。余分な魔力を使うわけにはいかないからだ。少しでも力を 残しておかなくては、見習いの身では魔力なんかすぐに尽きてしまう。魔力によ るディフェンスの施されていないルウの身体は、高速で接触してくる木々の細い 枝であっという間に傷だらけになる。黄土色のローブはずたずたになった。だが、 ルウの唯一の武器は魔道なのだ。魔力が尽きたら自分が殺られる。身体に傷がつ こうと、ローブがぼろぎれになろうと、死ぬよりは幾分ましというものだ。 ジッタはいつの間にかいなくなっている。怖くなって逃げたのかな、とルウは 思って少しだけ悲しくなるが、彼を責めるわけにはいかない。 赤い光はどんどん大きくなってくるにつれてその種類を明らかにする。やはり 火だ。村が燃えている。 先発隊とはいえど、敵にも魔道師がひとりいるとジッタは言っていた。魔力を 派手に発散していると、こっちの位置を簡単に把握される。魔力を急速に殺して ルウは手頃な藪に潜んだ。そこから様子をうかがう。 ルウは目を細める。 すぐに死体が目についた。男と子供、それに老人ばかりだ。女は別の目的のた めに当分の間は殺さない。初めて間近で見る死体に、ルウは吐き気がする。それ を必死で抑えながら、殺られたのは六分の一だ、と努めて冷静に素早く見積もっ た。敵は二〇名前後。それでも戦闘訓練をまったく受けていない村の人間たちに 対しては一対二〇でも勝てるはず。そして、かなわぬと見れば村の人間は村から 逃げ出すことができるだろう。三分の二は逃げ出せたはずだ。死体の数もルウの その予測に合っている。 ルウの前方、燃えている家屋を背景にして人間の黒いシルエットが浮かぶ。影 は四人。倒れている影の両手をひとりの男が地面に押さえつけている。もうひと りは偃月刀を倒れている影の首に押し当てていた。最後のひとりは倒れている影 の上に重なるようにしてゆっくりと動いている。 ルウはさらに目を凝らす。 ひとりの女が三人の男に暴行を受けていた。 ヒューマン 目の前の男たちは人間だったが、ルウにはその姿がフォウゼル族にだぶって見 えた。目の前の女は村の若い女だったが、ルウにはその姿が母にだぶって見えた。 そしてその時、ルウは母が自分を身籠もった瞬間を時間を超越して確かにはっき りと見た。母はわたしをこうして懐妊したのだ。 最初、ルウは賊が集まっているところに不意をついて催眠香を叩き込むつもり だった。自分に被害が及ばないように、間合いさえ十分に取れば、これは相当に 効果的な戦術だ。敵の数が半分に減れば、自分だけでもなんとかなるかもしれな い。だが、ルウは眼前の光景を見て完全に理性を失った。目の前で犯されている 若い女は、もはやルウの母だった。 あれはわたしの母だ。 まるで熱病患者のようにふらりとルウが藪から立ち上がった時、女の上に乗っ ていた男が身をどかした。偃月刀を持った男は、にやりと笑うと全裸の女の白い 首に刀身を滑り込ませた。動脈が切れる時の、さくっ、という微かな音がルウの 鋭い耳には聞こえた。 ルウの気が遠くなる。犯されていた女は、死んだ。同時に母も死んだ。 三人の男のうちひとりがルウに気づいて指差す。ルウのローブはぼろぼろで殆 ど半裸と言ってもいい状態だ。ところどころには血さえ滲んでいる。男たちは傷 だらけの褐色の身体に加虐性をそそられたかのように下品な笑みを浮かべる。 ファイヤボール ルウの口がひとりでに火球の呪文を唱えていた。 あれほど難解だった火炎術の概念を、ルウは今この瞬間に完璧に把握した。 エモーション 火炎術、すなわち感情の熱変換。 エモーション 人の頭部大の炎の塊がルウの両手の間に出現する。火球は怒りの感情によって みるみるうちに膨れ上がる。 それに気付いた盗賊たちの顔から笑みが消える。 彼らが逃げ出す前にルウは火球を打っていた。不気味なまでにゆっくりと自転 しながら炎の塊が前方に飛んでゆく。時間がゆっくりと進んでいるような錯覚に とらわれる。 火球は女の亡骸の上で爆発し、熱エネルギーを全方向に放射した。 女の死体と三人の盗賊は一瞬にして黒焦げになった。 藪から飛び出したルウは、村の中に突込した。 三〇歩の距離を三歩で走っている。これは、魔道による通常の彼女の高速移動 時の六倍速だった。 偃月刀を持ったふたりの男がルウの視界の隅に入った。 ファイャアロウ 空中でルウは二本の炎の矢を打った。 ふたつの死に神が一直線に盗賊の胸に吸い込まれる。ふたりの盗賊の身体は熱 膨張により、ぷくん、と膨らみ、ぱすん、とガスの抜けるような小さな音を発し て灰色の内蔵を周囲に撒き散らした。 感情の変換によりルウの身体にどんどん魔力が満ちてくる。火炎術とはこんな に簡単なものなのか、とルウは笑いがこみ上げてきた。怒りの感情が無尽蔵に湧 いてくる。これを熱に変換するだけなのだ。どうして今までこんな簡単な事に気 付かなかったのか。 用意してきた触媒は不要だった。 ルウは燃えている家の屋根に、ぽん、と跳んだ。 身長の四倍の高さを軽く跳躍している。 その高い位置から、盗賊が目に入る度に炎の矢を当てまくった。 面白いように彼らは燃えていった。 なんだ! こいつら、弱すぎるじゃないの! ルウは、人が燃えてゆく様子があまりにも可笑しかったので、笑いをどうして もこらえることができなかった。 ひょっとして盗賊以外の人間も何人か燃やしてしまったかもしれないが、そん なのはどうでもいいことだ。 赤い炎に照らされたルウの顔は、悪魔だった。典型的なフォウゼル族の顔―― 悪魔の顔。 「えてして初心者に現れがちな現象だ――」 ルウの背後から声がする。ルウは振り向くと同時に、相手も確認せずに声が聞 こえてきた方向に炎の矢を打った。 【つづく】
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