空中分解2 #1008の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
展張、圧縮、ぐしゃっ、ぺたん。平面航法のできあがり。 根源的な恐怖がぼくを苛む。人間が二次元に生きられるはずがない。現実には、 だれもが平面航法の恩恵で銀河旅行を楽しんでいる。死んだり行方不明になったり という話も一切ない。信じられない。政府の運輸局が業者と結託して巧妙に事実を 隠匿しているにちがいない。そんなぼくの確信をひとは被害妄想と笑いとばす。 不安をまぎらすために、航法に入る前にぼくは必ず隣のバケットにおさまるだれ かの顔を盗み見る。せめて近くにひとがいることだけでも確認するために。死ぬと きはぼくひとりではないんだと自分自身に言い聞かせるために。隣にすわるだれか はそんなぼくを見て、子供のようだと苦笑を寄せる。そして、さっさと自分の眠り に沈みこむ。 でも、ぼくは眠れない。航法の間中、ぼくは冴えた目で、異様な世界を垣間見る。 何百万人にひとり、という珍しい体質らしい。どうせ珍しいのなら、もっとひとに 自慢できるようなことだったらよかったのに。線と色の濃淡だけで識別する世界な んて、退屈で気味が悪いばかりだ。 今日の航法は最悪だった。両隣のバケットは空っぽのまま。船内で食中毒が発生 したから、隣におさまるはずの二人も医療部のバケットに入っているんだろう。不 安がぼくをおしつぶす。ぐしゃっ、ぺたん。そしていつもの、線だけの世界。 線が識別できるということは、厳密にはその世界は二次元ではなくわずかながら 厚みがあるということらしい。もちろん、そんなことはぼくには関係ない。むしろ なにも見えないほうがまだ気が楽だ。心理学者は幻想を見ているのではないかと分 析した。恐怖感が増幅する幻想だと。幻想ならさっさと消えてしまってくれればよ さそうなものなのに。 くるっと世界が反転する。そしてすべてがもとに戻る。ふたたびいつものように 空間に復元できたことに、ぼくは深い安堵の息をつく。 「いやあ、この平面航法というものはどうも好きにはなれませんね」隣のひとが 呼びかけるのへ、ぼくはまったくだというふうに何度もうなずいてみせる。「本当 に、紙のようにおしつぶされてもとに戻れるなんて、まったく嘘のようですよ」 そこでぼくは目を剥く。なぜ? 航法に入るときには、このセクションにいるの はたしかにぼく一人だけだった。それなのに、なぜ? なぜ隣のバケットに人がい るの? しかも、ぼくそっくりの奴が。 もう一人のぼくが、痴呆のようにぽかんと大口あけて目をぱちくりさせているぼ くを見てにやりと笑う。「紙のようにおしつぶされて、というのはなかなか的を射 た表現ですね」言いながらもう一人のぼくは落ち着いた動作でバケットから身を乗 り出し、さっさと身仕度をはじめる。ジャケットを羽織り、懐古趣味の伊達眼鏡を かけ、時間を確認して。すべてぼくと同じ。ご丁寧なことに、よいしょっと持ちあ げた赤のスーツケースまでぼくのものと瓜二つだ。 と思ったら、それはぼくがバケットに入る前に用意していたぼくのスーツケース だった。「おい、それ、ぼくのものなんだけど」とぼくが言うと、向こうのぼくは 「そうだよ。だからぼくのものでもあるんだ」と力強くうなずいてみせた。なるほ どと納得しかけ、「ちょっとちょっと、それじゃぼくが困るんだ」と抗議する。だ けどあっちのぼくは余裕の笑いで呆然とするぼくの肩をぽんぽんと叩き、「なに、 どうせぼくはきみなんだから、別にかまわないさ。なんならきみは仕事を忘れて観 光を楽しんでいてくれてもいいんだよ」とすたすたと出入口に向かう。 ぼくはあわてて後を追おうとジャケットを羽織り、と思ったら、ジャケットも伊 達眼鏡もない。もう一人のぼくが身につけていってしまったのだと気づき、ぼくは バケットを飛び出して後を追う。 「おおい、ぼくのジャケットと眼鏡を返せ」と叫ぶと、ぼくはくるりとふりかえ り、「どうせ伊達眼鏡じゃないか」と余裕の笑い。それはそうだがと思いつつ、や っとのことで追いついて、はずむ息を整える。くそっ、このぼくはずいぶん足が早 いな。態度も自身たっぷりで、まるでぼくじゃないみたいだ。いや、ぼくじゃない のは確かなんだけど。でも、それじゃだれなんだろう。困ったなあ。 「君はいったいだれなんだい?」試しに訊いてみると、ぼくはいかにも不思議そ うな顔をしてぼくを見る。「なにを言ってるんだい。ぼくは君に決まってるじゃな いか。平面航法への拒否感が強すぎてとうとう頭にきてしまったんじゃないだろう な」ぼくの言葉に、ぼくはなるほどと思う。気が狂ってしまったから、こんな幻覚 に悩まされているんだ。なるほど、そういうことなら仕方がない。とにかくぼくは 渋るぼくからとりあえずスーツケースだけ無理矢理奪い返し、勇躍船を降りる。い くら気がおかしくなっていても、仕事だけはきちんとかたづけなきゃ。 出迎えのバンデル人につれられて謁見場へと赴き、この星の最高権力者であるバ ンデル大神官の前にへへえと平伏したときも、ぼくはぼくの隣にいてぼくと同じよ うに平伏していた。大神官はぼくとぼくをじろりと眺めおろしたが、ぼくが二人い ることを指摘しようとはしなかったので、とりあえずほっと胸をなでおろす。もし かすると、ぼくの姿はぼく以外には見えないのかもしれないな。だとすると、これ は本格的に幻覚だ。帰ったらさっさく病院へいこう。かかりつけのカウンセラーは 信用できないから、今度はべつのところがいい。 「特使、よくぞわがバンデル大神殿へきた」と重々しく大神官が呼びかけるので、 ははあと畏れかしこまる。ところが、「しかし、わしは気にいらん」 真っ青になってぼくはあわてて顔をあげ、「ななななななにがお気に召しません のでしょうかでしょうか」と手をもみしぼりながら問いかける。いくらぼくが異星 人好きでも、バンデル人のご機嫌を損ねてとりつくろう自信はない。ちらりと横目 でぼくの様子をうかがうと、どうも落ち着いていやがるな。えい業腹な。ぼくがこ んなに取り乱しているというのに、ぼくときたらなに澄ました顔してるんだ。 と、バンデル人がぼくを指差し、「おまえの顔が気にいらんのだ」と言った。な んてこった。ぼくは連中の顔のちがいなどほとんど区別がつかないというのに、よ りによってなぜこの大神官がぼくの顔を気にくわないなどと言い出すのだろう。と 思っていたら、バンデル人はつづけて、「そっちの、もう一人のほうの顔も気にく わん。とくにその、顔面にひっかけているガラスの板のようなものがな」と言う。 するとこれは幻覚じゃあないのか、とショックを感じつつもぼくはあわててぼくの 肘をつつき、「おい、さっさとその眼鏡をはずせよ。まったく、なんだってそんな ものつけてるんだい」するとぼくは、「そりゃ、これが君のものだからさ。いまさ らなに言ってるんだい」と切りかえす。そんなことどうでもいいから、早くその眼 鏡をはずしてくれと懇願すると、ぼくはうろたえるんじゃないと、ぼくの肩を励ま すように抱き、おもむろに大神官に向き直る。 「閣下、閣下には地球人の容貌がお気に召さないのですか?」力強くぼくが言う のへ、ぼくはあわわと半身を起こすが、大神官、委細かまわず、「そうではない。 わしはおまえたちの固有のその顔が気にくわんのだ」と睥睨する。「それではお聞 きします。閣下、バンデル大帝国においては、固体間に容貌の差異は存在しないの でしょうか」重ねてぼくが訊くのへ、大神官、「いや、わがバンデル大帝国におい ては、容貌の差異は著しく存在する」「それでは閣下、バンデル大帝国においては ものごとの美醜のちがいというものは、存在しないのでしょうか」そ、そ、そ、そ んな失礼なことを、とあわてて押しとどめようとするぼくをぼくは手で制し、真正 面から大神官をにらみあげる。ああもう駄目だと頭を抱えてうずくまると、頭上か ら大神官の重々しい返答。 「おまえの言いたいことはよくわかった、勇敢なる男よ。おまえたちはわがバン デル大帝国の歓待を受けるにふさわしい」へっ、と間抜け面で大神官を見上げるぼ くの脇で、ぼくは優雅に一礼してみせる。そして、歓迎の宴。 あとで知ったことなのだが、銀河を席巻する強大なバンデル大帝国の威信をおそ れるあまり、初めて特使を派遣するたいていの種族が萎縮して必要以上にへりくだ り、その結果与しやすしと見たバンデルの大進攻が展開されてきたらしい。誇り高 き種族には、バンデル大帝国もそれなりの敬意をはらって接する、ということなの だそうなのだのだ。 かくして地球大進攻はぼくの機知とプライドとによって未然に防がれ、バンデル 大帝国と地球連邦との間に恒久的な平和を約束する条約がとんとん拍子に締結され たわけである。まったく、地球の人々はこの、ぼくの勇気と誇りとに深く感謝すべ きだ。ぼくは感謝している。 こういう経緯でぼくたちは地球へ凱旋することとなった。これだから初任特使と いう仕事はやめられないのだ。平面航法への恐怖などものの数ではない。とはいえ、 やはり航法に入るにあたってバケットの中に待機しているとき、ぼくはやっぱり不 安と恐怖に悩まされていた。すがるように隣のぼくを見やると、大丈夫だと言うよ うに力強くうなずいてみせる。ぼくも弱々しく微笑みかえし、ぐしゃっ、ぺたん、 恐怖と嫌悪のひとときを経て、ぼくは四人に増えていた。 (了)
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「空中分解2」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE