空中分解2 #0989の修正
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くるりと、蒼龍が背中を向けたのである。 一瞬呆気にとられて硬直した武彦を置き去りに、巨漢はそのまま一目散に逃走し はじめた。 「おい」 怒りをこめて、とはいかず、途方に暮れたような間の抜けた声を武彦は発した。 「勝負はおあずけだ!」ふりかえりもせずに蒼龍が叫ぶ。「どう考えてもおれの 方が分がわりィ。今度までにゃあ、おれも得物を用意しとくからよ、また遊んでく れや!」 あれよという間に、巨体は闇にまぎれて消えた。 呆然とそれを見送る武彦が、やっとのようにつぶやく。 「あの糞ったれ……」 歯を剥き出して地を蹴りつけた。 2 開け放された窓から、暖かい風が室内の空気をかすかに揺らめかせた。 頬から黒髪にかけて、快い感触がほんの一瞬、撫で過ぎる。 女は黒髪をかきあげた。 艶のある、長い髪。 そして、窓外に見える夜の町に向けられた黒い大きな瞳。 少女のようなしなやかさと、娼婦のごとき妖しさが違和感なく同居を見せている。 年齢の見当もつけにくい。制服に身を包んで朝の歩道を学校へと向かえば女子高 生以外のなにものでもなく、またロングドレスに宝石を散りばめて、化粧で飾った 笑顔をパーティ会場にふりまけば社交界の完璧なホステスと化す――そんな得体の 知れない、不思議な雰囲気の女だった。 窓外には、どこか気怠げでうす汚れた街路が広がる。どこの町でも必ず内包して いる、退廃した危険な一角。そんな場所の、今にも崩れそうな廃屋同然の安宿の二 階で、女は待っていた。 男が帰ってくるのを。 室内は、簡素というよりは殺風景。壁の一部はぼろぼろにくずれかかったまま放 置されており、窓枠には埃が層をなしている。 さほど広くもないスペースの真ん中に、染みのついた安物のテーブルがひとつ。 そのテーブルの上には、人形が置かれていた。 髪を二つの輪に結いあげた、あどけない少女の無表情。双の瞳だけが、本当に生 きているのだとでもいうように黒々とした光をたたえている。 中国風の衣裳が色褪せているところからすると、相当古い人形らしい。ふっくら とした白い頬に、唇の紅が鮮やかに映えている。 多少とも霊能を持つ者がその人形を一目でも見たならば、悲鳴を抑えることはで きないかもしれない。 怨念、邪念、妄執、妖気――そういったおどろしげなものが重層的に、その少女 人形の周囲をとりまいて渦を形づくっているのである。 武彦が口にした人形とは、これをさすのか。 呪咀を放つ愛らしい少女人形は、うす汚いテーブルの上からただ、闇の一点を見 つめているだけだった。 そして、黒髪の女もまた、まるで人形のように微動だにせぬまま、夜を眺めてい た。 部屋の入り口の扉が、軋みながら開いた時も、女は窓枠に肘をついたままふりむ きさえしなかった。 入り口から室内の空気を押し退けるようにして入ってきた巨漢は――いうまでも なく陣内蒼龍だ。 額がざっくりと割れ、数条の血が顔面を染めていた。 衣服にこびりついた血はすでに乾き始めているものの、むっとするような臭気が たちまち室内に充満する。 低くうめき声を上げると、蒼龍はどっかりとその巨体をささくれ立った畳の上に 降ろした。 「蒼龍」 その時初めて、女が口を開いた。 「おう」 「どうしたの」 窓外に固定した視線を動かそうともせず、どうでもいいといった口調で抑揚のな い声が訊く。 「一戦やらかしてきた」 「だれと」 「浄土武彦」 女がふりむいた。 美しい顔に、かすかに表情が湧いていた。 「浄土武彦?」 声の調子も、わずかに変わっている。 蒼龍が得意気にニタリと笑った。喧嘩に強い子供が、泥だらけになって腕や足に 血をにじませながら、「また勝ったぜ」と自慢する時に浮かべるような微笑だ。 「勝ったの?」 女が訊いた。 「いや」蒼龍は、笑いを口もとに留めたまま首を左右にふった。「今夜のはただ の前哨戦だ。今度やれば、勝つさ」 女が、微笑した。 ゆったりとした動作で窓辺を離れ、巨漢の方へ移動した。 移動しながら、着ているものをするり、するりと脱いでいく。 透きとおるような白い裸身が現れた。 夜目にも白い豊満な肢体が、蒼龍の巨体にしなだれかかる。 「強い?」 血で汚れた蒼龍の額に顔を寄せて、女は訊いた。 「ああ。強いな、奴は」 どっしりと腰をおちつけたまま、蒼龍は目だけで女の動きを見守っていた。 赤い舌が、額の傷口をなめた。ざらっとした感触。 「どのくらい?」 「おれが出会った中では、まあ一番だ」 ざらついた赤い舌は、傷口から流れ出した血を丹念になめとっていく。額から鼻 筋へ、そして唇へ。 「相当なものね」 かすかに唇を触れさせたまま、女は耳もとにささやく。 蒼龍の唇に、太い笑みが浮かんだ。 「ああ。だが、おれの方が強いな」 言い放ち、野太い唇を女に強く押しつけ、貪った。応える女の赤い舌が、生き物 のようにのたうつ。 そして、与えた唇を取り上げるようにして引いたのも、女が先だった。 「いい男?」 しなやかな白い指で巨漢の上衣のボタンをひとつずつはずしていきながら、女は 訊いた。 巨漢は、フンと鼻を鳴らした。 「いい男なのね?」 ねっとりとした微笑が、女の顔に浮かぶ。 「だが、おれよりは劣る」 蒼龍が強く断定するのへ、女はくすくす笑いでこたえた。 たくましい上半身のあちこちに、蒼黒く変色した打ち身のあざが浮かび上がって いる。女はそこにも舌を寄せた。 「腕の方は噂通りだった」女にされるがままに、蒼龍はつぶやくように言った。 「今度は、呪術合戦だな」 ごろりと、横になった。その厚い胸板を、女の唇と舌が追う。 ざらついた舌が傷跡をなめ上げるたびに、痛覚が消えていった。 「……奴には妹がいたはずだな」 一人ごちた。天井を見上げる目に、みるみる好色な光が宿る。 女の手がベルトを解き、ジーンズを引き下げた。 肉柱はすでにそそり立っていた。 赤い唇がそれを含んだ。舌でからめ、唾液をたれ流し、微妙な刺激を与えながら 丹念になめあげる。 蒼龍もまた、眼前に誘うように左右に揺れる肉襞に指を這わせた。 「奴を殺してから、よがり狂わせてやるか」 愛液が太腿をぬけてねっとりと伝い落ちる。舌をあて、突起を突いた。 肉柱を口腔に含んだまま、女の喉が声を立てた。 花芯から肛門へ、唾液をなすりつけるようにして舌が移動する。 女の全身がわななく。 尻と花弁とを交互に攻める。震え、わななき、肉柱に舌をからませていた女が、 ついに耐え切れなくなったか、身体の位置を入れかえた。 上になったまま、淫裂に男をくわえこみ、女は腰をふりたくり始める。蒼龍の武 骨な手をとり、胸へと導く。導かれるまま豊満な果実を掌の中に弄びながら、蒼龍 の顔にひとつの表情が浮かび上がっていた。 これから起こるであろうことに対する、期待の笑いである。 腰を突き上げた。 女の声が昂まり、眉間に寄せられた皺が深まる。 テーブルの上では、二人の動きにあわせるように、少女人形がかたかたと音を立て ていた。 蒼龍は人形に視線を送り、つぶやいた。 「こいつの最初の犠牲者は、浄土武彦に決まりだ」 愉悦の声が夜気に溶けていく。 満月の暗闇の底で、二匹の獣はいつ果てるともなく交合をくりかえした。 3 陰気がかすかに流れた。 眉を寄せ、ゆかりは顔を上げた。朝まだき、太陽はいまだ姿を隠したままだが、 すでに清澄で身を切るような快さを伴って陽気は世界に充ち始めている。 闇は光にはらわれ、濃密な青が天をおおいつくそうとする時間帯だ。少なくとも、 陰気が流れるにふさわしい時ではない。 にも関わらず、不吉な予感が胸中をよぎったのはなぜか。 陰気の去った方角は、公園裏手に流れる川の土手にある小さな空き地――つい今 しがた、ゆかりが出てきた場所だ。泥と油で汚れたシトロエンの中では、兄がまだ 寝入っているはずである。 早朝の散策を中断し、ゆかりは武彦の許に踵をかえそうとした。 瞬間、背後から“気”を感じた。 殺気ではない。だが、それに近い。少なくとも、敵意だけは存分に含まれている。 ゆかりは足をとめ、背後に向けて気をおくりかえした。 それが軽く受け流された。そして、含み笑いが聞こえてきた。 「その程度?」 女の声が、そう訊いた。抑揚のない口調だ。それでいて、ねっとりとからみつい てくるような質をも秘めている。 「浄土武彦の妹にしては、情けないのね。それとも、今のはほんの小手調べ?」 ゆかりは答えず、ふりむいた。 抜群のプロポーションを包んだ黒いドレスは、朝の公園には似合わないが、女自 身には恐ろしいほどにふさわしかった。 黒ずくめの女は、妖艶に笑う。 「蒼龍が喜ぶわ。あなたのような美少女なら」 美しい顔には、表情が欠けていた。黒い髪、黒い服――そして、瞳の中には、鋭 利な縦線が刻まれていた。人間の目ではない。朝、陽光の中でこのような不吉な瞳 を見せるのは――そう、まるで猫だ。 その無表情さと、背後にいながらその気配さえゆかりに感じさせなかった事実は、 まさに猫そのもの。 ゆかりは、その猫の視線に自分の目を重ねて、訊いた。 「陣内蒼龍のお仲間かしら?」 女はゆったりとうなずいた。 「あたしに、なんの用?」 「興味があっただけ、浄土武彦の妹に」粘い視線に微笑が湧いた。「あなた、名 はなんというの?」 「ゆかり。あなたは?」 「奥羽の黒猫」 ぎくりと、ゆかりの全身が震えた。 「どうしたの」 妖艶な微笑を浮かべたまま、女はゆかりに訊いた。 しばらくの間、ゆかりは言葉もなく、黒猫、と名乗った女を、見つめた。 「そう――あなたが」 「そうよ。わたしが、黒猫」 表情を欠いた美貌は、それだけに凄絶な吸引力を持っている。時折りうっすらと 浮かぶ微笑は、それだけで射精を促すほど淫猥かつ――神秘的だ。血の赤に濡れ光 る唇が微妙に動いただけで、美そのものがこの世に具現化した奇跡を確信できる。 魔力を秘めると古来より恐れられてきた猫の瞳は、不吉で凶々しい噂が真実であ ることを証明するにふさわしい。 奥羽の黒猫――死を招ぶ女。 その名が口にされる時、それは必ず奇怪でおぞましげな逸話を伴っている。いわ く、その名で呼ばれる傾城の美女と褥をともにした男のすべてが、たった一度の睦 みあいの代償に、無残な不慮の死を遂げた、と。個々の逸話の細かい内容は似たり よったりだ。共通する要素は、関わる者すべてに、必ずといっていいほど不幸が来 訪する、ということだろう。その名がひそやかに口にされるたびに新たな逸話がつ け加わり、いつしかその名は死神と同列に置かれるようにまでなっていた。
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