空中分解2 #0960の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
この日本の中でもっとも辛い人種は中間管理職だと、何かの本で読んだことがある。 まったくその通りだと俺は頷きたい。 ちょっと大学を出た新入社員が1つの大きな契約と2・3の小さな契約を成功させ ただけで、中間管理職なるものに抜擢されてしまった。そして、その時は中間管理職 なるものが、これほど大変なものだとも思ってもいなかった。上に対しても下に対し ても最大限の神経をはらい、そのうえ些細な失敗さえ許されない。 「お前の代えはいくらでもいるんだ。せいぜい働けるだけ能率よく働け」と言わん ばかりの待遇である。何度と無く「こんな会社止めてやるっ!」と叫びたくなったこ とか。 それでも止めることはできない。それは、どこに行ったとしても大して変わりがな いことを、大人になった俺は理解してしまったからだ。言ってしまえば、能力を認め てもらえた分、こんな会社でもマシなのかも知れないと思ったのだ。 夜な夜な、取引先と上役と無能な部下の悪態をついてから布団に入り込むのが、も はや常となっていた。特に趣味がないのだ。うっぷんを晴らす場所は、せいぜいお酒 を飲んで一時的にせよ、忘れることしかない。 今日は少しは早めに仕事が終わったので、独りで酒を飲むことに決めた。部下や上 役に引き留められないように足早に電車に飛び乗ると、比較的家に近い賑やかな歓楽 街に向かった。ここならば、酔っても歩いて家に帰ることができるし、ヤクザやチン ピラや会社の知り合いもあまりいない。 カウンターだけの狭い居酒屋は、今日もママさんと板前と客の軽い会話で賑わって いた。ここでは暴れる客もいなければ、一気をやり出す学生もいない。ささくれだっ た神経をなだめるのは、こんな居酒屋が一番いい。 落ちつく居酒屋はいつもより少し空いていた。有り難い。さっそくいつもの席にす わり、熱燗を頼み、さて何を食べようかと考える。まったく、これが一番の幸せかも 知れない。 「あれ、石川さん………じゃないですか?」 自分の名前を呼ばれ、どきっとして横の女性の方を向いた。ここでは知り合いに会 いたくないと言う表情を浮かべていたかも知れない。 だが相手は一人でしかも、そけほど嫌な相手ではなかった。つい最近、破談になり そうだった取り引きをなだめ、成功に導いてくれた相手方の若手女性社員である。し かも、けっこうな美人だ。 「ああ………あの時はいろいろと有難うございました」 和やかな気持ちになれたおかげで、すっとお礼の言葉が出た。彼女は間違いじゃな かったことを知ると、花が咲いたような笑顔をした。 話を聞いてみると、彼女もこの近くに住んでいると言う。「でも、さすがに女一人 ではこんな所には入りにくくって……」と言うのが、あまり会ったことがなかった理 由だった。それからは話はどんどんと進み、気持ちよく杯を重ねられた。あの怒りだ した取引先の上司の悪口から、近くのスーパーの嫌な店員の話まで………話しは尽き ることがなかった。 体の中のバケツにため込んでいた重たく黒い水を、すべて口から吐き出していくよ うだ。こんな心地よい気持ちは久しぶりだった。こんな時間がいつまでも続けばいい と思ったが、現実はそうもいかないのが常である。やがて閉店の時間がやってくる。 彼女はそろそろ帰る頃になると、しかし、思いだしたようにこう言った。 「ああ………そういえば、石川さんに見せたいモノがあるんです! このまま、私の 家にいらっしゃいませんか?」 二度目のどきっとする思いだった。この言葉は、もしかしたら誘いであろうか? ……どうやって連れ込むかを考えていたのが馬鹿らしくなるような、彼女の軽い言葉 だった。 一も二もなく酔った勢いで同意し、二人は肩を支え合いながら家に向かうこととな った。彼女の家は馬鹿らしくなるほど自分の家から近く、歩いてすぐについた。 「散らかってますけど、どうぞ」と言われて中に入った頃には、幾分酔いも覚めて きたが、代わりに鼓動の方が強くたたき始めていた。女らしく綺麗に整頓された部屋 に入ると、ベット近くのテーブルの脇に座らされた。ベットが妙に生々しく感じた。 「ちょっと待って下さいね」と言って彼女が奧の部屋に入ってしまうと、思考だけ が先行し、どうやって雰囲気よく持っていくことができるか、と言うことばかり考え 始めていた。 酒のためにわずかとなった思考力で夢中になって考えていると、いつの間にか戻っ てきていた彼女は目の前にちょっとした古い木の箱をおいた。 三度目のどきっとする思いを抱きながら、そんなことは露知らぬ表情で彼女はゆっ くりと話し始めた。 「これは、昔の思い出深い物ばかり入っている、私の宝物箱なんです」 しばし落胆した。さっきの彼女の言葉は口実ではなくて、本当に見せたいモノがあ ったらしい。 「見せたいモノって、その古めかしい木の箱かい?」 言葉がややぶっきらぼうになってしまうのは、当然だろう。それぐらいの反応は許 して欲しいものだ。ここまで来たらすぐに寝るものだと思っても、誰も責めはしない だろう。 だが彼女は意地悪い笑い顔を浮かべるとその木の箱を開け、中から一枚のカードを 取り出した。 「はい! これが、見せたいモノです」 「………………?」 興味がないように、それでもわずかばかりの好奇心を持ってそれを受け取った。 それは学校で使われる真っ白な画用紙だった。それも相当古い。 そして、その紙に書かれているのは、濃い鉛筆で乱暴に書き込まれた「会いたい」 と言う一言だけだった。 四度目の、そして一番おおきな驚きを、俺はおぼえた。 昔、まだ小学校低学年の時、生まれ故郷の山梨の山奥で暮らしていた。木造の校舎、 うっとうしいほどの夏の虫、はなたれ小僧が普通だった懐かしい田舎。同学年の子が 少なくて、男女関係なく一緒に森の中で遊んだ。 みんな中学まで一緒だったが、たった一人だけ引っ越してしまった子がいた。大好 きな、可愛い子で、いつもいじめてしまって、泣かしていた。そして、慰めるのもや っぱり自分だった。その子が引っ越すのが嫌で嫌で、ひねてしまった俺は絶対に顔を あわすものかと最後まで、あの子と会わなかった。彼女が引っ越しても、手紙一つ、 電話一つしてやるものかと思ったが、寂しくて、寂しくてしょうがなかった。 とうとう1週間たったある日、我慢ができなくなって、親から悟られないように封 筒をもらい、学校の画用紙を使って手紙を書いた。三日間、一生懸命内容を考えた。 長い文も書いてみたし、形式ばった文も書いてみた。だけど、三日間考えたぬいた末 に書いたのは、たった一言「会いたい」だけだった。下手な字で、乱暴に書きなぐっ て送った。それがこの画用紙だった。 涙が出た。 会いたい、会いたい、会いたい。 ただもうそれだけで、心が一杯で。 自分の近くで泣いて欲しく、慰めたくて、笑いあいたくて。 気づいてみれば、ただもう「会いたい」とだけ書いて手紙を送った自分が、心の中 にそのまま甦った。あの頃の純粋で力強い思いが、森の中に流れていた涼しい風と共 に、心の中に吹いてきていた。あの大自然につつまれて、すべてに嘘偽りがない世界 に生きていたあの頃が懐かしくて、涙がどうしても止まらなかった。 こんな純粋な涙がいまだに出せたなんて、信じられなかった。嘘偽りと、上っ面だ けの世界にどっぷりと頭の先まで漬かって、二度とあの純粋な頃には戻れないと思っ ていた。 顔をあげると、涙をためて、それでも笑っている君がいた。 よく見てみれば、面影を少し残した君の顔。 ああ………そうだ、君に見せたいモノがあるんだ。僕の家にきて欲しい。 ぜひ見に来て欲しいんだ………君の書いた「会いたい」という一枚のカードを……。
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