空中分解2 #0946の修正
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「神社はね・・この上にあるんだよ」 木立に挟まれた細い石段を見上げて、俺は玲子に言った。 「ずいぶん急な階段ね。何段あるのかしら」 「五十五段だったかな。ガキの頃大声で数えながら上ったもんさ。さぁ上ろう」 「・・ちょっと待って。ハイヒール脱ぐから」 玲子は俺の肩に手を掛けて靴を脱ごうとしたが、俺はその手をさえぎった。 「よーしおぶってやるよ。さぁどうぞ、お嬢様」 俺は玲子に背を向けて腰をかがめた。 「お嬢様なんて変よ」 「それじゃ・・未来の奥様どうぞ」 「ふふっもっと変な感じ」 背中に玲子の重みを感じながら、俺はゆっくり最初の段に足をかけた。すり減った 段石は平らな部分が少なくて、足を踏み下ろす位置を決めるのに戸惑った。玲子は 俺の背中の上で「ひとーつ、ふたーつ」と段の数を数えだした。 「ガキの頃を思い出すなぁ。友達と一緒に学校をサボって、ここら辺で虫採りをし たんだ。夢中になっていたらとっぷり日が暮れちゃって、親父が探しに来た」 「・・いつーつ・・むっつ・・」 「親父には叱られてばかりいたな。気むずかしくてすぐ怒りだすんだ。恐かったよ。 叱られると家を飛び出して、この階段に腰掛けてベソをかいてたもんさ」 「やっつ・・ここのつ・・あら、お父さまはそんなに恐くなかったわ。私の顔を見 てずっとニコニコしていらしたわ」 「そりゃ男親てのは、息子が嫁さん候補を連れて来たら嬉しいもんさ。やっと息子 も一人前になったのか、ってね。俺も親父には久しぶりに会ったけど、何だかず いぶん老けちゃった感じがしたな。オフクロはどんな印象だった?」 「・・じゅういち・・じゅうに・・私ね、ごはんを頂いた時、にらまれちゃった。 オハシの持ち方が変だったみたい。じっと私の手元を見てらっしゃるの」 「そういう事にはうるさいんだ。昔の人だからね。早くも嫁姑戦争の始まりかな」 「あーら一緒に暮らすんじゃないから大丈夫よ、そんなこと」 石段の中央には下から上まで手すりが付いていた。晩春の夕暮れの光が木立の間か ら差し込んで、段石の上に手すりの影をつくっていた。玲子の髪が俺の頬を撫でた。 俺は足を止め、腰を揺すって玲子をずり上げた。 「あたし結構重いでしょ」 「意外にね。しっかりつかまってろよ、もうあと半分だ。 ・・この神社はね、神社っていっても小さなホコラがあるだけなんだけど。俺の 神様って気がするんだな。俺だけの神様。困った時とか苦しい時、いつも俺はこ こに来て願をかけたもんさ」 「あなたって意外と信心深いのね」 「この神様にお願いすると大抵の事はかなえてくれたんだ。成績を上げたいとか、 運動会のカケッコで一番になりたいとか」 「・・さんじゅうく・・よんじゅう・・」 「イジメっ子をこらしめてください、とお願いしたら、そいつの家に雷が落ちて火 事になったんだぜ。本当だよ」 「それって偶然なんじゃない?」 「偶然があんなに続かないよ。願いをかなえてもらうと俺は必ずお礼をした。その 時にいちばん大切なものを持ってきてお供えをしたのさ。近くの遺跡で見つけた 土器とか、怪獣シールとかね。すると不思議なんだけど、次に見に来るとお供え が必ず無くなっているんだ」 「誰かが持っていったんじゃない?」 「そうかもしれないけどね。俺は神様を信じるなぁ。ほら、あと少しだ」 「ごじゅう・・ごじゅういち・・・ねぇあなたが今いちばん大切なものはなぁに」 「今俺がいちばん大切なもの? それは決まっているよ・・キミさ」 「きゃっ、うれしいわぁ」 玲子は俺の首に回した腕に力を入れて、俺の背中に頬をすり寄せた。 「そう答えてくれると思って聞いたの」 「そんな答を期待していると思って答えたのさ。ほらもうすぐ頂上だ」 女性一人を背負って階段を上るのは意外と大変だった。俺はふとこれからの人生を 思った。玲子を背負って歩んでいく道は、決して平坦でなく石段を上るように辛い ものかも知れない。だけどきっと玲子なら、いや玲子だけが、その辛さに見合うだ けの幸せを俺に与えてくれるに違いない・・ 俺は最後の段に足を乗せた。 「そうさ玲子。君は僕の宝物だよ。永遠の“た・か・ら・も・の”だよ。 ほーら、着いたよ。お疲れさま」 ・・・・次の瞬間思いがけない事が起こった。突然背中から玲子の重みが消えた。 俺はバランスを失って、前のめりに倒れて地面に手を付いた。 「しまった、下に落っこちたか」と思って慌てて振り向いたが、今上ってきた石段 を見おろしても玲子の姿はなかった。 「玲子っー 、玲子っー」 と叫んでも、その声は森閑とした木立に響くばかりだった。 「玲子っー、どこだぁー、どこにいるんだぁー」 俺は辺りを見回したが小さなホコラの周囲には人かげはなかった。俺は半狂乱にな って名前を叫びながら辺りを走り回ったが、つい今まで背中に乗っていた玲子はど こにもいなかった。 「玲子が・・玲子が消えた」 念の為に上ってきた石段を降りてみたが、石段の下から続く道路にも人の気配はな かった。俺は不安と恐怖に体が震えた。もう一度石段を上って頂上に着くと、正面 のホコラが目に止まった。トタンぶき屋根を頂いた、1メートル弱四方の小さなオ ヤシロは昔のままだった。 「まさか・・あの中に」 もし玲子が隠れているとしたらその中しか残っていなかった。俺は祈るような気持 ちでホコラの格子の扉に手をかけた。錠のない扉は錆びた金属音を立てて左右に開 いた。中を覗くと三段の木の段が組んであって、最上段に丸い鏡が奉ってあった。 その鏡がすっかり曇って全く光を反射していないのも、前に立てられたローソクが 溶け落ちて辺りを汚しているのも、俺の記憶にある通りだった。 しかし・・もとよりこの中に人間が入れる余地などなかった。 「この中にいるわけはないな・・・」 涙が溢れそうになるのをこらえて扉を閉じようとした時、右の壁に一枚の木の板が 掛けてあるのが目に止まった。それは絵馬だった。 「これは・・これは俺が書いたものだ」 俺は手に取って袖で表面のホコリを払い、かすれた毛筆の文字を読んだ。 これから東京へ行って大学を受験します。どうか合格させてください。 それから就職も結婚もうまくいきますように。これだけのお願いをする からには、それだけのお礼をいたします。次にお参りに来た際には、そ の時に俺が一番大切している宝物を持ってきます。それをさしあげます。 必ずそうします。固くお約束します。どうかどうかお願いします。 震える手でやっと持った絵馬の表面に、俺の涙が垂れ落ちた。 (終)
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